※オフ本のサンプル
※今までにweb上で発表した短編の再録集。収録タイトルは以下(赤字は書き下ろし)

少年懐胎(ベク遊)
君の笑顔が、良かれと思って(零遊)
君が抱くはアヴァロンの鍵か(零遊)
循環ウロボロスの憂鬱(零遊)
零センチの距離と、君のいたずらな声と。(零遊)
裏切の嘲笑(ベク遊)
スカーレットの信愛(ベク遊)
鳥籠の鳥とその末路について(ベク遊)
友情メトロノーム(零遊)
喪愛の王子さま(ベク遊)
少年リップルズ(ベク遊)
アストライアの果実(ベク遊)
moon_chlid(ベク遊)
神様チャイルド(ベク遊)
博愛少年/或いはうそつきピエロとその幸福な最後(ベク遊零)
彼が選んだ決別のかたち(三勇士とアス遊?未完注意)
天然とそれの境目(三勇士)
曖昧ノスタルジア(カイトと遊馬)
彼我の距離(凌牙と遊馬)
トリコロールジェノサイダー(三勇士)
星空メテオ(三勇士)
ハートウォーム・メトロノーム(ややWV)
お前のための、悪魔の仮面(ややWV)
アークライトの子供たち(トロン三兄弟)
葬送の儀式(カイトとクリス)
これからの未来の話をしよう(遊馬と?)
ファミリア・サンクチュアリ(バイロンと三兄弟)
永久方程式(アストラルと遊馬)
アルマゲストと運命論(凌牙とトーマス)
I really want to say.(ミザエルとカイト)
酒は飲んでも呑まれるな。(ミザドル、ベク遊、バリアン大学生パロ)
きまぐれな猫がみた夢は。(ややベク遊、バリアン大学生パロ)
REcorrection(零遊、ベク遊)


※他にカラーイラストページや、通販用ペーパーに載せていたsss三本など。

「星空メテオ」
「REcorrection」






星空メテオ






 巨大な、ウォルマートさながらの複合型ショッピングセンターの一角で三人の少年がああでもないこうでもないと雑談をしながらこれも巨大なショッピングカートに品物を放り込んでいる。鯖の缶詰。紅茶のリーフ缶。トウモロコシ。トマト。その他諸々の野菜。パック詰めされた豚のブロック。インスタントスープのパッケージ山ほど。何やら派手な色をしたお菓子のたぐい。歯ブラシ、タオル、それから――
「だから何度言えばわかる! 必要な備蓄はある程度揃えてあるんだ。こんなにぽいぽいと無駄なものを買おうとするんじゃない。いいか。歯ブラシは新品があるんだ」
 とうとう耐えかねて、カートの動きが強制的に止められた。白い指先がすっと伸び、カートに収まったカゴを掴むと強く揺する。ガタガタと揺れ、中身が零れそうになるのに構わず少年が怒鳴った。
「え、でも、」
「全くだな。お前は無駄な買い物が多すぎる……第一そんなものは欲しければ自分で持ってこい。俺は詰めてきた。お前は、あのやたらでかい荷物に一体何を入れてきたんだ?」
「う……」
「戻してこい。買わないと言ったら、俺は買わん」
 凌牙にも駄目出しをくらい、財布の全権を握っているカイトにきっぱりと非常に強くそう言い切られて遊馬はしょんぼりとうなだれて渋々商品を元のように棚に戻していく。歯ブラシが戻り、タオル、お菓子、インスタント食品、めんつゆ、冷凍食品、諸々がカゴの中から消えてついに残るは生鮮食品のみになった。しかしそれもカイトの手によって間引きされ、山のように詰まっていたカゴにはささやかな量の生野菜が残るばかりとなる。
「お前は何人分買い込む気だったんだ。三人なんだから、これだけあれば十分すぎるくらいだ」
「でも、ほら、料理に失敗するかもしれないし」
「俺が作って失敗するわけがなかろう。凌牙、そこの胡椒取ってくれ。その、月間お買い得商品の横のやつだ」
「ああ……………………桁がおかしくねえか?」
「いいんだ。カードだから」
 そういえば、もうすっかり忘れていたが天城カイトはハートランド・シティの実権を事実上握り込んでいる男の御曹司だったのだということを思い出して神代凌牙はそこで考えることをやめた。
 そのうえあの欧州貴族のアークライトが師である。どうせ没落貴族だろうとか思っていたところ現在でも寝て暮らすだけで収入が舞い込んでくるような次元の住人であったらしいということを知った後は特に意味もなくトーマスの顔面を殴ったものだが、ともかく、彼らは両親の遺産に頼って生きている少年とは金銭感覚の概念が違うのだ。
 まだ物珍しげにきょろきょろあたりを見回している遊馬の姿は、そう考えるといかにも庶民代表といったような風体で、凌牙は前触れなく遊馬の頭をがしりと掴む。首を動かせないように固定すると遊馬が上目遣いで抗議の視線を送ってきた。思わず離してしまいそうになるがぐっと堪える。
「離せよ」
「アホか。みっともないからじっとしてろ、もうそこまで子供じゃねえんだから……」
「姉ちゃんみたいなこと言うなよシャークのくせに」
「そいつはどういう意味だ!」
「だってシャーク、妹シャークにいっつも」
「――うるさいぞ貴様ら!!」
 カイトの叱責が上から落ちてきて、二人でびくりと肩を震わせた。凌牙の手が遊馬の右手首をがしりと掴んでおり、その状態で強く握り込んだまま固まってしまったことに気がついて慌ててばつが悪そうに手を離す。
 それを認めてカイトはいよいよ気難しい顔をして、両手を腰に当て、これ見よがしに溜め息を吐いて「何をやっているんだ」と文句を付けた。
「ハルトは確かにいい子だが、そのハルトの十分の一も大人しく出来ないというのは中学生としてどうなんだ。猿か二人とも」
「遊馬と一緒くたにガキ扱いするな!」
「そうだぜ! 俺は馬だけどシャークは鮫だし、猿じゃないぜ!!」
「そういう意味じゃない!!」
「だから……まったく……」
 仁王立ちになる。あ、これは、まずい、と咄嗟に身構える遊馬の隣で凌牙はそっぽを向き、ふんと鼻を鳴らした。カイトの指先が伸び、何か諦めたように年下の二人の手を順繰りに触っては離れていく。
「……仕方ない。早いところ、別荘に行こう。こんなところにいては遊馬があちこち目移りするのも仕方ないことだろう……」
 白い指先は自分の弟を労る時と同じような柔らかさで彼らを撫でていた。てっきり怒られると思っていたのに逆に労られてしまい、遊馬は少しだけきょとんとしてたたずむ。
「――ってことはようやく行けるってことか! もうマジで超楽しみにしてた!!」
 でもすぐに目をきらきら輝かせて尻尾を振る犬みたいに大喜びで飛び跳ねるとカイトの手を握ってあっという間に上機嫌になった。
 今日は三人だけで、天城家所有の別荘に訪れることになっているのだ。




・・・・・・・・・・・・・・



REcorrection


 ふわふわの綿菓子みたいな雲を渡り歩いて、それを食べるバクになる夢を見た。
 雲はオレンジ色だったり、うす紫だったり、うす緑だったり。水色やピンク色のもあった。どれもカラフルなパステルカラーで、食べると甘い。わたあめの夢たち。こうやって夢食いで、色々な人の幸せな夢を分けてもらう。食べると少しずつ幸せな気持ちになる。
 一個だけ、とても不思議な夢のわたぐもがあった。そのわたぐもは他の夢たちの中でも一際大きくて、もこもこしていて、それから変な色をしている。七色の虹のような雲。それも食べてみたけれど、どうも奇妙な感じで、他の雲のようにただ優しく甘いだけではなかった。
(苦い……)
 舐めると苦く、酸っぱく、塩辛い。頬ばると、鈍い鉄の味。この味を知っている、そんな気がしたけれど何の味なのかうまく思い出せない。
 そのうちに、その奇妙なわたぐもがもこもこめりめり姿を変えていく。やがてわたぐもが見覚えのある、懐かしい姿形を映し出そうとして――

 ――そこで真月零は、目を覚ました。


◇◆◇◆◇


「おはよ、真月。どうしたんだよ、まるでへんてこな夢でも見たみたいに妙な顔してたぜ」
「あ……おはようございます、遊馬くん。そうなんです。なんだか、すっごくへんてこな夢を見ていて…………」
 そこで零は頭をひねる。ついさっきまでは確かに、その「へんてこな夢」の全容を覚えていたはずなのに、一切何も浮かび上がってこない。残っているのは夢の後の倦怠感だけだ。
「……あれ?」
「忘れちゃった?」
「うん……忘れちゃいました。気にしないことにしましょう。それより学校に行かなきゃ」
 零は首を振ってベッドから飛び降りた。目の前の少年を待たせるわけにもいかない。彼を困らせてはいけない、というのは零の心の中で密かに定められた決まり事だった。
 彼、九十九遊馬は皆のアイドルで、人気者で、太陽で。
 だからこんなことでその手を煩わせるわけにはいかない。
「今日、ごめんなさい。僕のせいで遅くなっちゃいますね……」
 着替えをして昨日のうちに支度しておいた学校カバンを手に取り、階段を下りる道すがらにそう問うと遊馬は「なんだよ、そんなこと」と人好きのする笑みで零に応える。零はその笑顔を見ると、訳もなく幸福な気持ちになってしまう。ああ、好き、大好きです遊馬くん。そうやって口に出して伝えてしまいそうなぐらいに、幸せになる。
 遊馬の手が後ろから伸びて、零の肩を掴んだ。
「気にすんなって。俺が好きでしてるんだしさ。ほら、俺達幼馴染みなんだから」
「遊馬くん……」
「あ、いっけね。ぼちぼち急がねえとマジで遅刻になっちまいそう。真月、起きたばっかだけど……」
「はい。大丈夫です、走れます」
「そっか。じゃ、行こうぜ!」
 力強い指先が零の手を掴んで走り出す。手を引かれる体勢のまま零も彼について走り出した。今日は随分朝寝坊をして、彼に迷惑をかけてしまったけれど、ここからは迷惑をかけないようにしないといけない。
 今日の放課後には前から随分と楽しみにしていた予定がある。それには、遅れないようにしなければ。零は一人胸の内でそう誓った。


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