※オフ本のサンプル
※ヘッドホンを買いに行ったり距離感にもだもだしたりする主花。ほのぼのリリカルホモ。





「あっ」

「えっ?」

 ヘッドホンが壊れた。救出した直斗の回復を待ちながらダンジョンに籠もってシャドウから素材を集めて回っているその最中でのことだ。りせのサポートで弱点のわかってる相手だったし、力量的にも気負う必要のない相手で気が抜けていたのかもしれない。
 シャドウの攻撃が俺のヘッドホンに直撃し、派手に弾け飛ぶことこそなかったけれど、ケーブルがブチッと千切れとんだのが俺の目に映る。ポケットに突っ込んだウォークマンから流れていたテンション上げ用の音楽がブツリと鳴り止んで聞こえなくなった。やべえ。どうしよう。これ、お気に入りの奴だったのに。
「ちょっと、花村! 何ぼさっとしてんの!」
 千枝の喝が飛んできて、それを受けてかちょっと離れた位置で隙を窺っていた俺の相棒がこっちへ向かってくる。それで、あーやべーマジで壊れちゃったの? とか頭の中ぐるぐるしてる俺の代わりに悠はシャドウを斬り飛ばし、戦闘を一端終了させた。相ッ変わらず惚れ惚れするような無駄のない動きってやつ。
 でも今日はもう、その相棒の華麗な動きに見とれていられるような気分じゃなかった。
「お疲れ悠センパイ! ……ね、花村センパイ、どうしたの? 急に立ち止まっちゃって。何かあった?」
「そーよ。あいつ花村がガル撃てばすぐ倒せたよ?」
「りせ、千枝、仕方ないよ。陽介、さっきシャドウにヘッドホン壊されちゃったんだ」
「え。あ……ほんとだ。コードが断線しちゃってる」
「わー……それは……。花村、そのヘッドホン大分お気に入りだったよね。鳴上君、それってなんとか出来ないの?」
「いや、流石に俺もここまで酷い状態のリペアはちょっと。コード付け替えタイプじゃなくて一体化してる奴だし、買い換えた方が早いよ」
 悠の冷静なコメント。コードもイヤホンジャックに近い部分が断線したんならともかく、どっちかというとヘッドホンに近い位置でブッチリ逝ってしまっている。うんまあ、これは俺も無理だと思う。買いに行くしかないなあ、と諦めを覚えつつなんだかそれに乗り気にもなれなくて俺は盛大に溜め息を吐いた。それを聞いて悠はフフッ、とか笑っている。
「あんだよ相棒。笑うことはないだろ」
「いや。陽介、子供みたいな顔してるから」
「子供ぉ?! クマじゃあるまいし!!」
「拗ねるなって。とにかく、陽介はヘッドホンマンだからなるべく早く買いに行った方がいいよな。今……六時か。今日はダンジョンはここまでで切り上げて、そのまま音響のコーナーにでも寄るか?」
 俺の抗議はサラッと流してあっという間に話題を進められる。ここでこれ以上それに言及しても仕方ないと思ったので俺は反論を引っ込めて他の奴らの反応を待った。六時っていうと、丁度微妙な時間で総菜とか生鮮食品のフロアは混み合ってるけど家電フロアは人は殆ど居ない。八時だったらさっさと帰ってふて寝したかもしれないけど、まあまだ六時ならなあという感じだ。
 りせがひいふうみいと指折り数えて何かを確認している。雨の日限定シャドウからドロップした素材のカウントをしているんだと思う。そもそもそれが今日俺達がジュネスに集まった目的だったのだ。
 数え終わったりせはにこりと満面の笑顔になって、「大丈夫、オッケーだよ!」と悠の方をしっかり向いて言った。
「うん、それでいいと思うよ。素材は十分溜まったと思うし。雪子センパイ、千枝センパイもそれでいい?」
「鳴上君がそう言うのなら、そうしよっか」
「そうだね。ヘッドホンない花村とかあたしも落ち着かないし。……花村はそれでいい? それとも今日はもう疲れたから帰る?」
「んー……。一応在庫見るだけな。ウチのオーディオコーナーそんな広くねえしすぐ終わるよ」
「じゃあクマが案内するクマー!」
「クマははしゃぐな!」
 クマの頭を押さえつけたら、まあまあ、と宥めるように俺が悠に頭を撫でられてしまう。いや、ちょっと待て、確かに俺は誠に残念なことに相棒よりも幾らか背が小さいんだけど、だからってそれはどうなんだ。
 いつにも増して子供扱いされているような気がしてむっとしたけど和気藹々と話をしている他の奴らを見てるとここでそれを口に出すのが憚られて、俺は仕方なくその不満と疑問を喉の奥に呑み込んだ。


 元々俺のこのオレンジ色のヘッドホンは、この町に越してくる前に都会で誕生日に買って貰ったものだった。十五歳の誕生日、だから買ってから二年目か。買い換えるのに早すぎるってこともないけどかなり気に入ってるモデルだったから俺としてはもう少し長く保って欲しいところだったわけだ。
 誕生日だからと頼み込んで、それなりにちょっといい奴を。その分大事に扱っていたつもりだし愛着もあった。それがまさかこんな形で無残に散り、別れを告げる事になるとは。
「ヨースケのとおんなじの、やっぱり見つからんクマね〜」
「や、だってあれ最近買ったワケじゃないっしょ? もう違うモデルになってるのかも。それにここ田舎だし……」
「そうッスね、そもそも都会に比べると品揃えはどうしても偏っちまいますしね」
「お前ら寄ってたかってジュネスの品揃えが悪いみたいに言うのやめろよ」
 確かに都会と比べたら悪いかもしれないけど、この町の中で見たらこれでもダントツなんだ。
 二〇種類ぐらいのヘッドホンをざっと見終わって、やっぱ気に入るのがないなと腕を組んで唸る俺の隣で悠が真剣に一つ一つの品定めをしている。時折ちらりと俺の方を見てくるのは、ヘッドホンのカラーリングと俺を見比べているからなんだろう。他意はないんだと思う。多分……。
 それでもやっぱり全てを見終わるのにそれほど時間は掛からなかったようで、ヘッドホンの隣のイヤホンコーナーに手を伸ばし、今度は俺の方を見ずに自分の耳に掛けたりし始める。オーソドックスで安価なインナーイヤー型を手にとっては戻し、カナル型も戻し、最後に耳掛け型を手に取った。シルバーと黒のツートーン。イザナギみたいなやつ。
「お前もイヤホン買うのか?」
「どうしようかな。ちょっと考えてるんだ。今持ってるのはプレイヤーに付属で付いてきたインナーイヤー型なんだけどあれってすごく硬いだろ。陽介がいつもヘッドホンしてるの、少しいいなと思っていて……俺もヘッドホンにしようかと思ったんだけど、あんまりピンとこなくて」
 陽介にピンとくるのもここにはなかったけれど。悠がはにかむ。なんかこいつの笑顔って時々女子みたいだよな。整って隙がないというか、いや、別にそれは悠が作り笑いをしてるとかそういう意味じゃないんだけど……。
「じゃあついでに一緒に買おうぜ。イヤホンがいいならイヤホンにするといいと思うけど、ヘッドホンも検討してるならそれぞれの良いとこ悪いとこ教えてやるし」
「そうだな。陽介は、そのあたり詳しそうだから。任せるよ」
「おう。まっかせとけ!」
「頼もしいな。陽介の太鼓判が付いてると思うと安心出来るよ」
 ずらずら並んでいるイヤホンの群れの中に視聴用サンプルを掛け直して相棒は改めて俺の方に向き直る。じゃあ、いいか、と確認を取るような声。俺がそうだな、もうここは出ていいな、って返すと違うそうじゃないって首を振る。
「明日、日曜だけど用事は?」
「明日? ないと思うけど……何で?」
「善は急げって言うじゃないか。用事がないんなら、丁度良いかな。沖奈に行こう。あそこなら、色々見るとこあるだろ?」
「――二人で?」
 その時、俺はどうしてそんなことを口走ってしまったのか、正直なところ自分でもよく分からない。だけどここで二人で行くって、二人きりで出かけるってことを確認しておきたかった。別に二人で出かけたことがないわけでもないし(むしろ、割としょっちゅうのような気さえする)、特捜隊のみんなと出かけるのが嫌いなワケじゃないけど、俺はその時二人で沖奈に行きたかったんだと思う。
 二人で、悠に俺のヘッドホンを選んで貰って、そうして俺が悠のイヤホンを選んで、お前の選んでくれたヘッドホン調子良いぜとかそういう話をしたい気分だった。
「当然、二人だ」
 悠は当たり前みたいにそう返してくれる。内心でガッツポーズ。じゃあ明日、バイクでガソスタの前な! と約束して、それぞれ自分の趣味でイヤホンなりを選び始めていた他の奴らに、俺達はもう用が済んだってことを伝えてクマを回収する。
 その日俺は、なんとなく解散の流れになって帰路に着く仲間達を見送ると夕飯の買い出しをするためにジュネスに残った悠にクマと二人で暇つぶしがてら着いていって、そのままなんだかワクワクが収まらない状態で布団を被り、ダンジョン籠もりの疲れもあってかあっという間にすやすやと意識を手放してしまったのだった。



| home |