※軽率なゆとゆやゆごみつごパロ。
※みつごのお隣さんに隼お兄さんが住んでる
※隼ユト含む。
※ほのぼの










「はよっす」
「おはよ。朝ご飯、テーブルの上に出てる」
 日曜日の朝は怠惰だ。三兄弟のうち二人は大体ゆっくり起きてくるし、その中でも約一名は殆ど必ず大寝坊する。だから日曜の朝ご飯を作るのはいつも彼の仕事だ。取り決めたわけじゃないけれど、自然にそういうことになってしまった。
 寝癖が酷くはね放題の髪をわしわしと掻きむしりながらテーブルの上を確認し、大寝坊した彼の口から盛大なあくびが漏れて出た。テーブルの上の皿には、料理読本に載っていそうなほど綺麗に作られたプレーンオムレツとサラダ、ハムエッグとトーストが美しく盛りつけられ、ラップが掛けられている。
「ユートは」
 オムレツとハムエッグが載った皿を電子レンジにもそもそと運び入れながら尋ねると、リビングでノートに向き合っているもう一人が「もういないよ」と片手間に返事をして寄越した。
「起きたら朝ご飯の用意とメモだけ残ってた。特に何か言われてないし、今日も多分隣じゃないかなあ」
「あー、隼兄の世話してんのか」
「世話って」
「だってンだろぉ? あの人ほっとくと起きねーもんよ」
「ユーゴが言えたことじゃないでしょ」
「まーな。で、おめーは何やってんの」
「宿題。言っとくけど、俺達全員出てるよ。ユートは心配要らないけど、ユーゴはこれちゃんと提出する気ある?」
「んー……」
 電子レンジが調理を終えたことを告げる電子音を鳴らす。戸を開けて皿を取り出そうとし、その際予想以上に暖まってしまっていたのか「っちぃな?!」と素っ頓狂な声がユーゴの口から上がった。「火傷しないでよ」と遊矢の素っ気ない声。こういう時、ユートなら多分「オムレツは二分も温める必要はない」とぴしゃりと言うだけなので、これでも遊矢の方が幾分か態度が優しい。
「っちー……」
 席にどかりと座り込んで、一人の朝食にありつく。しばらくはユーゴが咀嚼する音と遊矢がカリカリとペンを走らせる音ばかりが部屋を満たしていたが、何分兄弟の中でも一番に落ち着きのないユーゴだ、静寂はそう長く続かない。彼はサラダにフォークを突き刺すと、もぐもぐと口の中にものを詰めたまま「ゆうやぁ」と行儀悪く彼の兄弟の名を呼んだ。
「飯食ったら隼兄んとこ行くか」
 遊矢がペンを持つ手を止め、溜め息混じりに振り返る。ハムスターさながらに両頬を膨らませているユーゴに対して、彼は仕方ないなあという言葉を贈る代わりにきっぱりとこう言った。
「いいけど、宿題やってからにしてよね」


◇◆◇◆◇


 遊矢とユートとユーゴは三つ子の兄弟だ。故あって両親は海外赴任しているため三人でマンションに暮らしている。三つ子だが、誰が兄で誰が弟だとかいう意識は特別ない。
 三人とも顔はそっくり同じ顔付きだけど、髪型が三人ともてんでばらばら、そのうえユートがきっちりしているのに対してユーゴは何かとずぼらで、遊矢はなんでもふつう、適度な現代っ子、という感じで性格もまるで違うので、まず兄弟同士で間違われることもなかった。
 そんな三人兄弟が住む一室の隣に住んでいるのが黒咲隼。彼もまた両親が赴任中につき一人暮らしだ。黒咲家とは幼い頃から家族ぐるみでの交遊があり、三つ子が子供達だけで日本に残ることを許されたのは、大学生である隼が隣にいるから――と言った理由もあった。いざという時のための保険というやつだ。
 しかし実際のところ、不規則な生活を送っている隼の面倒を逆に三つ子(特にユート)が見る形になりつつある……というのは、それぞれ両親には内緒にしていることだった。
「おい隼兄生きてるか?! って、相ッ変わらずすっげー汚ねえな」
「ここんとこ中間試験で忙しくてユートもかかりっきりってわけにはいかなかったからなあ……」
「ゴミ棄ててるみてーだしそのへんはまだマシ。っつか、ユート! ユートもいるなら返事しろ!」
 雑然と荷物がちらばり、点々と服が脱ぎ捨てられているのを辿って寝室に侵入する。道順を示すように落っこちているそれらは、よく言えばヘンゼルとグレーテルが目印に落っことしたパンくずの有様に似ていた。落ちているのは鳥が啄んでなくなってしまうような貧弱な目印ではなかったけれど。
 そろりそろりと歩いて行ったその先に、果たして、黒咲隼は確かにいた。壁際に備え付けられたベッドの上に大の字なり、死んだかのように深く眠っている。小さな寝息が微かに聞こえてきてはいたが、多少騒いだぐらいでは起きそうにないので二人は示し合わせて忍び足をやめた。
 間違いなかく、これは徹夜明けの成れの果ての姿だ。遊矢とユーゴは経験則からそう理解する。それも一徹や二徹どころの騒ぎではなさそうだ。下手をすると、三つ子が中間試験を受けていた四日間に渡って徹夜を繰り返していた可能性さえある。
「ご飯食べてるのかな……」
「隼兄だぜ。三日ぐらいなら飲まず食わずで寝てそうだ」
「流石にそれはユートが許してないと思うんだけど、寝てると起こし辛いしなあ……あ」
「お? 噂をすれば、じゃねーか」
 小声でひそひそと議論を交わしていたところに、先程二人が侵入を果たしたドアの向こうからもう一人小柄な人影が入ってくる。よく見慣れた紫色のつんつん頭を揺らして掃除機を抱え歩いてきたその少年の姿を認め、ユーゴが「ユート」とどことなくほっとしたように名前を呼んだ。
「ったく、いるんなら返事しろって」
「呼んでいたのか? 生憎、全く聞こえなかった。ん……なんだ、遊矢も来ていたのか。丁度いい、布団のたぐいを干してしまいたいんだが手伝ってくれないか」
「ユート、あれは」
「廊下の洗濯物はその次だ。隼を起こすのは止してやってくれ。俺だって言いたいことがあるのはやまやまなんだが、今はまだそうするべきじゃない」
 ユーゴの言葉を軽く流して掃除機のコンセントを差し込むユートに遊矢が一応のお伺いを立てると、彼は困ったふうに首を横に振った。一度寝込んだ隼のまぶたはなかなか強情だ。そのうえ起き抜けはあまり機嫌が宜しくない。掃除が終わるまでに自然に目を覚ましてくれないかというのがユートの本音らしい。
「掃除、どのくらいかかりそう?」
 床にまだ幾らか散らばっている隼の私物をひょいひょいとベッドの上に放りながら遊矢が尋ねた。
「五日分だな」
 ユートの答えは短かった。だが、その僅かな一言が全てを示唆している。自ずと日曜の午後の使い道を悟り、遊矢が溜め息を吐く。ユートの掃除は徹底的だ。一度始めると綺麗になるまで手を抜かないし、それが五日分の汚れともなると尚のこと。
 普段は掃除を手伝いたがらないユーゴも遊矢のげっそりとした表情を見ると何かを諦めたのか、溜め息を吐いてぐちゃりと崩れている掛け布団を抱き上げる。三人でそれぞれに掃除の体勢に入ったことを受けてユートが長い長い溜め息を吐いた。
 余談だが、三兄弟の溜め息の吐き方はとてもよく似ている。三人とも、がっくりと肩を落として息を吐き、やれやれとかぶりを振るのだ。
 きっと親に似たのだと思う。



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