あなたのそばにいたかった
 ただあなたを愛して
 そしてあわよくば
 あなたに愛されたいと

 そう、願っていた。



のコトノハ



「先の戦いの報告をします。戦死者及び回復不可能な傷を受けた者はいませんでした。……いつも通り、見事な戦いぶりです」
「ん……そうか。ありがとう。いきなりこんな大軍を率いるとなって、内心は冷や汗だったが……案外なんとかなるものだな」
「当たり前でしょう。あなたは素晴らしい人ですから」
「褒めても何も出ないぞ、セネリオ」
 少しはにかみながら溜め息を吐く青年に、セネリオは微笑を浮かべた。この人が誇らしい。自然と笑みもこぼれるというものだ。
 グレイル傭兵団現団長、そしてクリミア復興軍総指揮官アイク将軍。それが今の彼を漫然と表す言葉だ。
 そう言うと何処か物々しい肩書きだが、セネリオにとってのアイクは「ただ一人の特別な人」という認識でここ十年以上変わっていない。
 尤も本人には、まだそんなことは打ち明けていないのだけど。
(まあ……僕は、所詮男ですからね。この人の一番には、きっとなれない)


 一番になりたいだなんて、そんな贅沢は言わない。
 ただ、この人の側にいられれば。それで構わない。
 例え"あの日"のことをこの人が覚えていなくとも。
 自分が覚えてさえいれば。それでいい。



◇◆◇◆◇



「どうして。どうして放っておいてはくれないのですか。あなたに嫌われたら……もはや僕は……生きてはいけないのに……」
 星明かりのもと、彼の口から出たのはそんな言葉だった。


 もはや、生きてはいけない?


 その言葉がアイクに与えた衝撃が少なからぬものであったのも、当然のことだろう。
 確かにセネリオは自分以外にはかなり無愛想であったけれど、まさかそこまでだとは思ってもみなかった。
「あえて言うのならば、だからだ。おまえは俺以外の誰にも心を開こうとしない。だったら、俺がなんとかしてやらんとおまえはいつまでも苦しみを抱えたままだろう?」
 ……けれども。
 そんなことは、アイクの行動を妨げる理由にはならないのだ。そう、そんなことだ。大したことない。
 セネリオに嫌われているわけではないのだから、全然大したことない。
「いいから、話せ。俺が全部受け止めてやるから」



「……それで? それがどうしたんだ」
「……え? それで、とは?」
 アイクが本心から漏れ出た言葉を口にすると、セネリオは呆気にとられたような顔をしてアイクを上目に見た。
「不快じゃ……ないんですか!? 自分の傍らに、こんな、何にも属さない存在がいて……」
「いや、別に。特に何も変わらん。セネリオはセネリオだろう。俺の団の優秀な参謀だ。おまえがいないと、団はたちまちたちゆかなくなる」
「え……」
「おまえがいないと、俺は困るんだ」
「…………あなた、は、」
 泣きたそうな顔で目を細め、自分を見上げるセネリオは何故だか非常に愛らしかった。ポンポン、と背を軽く撫でて言葉の続きを促す。セネリオは逡巡していたが、やがて観念したように口を開いた。
「……ガリアで」
「……ガリア……?」
「餓えて死にかけていた僕に……不浄の存在として、存在すら無視されていた僕に……あなただけは、手を差し伸べてくれた」
 セネリオの手が、アイクの手をそっと握る。弱々しいその手のひらはふと目を離したら消え入ってしまいそうに儚かった。
 手を離したら、もろとも失せてしまいそうに危うかった。
「セネ……リオ」
 握り返す手に力が入る。その存在は温かい。まだそこにある。
 手を離さなければ、いなくならない。
「だから……あなただけは。あなただけが僕にとって、特別になったんです……」
 目を閉じ、絞り出すように言葉を紡いでいたセネリオをアイクはかいなに抱いた。ともすると夜闇に溶けていなくなってしまいそうな気がして、怖かった。
 腕の中に納めておけば、大丈夫なような気がして。だから、抱き締めた。
「アイ、ク……? ど、どうしたんですか。急に、こんな、」
「怖くなった」
「え?」
「おまえが俺の前から消えてしまうような気がして、怖くなった。……こうしていれば、見失わない」
「……!!」
 セネリオは驚いたのか目を丸くして顔を紅く染めたが、やがてまぶたを閉じ、アイクにもたれ掛かった。
「どう……して……、そんなことを……言うんです。僕は印つきです。不浄の、不要の存在なんですよ」
「馬鹿なことを言ってるんじゃない」
「でも……!」
「おまえは必要な存在だよ」
 小さな子供のようにか細い声を出すセネリオに、しかしアイクは反論する。
 必要がないだなんて、そんなのは思い込みにすぎないのだから。
「おまえがいるからうちの団は成り立ってる。おまえがいるから、俺はなんとかやってこれた。わかったんだ。俺には、おまえが必要なんだ、セネリオ」
「……」
「大事なんだ。だから喪うのが怖い」
 心なしかセネリオの手が熱い。冷たくて闇に紛れてしまいそうだったその存在は、今はむしろ腕の中で溶け落ちてしまいそうな気がした。



「……アイク」
「ん?」
「大丈夫です。僕はいなくなんか、なりません」
 セネリオは涙ぐみながら、微笑む。
「あなたが……他でもないあなたが必要としてくれるのに、どうしていなくなることが出来ましょうか」



◇◆◇◆◇



「はい? よく聞こえません。もう一度言ってください」
「いや、だからな、休暇を取ろうと」
「何を馬鹿なことを言っているんです。信じられませんね」
 すっぱりとアイクの言を一刀両断すると、セネリオは元々切れ長の目を更に細めてアイクを睨んだ。
「いいですか、アイク。多少言葉は悪いですが今は"稼ぎ時"なんです。一応戦争は終わったとはいえ、各地の混乱はまだ収まりきっていません。傭兵の仕事がこう多いことは滅多にないんですよ」
「いや、でもな……団の蓄えはまだ十分にあるだろう?」
「蓄えは有限です。稼げる時に稼がなければ。クリミア復興軍の総将であったあなたの名は今、少なからず売れていますからね。貴族共から搾り取るチャンスでもある」
 がーっとまくしたてるセネリオにアイクは言葉を失い、押し黙ってしまった。確かにそれも一つの正論ではあるので、切り崩す余地が見付からない。
「セネリオ、やる気まんまんだねー」
「ふふ、まあやりたいようにやらせておきましょう。仕事があるにこしたことはないもの」
 しかも外野は面白がっていて助けてくれそうにもない。
 アイクは頭を抱えたくなって、その代わりに深い溜め息を吐いた。

 本当のところ、アイクが休ませたいのはセネリオなのだ。先の争乱でアイクも相当働いたが、セネリオも十分以上に働いた。団員の魔導師としても、そしてアイクの頭脳――参謀としても、だ。
 体を労る意味でも、少しぐらいはゆっくりさせたいのである。
 したいのではない。"させたい"のだ。
「……なあ、セネリオ」
「なんです」
「別に俺が休みたいから言ってるわけじゃないんだ」
「だからなんです」
「みんなの……ひいてはお前の体をこう、俺なりに気遣ってるんだよ。特にセネリオ、おまえは働きすぎだ。先の戦の間中俺の代わりにずっと頭を動かしてた。本音を言うと俺は一番おまえを休ませたい」
「…………」
「団長命令だ。10日間俺に付き合って休暇を取れ」
「……うぅ」
 アイクがそう言うと、セネリオは唸って俯いてしまった。アイクは不審に思って顔を下げ、覗き込む。何故か真っ赤だ。
「……どうした」
「……ど、いです」
「?」
「ひどいです」
 赤いまま面を上げ、セネリオは恥ずかしそうに抗議する。
「そんなこと言われたら、拒否できません」


 一番大好きなひとに、そんなことを。
 そばにいたいと思っている人に、そんなことを。
 言われてしまったら抗いようがないではないか。


「……甚だ不本意ですが。そんな風に命令されてしまっては仕方ありません。……従います」
 だからセネリオは、拗ねて甘える子供のようにぶすくれてそう言うのだが。
「……おまえ、なんか少し嬉しそうだな」
「そういうところは気付かなくてもいいんです!」
 照れ隠しは簡単に見破られてしまった。



◇◆◇◆◇



 一番じゃなくたっていい。
 そばにいられればそれでいい。
 愛してもらえなくたって。
 愛せればそれでいい。
 だのにこの気持ちは、嬉しくて苦しくて窮屈な気持ちはなんなのだろう?
 必要にされてるとわかって、安堵して、もっとと願う欲張りな感情はなんなのだろう。

(もっと抱き締められて、必要とされたい)

 例え「愛してる」と言わなくたって、その言葉は自分を縛る。
 何気ない一言までもが、囁きかける愛の言の葉。


 それがあの夜からの、セネリオの難儀だった。





Fin?





あとがき。
 こんなんですが蒼炎二次処女作です
 色々多めに見てくだされ……同性愛でぺたぺたしてるのなんて初めて書いた
 こんなに素直な恋愛話を書いたことが既に半年ぶりですし。前回はリンクとシークがベタベタしすぎてて「カップル爆発しろ」と黒いものを垂れ流しながら書いてた記憶があります。
 別にやっかみとかひがみではなくてね! 単に恋愛経験がないだけですよ!
 私の描く愛は基本的に重苦しく締め付けて束縛するような愛なので(マンキンとかゼルダとかそんな感じに書いてた)そうならないように気を付けます。うっかりすると踏み外しかねん


 とりあえずアイクは奥手だよ、という話。