※オフ本のサンプル
※W璃緒、捏造過多
※アニメ本編の進捗とはかけ離れている上に謎時系列のifパロ
※わりと重ためのシリアス
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01 名前のない墓、それから
墓標のない、小さく粗末な墓がそこにあった。墓前に手向けられた花束と線香の類がなければ、そこを墓だとは思わなかったかもしれない。墓はひっそりと隠れるように存在するのみで、あまり多くの客は歓迎しないようなそんな雰囲気を持っていた。
墓の前に座り込んだ男が、徐に立ち上がって墓前を後にする。上質な洋服に身を包み、高貴な出で立ちをしたその男は少し歩いてから立ち止まり、一言、
「また来るよ」
そう言い残してそこを立ち去った。
少年らしさを残した顔立ちにそぐわない、右頬の大きな十字傷が特徴的な男だった。
「兄様。またお墓に行ってきたんですか」
「ああ。何か問題でも?」
「問題ですよ。何が……そんなに、兄様を引き付けるんですか。僕には、それがわからなくて……」
そう言って過保護気味な視線を向けてくるのは弟のミハエルだ。トーマスははン、と溜息をついてわざとらしく弟に諭すような顔をしてみせた。あからさまな子供扱いにミハエルの頬がぷうと膨らむ。そうやってすぐ態度に出るから子供扱いのままなんだ、と言ってやるとより一層抗議の視線が厳しくなる。
「だいたいお前は大袈裟なんだよ。墓参りの一つや二つで、何をそんなに咎められなきゃならないんだ」
「ええ。僕だって、我が家のご先祖様のお墓でしたらこんなに心配しませんよ。誰のものかも、いつのものかも、さっぱりわからないのに兄様が足繁く通っているから心配なんです。何か、良くない秘密でもあるんじゃないかって」
「馬鹿言うな。ないよ、そんなものは……第一ミハエル、俺は確かに兄貴には隠し事ぐらいはするが……お前に今まで、そういう真似をしたことがあるか?」
「それは……ない、です、けどっ!」
「そういうことだよ」
トーマスはひらひらと手を振ると宙を仰ぎ見ながらぼやいた。
「あの墓には何もないんだ。名前もないし、中身もない。空っぽだ。墓標だって、単にそれらしい石っころが地面に突き刺さっているだけなのかもしれない。だが俺はそこに行かなくちゃならない。――知ってるんだ。俺は、弔わなければならない誰かがいたということを、知っている。だから花を供える」
「――青い花を?」
「……ああ。何で知ってんだ、おまえ。わざわざ見に行ったのか?」
ミハエルが無言で肯定の意を示すので、トーマスは柔らかく笑って「ほんとうに心配性だなぁ、お前は昔っから」と弟の頭をくしゃくしゃと撫でた。
トーマス・アークライト、職業はプロ・デュエリスト。ミハエルの自慢の兄だ。極東エリアのチャンピオンの座にいる実力者であり、彼本人のプレイスタイルと出自の良い家柄がもたらす相乗効果によって「最も紳士的なプロ・デュエリスト」とまで呼ばれている。女性ファンが多く、少女めいた容姿をしているミハエルがマネージャーとして同行すると一部の過激なファンにミハエルが絡まれてしまうことも少なくない。ただ、最近になってようやく弟がマネージャーをしているという事実が広まりつつあるらしい。
アークライト家の次男坊で、母親こそ病で早くに亡くしてしまったものの恵まれた人生を送ってきた。優しい父、聡明な兄、愛くるしい弟、それから、勇敢な飼い犬。頬の十字傷だけがその幸福な人生にそぐわない異彩を放つものだったが、どうしてだか、傷を持つことへの疑問はなかった。
十字架の形をした傷痕は、常にトーマス・アークライトと共にあった。戒めの楔のように。
そんなトーマスが多忙なスケジュールの合間を縫って墓参りに行き始めたのはエキシビションで招待されたワールドデュエルカーニバルが終わって間もなくのことだった。ミハエルが九十九遊馬という少年とひょんなことから交友関係を温め、それを兄に報告しにきた頃にその兆しが見え始め、トーマスは、名前のない墓に足繁く通うようになる。
墓はハートランド・シティの隅にある、さびれた洋館跡の庭に鎮座している。奇妙な色をした双子石だ。それにトーマスは何を思ったのか、数日のうちにその敷地を丸ごと買い取り、屋敷跡ごと墓を自身の私有地にしてしまった。
ぼろぼろの廃屋だったとはいえ、敷地ごと買い取るなんて普通じゃない。正直に言うと、ミハエルは恐れているのだ。兄にそこまでさせる何かを、得体の知れない力をおぞましいと思っている。
(そりゃ、僕だって……兄様に過干渉だって思う気持ちはありますけど……)
こっそり後をつけて行って、そうして相対したあの墓を思い出す。本当に小さくて粗末だけど、正体のわからない強い力を確かに感じた。怨念、執念、未練……そういった感情のどれにでも似ていて、しかし正確にはそのどれでもない。背をせりあがっていくぞっとしない何かに凍りつくような恐怖を覚えた。ミハエルは、あの墓が怖い。
(兄様を奪われてしまうような気がして)
墓の中には何もないのだと、そう兄は言ったが、どうもその言葉をそっくりそのまま鵜呑みにしてしまうことはミハエルには出来かねていた。何もないのならば、どうしてお花なんて手向けに行くのですか、兄様。本当の本当に何も存在しないのならば。そりゃあ、掘り起こしたところで骨の一つも出てこないのかもしれない。形のあるものはあそこには残されていないのだろう。だけれども。
(――でも、だとしたら、形のないものは?)
形になっていないから、手で触れることが出来ないから、だからこそ恐ろしい。手で掴めるのならばその姿を確かめることが出来るし、必要なら振り払うことだって出来る。捨てることも。なくすことだって。
だけど今トーマスにまとわりつくものはそうじゃない。目に見えないし触れられない。そこに何があるのかさえわからない。何がトーマスを駆り立てるのか、ミハエルの兄を突き動かし、縛りつけようとしているのか。
ビオラ。ローズマリー。オーブリエチア、クレマチス、そしてブルーファイアー。墓前に供えられていた種々さまざまな、しかし皆一様に青ざめた死人のように真っ青な色をしていた花達を思い返す。いったいトーマスはどのような思いでそれらの花を買ってきたのだろう? それを考えると言いようのない恐怖が迫ってきて、ミハエルは瞬間、息が止まってしまいそうなそんな心地になった。
青い花達に各々付けられた花言葉は、「記憶」「私を思ってください」「君に捧げる」「高潔」そして、
「兄様、トーマス兄様、あなたは……わかってるんですか、それが、どういうことなのか」
――「命を捧げます」。それが、ミハエルが知るブルーファイアーの花言葉なのだ。
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02 白昼夢 多角的レゾナンツ
「遅いですわ。女性を待たせるなんて、あまり感心しませんわね」
「悪い。詫びになるかはわからんが、遠征先で前に欲しがってた菓子折りとブランドバッグ、土産に買ってきた。受け取って貰えるか?」
「……そういう計算高いところ、嫌いだわ……」
璃緒は顔をしかめて差し出された荷物を引ったくった。しかめられているばかりではなく、仄かに赤い。あー、この照れ顔、かわいいよな。内心で一人ごちる。トーマスの好きないくつかの表情のうちの、一つ。
「璃緒が気に入ればいいんだが」
「……ありがとう!」
「そうか。良かった」
つっけんどんに返事をした璃緒にニコニコ顔で応えた。職業柄身に付いたのっぺりした営業スマイルではなく、純粋に目の前の少女が可愛くて仕方ないといったふうのにやついた笑顔だった。
トーマス・アークライトと神代璃緒は題目上、つき合っている、ということになっている。とはいえ十七歳のトーマスに対して璃緒はまだたったの十四歳、女というよりは子供で世間的にはまだまだ幼い。だから実際には幼馴染みの許嫁のようなもので、家同士の付き合いの都合もあってシスター・コンプレックスと名高い璃緒の兄凌牙も渋々トーマスが璃緒の荷物持ちになることを認めた。
そういった経緯もあり、二人は手こそ繋ぐもののキスもしたことはないし、セックスなんてものはもってのほかだった。アークライトも神代も旧家の家系でそういった不純にはとみに厳しい。しかしそれに慣れすぎてしまったために不満はなかったし、むしろ二人そろって「そんな不潔な」と遠ざけている節すらある。
結局、二人は家が近すぎて殆ど兄妹みたいなものなのだ。璃緒にとってトーマスは、凌牙とさしたる変わりのない存在なのだろう。トーマスは一人でそう結論づけていた。
トーマスにとっても半分ぐらいはミハエルと変わりない認識をしている存在だからそれは仕方ないのだと思う。別段それ以上を望むわけでもない。まだ、という認識がそれを遠ざけている。璃緒を欲しがる一方で、兄としての中途半端な自覚が彼女を純潔のまま守ろうとするのだ。
「お仕事、相変わらず忙しいのね。今回はどこだったかしら。ヨーロッパの方?」
「ああ。オーストリアの親善試合に……久しぶりに実家にも寄ってきた。じいさまもばあさまも口うるさくてかなわない。父さんへの文句をつらつら言われるのも相変わらずだ」
「まあ、それはろくに実家へ帰省しないあなたのお父様が悪いのよ。家に帰ったら言って差し上げるといいわ」
「そうする。俺がいない間、変わったことはなかったか? 凌牙はどうしてる」
「凌牙は元気すぎるくらい元気よ。今日出てくるときもいつも通り不機嫌そうな顔してたから、宜しく」
「……成長しねえなーアイツ……」
「お互いさまでしょ」
璃緒が澄まし顔で言った。この少女は相変わらず大人びていて、ともするとかわいげがない。傍目から見てもはっきりと分かるほどに美少女ではあるので往来で男の目を留めることは多々あるが、あまりにも性格が強気で勝ち気、そのうえキツい―と三拍子揃った扱いの悪さなので校内で声をかける物好きはそういないらしい。
そもそも校内には双子の兄がいて目を光らせている。しかし凌牙も璃緒のスケジュールに朝から晩まで合わせるわけにいかないから、こうして校外のエスコートに信用出来る男が一人必要なわけだ。
「旧家のお嬢様ってめんどくさいわね。私、次に生まれる時は庶民でいいわ」と璃緒が悟りを開いたような目で告げたのは彼女が何歳の時だっただろうか。
もう、昔すぎてトーマスにはそれがうまく思い出せなかった。
「で、今日はどこのコースだ?」
「もうそろそろ七月になるでしょう、夏物、買い足しておきたいの」
「なるほど。お任せあれレディー」
「その呼び方、好きじゃないわ」
茶化して言うと間髪入れず否定された。
璃緒の買い物は長い。女は大概長いがそのご多分に漏れず長い。彼女のショッピングに付き合えるのは同じく長い買い物をする女友達と、幼い頃から駆り出されて慣れてしまった凌牙にトーマスぐらいのものなんじゃないかというのがトーマスの見立てだった。とはいえトーマスも慣れているとは言っても璃緒以外の女の買い物に付き合える気はさらさらしないから、多分、身内への甘さなのだと思う。
トーマスにとって璃緒は既に身内だった。幼い頃は子供五人で庭のプールに放り込まれたし、風呂の中に入ったこともある。物心ついた頃だが、一緒に寝たこともある。あの頃は、凌牙とトーマスで璃緒とミハエルを挟み、川の字のようにごろごろと並んで昼寝を良くしていた。
もしいつか本当に、取り決められた幼馴染み関係のまま婚姻を迎えることになっても、璃緒はそういう意味で身内のままで、認識なんてそうそう変わらないんじゃないかとトーマスは思う。彼女が綺麗な作り笑顔を始終していなきゃいけないような堅苦しい相手であったことは一度もないのだ。
「ねえトーマス、このワンピースなんだけど、どっちがいいかしら。両方とも捨て難いのよね。私一人じゃうまく決められなくて」
「ああ、どれどれ」
ぼんやりと考え事に耽っていた思考を璃緒の声で現実に引き戻される。見てみると璃緒は二枚のワンピースを両手に一つずつ持ち、大分深い長考をしているといった塩梅の思案顔だった。
右手には水色のシンプルなサマー・ワンピース、左には同じく白色の、やや装飾の付いたワンピースが下げられている。トーマスはふむ、と顎に手を添え璃緒の方へ寄っていくとまじまじと彼女と二枚のワンピースとを見比べた。どちらの方が隣に立っている彼女が着ていて嬉しいのか―華美な服装を好む父親譲りのトーマスのセンスからすれば答えは一つしかない。
「俺はこっちの方が好きだな。白は清楚な色だし、このぐらい着飾った方がかわいい。よく似合うと思う」
「そ、そう?」
思ったままのことを伝えたのだが何故か璃緒の顔が僅かに赤くなる。トーマスは首を傾げて、「ああ」短い肯定の意を示した。
「それでもまだ悩むようなら、俺が両方買ってやるよ。そっちの水色も捨て難いのはわかる。おまえの髪に似た空の色だ。似合わないってことは勿論ねえし。ただ、俺は白の方が好きだってだけだから」
「ううん、いいわ。こっちの白のだけにする。あなたが選んだって言ったら、凌牙は嫌な顔するかもしれないけど……」
「んなのいつものことだろ。シスコンの凌牙くんからのネチネチした姑みてーな嫌味なんか聞き飽きてるぐらいだ。今更気にもならない」
「でしょうね。それに、私、近頃は……」
そこまで口にして彼女は突然ぴたりと唇を閉じて黙り込んでしまった。何かを言うか言うまいか、迷っている様子だ。トーマスはそれを無理に促さないように気をつけながら璃緒の名前を呼ぶ。
ゆっくりと顔を上げた璃緒は、真っ直ぐに自分を呼んだ男の顔を見て、目を細めた。
「――なんでもないわ」
「そうか」
「ええ。ワンピース買ったら、一緒に靴と鞄も欲しいの。付き合ってちょうだいね」
「勿論。荷物持ちはもうずっと俺か凌牙の仕事だ、わかってるさ」
「……もうちょっと気の利いたことは言えないわけ?」
「それから、帽子も買っとけ。夏のお嬢さんが出歩くのに日除けの帽子は大事だ」
澄まし顔で言うと璃緒はまた顔を赤くして、「トーマス、あなたって、ばかね」と頬を僅かに膨らませてぷいと横を向かれてしまった。何故だかはわからないが、むくれているふうである。トーマスは首を傾げた。
だってお嬢さんにお嬢さんと言って何が悪かったというのだ?
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