プランター



「彼氏が欲しい」
  唐突に、ブルーねえさんが言った。
「……ねえさん?」
「彼氏よ、彼氏。私だって16よ。そろそろ本命の一人や二人、いない方がおかしいじゃない」
 そうでもないと思うのだが……
「知り合いはみんなぱっとしないしさー。レッドとイエローみたいなカンジのトコも多いし」
 その前に、もっと誠実に生きるように心掛けなきゃならない気がする。
「あーあ、どっかにいい男いないかしら。楽しいからって他人の色恋笑ってたのがいけなかったのかな……」
 ……わかってるんじゃないか。
「もう。シルバーはこういう時頼りになんないのよね。──じゃあシルバー、私とりあえずグリーン呼んでくるから」
  向かいの部屋に消えていったねえさんの背中を見送りながら、オレは考える。
「グリーン先輩……か」
  グリーン。オーキド・グリーン先輩。
  図鑑所有者という点だけではなく、父の後、トキワジムを立派に守ってくれていることでも、十二分に尊敬に値する人だ。
 ただ──ブルーねえさんのこととなれば、話は別だ。
 この1週間、図鑑所有者10人でキキョウ付近(ジョウト内)に集まり、毎日定時に一定の場所で落ち合っていた。
  その際、一ヶ所に10人寝泊まりするのは無理そうなので、ゴールド・クリスタルの家、オーキド博士のジョウト分室、そして俺の隠れ家その8に分かれていたのだが──何故かグリーン先輩は自分の祖父のところではなく、ここを選んだ。
  それについて……オレはブルーねえさんがらみではないかと睨んでいる。ブルーねえさん自身は「よっぽどあんたの事が気になるのね」なんて言っていたが、それはねえさんが鈍いだけだ。(でも、話したらゴールドにすら笑われた。腹がたつ)
  とにかく。
 グリーン先輩を不用意にねえさんに近づけちゃいけない。グリーン先輩は誠実な人だとは思う。思うが注意するに越したことは無い。
 まったく、ねえさんが自覚してくれればどんなに楽か。



◇◆◇◆◇


「参ったな……」
 何故だかは知らないが、やたらシルバーに警戒されている。
「警戒されるようなことをした覚えは無いんだが……」
 ため息をつき、ベッドに寝転がる。ジョウトに来てからずっと、シルバーの目付きが険しい。
 シルバーのことは前から気にかけていた。サカキの息子であるということに嫌悪を抱いていたシルバーについ幼き頃の自分を重ね、何かと面倒を見るように努めた。
 それなのに。
 何故、あんなに距離を置かれなければならないんだ?
「思い当たることはひとつあるが……」
  まさか……ブルー絡みじゃ無いよな。
  なんとなく……ブルーと目があうとより厳しい視線を向けてくる気がするのだが……
 まさかな……



◇◆◇◆◇


「よーっす。テンション低いぞシルバー」
「お前が異常に高いだけだ。ほっとけ」
「なんだよ。もしかしてまーだグリーン先輩のこと気にしてんのか? かーっ、これだからシスコンは手におえな……」
「黙れと言っている!」
「ハイハイハイハイ。ったく、いーかげん機嫌直せよ」
 飴玉やるから、と冗談めかして言うとゴールドは笑った。でも、依然シルバーはしかめっ面のままだ。
(こいつはしつけーからなー)
 シルバーの執念深さと言ったらまったくの筋金入りである。ちょっとやそっとじゃ自分の意見を変えやしない。例えそれが検討外れの思い込みでも。
「そこの不良二人! 遊んでないでさっさとこっち来て!」
「わあったっつーの!」
 白衣を翻して忙しそうにボールを整理するクリスに呼ばれて、ゴールドは考えを止めるとシルバーの腕を掴み、引きずっていった。
 今日は図鑑所有者総出でオーキド博士の研究室の整理に駆り出されたのだ。



◇◆◇◆◇


「終わったー!」
「疲れた……」
 レッドとイエローは、二人してぺたん、と床に座り込んだ。
「だらしないんじゃないか? レッド」
「お前はたいして動いてなかったじゃないかー。オレたちは肉体労働してたんだよ!」
ぷぅ、と子供みたいに頬を膨らませてレッドが抗議する。頷く数人。
「知るか」
「あ、おい! 逃げんなよ!」
「そうよ。あなたの“おじいちゃん”はちょっと、ううんかなり人使いが荒いわ。それに対して」
 ブルーはびしっ! と人差し指をグリーンに向ける。
「あんたも責任とんなさいよ! せめて真面目に肉体労働するとか! なによ、あんたは頭脳労働とか称してパソコン弄ってただけじゃないの!」
 涙を流しながらの(演技)ブルーの言葉に、「そーだそーだ!」とか後ろから声援が入る。主にレッドの。
「まあまあ先輩方、少し落ち着いて……」
 ルビーは止めようとするが、
「こういう時は、止めようとするだけ野暮ですよ……」
 イエローの静止を受けた。
「だいったいあんたはいっつも口ばっかりで……」
「真面目に働けよ! だれのせいでオレたちが苦労を……」
「うるさい! オレだって遊んでたわけじゃ……」
 静止する者がいないせいで、ブルーとグリーン、レッドの口喧嘩は続く。
「…………なんか、入る隙、ないね? サファイア」
「さっきイエロー先輩が言った通りったい」
「先輩たち……けっこう大人気ないんだ……」
「昔からですよ、あの人たちは」
「“止めるだけ野暮”ね……言いえて妙かも……」
「ま、よくあるこった」
「………………」
 状況が状況だけに、後輩たちはただただ傍観するのみで。
 しばらくして、最悪のタイミングで研究室のドアがあき、暢気に騒動の原因その人が入ってきた。
「いやぁ、おつかれおつかれ。君たちのおかげで大分助かっ……」
「「博士!」」
「おじいちゃん!」
 ──結果として、
 募ったイライラは当然の結果としてオーキド博士に集中的にぶつけられることとなったのだった。
 もちろん、同情は誰もしなかった。
 そんな中。
「ん……あれ? おいクリス、シルバーの奴どこ行った?」
「え? あ、いない……さっきまで確かにそこにいたのに」
 騒ぎに紛れて、シルバーの姿が消えていた。



◇◆◇◆◇


 あんな調子なのだ、いつも。
 オレは羨んでいるのだろうか。
 それとも妬んでいるのだろうか。
 まったくもって独占欲の強い。父、サカキに似ていると言われても否定出来ない。
 無性に自分に腹がたって、こっそり研究室を抜け出して来ていた。
「ヤミ……」
 ヤミカラスが心配そうにオレを見る。
「──わかっているさ。言われなくとも」
 つまるところ、自分はブルー姉さんを誰かに取られたくないだけなのだと。わかっているのだ。だから余計に腹立たしい。
「…………」
 考えることすらも億劫になり、シルバーはそのままベッドに大の字になった。



◇◆◇◆◇


「シルバーがいなくなった?」
 グリーンが言った。
「そうみたいなんス。どこ見てもいなくて……」
「多分、もうこの研究所を出たんじゃないかと思うんですけど」
「そうか……わかった」
「心当たりあるのか? グリーン」
「少しな。そこに関してはブルーの方が詳しいんじゃないか?」
 レッドの話を、ブルーに振り直す。しかしブルーの返事は簡素なものだった。
「アタシもそんなに詳しいわけじゃないわ……あの子ね、別れてからずっと単独行動してたから」
 そりゃ連絡は小まめに取ってたけど、とブルーは項垂れる。
「まあ、できるだけの事をしてみよう」
 レッドは静かに笑うと、そう言った。



◇◆◇◆◇


 先ほどからしつこく、ポケギアが鳴り続けている。
「……煩いな」
 気だるい。身動きを取る気がしない。
 気を利かせたニューラが持ってきたポケギアを覗き込むと、ブルーからの着信だった。
「……」
 ニューラに指示し、ギアの電源を切る。たとえブルーとはいえ、いや、ブルーだからこそ、今は出たくなかった。
 ふいにドンドン、とドアを叩く音がする。
「?」
 誰だ、と一瞬思うがすぐに考えを止める。侵入者は速やかに排除するよう、リングマに指示したはずだ。ぬかりはない。
 だが、リングマが唸る声は、一向に聞こえない。
「……リングマ?」
 どうした、と聞きに行こうとして。
 まんまと背後を取られた。
「……姉さん?」
 捕まった後は抵抗をしなかった。あの姉に対して、抵抗は無意味に等しいと自身は知っていたから。
 だが、返ってきた声は想定外のものだった。
「悪かったな。ブルーじゃなくて」
「グリーン……せん、ぱい」
  自分でもはっきりと分かる。目を丸くしていることが。
「どう……して、ここが」
「簡単じゃ無かったがな」
 グリーンは淡々と言葉を紡ぐ。
「調べれば分かることだ。それにどうやら、オレはお前に避けられていたようだからな」
 だからオレがお前を捜す役を引き受けた。そうグリーンは続けるが、既にシルバーの耳には届いていない。
 いつから張りつめていたのか。緊張の糸が切れたような気がした。
 たぶんそれは安堵の再確認によるもの。
「さ、シルバー。強情張ってないで帰りましょ?」
 姉さんの声が遠くで聞こえる。



 悔しいけれど。
 あの二人はなかなか似合っている。
 思って、シルバーは目を閉じた。



◇◆◇◆◇


「で、認めたのか? あの二人のこと。良かったなーこれでシスコン卒業の第一歩を踏み出し」
「だから黙れ!」
 ばちこん! と乾いた音が響く。
「いてぇだろオイ! 人が折角心配してんのに無下にしやがって! ……って聞けよ!」
 ゴールドの言葉をすべて無視しているシルバーの視界には、読書中のグリーンとそれにちょっかいを出すブルーが映っている。
「………………」
 ぐしゃり。シルバーの手の中のスチール缶が潰れた。
「……シルバー……さん? おーいシルバー? なんだってスチール缶が潰れるんだ……?」
 シルバーの心が大人になるのは、どうやらもうしばらく後のことのようだった。



おわれ



あとがきくさい物体
ネタ詰まりのうえに強引展開すません。
グリブルが好きです。というかグリブル←シル。この三人異常にかわいい・・・どうにかならないのか・・・
もうもえもえだよ。

なんかルサとか出オチ乙な感じですが気にしたら負けでしょう。うん。