空から落ちてきた彼がブルーノと相部屋で過ごすことを決め、職も決め、しばらくのことだ。不動遊星が蛇蝎の如く嫌っている謎の男からお中元の余り物のフルーツゼリーを山ほど持たされ、皆でそれを山分けして食べていた折、奇妙な闖入者がポッポタイムに現れた。 『るび〜っ』 「あ、ルビー」 『くりくりぃ?』 宝玉獣ルビー・カーバンクル、デュエルモンスターズの精霊にしてヨハンの家族。愛らしい小動物のような姿をしていて、触るとふかふかしている。ハネクリボーは触るとややごわつくところがあるので(それはそれで、十代は好きだったが)、あのすべすべした感触は少し羨ましかったりしなかったりする。 十代がいきなり窓の方に向けて「ルビー」とか言ったので、色とりどりのゼリーを食べていた皆は一様に不審な顔をして十代に視線を寄越す。龍可だけがその正体に気が付いて、「あ」と小さく声を漏らした。 「……誰と話しているんです?」 「誰って、精霊。あ……そうだよな、龍可以外見えてないっけ。ちょっと待ってくれ」 代表して遊星の問いかけ。十代は「悪い悪い」とあまり深刻そうではない顔で謝るとそっとルビーを招きよせて腕の中に抱き込む。ついでにハネクリボーもだ。すると二体の精霊は十代に触れた先からヴェールをとかれたように実体化して姿を現し、ぶるりと身を震わせた。龍亞が「ハネクリボーだ!」と元気よく指をさす。それにハネクリボーは呼ばれたと思ったのか、そのままふわふわと龍亞の方に飛んで行く。 「デュエルモンスターズの精霊、ね? そういえばあなたはディスクなしでも実体化させられるのよね」 「おお……俺、何もないとこから精霊が出てくるのは初めて見たかも……いやというか精霊は普段見えねえんだけどよ」 「でも……ハネクリボーは知ってるけど、その子は見慣れない子よね。なんて子なの? 今、窓から入ってきたのはなんでなのかな」 龍可が首を傾げた。 リスのように丸まっている彼女の背を撫でながら「ルビー・カーバンクル」という名を紹介してやって、それから少し悩んだがルビーがヨハンの家族なのだということは伏せた。遊星の手前ややこしいことになってしまっても困るし、ルビーがそれを理由に遊星に拒絶されたりしたらもっと悲しい。 「大人しくて、人なつっこいんだ」と添えると遊星が恐る恐る手を伸ばして頭を撫でた。額には紅玉が埋まっていて、くすぐったいのか、ルビーは身を捩ってアキの方へ逃げてしまう。 「……あ」 「遊星、そこはあんまつついちゃだめなんだぜ。俺達で言えば、おへそみたいなもんだ。くすぐったかったみたいだな」 「すまない、ルビー。もう触らないようにする」 アキの腕の中に収まって遊星の方を伺うように見ていたルビーが、その言葉で少し安堵したのか笑った。 龍可が、その様を横にきょろきょろとポッポタイムの床を見回している。何をしているのかと龍亞が尋ねると、「カード、ないかなって」と目もくれずに一言。カードは精霊が精霊界を飛び出して人間世界に留まるための依り代みたいなものだ。この世界で精霊のいるところには必ずその精霊が描かれたカードがあって、それはどんな精霊でも変わりない。精霊界の女王であるエンシェントだってそうなのだ。 だけどルビーのカードはポッポタイムの中にはどうも見あたりそうにない。龍可は訝しげに眉をしかめた。そんなこと、あるものだろうか? 「ねえ十代、その子、変よ。カードが全然見あたらない。家なしの精霊なんて、私、聞いたことないわ」 「えっ? いやでも、こいつちゃんと飼い主というか……持ち主いるし、カードもどっかにあると思うけど」 「……知ってる人の子なの?」 「え」 龍可の畳み掛けるような言及。隠しておこうと思ったそばからこの墓穴だ。十代は言い淀み、「ああ……うん……知り合いの……。俺に懐いちゃったみたいで……」とかなんとかしどろもどろに口を濁らせ、龍可はそれに「ふうん」と一瞥した。多分今のやりとりで龍可には誰がルビーの持ち主だかばれただろう。しかし幸い、遊星はこの奇妙な愛らしい小動物にすっかり興を惹かれているようで、龍可と十代のやりとりに何か気が付いた様子はなかった。 アキの胸元に埋まっているルビーにそろそろと手を伸ばし、今度は額の紅玉に触れないよう充分留意しながらほっぺたのあたりを人差し指でなぞっている。ルビーが気持ちよさそうに喉を鳴らし、あの大きなくりくりとした瞳で遊星をじっと見つめた。 「警戒、解けてきたのかなあ」 「多分……ブルーノも触るか」 「うーん、僕はいいや。僕はなんかまだ警戒されてるみたいだし……」 「そうか……」 ブルーノが辞退すると、独り占め出来る状態になったとばかりにまたルビーをもふもふと撫で回す。その様をクロウとジャックは物珍しそうに眺めていたが、しばらくすると「ああ、そういや」と二人で何か思い出した様に手を叩いた。 「なーんか既視感あると思ったら、アレか? アレ」 「ああ。あれだな」 「あれ? あれって、なんだよ。二人で納得してないで教えてくれよ、気になるだろ」 『グリグリ〜!』 十代が耳ざとく聞きつけて問いただそうとするとハネクリボーも主人に加勢しはじめる。特段隠すような話でもないので、ジャックとクロウは遊星をちらりと見ると勝手に大丈夫だろうと判断し、顔を見合わせる。 「その昔、遊星には猫を飼っていた時期があってな……」 そして羽根をばたつかせているハネクリボーをなだめるように十代に頼んだあと、咳払いをひとつしてその「昔話」を始めた。 |