愛の話をしようか。



 扉をノックする音が、控えめに室内に響く。テトラは髪を結い直している真っ最中で、少しばかり間を置いてからドアを開けた。
「・・・・・・リンク。何の用?」
「あ、いや、これ届けようと思って」
 言われてみると、リンクは何やら手に盆を持っていて、その上にはカップとケーキが二人分載せられていた。
「一緒に食べようと思って。厨房から貰ってきた」
 取って付けたみたいな台詞にテトラは苦笑いし、リンクを室内に招き入れる。見え見えの下心が、バレていないとでも思っているのだろうか? と半ば疑問に思いつつ、でもテトラも悪い気はしなかった。
「まったく・・・・・・私の部屋に入りたいんならそうと素直に言やいいだろ。――こっちが恥ずかしいよ」
「あ、ご、ゴメン」
「照れるからあやまんな!」
「ウイッス!」
 慌てて敬礼をしたリンク(それでも、左手の盆は微動だにしない)にテトラは大笑いし、リンクはちょっとふくれっ面になった。



◆◇◆◇◆



「ねえ、テトラ」
「なんだい急に」
 テトラの部屋のベッドに腰掛けて(二人で座るにはベッドぐらいしか丁度良い大きさのものがないのだ)、リンクが口を開いた。
「なんでもないっちゃなんでもないんだけどさ。あの日・・・・・・赤獅子の王と別れてから、もう結構経つなあって」
「ああ・・・・・・」
 テトラは、”あの日”を思い出して頷く。
「そうだね・・・・・・風に任せて、だいぶ、来た」
「相変わらず新天地は見つからないけどねー」
 リンクは気だるげにそう付け足すと、テトラのそばに身を寄せた。
 リンクのこういった行為にはじめの頃はテトラも驚いてはね飛ばしたものだけれど、今ではもう慣れっこで、むしろこうして密着している方が落ち着くぐらいだった。
「ま、心配しなくともいずれ見つかるよ。なんたってアンタは風の勇者サマだ。風は私たちの味方だからね」
「まーね」
「得意になってんじゃないよ」
「う・・・・・・」
 しばらく雑談をした後、どちらからともなくゴロンとベッドに横になった。そのまま、向き合ってじぃっと見つめ合う。非常に気恥ずかしい光景だ。
「テトラ、テトラはさ・・・・・・もうゼルダには、ならないの・・・・・・?」
「ゼルダ姫に?」
 テトラは、普段は浅黒い肌の、海賊船の船長だ。姉御肌で船員からの信頼も厚い。
 けれどそんな彼女は、右甲に知恵のトライフォースを宿すハイラル王家の正当後継者・・・・・・ゼルダ姫でもあるのだ。この事実を彼女はつい最近まで知らなかった。そして今も、このことを知っているのは彼女自身とそこに居合わせたリンクだけだ。
「なんでそんなこと聞くんだい」
「ん。テトラがゼルダって呼ばれるのが嫌いなのは知ってるけどさ。僕は結構好きなんだ、ああいうテトラも」
「ばっ・・・・・・!!」
 リンクが何気なく言った「好き」という単語にテトラは顔を真っ赤にした。いや確かにお互いに好いていることは知っているのだけど、こうして面と向かって言われるのには未だに慣れない。
「ばっかやろう! そういうことを真顔で言うな!」
「えう。ゴメン」
「まったく・・・・・・」
 う゛ー、とリンクは唸るとちょっとしょんぼりした顔になった。それを見てテトラも、ちょっと言い過ぎたかなぁと反省する。
「その・・・・・・リンク。すき、って・・・・・・具体的にどこが?」
「え? いや全部好きだけど。あえて言うならそうだなぁ・・・・・・んと、髪、おろしてるとことか、あと肌白くなるだろ。その方がテトラ、綺麗に見えるんだ」
「ふうん・・・・・・」
 確かにテトラは普段髪をおろさない。上げていないと邪魔だからだ。それにただおろしっぱなしじゃあ、船長として威厳が保てない。
 そして何故か、ゼルダ姫の姿になると肌が色白くなってしまう。なんだか病弱そうでテトラはこの肌の色があまり好きではなく、それがゼルダ姫の姿を取らない原因のひとつでもあったのだが(勿論最大の原因はゼルダの姿が自分の気性に合わないことと、リンク以外が知らないことだ)、どうやらリンクはそれを残念に思っていたらしい。
 思えば、ゼルダの姿はガノンを封印したあの時から一度も取っていないのだ。
「リンク。ちょっと目つむってな」
「? うんわかった」
 リンクが素直に従ったのを確認して、テトラは起き上がり、右甲のトライフォースに意識を集中させた。原理はわからないが、こうするとゼルダの姿になるのだ。
「もういいよ、あけな」
「おっけー。テトラ何してた・・・・・・」
 目をごしごしこすりながらテトラの方に体を起こしたリンクは大口を開けて固まった。
「の・・・・・・?!」
「うっさいね何でそんなに驚いてんだい! アンタがその・・・・・・見たいっていうからわざわざやってやったのに!」
 真っ赤になったままぎゃあぎゃあとわめくテトラをまじまじと見つめると、リンクは急にテトラに抱きついた。
「テトラ大好き!」
「きゃ、きゃああ?! 離せバカっ!」
「もうちょっと抱かせてよー」
「上目遣いとかすんな! アンタそれでも男かい?!」
 リンクが離してくれる気配がないので、程なくテトラは開放を諦めた。リンクは子供っぽいところが多いが、その実、見た目ほど子供ではないということをテトラはなんとなく知っている。それは身の危険に繋がったりもするのだが。ファーストキスとか。
 しばらく密着状態が続いて、リンクはふと申し訳なさそうに言った。
「あのねテトラ、さっきああ言っちゃったけど・・・・・・僕はいつものテトラも大好きだよ。だって、どっちの格好だってテトラはテトラだもんね」
「当たり前だろ、バカ。・・・・・・あとそろそろ離しておくれよ」
 アンタのバカが移っちゃうだろ、とテトラが照れ隠しに言うと、リンクはだらしなく笑った。



◆◇◆◇◆



「テトラー!」
 ばーん、と大きな音を立てて慌てたリンクが室内に入ってきた。ノックなしでだ。
「勝手に私の部屋に入ってくるんじゃないよ! 何の用だい、落ち着いて言いな」
「口で言うより見た方が早いって! いいから来てよ!」
 言うなり、リンクはテトラの手を引っ掴んで走り出した。向かった先は甲板だろう。
「ったく! 本当になんなんだい! くだらないことだったら夕飯抜くからね!」
「くだらなくなんかないよ、ほらテトラ、見て!!」

 その瞬間テトラの眼前に広がったのは。
 見慣れたいつもの蒼い海。
 そしてその奥に広がる、どこまでも続いていそうな大地。

「島じゃない・・・・・・あんなに大きな、大地・・・・・・」
「ね? 見た方が早かったでしょ?」
「うん・・・・・・」
 その大地は見るからに豊かそうだった。木々が茂り、鳥が飛び回り・・・・・・吹く風は、優しい。
「上陸して、調べてみてからじゃないとわからないけど・・・・・・もしかしたら、あそこが」
「うん。あそこがそうなるかもしれない。僕たちの新しい・・・・・・」

「「ハイラルに」」

 その大地こそは、二人が赤獅子の王と別れてから求め続けた新天地。
 彼らがそこに新たな王家を築き・・・・・・
 新たな王国を築き・・・・・・
 繁栄してゆくこととなる、新ハイラルとなる大地であった。

 もっともそれは・・・・・・これからもう少し先の、おはなし。


end*