A:反抗期
※エンディングから二年後、高三の十代ちゃんとヨハン君、それから虹龍はっちゃん
『ヨハンが反抗期なんだ』
十代はしくしくとわざとらしい泣き声を出すそれを胡乱な目で見た。
『まともに口を聞いてくれやしない。挙句の果てに実体化させて枕を投げ付けてくる。俺を見る時はいつも目が死んでる。あいつのファンの女の子達に見せてやりたい。あれは魚屋に並んでるヒラメの目だ』
「何言ってんだ、お前……」
『俺は胸が張り裂けそうに哀しいんだ。ヨハン、お前のデッキのエースモンスターは誰だ? ――俺じゃないか! この俺、究極宝玉神レインボー・ドラゴンだ。デュエルで俺を召喚した時はあんなに輝かんばかりの目で見てくれるのに。『頼むぜ』なんて言ってくれちゃって、俺マジ泣きしそうに嬉しかったんだ。なのに家だとこれだよ。冷たい目で『うざい。目障りだ。引っ込め。帰れ』、ありとあらゆる罵倒を浴びせる。あんまりだ』
しまいにはおいおいとそのぬいぐるみのような体から大量の涙を迸らせる。実体化していたら大惨事だっただろう。幸いしていないわけだが。
レインボー・ドラゴン、かつて破滅の光となったヨハン少年はギャグ調に潤んだ瞳をじっと十代に向けて同意を求めるようにしっぽを揺らしている。あほらしい。棚上げばかりしているから、駄目なのだ。ヨハンがこいつに冷たい原因なんてわかりきっているのに。
十代はせめてもの善意としてあけすけな溜め息を吐いてから人さし指を立てて「あのなあ」、と諭すように口を開いた。
「全部お前が原因だろ。俺だってヨハンみたいにお前のことつめたーくあしらってやりたいって時々思うぐらいに、お前が酷いんだぜ。まず手始めに『子供はまだか』と聞くのをやめろ。それから受験勉強してるところに割り込んで引っ掻き回すな。高校三年生なんだぞ。あと俺のベッドで寝るな。ヨハンのベッドでも寝るな。大人しく宝玉獣達みたいにデッキに引っ込んでろ。やかましくするな」
『俺の存在全否定じゃないか』
「じゃあヨハンに罵倒されてればいい。そんなことばっかり続けてると、その内デュエルでも使われなくなるかもしれないぜ。レインボー・ドラゴンは召喚条件重いしなあ。お前が持ってきた『降雷皇ハモン』の方が便利だし、召喚も楽だし、攻撃力は同じで守備力は四千だし、いざとなれば『宝玉の氾濫』で事足りるし――」
『そんなこと言わないでくれ!』
「なるほどその考えもあったな。悪い十代、迷惑かけた。まさかまた十代の家に来てると思わなくて手間取ったよ。騒がしかっただろ? 引き取る」
「あ、ヨハン」
また泣きそうになるミニチュアレインボー・ドラゴンの体を後ろから手が引っ掴む。十代はぱっと顔を輝かせた。遊城・ヨハン・アンデルセン。一応、不動十代の彼氏……らしい。そういうふうに周囲からは目されている。本人達はそういうことをあまり意識せずに「親友」のスタンスで通しているつもりだが、告白もしているし、それはそれで間違っていないと思う。
『酷い……酷すぎる……こんな扱いをされるんならこっちに留まるんじゃなかった……』
「じゃ、十代。また明日」
「ああ。学校でな」
手を振ってドアの向こうに消えていくヨハンを見送る。レインボー・ドラゴンの泣き声も遠退いていく。やかましいが、なんだかんだでレインボー・ドラゴンは大事にされているのだ。こうして探しに来て貰えている意味を考えてみたことはないのかなあと十代は首を捻った。
だがまあ、破滅の光としての性質を色濃く残してしまったために基本的にあいつは性格が曲がっている。サディストでありながら重度のマゾヒストである。案外自虐を楽しんでいるのかもしれない。よく知らないけど。
『うう……十代まで冷たくなってきた。なんだもう。これはグレてもいいとこだろ』
「馬鹿言え。ったく、どうしてそう反省しないんだお前は」
『俺は十代とヨハンの子供が早く見たいだけだぜ。俺とジューダイの子供でもあるからな。すごく可愛いと思うんだ。じじかわいがりしたいんだよ』
「いつお前が俺達の父親になった」
ほっぺたをつねられる。『いたい』と恨めしい視線を送るとヨハンはつねった箇所を撫でてくれた。本当は優しい子なのだ。辛辣なのは多分愛情の裏返しというのがレインボー・ドラゴンの信じているところだった。そうに違いない。きっと。
「まったく……お前は考えてることがオッサンというか、性急というか……高校生なんだから清く正しいお付き合いってのをしなきゃ駄目だろ。まだ遊星さんにも勝ててないし。養ってく甲斐性もないし……就職して軌道に乗って、プロポーズはそれから。だから子供はその後」
『お堅いな。そういうのは前時代的って言うんだぜ』
「俺は真面目なんだよ」
『つまらないな』
レインボー・ドラゴンはぬいぐるみのボディを気落ちしたというように竦めると透き通った幽霊のような人間の姿になる。紫のフリルシャツに青いブレザーを着た高校生の姿だ。祖父のヨハン・アンデルセン、遊城・ヨハン・アンデルセンの前世の姿。遊城十代の親友で破滅の光が一番気に入っていた人格でもある。
だがヨハンはその人物が好きではない。今は彼の心も全て知っているからなおのこと、抵抗があるのだ。
『こいつぐらいの積極性はあってもいいんじゃないか。もっと手を繋ぐとか、キスするとか、愛を囁いてみるとか……』
「柄じゃない。俺はじいさんじゃない。じいさんはじいさんだし俺は俺。俺はじいさんじゃないから、十代をいかがわしい妄想に使ったりもしない」
『それ以前にいかがわしい妄想をしないだろ。本当、潔癖だよな。たまに健康な男子なのか気になるんだよ、わりと本気で。……まあ、それもお前らしさだとは思うけど……』
「なんだよ何見てんだよ」
『ほんと、はやいとこ頼むぜ。男の子も女の子も両方見てみたいんだよなぁ俺!』
覗き込んでくる同じ顔が、そんなことをのたまう。ヨハンはまた盛大に溜め息を吐いた。だから、こいつは、いつまで経ってもなんだか駄目な奴なのだ。
「Deadend World」-Copyright(c) 倉田翠
<2012.07.06>