※オフ本のサンプル
※素良×遊矢のほのぼのホモ。
※お風呂に一緒に入ったりトイレを見られたり一緒に寝たりするけど、いかがわしいことにはならなかった。全年齢。
1
榊家には住人が多い。それというのも母である洋子がしょっちゅう捨て猫捨て犬を拾ってくるからで、アン、コール、ワット、キロ、その他まだまだ増えていくペット達(名付け親は洋子なので、このうまく統一出来なくて脇道に逸れた感じのある名前に遊矢は不満を持っていない)によって父親のいない家は賑やかさを保っている。
しかし最近遊矢の頭を悩ませている「新しい住人」がいた。犬や猫なら、遊矢だってここまで困ったりなんかしなかった。ペットの世話のノウハウはもう頭に叩き込まれている。
困るのは、相手が人間だからだ。
本当に、犬や猫だったらどんなに楽だったろうか。でも人間はある日突然犬になったりしないし、猫にもならないし、だけどそいつが榊家に殆ど住み着いてるっていう事実も変わったりしないし、遊矢の頭をどんどんこんがらがらせてややこしくするだけで、悩みはちっとも解決されないし家庭事情も改善しない。
さてその悩みの種の詳細だが、その名前を紫雲院素良と言う。
「ねえ遊矢ぁ、朝だよ。六時半! ラジオ体操、終わっちゃった。そろそろ起きないと朝ご飯食べてる時間なくなっちゃうよ」
午前六時三十分、ここ数日は決まってこの時間ぴったりに目が醒める。七時にセットされた目覚ましよりもぐんと早く、上から降ってくる素良の声よりも少し早く。何故かと言うと、重いのだ。そりゃそうだ――紫雲院素良は(多分)中学生。いくら小柄だと言っても、身体の上に直に乗り上げられて重くないわけがない。
「あと五分……」
「だーめ、遊矢はそうやって結局七時までズルズルと『あと五分』を繰り返すからね。この数日でよーく分かった。ほら、朝ご飯の用意出来てるよ?」
もう下から良い匂いしてきてるでしょ? 素良が遊矢に全体重を預けたままで言う。横たわって目を固く閉じていた遊矢は重みに耐えかねて渋々目を見開き、それからぎょっとした顔つきになった。
遊矢の顔を見てけらけらと素良が笑う。「笑ってる場合?!」思わず起き抜けから素っ頓狂な声が口を突いて出る。冗談じゃない。重い重いとは思ったけれど、この体勢はどうなんだ。
「ちょっと、なんでそんな乗り方してるの?!」
「あ、もう僕が上に乗ってることには口出ししないんだ?」
「諦めたんだよ! もう毎朝毎朝これだから言っても無駄だと思って……アンも俺の上で大の字になるの、全然やめてくれないし……って、そこじゃない!」
「えー、なあに?」
「う、馬乗りはないだろ?! なんだよこれ!!」
昨日までも腹の上に頭を載せてるとか、遊矢の上にダイブしてきたみたいに大の字になってるとかバリエーション豊かだったけれど、今日のこれほどインパクトがあるのはなかったと思う。掛け布団越しだし、別に何があるわけじゃないんだけど、遊矢も男だ。目が醒めて知り合いがお腹より少し下ぐらいの位置に馬乗りしてきていたら、驚かずにいろなんてどだい無理な話だ。
やたらに重たいのを無理してがばりと起き上がり、両手を前に突きだして素良を前方に突き飛ばした。「わっ」と素良が驚いたふうな声を出したけど、別に素良がその程度じゃ本当に驚いたりなんかしないってことを遊矢はもう知っている。だから騙されない。「ごめん、つい手が滑って」までは言うけどその後に「大丈夫か」とは付けてやらない。
案の定素良は何かものに激突する前に体勢を整え、受け身さえ取ることなくひょいと身軽にフローリングに着地した。その上で着地キャンセルを取ったぐらいの早さでまた飛び上がり、すぐに上体を起こした遊矢の前に戻ってくる。
「もー、僕のお目覚めサービスに対してその扱いは酷いでしょ。こんなの滅多にないんだよ? 遊矢だから無料サービスだけど、遊矢以外だったら一律五万円だよ?」
「うわ高っ。いやそれも違くて、なんで朝から馬乗りなの?! 絶対わざとでやってるでしょ?!」
「え、なぁに、遊矢ってば多感なお年頃だから、ちょっとえっちな気分になっちゃった? いいよ……遊矢なら、滅茶苦茶朝だし下で洋子ママがご飯完璧に用意してるしドア全開で丸聞こえの筒抜けだけど、なんでもしてあげる……」
「いや、いい、要らない、むしろやめて。俺は母さんの作ったパンケーキが食べたい。起きる。わかった。だからそこ、どいてって!」
「え〜、もう遊矢の股間を意識して上に乗ってないじゃん〜。あ、着替えられないのか。じゃ、仕方ないね……」
「わかればよし」
「続きは今夜ね?」
「しない」
素良が身体をずらしたことで重量から解放され、やっとのことでベッドから起き出して遊矢はパジャマを脱ぎ始めた。この殺風景な、ついたてもなければこそこそ着替えるようなスペースもない部屋で、素良に着替えをじっと見られるのはやっぱり最初のうちはすごく恥ずかしくて抵抗があったのだ。でももう慣れてしまった。有り難いけど悲しい。
遊矢をガン見している素良を努めて視界と意識の外に放り出して、下着一枚の姿になり、手早く制服に着替える。紫雲院素良は男だ、それは風呂場に押しかけられた現場でもう何度も確かめた事実で、だから別にそんなに恥ずかしがることじゃないって何回も遊矢は自分に言い聞かせた。だけどそのうち気が付いてしまった。恥ずかしいのに関係あるのは性別じゃないのだ。
単に、相手が興味関心好奇心を持って自分を見ているかどうか――それだけだ。
素良は明らかにそういう意図を持って遊矢を見ている。逆に、同じ部屋の同じ位置に柚子がいたとして、遊矢は素良に見られている時ほどの羞恥心を覚えないだろう。柚子は遊矢の着替えになんか興味がないのだ。
自分はすっかり着替えを済ませた素良が、ジャケットを手に取った遊矢に「あのさ」と口を開く。
「遊矢はさあ、ブラジャーつけないの?」
「――余計なお世話!!」
思いもよらぬ台詞にかあっと顔が赤くなり、そのまま反射的に手に持っていたジャケットを投げつけてしまった。
一直線に飛んでいった制服ジャケットはくいと身体を横にずらした素良の脇を抜けて壁に激突する。ジャケットが起こした風で髪の毛がぶわりと巻き上がったことに文句を付けながら、素良が身軽な動きでジャケットを回収しに行った。素良はジャケットを手に取ると一切の無駄のない動きでピッ、とそれを遊矢に投げ返す。この間僅か五秒。これも最初の内は何が起こっているのかわからなくて呆然としたものだけれど、すっかり慣れてしまって何の驚きもない。
「でも僕、そろそろした方がいいと思うなあ。こう、色々……心配だし。柚子に相談しなよ。絶対馬鹿にしないでなんとかしてくれるよ」
「だから、余計なお世話! なんで男の俺がそんなこと気にしなくちゃいけないの!!」
「えー。だって遊矢、ねえ? 自分の胸に手を当てて聞いてみたらいいんじゃない?」
「その含みがある言い方ほんと嫌……とにかくそんなもの、俺には必要ありません。今俺に必要なのは朝ご飯。母さんのパンケーキ。エネルギー摂取だよ。……ほら」
「行くよ」と遊矢が素良に手を差し伸べる。素良は「はあい」とわざとらしいぶりっこ声でそれに応えると遊矢の手をぎゅうと握る。
(まったくこれだから遊矢は甘いんだよね……僕、甘いもの、だーいすきだけど。ふふ……)
部屋を出ると、廊下でたむろしていた飼い猫たちがこぞって遊矢の側に寄ってきて何故かそのまま遊矢の周囲を取り囲んで階段を下っていった。猫のうちの一匹がちらりと振り返って素良を見遣る。
ご主人様を守っているつもりなのだろうか? 猫の行進を半歩引いて見ている素良はくすくすとその様に微笑んだ。別にそんな、素良は遊矢に危害を加えてやろうだなんてつもりは一切ない。
むしろ遊矢を守ってあげないといけないかなあと少しは思っているぐらいだ。一番でぶの猫にそんな思いを込めてウインクして見せたら鼻から息を吐かれた上にそっぽを向かれる。
心外だ。
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