※フォロワーさまのお誕生日にリクエストで書かせていただいたもの。 ※捧げさせていただきます いのりことばとあいことば 「ほら、これ」 「え」 なんですか、この包みは、と問うとその人は少し恥ずかしそうに押し黙った。不格好に紐が結ばれた檸檬色のふわふわした包み。手のひらより少し大きい。どうにか蝶々結びをしようと試みられたらしい紐は輪っかと先端をそれぞれ方々好き勝手に伸ばしていて、野放図なその人の性格を表しているようだ。 上目遣いにまた問いかけるといいから開けと念を押される。もし何か危険物だったりしたらどうするのだろうかと思ったが、とてもそんなことを言い出せる雰囲気ではなくセネリオは大人しくその包みを開けることにした。 力任せに結ばれたせいかやや堅い紐をなんとかほどき、くるまれていたものを手に取る。出てきたものは手鏡と2つセットになった髪留めだった。 小洒落た品にセネリオは顔をしかめた。まずもってアイクが選ぶような品ではないし、これはソーンバルケあたりがアイク経由でなんとか渡そうと目論んだものではなかろうか。 「……誰の差し金です?」 あからさまに訝んで訊ねるとアイクがややむっとした顔になる。彼は眉を下げ、セネリオの言葉を否定した。 「そんな言い方はないだろう。これでも、俺なりに苦心して選んだんだ」 「そうなんですか。……って今何と?」 「だから、俺なりに、……おい、どうした」 肩が笑うようにわなないたのを感じた。 アイクが突然焦ったような声を出す。恐らくセネリオがぷるぷると小刻みに体を揺らし出したことに驚いているのだ。何か変な病にでも掛かったのか、と少しずれた心配をして前屈みになり、背を撫でてくる。それが逆効果にしかならないということを朴念仁の彼は知らない。 そのまま赤子をあやすようにアイクはセネリオに触れている。「だいじょうぶです」、とか細い声音で返して髪留めを握り締めた。 セネリオはただ嬉しくて、びっくりして、感極まって泣いてしまいそうなのだった。誰にでも分け隔てなく、不器用だが優しい彼はしかし贈り物という概念にはとことん疎く、だからまさかこの不揃いな包みがアイクの用意したものだとは思いもよらなかったのだ。 思い出される一つの景色がある。ガリアの端にある小さなベオクの集落で飢え、さまよっていた幼いセネリオに差し伸べられた小さな手。あの頃ろくに口もきけなくて、死にかけていた忌み子に彼だけは一片の侮蔑も偽りもない優しさを与えてくれた。必死に話しかけて食べ物を分けてくれたその人を、例え彼自身が忘れていようともセネリオは絶対に忘れない。 その時から、アイクだけがセネリオの特別になったのだ。 そうして初めて生きることを願った。死にたくないと懇願した。生きて、生きて、もう一度あの人に会いたいという思いだけが長い間セネリオを支え続けてきた。 だからほんの些細なことがこんなにも嬉しくて。 「泣かなくてもいいだろ。そんなに嫌だったか」 「そんな、まさか嫌だなんて……逆です。あなたにこんなふうなことをしてもらえると僕、思ったこともなくて……」 「あー……まあ、そういや初めてだったな。お前とは、そんなに短い付き合いでもないはずなのにな」 少し赤いまなじりでそう告げるとくすぐったそうにはにかむ。一つの戦乱を乗り越えて心身共に成長を見せた少年の残滓が、やがて面影となってセネリオの心に刻まれてゆく。 「恥ずかしい話だが、贈り物をする習慣というのが身に付いていなくてだな……この戦いの中で随分沢山の人間と交流を持って、感謝の意を示す際に贈り物をするのが通例だということを知ったんだ。セネリオは誕生日もわからんし、こういうのはのびのびになってしまっていたな。悪い」 「なんで謝るんですか。僕はあなたがこうして気にかけてくださるというだけで十分すぎるぐらいに幸せですよ」 「大げさなやつだなぁ。セネリオには世話になりっぱなしだからな、これだけ喜んでもらえるのならいくらでも贈ってやるよ。……そうだな、それなら今日を記念日にしてしまえばいい。年に一度俺から感謝を伝える日。それから、お前は覚えていないかもしれないが、五年前にお前がうちに来た日でもある」 「忘れてるわけないじゃないですか」 「ん、そうか」 ぽんぽんとほんの小さな子供にそうするように、アイクの手が頭を撫でる。五年前に再会した時よりも骨ばって豆が増えた、無骨な手のひら。セネリオが魔導書を捲る傍らで常に剣を振り続けていた指先は皮が分厚く、少女じみたセネリオのものと比べると段違いに男らしい。 手鏡を見ながら髪留めを付け替えて、くるりと背を向ける。肩の辺りで揺れる髪を指しておずおずと訪ねると、彼は変わらない調子で「きれいだよ」と、言った。 ◇◆◇◆◇ 「よくよく考えてみれば、すぐにわかることでしたよね。知ってますよ。アイクが細やかなことが苦手だということぐらいは」 「相談はしたが、ちゃんと俺が言ったんだ。何か感謝の気持ちを伝えてやりたいって」 「それでミストはその時なんと言ったんです?」 「だったらあまりかしこまったり高価なものより普段使い出来るものの方がいいと……あ」 「尻尾が出ましたね。でもまあ、妹に聞くぐらいで済んで良かったんじゃないかと思いますよ。アイクは誤解を解くのも下手だから」 アイク本人は呆れた鈍感ぶりで未だに気付いていないらしいのだが、クリミア復興の戦乱を潜り抜けて以来アイクの女性人気というやつはうなぎ登りだったし、それは暁の乙女ミカヤを中心に大陸全土を巻き込んだ戦いを越えてなお独身であったことから更に加速度的に増していった。蒼炎の勇者などというものものしい二つ名がいつの間にか付き名実共に英雄へと上り詰めた彼は、本当にもてていたのだ。 それは毎日のように届く求婚のたぐいの手紙を開封もせずに処分するという非常に損な役回りを割り振られたシノンの愚痴からも明らかであったし、多分アイクが今の彼ほど結婚に無関心でなければ恵まれた良縁を結べていただろうと思わせるほど圧倒的に、多方面から届いた。 しかし現実はというと、彼は今日も今日とて各国の中枢人物と連絡を取り合う以外はずっと剣を振っているし、剣ばかり見ている。 「でも、その髪留めは似合うと思ったんだ」 剣を磨きながらぽつりと言う。セネリオは帳簿を抱えたまま硬直して、「今、なんと?」と己の耳を疑う。 「はじめミストには違うのを勧められたんだが。俺は、ずっとお前を隣で見ていて、お前の髪の色にはそっちがいいと思った。剣士ほどじゃないが魔導士も機能性との兼ね合いがあるからあまり服飾品にはかまかけてられないしな。魔導に必要な飾りばかり増えていくんじゃ、華が…………あー…………」 「あ、アイク?」 「……何を言っているんだ、俺は………………」 そのまま顔を右手で覆ってうなり出す。どうやら自身の発言が猛烈に恥ずかしくなって、いたたまれないらしい。 彼の周囲を小回りに三周ほどしてみるが、顔を上げる素振りがない。試しに名前を呼ぶと、右手の覆いだけは外して俯いたまま懐から何かを取り出した。 「……これ。今年の分」 「え」 「お前は、驚く時はいつも同じ顔をするな。その、なんだ、わりと、嫌いじゃない。いつもより随分と素直な感じがする。今年は少し早く用意したんだ。三年目だから、気合いを入れて悪いことはないとミストや……あと、ミカヤも」 一字一句選ぶように口にして彼はずいと包みを渡して寄越した。三年目にもなったというのに相変わらず不格好な縛り方をされた紐が結わえられている。でも、その不格好さが愛おしいとセネリオは思う。 「自分が上手いこと結ばれたからって余裕ですねあの巫女……」 「かなり親身になってくれたぞ。何かペアのものが近頃の流行りだとかなんとか言って」 「ペア……?」 「結局勧められるままに指輪を買ったんだ。勿論、最後に選んだのは俺だが」 「……やってくれますね……」 今度はセネリオが無性に恥ずかしくなってくる。よりにもよってペアリングとは彼女はやはりとんだ策士だ。 嬉しいのだ。嬉しいのだが、どこか悔しくもある。 「嫌だったか?」 純朴な瞳が案ずるように見てきている。セネリオは首を振って、それをやんわりと否定した。 「いいえ、まさか。ただ少し迷っているんです。僕はこういうの付けたことがないですし、それにあなたによからぬ噂がたっても困りますし」 「何か迷うことがあるか? 指輪は誓約にもそうだが、御守りのたぐいにもいいと昔母さんが言っていた。何かと危険が伴う仕事も多いし、身代わりに首に下げておくのもいいんじゃないか。それなら、俺が剣を握るのもお前が魔導書を手繰るのも邪魔しないだろう」 セネリオが内心でのたうっている間に復活したらしいアイクが今度は澄まし顔で返してくる。なんと言ってやろうか考えているうちに彼の腕が伸びてきて、セネリオを覆った。細くひんやりとした鎖が頭上からゆっくりと下ろされて肌に触れる。 それを見越して予め鎖に通されていたらしい指輪には、祈呪の詔が鷺の言葉で刻まれてあった。アイクは読めないから飾りか何かとしか思っていないだろうが、同行していたらしいミカヤには当然読めているだろう。やはり、これは一度一矢報いてやる必要があるなと胸中で決心を固める。 指輪に刻まれていたのは、変わらない愛を祈願する、結婚の折に用いる言葉だった。 |