注意
 この話はムジュラの仮面編のプロトタイプであり、なおかつ女性向け要素を含みます。身も蓋もないこというとダーク×リンクみたいな。そんな臭いがしてきます。駄目な人Uターン。
 と、とはいえムジュラ本編を薔薇のかほり芳しい内容にする気はないというかしないように努力する予定なのでそこらへんご了承ください。

















 それが歪んだ愛だということは自覚している。



Paraphilia




 目が醒めた時に"それ"はもう囚われていた。
 不必要であるという自己観念はことのほか強く。自分以外ほとんど全てが敵にしか映らない馬鹿みたいな意識は人格を侵食し少しずつ狂わせていた。
 だから自分は目醒めたのだとその時に悟った。

「……お前が望む限りに。俺はお前の傍らに在る」
「お前が正しく在ることを多分姫は望むだろうから。だから俺はお前を支えよう」
「俺はお前の影。だからお前に近いんだ」

 それを正すことが出来なくとも。
 影としてそれに寄り添って。
 それが堕ちてしまわなければ。
 姫が哀しまないのなら。
 それが多少歪んでしまったとしても。
 影は特に構いやしないのだ。



◇◆◇◆◇



 乾ききった大地に落ちた影からそれは出てきた。
 自分の色味をモノトーンに落としたようだった。
 黄金の髪は黒く。薄桃がかった肌は蒼白く。
 そして蒼の瞳は、恐ろしく鮮やかな鮮血の――紅に。

 たったそれだけの差異の己が影。
 初めは鏡でも見ているのかと思った。

「……夢じゃないのなら。お前は何」
「ゼルダには……今は多分、逢えないと思うけどね」
「お前が傍にいてくれるのなら。それでいいよ」

 ずっとそばに誰かいるという感覚が。
 嬉しくて安堵して安心する。
 それは相手に対して酷く過大な価値を求めるということだったけれど。
 影はその期待に応えた。

 応えて、しまった。



◇◆◇◆◇



 それは共存などではなく。
 けれど寄生でもなく。
 共生によく似た――相互依存、という関係性。

 影は本体と光が無ければ発生しない。
 だから影は本体無くしては存在出来ない。
 それが影の依存。
 本体は本来、影を絶対必要とはしない。
 けれど"その"本体はふつうではなかった。
 喪い絶望し疲れ果て穢れゆくその魂は依り代を求め影に縋りついた。
 だから本体は影無くしては生きてゆけない。

 それが本体の依存。

「ねえダーク。たぶんね、この世界に存在する限り俺は永遠に満たされない。ゼルダには二度と逢えない。ナビィすらも見付からない。あの世界での出来事は根こそぎリセットされて何もかもが真っ白に回帰した。――だけどお前だけはそこに在る」
「…………」
「俺はたったそれだけの事実に酷く安堵するし、落ち着く。お前がいなければ恐らく俺はこうはいられない」
「…………」
「……ねえ。この感情はなに」
 両者無表情で淡々と交わされるその会話はなんだか不気味だった。酷く異質だ。それは彼らの存在そのものに言えることでもあったけれど。
 たった十足らずの子供が二人、雨の中屍を踏み分け立ち尽くすことの何処が正常であろうか!
「そう。理解はしている。比喩でも何でもなく俺はお前でお前は俺だ。まったくもって同質の本体と影。だからこれは」
「…………」
「単なる自己愛にすぎない」
 そのはずだろ、とリンクはダークにしがみついた。影に安らぎを求めるのは自分に安らぎを求めるということで。影に愛を求めるのもまた、自分自身に愛を求めるということだ。
 そういうことであるはずで。そうでなければならない。
「俺が好きなのはゼルダだけだ。愛しているのはゼルダだけだ。その気持ちに変わりはない。彼女以上の存在は有り得ない。――なのに」
「……うん」
「お前を失うことを考えると酷く恐ろしくなるんだ。失うのが怖い。苦しい。ゼルダを、あのひとを喪った時みたいに!」
「……うん」
「こんなのおかしいよ……!!」
「……うん……」
 ダークは泣き崩れるリンクを抱き止めた。ざあざあと刺さるように降り続ける雨に溶けてその涙はすぐにわからなくなる。でもリンクは泣き続けた。
 まるで涙を流すことで赦しを請うているみたいだった。
 それで何が赦されるわけでもないけれど。何も赦されはしないけれど。
「……俺はお前の影だから。一番ダイレクトにお前の感情が伝わってくるんだ。だからたぶん"解って"る。お前の言いたいことは」
「だろうね。だから俺が依存してしまうのだろうし」
「だから俺はこう結論付ける。お前の感情と思考の間には齟齬がある」
「……へえ?」
 自分自身のことであるはずなのにリンクにはその言葉に現実味が感じられないみたいだった。まるで他人事のようだ。
 だがそれも含めて齟齬なのだ、とダークは思考する。
 都合の悪い子供じみた感情やどろどろしたものは、思考として形を成す前に削ぎ落とされて消えてしまう。だから自覚がないのだ。
 或いは、意識的に目を背けているのか。
「お前がそう思わなくとも。"そう"なんだ。――だからリンク」
 抱き締めて、囁く。
 "それ"が、今は逢えない姫の愛した勇者が、自我を保てるのなら構わないと言い訳をして。
 影から本体への。欺瞞に満ちた蜜のような言葉を。
「望むのなら抱き合えばいい。みっともなく傷口を舐め合って。慰め合えばいい」
「……ダーク?」
「お前が孤独とか悲哀とか力とか、そういうものに囚われきって堕落してしまわないようにするのが俺の役目だから。好きなだけ依存すればいいじゃあないか。吐き出せばいいじゃあないか……」
 その後に続く言葉は、止まない雨に溶けて消えた。



 歪な関係性は歪んだ愛を生み出す。
 究極の自己愛として確立されたその感情はもはやエゴイズムですらなく。一種のナルチシズムにも似た――けれども異質の、paraphilia、という愛のかたち。
 異常であり異質であり異端でしかないそのかたちを必要とする程に狂ってしまった一人の少年。
 彼はやがて三日後に消滅する運命の街で一つの転機を迎えることとなる。

 クロックタウン。
 嗤う小鬼にお面屋。
 そして鬼神の、面。

 繰り返される狂気の三日間。
 時計塔に迫る悪意の月。

 全ては、ムジュラの仮面へ。