「はぁあ〜羨ましいですアンナ様」 葉とアンナが暮らす元民宿「炎」でほぼ家政婦状態の麻倉家門下生、玉村たまおは溜め息をついた。 「だって今日はクリスマスイブなのに! 葉様を独り占めしてどこかに出かけてしまわれるなんて!」 そう、今日は12月24日、クリスマスイブ。 いわゆる、恋人たちの聖夜とかいう日なのであった。 ロマンチックホリデイ そもそも、朝起きるなりアンナからたまおに伝えられたことは、もの凄く過酷な試練だった。 「いい、たまお。あたしと葉は今日出かけてくるからそれまでにこの家の大掃除を全部終わらせてしまいなさい」 「!!!!!!!!」 たまおはリアルにショックを受けていた。気分はまるで継母と義理の姉たちにこき使われるシンデレラだ。 「すまんなー、たまお。宜しく頼むな」 「よ、葉様ぁ・・・・・・」 頼みの綱の葉ですらこの状態。たまおの状況は絶望的だった。 (で、でもっ・・・・・・) たまおは葉の姿をまじまじと見て拳を握る。 (葉様のお姿を見られるだけでも幸せなのに今日はこのお姿! このたまお、命に代えてでも大掃除を完了させなくては!) 今の葉は、どこにあったのかわからない流行りの感じの服を着てアンナと揃いのペンダントをつけていた。普段のゆるゆるな感じとは一転して、きちっと着こなしている。 アンナはアンナで可愛い系の上着から、下に着ているであろう服のレースがちょこっと見えている。スカートはいつもと変わらぬ恐ろしいまでのミニであったが。 とにかく、二人ともかなり気合いの入った格好だった。見たところアンナが張り切ってしつらえたのだろう。アンナは家事全般自分では全くやらないくせに、こういうところはやたらと器用なのだ。 (アンナ様・・・・・・普段はああだけどやっぱり葉様のこと好きなんですね) そんなことを考えてたまおはアンナを見る。 ちなみにたまおは、去年アンナがクリスマスに葉の「サンタさん」イベントの提案をつっぱねたことは知らない。 「じゃあ行ってくるから。しっかりやるのよ、たまお」 たまおがそうして考えにふけっていると、アンナがそう言って玄関のドアを開けた。 「あ、は、はい!」 そしてばたん、と戸がしまる音を残して葉とアンナは街へと出かけていった。 ◇◆◇◆◇ 「あぁー、やっぱこの時期は賑やかだよなぁ」 「稼ぎ時だからでしょ。みんなほいほい浮かれてお金を落としていくのよ」 「そう夢のないこと言うなよ・・・・・・ああほら、見ろよアンナ。あのツリーでっけぇな」 「無駄な事にかける労力を惜しまないのね、日本人って。そんなことをする前にもう少し先人敬ったらどうかしら」 アンナは辛辣な"人"という種族に対する批判をする。それは人の考えていることががまるでノイズのように自分の心に流れ込んでくるという能力のせいもあったし、シャーマンとしての立場からの考えでもあった。 葉だってシャーマンだし、アンナの能力の事も痛いほど知っている。だからアンナの気持ちはわからないでもないが、それにしたって言い過ぎだ。 「言いたいことはわかるけどな。もう少し可愛い顔してろよ。・・・・・・その、ほら、お前・・・・・・せっかく可愛い顔してるんだし」 葉は顔を赤らめつつアンナにそう言ってやった。だが、アンナはそんな葉を見て一瞬頬を染め、すぐにぷいっとそっぽを向いてしまった。多分照れ隠しだ。 「ふん。愛想を振りまくのは性に合ってないのよ。・・・・・・でもありがたく受け取っておくわ」 なにぶん人の心を読めるのだ。アンナは葉が自分のことをそういう風に見ていることはわかってはいたが、やはり口に出して言われるのと心を読むのとは何かが違う。 だからもし葉以外の人間がそういうことをアンナにたいして言ってしまえば、たちどころに彼女の右手が空を斬るだろう。なにせアンナはそういうことを人前で言われるのを極端に嫌うのだ。 ただし葉にたいしてそういうことはあまりしない。普段からキツイ口調、キツイ態度を徹底しているアンナも、葉にはちょっとしたところで甘いようだった。 ◇◆◇◆◇ アンナと葉が街を歩いているその頃、ひとり家に残されたたまおは命令通り大掃除を遂行していた。 「やっと居間が終わりました・・・・・・次は難関・お風呂場でしょうか・・・・・・」 家事全般得意で幼い頃から麻倉家で働いていたたまおの掃除にはぬかりがない。 「たまお〜ここまだだぜ」 「え? あ、いけない! アンナ様に叱られてしまいます!」 コンチに指摘され、たまおは自室に向かった。実は、アンナと葉が普段使うところばかりに気をとられて自分の使っているところにはまったく気をまわしていなかったのだ。 「・・・・・・それにしても・・・・・・葉様とアンナ様、いったいいつ帰ってこられるんでしょう?」 そんな風にぽつりと漏らしたたまおだったが、返事はどこからも返ってこなかった。 ◇◆◇◆◇ 「着いたわ。ここよ、葉」 「こ、ここなんか?! オイラこういうとこ入ったことないからちょっと緊張すんな」 「大丈夫よ。あたしがいる限り変な目で見られることはないから」 「・・・・・・そういう問題でもないんだけどな、アンナ・・・・・・」 葉とアンナが入ったのは、ファンシーな感じの小物や服なんかを扱っている店だった。当然ながら店内は中高生女子やカップルで賑わっているわけで、葉みたいな男子にはちょっと居づらい空間である。 (もっとも、その葉も今日は許嫁のアンナと来ているのであまり浮いてはいないが。) 「じゃ、葉、さっさとここでの用事を済ませて行くわよ」 「おう。たまおも待ってるし、急ぎで頑張るか。なにせ、たまおの為だもんな」 そうなのだった。 実は、普段なら街など滅多に行かない二人がわざわざ連れ添って出てきた理由はそこにあった。 たまおにクリスマスプレゼントを買いにきたのである。 普段たまおには目一杯働いて貰っている。いくら麻倉家に奉公しているからといって、本来世継ぎの葉にまで尽くす義理はないのだ。まあ、たまおは好きでやっているわけだが。 昨夜、そのたまおの労をたまにはねぎらってやった方がいいんじゃないの、クリスマスだし、とアンナは葉に言った。 苦労せずにだらだらのんびりしていたいアンナがそういうことを自分から言い出すのは稀なことで、自分も常日頃たまおに礼をせねばと思っていた葉はその提案にふたつ返事でOKし、今日こういう運びになったわけだ。 「たまおの好きそうなものか・・・・・・オイラなんも知らんからなー。よくわからん」 「深く考えなくてもあんたの選んだものなら飛んで喜ぶわよ、あの子。まあ適当に見繕ってやったら?」 「それが一番難しいんよー。なあアンナ、なんかわからんか?」 ふたりがそんな遣り取りをしていると、店員がこちらによってきた。 「彼女にプレゼントですか? それならこちらなどどうでしょう」 「う、うえ、か、彼女?! ・・・・・・い、いや、その」 気のよさそうな店員だ。おそらく連れ添って仲良く喋っていたふたりを見てカップルだと判断したのだろう。まあ、間違いではない。 ただ、葉はあまりそう言われることに慣れていないようで、もの凄くあわてていた。普段から夫婦扱いはされているが、そういえばカップル扱いはされたことがない。 「・・・・・・何してんの。行くわよ、葉」 「あ、ああ・・・・・・」 てんぱってしまった葉を見て使い物にならないと判断したアンナは葉の服の裾を強く引いた。店員が残念そうな顔をするが、知ったことではない。 (彼女・・・・・・ねぇ・・・・・・) 今更驚くことでもないだろうに。出逢った・・・・・・4年前から、自分たちは許嫁なのだ。どうにも、葉のそういうところはわからない。 (まったく・・・・・・) 持ち前のユルさ(?)を発揮したのかどうなのか、今は落ち着いた様子の葉を見遣る。 (そういうトコもあんたの長所ではあるのだけどね。ちょっと子供っぽすぎるわ・・・・・・) そうやって、しばらくは物思いにふけっていたアンナだが、やがて葉の「おーい、アンナー」という声を聞くとぱたぱたと葉を探しにどこかへ行ってしまった。 ◇◆◇◆◇ 「お、お、終わりましたぁ・・・・・・後はもう一度チェックしなおすだけのはずです!」 「おー、良かったじゃねぇかたまお!」 「んじゃ、さっさと終わらせちまいな」 「もちろんです。早く終わらせて夕飯の支度をしないといけませんし」 時は午後3時半過ぎ。大掃除を終わらせろ、と言われたにしては早い終わりだが、これも日頃からたまおが掃除を徹底しているおかげだ。 「アンナ様に文句を言われなければ良いのですけど」 台所のやり直し点検をしながらたまおは呟く。 「それが一番大変なんですよねぇ。アンナ様はお厳しいですから」 「葉と違って怖いからな」 「ホントだぜ。女将はオレらにも容赦ねぇし」 恐山アンナ。 葉の嫁。 そしてこの元民宿「炎」における最大の権力者。 この地においてアンナ以上の権力を発揮できるのは葉だけだ。しかも、それもかなり稀に。 いくら許嫁、そしてアンナが妻であり葉が旦那だからと言って必ずしも旦那が強いわけではない。全ての妻が旦那の尻に敷かれているわけではないように、アンナもまた葉を尻に敷いてこき使っている権力者妻のひとりなのだ。 そんな彼女も、葉だけには時たま甘いのだが・・・・・・どうやらアンナには葉以外の人間は道具としてしか映りにくいらしい。はっきり言って、葉以外の人間には興味がない、というよりも眼中にない。 「あとは2階を見たら終わりですね。もうちょっとがんばりますか・・・・・・」 ポンチ・コンチとアンナの恐ろしさについて話していたたまおは、もうひとふんばりとばかりに2階へと歩いていった。 ◇◆◇◆◇ 「・・・そうね、コーヒーと紅茶をひとつずつ」 葉とアンナは喫茶店にいた。 たまおへのプレゼントを買い終え、すぐに帰るのもあれなので(たまおへの執行猶予という意味合いも含まれる)葉のおごりで喫茶店で一休みしよう、ということになったのだ。 ちなみにこの場合、「葉のおごり」という言葉が重要な意味をもつ。大元は同じでも、「麻倉家(葉とアンナ)の財布」や「アンナの財布」から出るのと「葉の財布(要するに小遣い)」から出るのではまったく意味合いが違ってくるのだ。 「ふー・・・・・・とりあえず決まって良かった」 「・・・・・・・・・本当に」 コーヒーをすすっていたアンナは葉の方を見据えてこう言い放った。 「一時はどうなるかと思ったわ」 「う゛!・・・・・・・・・・・・す、すまん・・・・・・」 葉は苦し紛れに髪を掻きながら「う゛えっへっへ・・・・・・」と苦笑いする。 葉なりの精一杯の照れ隠し・・・・・・というより誤魔化しに近いというか、まあそんなものだ。 アンナはそんな葉の態度を一瞥すると口を開いた。 「たまおの掃除もそろそろ終わったかしらね」 「んー、もう少し待ってやった方がたまおも気がらくなんじゃねぇかなぁ・・・・・・今はまだ夕飯作ってるだろうしな」 そんな風に言うと、葉は「あー疲れた」といって机につっぷした。 「なに。そんなに大変だった?」 「いや、そーゆーわけでは・・・・・・ただな、こう・・・・・・アンナと二人で、こうやって街を歩くのなんて初めてだったから・・・・・・ちょっと緊張しちまったんよ」 緊張。ふうん、とアンナはカップを机に置く。葉のそういった感情は思いのほか見えにくい。どうでもいいことは垂れ流しなユルい顔のくせに、そういう大事なことはほとんどわからない。 そこも葉の良いところのひとつではあるのだろうが・・・・・・こういう時は不便なだけだ。 「ねぇ、葉」 「なんだー、アンナ」 「そういう時はあたしに言いなさいよ。いつまでも黙ってないで」 「・・・・・・なんで?」 葉に聞かれて若干口ごもる。このにぶちん、と心の中で思いながらアンナは慎重に次の言葉を選んだ。 「だって・・・・・・その、ほら、心配とか・・・・・・しちゃうじゃないの」 「アンナ・・・・・・」 言い終わると、アンナの前にはちょっと顔を赤くした葉がいた・・・・・・ように見えた。きっと気のせいだ。葉はいつだってユルい顔で笑っているんだから。 ◇◆◇◆◇ 「ただいま」 「ただいまー」 「炎」に葉とアンナの声が響く。 「あ、お帰りなさいませ、葉様、アンナ様」 声を聞くやいなや台所の方からぱたぱたとたまおが駆けてきた。その出で立ちや仕草、台詞、どれをとっても完璧に家政婦だ。もはや非の打ちようがない。完璧すぎる。 「おうオカミ! 夕飯の用意は出来てるぜぇ」 「後は食べるだけってとこよ」 「おお、サンキューなたまお、コンチポンチ。じゃあアンナ、夕飯食べちゃうか」 「そうね。・・・・・・そうだわ、たまお」 「は、ハイッ!!」 たまおはアンナの声におもわず背筋を伸ばした。どうなのか。アンナに掃除をダメだしされてしまわないだろうか。 「掃除ご苦労様。あんたにプレゼント買ってきてあげたわよ」 「そうそう。今日はそのために街まで出かけたんだしな」 「えっ・・・・・・」 たまおは驚いてしまった。てっきりデートだと、ずっと思っていたからだ。 「あ、ありがとうございます・・・・・・!!」 「な、なんだ、たまお。そんなにびっくりしたんか?」 「いえ・・・・・・てっきりお二人はデートにでも出かけたのかとばかり・・・・・・今日はクリスマスイブですし」 「でっ・・・・・・!!」 「あら、そういえばそうね」 なんでもない風のアンナに対し、葉の顔はかなり赤くなっていた。葉はこういうところは本当に疎い。そして果てしなく鈍い。 この程度でこうだと、ちょっと先が思いやられるわ、と思いながらアンナは食卓へと向かった。 ◇◆◇◆◇ 「・・・・・・う、葉!」 「ん? んー・・・・・・ってうわ、あ、アンナ?!」 「まったく。いつまでここで寝てるつもり?」 言われてあたりを見回すと、どうやら葉はアンナの膝の上で眠っていたようだった。どうりで心地よいわけだ。 「う。いやー・・・・・・すまん」 「・・・・・・別にそれは大したことじゃないのだけどもね・・・・・・」 ふとアンナは呟く。いや、そんなことを言っている場合ではない。今は葉を風呂に入れるのが先決だ。このまま寝られたらかなわない。 「? アンナ、なんか考えてんのか?」 あどけない顔で葉が聞く。全く本当に鈍い。アンナが頭を悩ませることといったら葉のことしかないというのに。 「ううん・・・・・・あたしもクリスマスプレゼント欲しかったかしら、って思っただけよ」 「え?! そんなら昼のうちに言ってくれれば良かったのに・・・・・・オイラまだ財布に余裕あったし」 そういうことじゃなくて、と素直に言えない自分がもどかしかった。お金で買えるようなものは要らない。どうせ葉から貰うのならもっと価値あるものが欲しい。 いっそのこと言ってしまおうか、と思った。言えずに溜めていくのでは身体に悪い。 「・・・・・・そういうことじゃないの。あたしが、欲しいのは・・・・・・」 言葉の続きは言えなかった。唇が塞がれていて、上手く言葉をつなげない。 「っ・・・・・・よ、う、」 呼吸が出来ない。そろそろ息苦しい。拙いキスははじめてじゃなかったけど、なんだか今日はいつもと違う。 放っておけばいつまでも離してくれそうにないくらい、葉の力は強かった。 「・・・・・・っ、は、あ」 ようやくアンナと葉の間に距離が出来て、アンナは深く息を吸い込んだ。葉を見ればけろりとしている。まったく、なんだというのだ。 「ちょっと葉、いきなり何を」 「ん〜・・・・・・」 葉は頬を染めながらぽりぽりと頭を掻き、小さく言った。 「いや、今オイラに出来ることってこんくらいかな、と思って・・・・・・」 「確かアンナはこういうの嫌いじゃなかったと思ったから、」とさらに俯いて言う。 どうして。 どうしてこういう時だけこんなに鋭いの。 普段はなにも気づいてくれないくせに、どうして。 「・・・・・・ばか。葉の馬鹿」 「す、すまん!」 アンナはぐいっと葉を引き寄せて呟いた。 「だったら・・・・・・普段もあたしの考えてることわかってよね・・・・・・ッ」 アンナが勢いよくそう言うと、葉は呆気にとられた顔をして「お、おお・・・・・・」と言った。 「なんだか拙者・・・・・・今回は出番なしでござるな・・・・・・」 ひっそりと阿弥陀丸が呟いていたことは、誰も知らない・・・・・・ end あとがき。 葉アン書きたかったんです。それだけです。 書いてるうちにだらだらと長くなってしまい、ちょっと自分に絶望。 もっとすぱっと終わらせられるようにしたいです。 ちなみに葉様とアンナ様はきっといろいろあっただろうと思っています、勝手に。 後半は勢いでずざーっと書いたのでいろいろおかしくなっていますがスルーで。 葉はああ見えてやるときはやる男だと思うんですよね。こう、びしっと格好良く決めちゃう感じだと思うんです。 あと、アンナはもどかしい感情を少なからず抱えていると思う。煮え切らないじゃないですか。葉の態度って・・・・・・ まあね、それでも二人は相思相愛なんですが。10歳の頃から。 でもそんな夫婦がたまらなく好きです。アンナさんとか焼き餅焼きそうだ* |