「ぎゃあああああああ! 何、何だよあれ!!」 「で、デドハンドヨ! 地面に潜ってる間は無敵だから気を付けて!!」 「無理ぃぃぃぃあんなのと戦いたくないよぉぉぉぉ!!」 其処は暗く湿った魔物の巣窟。 カカリコ村の、井戸の底。 涸れ井戸の冒険 「へえ……嵐の歌かあ……使うとどうなるの?」 「じゃあ吹いてみればいいじゃない」 カカリコ村の風車小屋でくるくるとハンドルを回し続けている音楽オジサンに嵐の歌を教わったはいいのだが、吹いてどうなるのかがいまいちわからない。 なんだか普通の曲ではなさそうだったし、きっと何かあるんだろうなという予感はしたのだがさっぱり予想が付かないのだ。 ならばやることは一つしかない。 「よーっし、吹いてみよう。えーっと……」 オカリナを構え、一音一音確かめるようにしてメロディを紡いでゆく。短く構成されたメロディラインが流れ終わると、目に見える形で急速に変化が起こった。 「はあぁ!?」 風車小屋の内部を貫く大きな柱が猛烈に回転し出したのだ。それと同時に外でざあと大きな音が聞こえた。雨足の強い雨の音だとすぐに知れた。 嵐の歌。どうやら文字通り嵐を呼ぶ歌、らしい。 「な、なんでまた……」 背後で音楽オジサンが何事かと喚き出していたようだったが、唖然とするリンクの耳にはまったく聞こえていなかった。 「リンク見て! 井戸……枯れてる!」 「風車小屋の回転柱は井戸の水を抜く為のものだったんだ……」 呟くなりひょい、と井戸の縁に乗り上がったリンクにナビィがびっくりしたような仕草をする。 「り、リンク! 何するつもり?!」 「何って……せっかく水がなくなったんだから下まで下りてみようと思って。何か水の精霊石の手掛かりがあるかもしれないし」 「えっでもこの井戸……」 「なんだよ」 「魔物の気配がいっぱい……」 「知らん」 ナビィの助言を聞き流し、黙々と絡まった蔦に掴まって下りていく。井戸の底に近付くにつれて水が溜まっていたことを示す臭気と、じめじめとまとわりつくような湿気を感じるようになった。でも、別にそのくらいならどうってことない。 「まったく、心配性すぎるんだよナビィは」 「だって! ホントヨ! ナビィの妖精の名にかけてもいいヨ! この井戸、すっごく嫌な感じがするの!!」 「ふうん。ま、敵ぐらいはそりゃ出るだろうよ」 「もう! ナビィの話聞いてヨ!」 到達した井戸の底は非常に薄暗く、またじめじめした嫌な感じも一層酷くなっていたがリンクはめげなかった。ゼルダの為に最後の精霊石を手に入れる。その為ならこのぐらいへっちゃらだ。 きょろきょろと足元を確認して、ごく小さな穴が空いていることに気が付いた。普通に通れるサイズではないが、リンクなら匍匐前進で無理矢理通り抜け出来そうである。 「うーん、しょうがない」 地面に、それも干上がったばかりの井戸の底に横這いになるのは汚れるし色々と嫌だったのだが、今回ばかりは爆弾で通路を広げたりするわけにはいかない。仕方無く覚悟を決め、内部へと侵入した。 中は酷く不気味だった。 「さっきから嘘の壁とかそんなんばっかりだな……」 「フォールマスターとかギブドもいたわネ」 「あーもーそのこと蒸し返さないで! そのうちリーデットとか出てくるよこれじゃあ……」 冗談はこのぐらいにして欲しい、とそうリンクが言った刹那。 扉が締まり、錠が降りたかと思えば眼前に二体のリーデットが出現していた。 「「キエェェェェ!!」」 「うぎゃあああああ!」 叫びつつも反射的に距離を取り、オカリナを手に構える。右、下、上。リンクの指は正確無比かつ神速でオカリナの上を滑り、ある一つのメロディを奏でた。 それ即ち、「太陽の歌」。 「でぇやあああああ!!」 日の出を告げるメロディに硬直したリーデットを回転斬りで一度にほふると、剣を鞘に収める。カチン、という鞘鳴りの音がするのと同時にどこからともなく宝箱が降ってきた。 「あら、宝箱」 「これで中身が大したことなかったら泣くぞ……」 中身は五ルピーだった。 ◇◆◇◆◇ ガシャン、と後ろの扉に鉄格子が降りる。また何かいるのだ。敵と戦って、それを打ち倒さなければ扉が再び開かれることはない。 「今度は何なんだよもう! リーデットが出ても驚いてやらないからな!」 「り、リンク! リーデットとは違う邪気が地面から出てるよ、気を付けて!!」 「え?」 リンクが間の抜けた声を出してナビィに振り向くのとどちらが早かっただろうか。 地面からところどころ赤に染まった白く長い腕が無数に――にょきりと這い出て、一直線にリンクへと向かって行き、そして彼の体を拘束した。 「んなっ……!!」 「リンク早く振り払って! 本体が出てるヨ!!」 「言われなくても!」 剣を闇雲に振り、絡み付く腕を振り払う。間一髪、本体に当たる寸前で拘束から脱したリンクはすかさず本体への反撃に転じた。だが本体は数発入れない内に不意に地面に潜ってしまう。 そしてこれを繰り返すうちに、冒頭のような事態に陥るのである。 「なん……とか、た、倒したぞ……」 ぜえぜえ、と天井を仰ぐ格好で座り込みリンクは息も絶え絶えといったふうに言った。腕には拘束能力しかないようで体力的にはどってことなかったのだが、無数の腕に巻き付かれる精神的恐怖というのは計り知れないものがある。 「ご苦労様……ゴメン、ナビィ手伝ってあげられなくて」 「ナビィは悪くないけど」 やれやれといったふうな仕草をしてリンクはくるりと向き直った。そこには大きな宝箱がある。今まで大きな宝箱を見たことは数えるほどしかないが、いずれも結構なアイテムが入っていた。今回もそれなりに期待できるはずだ。 「さてと……と。苦労したからにはそれなりのお宝を入手したいな」 ゆっくりと慎重に宝箱を開ける。覗き込むようにして手にしたそれは、小さな虫眼鏡のようなものだった。 「なんだこれ。まこ……と、のメガネ……まことのメガネ?」 「なんなのかしら?」 「わかんない。精霊石も見つからなかったし、とりあえず帰ってゼルダに聞いてみよう」 「じゃあここ、脱出しないとダメネ。その……リンク、頑張って?」 申し訳なさそうにトーンを落とし、おそるおそるといったふうに言うナビィに違和感を覚え、リンクは振り返る。原因はすぐに知れた。一目瞭然だった。 宝箱を開けたことが引金となったのだろう、キースから始まりフォールマスター、リーデット、ギブド、大スタルチュラ――数多の魔物が音もなく犇めいて扉を塞いでいた。 「も、もう嫌だぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」 「Fightリンク! ナビィ応援してるヨ!」 ハイラルがまだ平和だった頃に。枯れ井戸のそう広くない内部に子供の叫び声が反響したことは……誰にも、知られていない。 ◇◆◇◆◇ 「まあ。これを、どこで?」 「カカリコ村の井戸の中だけど……ゼルダ、何か知ってる?」 「ええ、大体は。リンク、これはシーカー族のものです。目と、その上にまつ毛のように三つの三角があるでしょう? それがシーカーの印なのですよ」 「し、シーカー族?」 言われてみればどこかで見たことがある印だ。すごく近くで見たような気はするのだが、あれは一体どこであったろうか。 「それでこのメガネですけれど、文献で読んだことがあって……確か、『真実を見通す』ものだったと思います。いつか役に立つかもしれませんね」 「ふうん……真実、か。このメガネでガノンドロフの本性も暴けたらいいのにな」 リンクの一人言にゼルダが顔を曇らせた。それを見て、慌ててどうしたものかと思案する。打開策は浮かばなかった。 「ご、ごめんゼルダ……その、気を悪くしないで」 「いいえ、あなたは悪くありませんから。ただ、少し考え事をしてしまっただけ。――ねえリンク」 「はい?」 どうしたものかという顔をしたままゼルダの顔色を伺っていたリンクは急に名前を呼ばれてきょとんとしてしまった。話の流れとは関係なくふと名前を呼ばれるのに、リンクは未だ慣れることが出来ないでいた。 「少しこちらを向いてくださいな」 「あ、うん」 素直に向かって正面になるように顔を動かしたリンクの頬に、ゼルダはちゅっと口を付ける。たどたどしい仕草が子供らしく、愛らしかった。 「いつもありがとうリンク。わたくしは城を出られないけれど……いつでもあなたの事を思っています」 かああ、と真っ赤になった頬をさすってリンクはゼルダの言葉にうん、と答えた。その様子にゼルダはくすりと笑う。つられてリンクも笑った。 「じゃあ、そろそろ行こうかな。ゼルダの分も頑張らなきゃ」 それからしばらく談笑した後に、リンクが切り出した。日がもう傾き出している。 「ええ。今日はどうもありがとう、リンク」 「僕もゼルダに会えてすごく嬉しかったよ。また、すぐ来る」 「無理はしないでくださいね」、とゼルダが心配そうに言うのにリンクは大丈夫、と答えた。ゼルダに心配はかけない。それはリンクが決めたことの一つだ。 そんなリンクにゼルダははにかんで、ふと思い出したように「そういえば、」と彼に言葉をかける。 「先程、リンクにシーカー族について何もお教えしませんでしたよね? それはこれが王家の秘密に関わることだからなのですが……一つ、あなたにもお教え出来ることがあるんです」 「? なんですか?」 「シーカー族は古くから極秘裏にハイラル王家に仕えている一族です。ですから普通は目にすることが出来ないのですが……実はあなたも一人会っているのですよ」 「え?」 リンクは尚も理解不能、といった顔をしていたがゼルダはそれ以上の話はせずにただ、にこにこと笑って手を振り、彼を見送った。 リンクがゼルダの言葉の意味をきちんと理解するのは、帰り道で物陰からじっとリンクを見るインパと遭遇した時のこととなる。 |