死灰 緩やかな丘の上。野草が好き放題にはねる庭は、降ってくる雨水をだらだらと垂れ流している。 丘の中央には小さな墓があった。控え目に盛り上がった土に巨大な一振りの剣が墓標として突き刺さっている。 剣の名はアロンダイト。 あのひとが使っていた、巨剣。 振るわれるさまをずっと見てきた剣―― 「……ぃ、く」 セネリオは墓にもたれ掛かり、雨模様の中無防備に目を閉じる。 ふわふわ曖昧に揺れ動く濃灰色にくるまれた空は、まだしばらく泣き止みそうになかった。 ◇◆◇◆◇ 「やはりここにいたのか」 墓の隣で踞る薄汚れた人影にソーンバルケは語りかけた。"彼"の愛剣と土中に埋まった"彼"だったものにのみ関心を向けていたセネリオが、不意に顔を上げてソーンバルケを視認する。 焦点の定まらない紅い瞳は酷く危うかった。 そのままころりと果ててしまいそうな、そんな危うさ。 「セネリオ」 「……ソーンバルケ」 「いつから、ここにいる」 「もう、ずっと」 ふふ、と恍惚とした表情で微笑んでセネリオは更に言葉を紡ぐ。 「僕の居場所は、このひとの傍だけですから」 「もう大分長いこと食べていないだろう。……そのままでは、死ぬぞ」 「? ええ。何を不思議がっているんです? 元より僕は、そのつもりです」 心底不思議そうに首を傾げるセネリオにソーンバルケは薄ら寒い悪寒を背に走らせた。彼は死にたがっているのだ。ゆるゆると死に近付くことを、恐れずむしろ悦んでいる。 「それでアイクが喜ぶとでも思っているのか!」 その様子に自然とソーンバルケの語調も荒くなる。怒りはなかった。ただただ呆然とした気持ちだった。 けれどセネリオはソーンバルケを一瞥すると目を閉じて、力なくこんなことをのたまう。 「――すみません、ソーンバルケ。僕はもう駄目なんです。何も感じないんですよ」 「感じない……と……?」 「ええ。……本能なのかな、このひとの死を覚悟した時に何も感じなくなったんです。空腹は勿論感覚という感覚が無くなって、痛みも苦しみも哀しみも辛さも何もかも全て失せて消えてしまった」 「正気の沙汰ではないな」 「でも、僕はそれでいいんです」 セネリオは薄く笑み、ソーンバルケに虚ろなままの瞳を向けた。美しい光彩の紅い硝子玉は、そのくせ何も見ていやしない。ただ虚像を映していた。そこにはもう何も無い。 「この人の傍で朽ちるならば――本望ですから。だからごめんなさい、ソーンバルケ」 すみませんね、と嘯いて――もしかしたら本心だったのかもしれないが――セネリオは歪な願いと感情とに汚濁した瞳をソーンバルケに向ける。 「僕はあなたの言葉に応えることが出来ない」 ソーンバルケは再三、砂漠の隠れ里に来るようにセネリオに言ってきた。生前のアイクも、その方がいいだろう、ゴルドアでも構わないが、だなんて言っていた。 けれど結局、彼にその言葉は届いていなかったということか。 全て馬耳東風、通り過ぎて彼の心には響かなかった。彼を最愛のひとから引き離すなんてことは出来ようもなかったのだ。 彼の幸福は、連れ添った男と共に朽ちて死ぬことだったのだから。 「ソーンバルケ。一つ、頼まれてくれませんか」 「なんだ」 ややあって、無言で突っ立っていたソーンバルケにセネリオが声をかけた。ソーンバルケはもう身構えることをせず、彼の望みを叶えてやろうと腹を決める。 何を頼まれるかはおおよそ予想が付いていた。きっと彼は、どんな形になっても最愛の男と一つになることを望むだろうから。 「僕がこときれて、その時が来たらこの体を燃やしてください。そうしたら、あとは――」 「アイクと、一緒に」 灰になって、またまぐわいましょう。 ずっと、一緒に。お傍に僕を置いてください。 抱き締めてくれたあなたの手が愛しくって 口づけてくれたあなたの唇が恋しくって 僕を見てくれたあなたの目がたまらなく狂おしかった だから僕はこれで、永遠になります 後には何も、残らないけれど―― そして、いつか生まれ変わったならば。 どうかまたあなたに逢うことが出来ますように。 あわよくば、その時も、 僕があなたの「大切」であれますように。 end あとがき ショート、しかも死ネタ。 実はあんまり死ネタは好きではないです。好きではないけれど、たまに無性に書きたくなる。 それが死ネタだと思う。 といいますかアイセネサイト様を巡回していた折に大量の死ネタに触れまして(どう足掻いてもアイクはセネリオを残して逝くことになりますからね)それで勢いのまま書いてしまった感じ。 ソンケル先生はセネリオを支えようとするのだけど、無下に拒まれてしまうんです。 うちのセネはアイク以外視界に入っていないから。 最後は灰になって、アイクと一緒になるんです。めでたしめでたし。 ちっともハッピーエンドなんかじゃあないですけどね。 |