#7 微睡みの鬼の子


「っはああああああ!!」
 刃が、まっすぐに十祭司の元へと向かってゆく。
「おーい、あんま無茶すんなよ」
 今回のプラントでは回復班に回っている葉が声をかけた。
『ふふ、心配しなくても大丈夫ですよ、葉クン』
「うーん、それはオイラも分かってるんけどな・・・・・・どうしても気になっちまうんよ・・・・・・」
『でも、驚いたな』
 会話に割って入ったルドゼブが心底感心したように頷く。
『まさかにいさんが蘇生術使えるようになってたなんてさ』
「んー、まあいろいろあってな。前に超・占事略決を習ったときは対象外だからってアンナが教えてくれなかったんよ」
『へー、ねえさんが?』
「うん。蘇生なんて巫力を消費するものは他人にやらせとけばいいとかなんとか言ってな」
 葉が苦笑いしながら言うと、ルドゼブもつられて笑った。
 それからルドゼブは、あるひとつの疑問に行き当たったようで、葉に尋ねてきた。
『・・・・・・あれ? それじゃあなんで蘇生術仕えるようになったの?』
「・・・・・・まあ、な。兄ちゃん・・・・・・ハオに教えてもらったみたいなもんかな・・・・・・」
 葉がはっきりしない答えを返すと、案の定ルドゼブが食いついてきた。
『ハオから?! でもあいつって今王の間にいるんだろ。教わろうに教われなくない? てかそれ以前にあいつ敵だし』
「いやまあ、本当に会ってたわけじゃないからな。オイラはハオの精神世界にいたから」
『・・・・・・ふーん・・・・・・?』
 ルドゼブはいささか納得いかないようだったが、今の葉にはこれだけしか言ってやれることはなかった。
 「そこで、過去の記憶をすべて引き継いできた」とは流石の葉にも言えない。
 葉がハオの世界で見てきた全ての記憶、出来事、能力は機密事項なのだ。ルドゼブのような子供――いや、蓮達や幹久にさえ、おいそれと教えるわけにはいかなかった。
(霊視の能力まで戻ってきた――なんて、口が裂けても言えんしな)
 ふぅ、と葉は溜め息をつく。



 霊視。
 何も見ず、何も聞くことなく全てを把握する能力。
 ハオやアンナも持つ、呪われた力。



 よもや自分も持っていたなんて夢にも思わなかったが、可能性がないわけではなかった。
 


 ハオの片割れ。
 双子。
 兄弟。
 形容の仕方こそ様々だったが、それらの言葉は葉が最もハオに近しい存在であることを暗に示唆していた。
 はじめの頃は認めたくなかった。
 でも、
 ここまで来てしまうと、何かが分かってしまう。





”にいさん、やっぱ何か隠してるよな”
”前方左。時間を稼いで蓮くん達に繋がないと”
”そろそろ――頃合いだな”
”おっし、後は蓮と――”
”葉殿・・・・・・何か悩み事でござろうか”
”葉王様は一体葉さんに何を課したのか・・・・・・”





 現に今も、霊視の力は働き続けていた。
 ここに居るのが十祭司と気の知れた仲間達だけだったから良かったものの、この状態でいきなり雑踏になど放り出されてしまったらたとえ葉とてどうなるのかわかったものではない。
(兄ちゃんも、アンナも。何を思ってこの能力と生きてきたんだろう)
 ハオの弱さと、アンナの強さ。
 この能力を手に入れて初めて、分かったような気がした。





◇◆◇◆◇





「これで五つ目。葉達は順調に進んでいるようね」
「あー、うん。そうだね」
 僕は若干居心地悪そうに下を向く。
「葉君達が王の間に着く前に・・・・・・ちゃんと追いつけるのかな」
 なんとなくどんよりする僕に、アンナさんはぴしゃりと言う。
「何言ってんの。不可能だと思うから出来なくなるのよ。・・・・・・なんとかなる。葉だって、いつも言ってるでしょ」
「そ、それはそうだけど」
 「僕はシャーマンじゃないから」という言葉を必死に呑み込む。
 弱音を吐いちゃいけない。みんなだって、がんばってるんだから。
「・・・・・・無茶しなくていいのよ、まん太」
「え?」
「無理に言いたいこと我慢する必要なんてないわよ。・・・・・・何がそんなに怖いの?」
「え、えと、」
 急にそんな風に言われ、僕は戸惑ってしまった。
 まるで、心の内を見透かされたみたいで――

 そこまで考えてはっとする。
「ま、まさかアンナさん、まだ人の心を読む力が残ってるんじゃ・・・・・・?!」
「・・・・・・・・・・・・そうよ」
 割合あっさり返事が返ってきて、僕は拍子抜けしてしまった。
「そ、そうよってそんなあっさりー?!」
「じゃあどうしろっていうのよ。嘘つくのは性に合わないの」
 若干睨みながら言われて納得する。確かに、アンナさんが嘘をついているところは見たことがない。
 そんなアンナさんの様子に僕は安心して、ちょっとずつ、ちょっとずつ心の内に募る不安を話していった。
「・・・・・・でね、思うんだ。僕なんかが行っても足手まといになるだけなんじゃないかって。だって僕はシャーマンじゃないし、特別な力も何も無いから・・・・・・」
「・・・・・・」
「・・・・・・へへ、ごめんね、こんな事言って。でも・・・・・・・・・でも、凄く不安だったから・・・・・・話せてすっきりした。ありがとう、アンナさん」
 僕が苦笑いしながら頭を掻くと、アンナさんは僕の肩に手を置いて、優しく笑ってこう言った。
「それでいいのよ」
「え?」
「あんたはそれでいいの。強くあろうなんて気負う必要はないわ。悩んでも、落ち込んでもいい。その代わり、」
「う、うん」
「葉のこと、支えてあげてちょうだい。未来永劫、あんた達が”友達”であり続ける限りは」
「・・・・・・・・・うん!」
 アンナさんの思いがけない言葉に、思わず僕の顔も綻んだ。
「それじゃあ」
 アンナさんが僕に言う。
「急いで進みましょう。この子らを、葉達がハオの元へ辿り着いてしまう前に渡せるように」
 アンナさんは、微笑んだ。





◇◆◇◆◇





「ふふ・・・・・・流石だね、アンナ・・・・・・」
 焦点の定まらぬあやふやな世界で、ただひとつくっきりとした存在を保つものが呟く。
「まさかムー周辺に張り巡らした障壁を緩和して侵入するなんてね。真っ向から破壊してきたあの子供達とは正反対の行動だ」
 そして、笑う。
「だが、それが正しい。僕の”元”血縁なだけあってカンも度胸も良い」
 指を手繰り、その存在は何事か言う。
「でも・・・・・・やっぱり僕には程遠い。葉にすら追いついていない」
 ぺろり、と己の血を舐める。
「期待してるよ、愛しき僕の半身。僕に相応しいひとかけらの魂よ」
 そして、愛しそうに掌を見つめた。
「早く・・・・・・早くおいで、葉。僕とただひとつの至高の存在になるために・・・・・・」
 血に塗れた掌に。
 その存在が思うことはひとつ。
 愛しい弟の魂を得て、完全なる存在になること・・・・・・





◇◆◇◆◇





「・・・・・・ッ?!」
 悪寒を感じて、葉は思わず身震いした。
「どうした?」
『だ、大丈夫でござるか、葉殿?!』
「あ、ああ。心配しなくても大丈夫だ。ちょっと背中にゾクッときて、な。・・・・・・気のせいだと思う。多分。
 それよか、先に進もう。時間が無いから」
「・・・・・・そうだね」
(無理してるな・・・・・・葉君)
 リゼルグは思う。
 葉はかなり、無理をしている。
 それを悟られまいと必死で、空回って。
 言ってやりたかった。
 君は一人じゃない、って。
 だから、無理をしないでそれをさらけ出しても良いんだって・・・・・・
 でも、今は言えなかった。
 だから、せめて。
(葉君が・・・・・・僕たちのことを、信じてくれますように)
 彼の事を、自分たちは頼りにしている。
 同じく、自分たちの事をもっと頼って欲しい。
 たとえ打ち明けられない悩みを抱えていたとしても。
 悟らせまいとするのではなくて。
 言えないけど、と断ってでも良いから話して欲しい。
 悩んでいるという事実を、教えてくれるだけで良い。



(ねえ、葉君)
 リゼルグは造られた天井を仰ぐ。
(僕たち――一緒だよね。だから)





(一緒に、還ろうね・・・・・・)
 




 夢も現も限りなく
 福音の鐘が鳴り響く
 終わりなど分かりはしない
 その瞳に映るのは
 先の見えない、不確かなもの
 けれどそれでも、
 懸命に輝く透明な未来。



続く





あとがき
一体どこまで変態と化すのですかお兄様。



てなわけで無理矢理ハオ様を出したのはいいもののただの変態という事態に陥ってしまいました。あれ?
そうか、これが葉アンエロ小にハオ様変態ギャグを読みあさった結果なのか。
それとも、ただたんに「ハオは変態」という図式が出来てしまったのか・・・・・・
たぶん後者。
このシリーズ、最後は何となく誰かの祈りや願いで締めるのが自分の中で定着してきました。
何故なら、

めっちゃ楽ちんだから。

ま、あたりまえっちゃぁ当たり前の理屈です。
いやいや、変態ハオ様で締めるのもあれですしね。
あと、自分なりに詩を入れるのも結構楽しいです。流石に武井先生のような素晴らしいモノは書けませんが(ラストワーヅ2の詩なんかベストプレイスだったもんな)。 ああ、変態お兄様華麗なるギャグ小説(=夫婦に撃退され小説)書きたい。





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