極彩色の世界


 その昔、おれが子供だった頃。
 何も知らなかった頃。純粋で無垢で白痴でいられた頃。無限にわき出る霊感に身を委ね、全能感のままに、空も飛べると信じていた頃。Knightsが生まれる前、チェスの中で、求められるままに曲を書いていた頃。
 自分はきっと愛されている、友達がいる、「曲」という成果だけがおれの全てじゃないはずなんだ――なんて、現実から目を背けて盲信をしていたその頃。
 おれの世界には色がなかった。
 無力で、モノクロで、ひび割れていた。
 真っ白な白紙に記された五線譜は墨色。おれの指先が綴るペンも黒色。白と黒のコンチェルト、永遠に続く黒白の宴。おれの世界はモノクロで、砂嵐混じりで、灰色の影が落ち、のべつまもなく。
 たまに色をつけてみようかなって思う時があったんだけど、その人工着色にさりとて意味はなかった。だっておれは生まれてからずっとモノクロの世界で生きて来たから。おれもさ、林檎が赤いってことは知ってる。海が青いとかさ、森は緑色だとか。けどそれは全部知識だ、辞書に書いてあった文字列だ、もしくは、ルカたんが書いてくれる歌詞にのせられていた言葉に過ぎない。
 つまりおれには総天然色ってものがわからなかったので、本物の色なんかわかりっこなかったってわけだ。
「あんたの髪はさあ……おひさまみたいだよねえ」
 だからそう言われた時は本当に驚いた。
 おひさまみたいな色、ともう一度そいつが繰り返す。おれはぶるぶる首を横へ振った。そんなこと言われたってわかんないよ。あのさ、おひさまってどんな色してるの? いくら空を見上げたって、おれにはただの白っぽい何かにしか見えないのに……。
「目は、青りんごみたいな色してるのにね。あんたってほんとちぐはぐ。……ま、いいんじゃないの。『れおくん』は、天才なんだから。そのぐらい奇天烈でも……」
 きれいな色だね、とそいつが笑う。
 わからない。わかんないよ。おれにはわかんない。おひさまの色ってなに? 青りんごってどんな色? その色は辞書に載ってる? 図鑑に載ってる? ルカたんの書く歌詞に出てくる? 
 おれの――おれの世界にある、白と黒だけで、わかるなにかなんだろうか?
「うう〜……そういうの、得意じゃないっ……」
 おれはまぶしさに目をつむり、そいつの腕を握ると、恐る恐る……もう一度目を開けた。目の前にいるそいつは、ぱちぱち目をしばたかせているおれの顔を確かめるときれいに笑う。するとそのまわりにふわりと何かが広がる。見知らぬもの。見たことのないもの。えもいわれぬ、おれにはよくわからない、表し方のわかんないもの――
 知らない世界。
 知らない、色。
「おまえ、おれの知らない色してる……」
「なに? 知らない色って。ああ、あんた言語センス壊滅的だもんね。色の名前がわかんないとかそういうのか。ええと。俺の頭はアッシュグレーで、目は……ライトブルー、かなあ。たぶん」
 素直に訊ねると、そいつは呆れたふうに肩をすくめて、ひとつずつ丁寧に色の名前を教えてくれる。なるほど、これが「アッシュグレー」で、あれが「ライトブルー」って言うのか。ふんふん。覚えた。覚えたぞ。もう二度と間違えない。
 だってそれが宝石の色なんだろ? おれにはそう思えたのだ。それがうつくしいものの色だ。おれにはわかるぞ。だからおれは、おまえの色を、これまで存在しなかったモノクロじゃないものを、こう名付けよう。
 極彩色。
 おれがはじめて見た色は、極彩色のセナ。
 おまえの極彩色から、おれはおれの世界に色をつけよう。


◇◆◇◆◇


 世界は不快なものばかりで出来ていて。「嫌いじゃないもの」すら珍しいっていうのに、「好きなもの」を探すのは本当にむずかしい。
 瀬名泉の人生において世界は常にそのルールで運用されている。特にこの、抗争続きの夢ノ咲学院では……世界は濁り、色褪せていくいっぽうだ。
 世の中には醜いものが多すぎる。
 そんな世界の中で、どだい、無理だったのだ。罠に嵌められていることには気がついていた、誰かが張り巡らせた巧妙な策略の上にもう載せられていると、きれいに飾り付けられた醜悪な皿に仕立てられていて、挙げ句の果てにそれはメインディッシュどころか前菜でしかないのだと、「ふたりのKnights」は、もう歪んでしまったのだと……気がついていた。
「ごめんなぁ、セナ! 弱くて!」
 だけどこんなことになるなんて、思っちゃいなかった。瀬名泉は放心しかけた心を握り締めて立ち尽くす。月永レオが泣いている。Knightsの王、リーダー、永遠の少年、世界に誇る天才、そうやって無意識のうちに貼り付けていたレッテルを自覚して泉は茫然自失の面持ちを向けた。
 レオは泣き続けていた。泣き止む兆しはなかった。
「おまえは信じてくれたけど、愛してくれたのに、おれには」
 挙げ句の果てに、「なにもできなかったよ」、なんて。
 レオの口からそんな言葉なんて聞きたくなかった。
「なあセナッ、おれはもうだめだ、さいあくだ、さいていだ、もうどこにもいかれない。道がないんだ、閉ざされてるんだ、お日様はどこにも見えなくて、世界はまたモノクロに逆戻りしてる。セナがいるのに世界に色がつかないんだ。セナのアッシュグレーがわからない、ライトブルーもよく見えない、おれにはもう憎悪と醜悪の反吐が出るような黒しかない。白さえ奪われた世界でおれはどうすればいい? どうにもできないのに? おれはセナへの愛を返せない――」
「ちょっと……やめてよ、やめろよ!! あんた何言ってるわけ? あんたのために笑えとか、俺が機能しなくなったとか! 限界とかおしまいとか、そんなことばかり言って……」
「おれはさ、セナ。覚えてるんだ。あの日の喜びを。おれの中に極彩色のセナが現れた瞬間を。知ってる? 知らないよな。知りっこない! だっておれ、言わなかったもんな!!」
「ねえ、王さま――」
「『王さま』なんて他人行儀な言い方、すんな!」
 レオが声を大きく張り上げる。ステージの上でマイクを持っているときよりもっと激しく、しかし稚拙で、それゆえにどうしようもなく泉の心臓を揺さぶる。レオの指先が泉の身体に伸び、しかしそれを振り払うことも受け止めることも出来ない。この指先が、もし、服や皮、それから肉を通じて心臓へ届くことがあるならば。
 そうであったらどんなにかよかったのに、と泉の心を嘆きが苛む。
「なあセナ、おれのセナ! おれに色を与えてくれたセナ、おれに愛をくれたセナ、世界はこんなにも輝いて美しくて、宝石のように綺麗だって教えてくれたセナ……! おれはもう傷付きすぎて、血の赤さえわからないんだよ。林檎の色なんかくそくらえだ。海も星もまた色を失って、白と黒のモノクロに成り果てていく。……だけどそれでもセナだけは! 色を失っていく世界の中で鮮やかなままだった。なのにそのセナさえ、もうどんな色をしてるのかわからない。極彩色がどこにもない。おれの目に映るのは、怒りと憤りで濁って黒ずくめになった、セナのかたちだけ……」
 レオの指先は、泉の制服の上を力なくだらりと滑り落ちていった。ペンを握り、無数の曲を書き綴り、マイクを持ち、時々泉の手を握ってくれた指先は、見る影もなくやせ細って死人のようだった。華奢なんて言葉で今の彼を括るのは醜悪過ぎた。ああ、あんた、なんて指をしているの。なんて顔を。なんて……なんて を……。
 レオが呟く。世界に色がなかったんだ。ほんとに。セナに本物の色をもらって嬉しかった。そのために生きていけると思った。作曲が出来る、呼吸が出来る、こんなみっともなくてくだらない世界でも愛せるんだ、そう、思ったのに。
 そのセナでさえおれを置き去りにするんだな、おれを真っ暗にするんだ、だから。レオの手が泉の身体から離れ、己自身の皮膚を抉った。止める間もなった。剥けた皮膚から血が滴り落ちる。鮮やかな赤色、だけどとても見ていられたものじゃなくて、あまりにも呪いに似付かわしくて、だからだろうか。
 レオは自分の身体から流れた血を見て、ぐしゃり、と、この世の果てを見たラヴクラフトみたいに、笑ったのだ。
「ああ……そっか。そうだったんだ。この真っ黒闇の世界は、墨色じゃなくって。乾いて、濁って、どす黒くなった、血まみれの色だったんだ」
「そんなこと言ってる場合!? あんた自分の身体に傷なんかつけて、アイドルの資本は身体だけど、それ以上に、あんたの手の平は作曲の商売道具でしょうが……!」
「そんなのどうだっていい! どうだっていいよ。こっちの方がずっと大事だ、おれわかったんだよ、セナ! 世界に色は、まだあったんだ。きっと今までもずっとあったんだ。けどおれにはもう、それでもモノクロと一緒にしか見えない……!」
 だけどもうそれでもいいよ、と月永レオは叫んだ。
 それでもいいよ。一瞬でも夢が見られたから色を知ることが出来た。総天然色はもうわからないけれど、人工着色を正しく行うことは出来る。こんな血まみれの世界だけど。黒く濁った汚泥だけが垂れ流しにされているその中央に立っているけれど。おまえが笑ってくれれば、おれは曲を作り続けられるよ、と月永レオは喉の奥から執念を絞り出すように掠れた声で叫び声を張り上げた。
「おれの世界はセナと会って色がついたんだ。でもおれ、気付いちゃった。色が見える代わりに、おれは飛べなくなった。そういうことなんだよな。昔のおれは一人でどこまでも行けたのに、ひとりでいくらでも曲が作れたのに、今は、もう……セナのためにじゃなきゃ、曲なんか作れない。おれはね、飛べないセナのそばによりそってたくて、自分で翼を棄てたんだよ」
 月永レオは狂ったように泣き笑いをし続けた。翼があるおれの方が世界にはきっと求められているのにね、と呟くその姿は哀れなほど滑稽で、ぞっとするほど無様で。
 だけど泉にとっては、泣きたくなるぐらい愛おしい。
「なあセナ。セナがおれを愛してくれるのなら、翼なんていらないよ。だからたった一言でいい、おれに教えてよ、伝えて、命令して! そしたらおれは、神さまだって殺してみせるのに!!」
 だから泉には、レオが許せなかったのだ。
 彼の身体にまだ僅かに残されたものさえ泉のために磨り減らして捨てるのだと、その摩耗の号令をくれとねだるレオのことが、どうしても許せなかった。
「――バッカじゃないの!」
 ねえあんた、何言ってるの? あんた今、一体自分が何を願ってるか気付いてるの。おまえが求めているのは物語の終わりだ、世界の破滅だ、救いようのないバッドエンドだ。挙げ句の果てに、エンドロールさえ出ないメリー・バッドエンドに、道連れが欲しいと泣いている。
 瀬名泉は胸を掻きむしる。許せない。そんなかたちでKnightsが終わるだなんて。月永レオの夢が瀬名泉のために終わるだなんて。許せない、許せるはずがない! 泉はいつだってレオの夢を守りたかった。純粋で綺麗な月永レオの、子供みたいにつるつるしてうつくしい魂を守ってあげたかった。そのためならなんだってやってあげられると思った、だけど泉は何も守れなくて、月永レオの心は壊れてしまった。
 駒鳥はもう喉を掻きむしって死んでしまったのだ。
 瀬名泉は、それをはっきりと自覚せねばならなかった。
 ――ああ、 一体、誰が駒鳥を殺してしまったのだろうかWho Killed Cock Robin
 泉は大泣きする子供の前で、自分の方がもっと泣きたいと喚く気持ちを必死に押さえなければならなかった。「もうどこにも極彩色が見えない」、だなんて。そんなの当たり前だ。当然の話じゃないか。瀬名泉は世界が鮮やかだと思ったことがない。世界はいつだって濁ってモノクロームのフィルタに侵されていて、それを精一杯飾り付けてキラキラに見せて誤魔化している。それだけ。それだけだったじゃないか、はじめっから!
 もしも綺麗なものがあったとしたって、それは瀬名泉なんかじゃない、天才で、喝采を受けるべき、 月永レオあんた の方なのに。
 だけどそのレオが、心臓を掻きむしって内蔵を引きちぎり血反吐を吐きながらこの世界を呪うのならば。
 色のない世界から恨みがましく骨張った手をふらふら振りかざすのならば。
 大好きな男の子が見るも無惨にやつれていくのを、黙って指をくわえて見ているぐらいなら。
「俺はあんたのことが好きだよ。好きだった。でも! 惨めに縋り付くあんたを見続けるぐらいなら、俺がこの手であんたを壊してやる――」
 瀬名泉は、己の喉を掻きむしってでも悪役になろう。息も絶え絶えにもだえている憐れな駒鳥の首を絞め殺そう。いずれ全てのしっぺ返しと罪を受けるとしても恨まれ役になろう。剣先を覆った錆が、せめて彼の頂に据わる王冠へ届く前に。
 月永レオが月永レオでいられる、そのうちに。
 俺があんたを壊すよ。それで大好きな世界が守れるのなら。
「大ッ嫌いだよ。そんな錆びた剣で、戦えないことを のせいにして、ぼろぼろの鉄くずを振り回すようなあんたは。一人じゃ立ち上がれない弱虫! 嫌い、嫌い、大嫌い! 一生引きこもって、いもむしみたいに泣いてろ! Knightsは俺が引き継ぐから。だからあんたはもう要らない!!」
 だからもう立ち上がらないで、王さま。
 泉はどこにもいない神に祈りを捧げ、床に崩れ落ちた男の子を見下ろした。許してなんて言わない、ごめんねも言わない、永遠に憎んでくれていいよ、だけどそれで生きていけるのなら、なんだっていいよ。
 だからね、その代わりに、もし、いつの日か 孤独の王さま月永レオ が傷付かないですむ世界が訪れたなら。
 ――世界がもう少しだけマシになって、あんたがもう一度極彩色を見つけられるようになったら、その時はきっととびっきりの笑顔を見せてよね。


◇◆◇◆◇


 生まれてからずっとおもしろみのない白と黒で出来ていたおれの世界は、高校二年生の一瞬だけ、目を見張るほどの色彩で溢れ、そしてまた死んだ。
 十七歳の時は楽しかった。モノクロのフィルムは全てカラー原画に置き換わり、おれは十七歳にしてようやく、総天然色のなんたるかを理解したのだ。セナが歩く場所に色がつく。セナが歌うメロディに色がつく。セナのまわりに色が舞っている。ああ、世界ってすごくカラフル。おれのパレットは16の二乗で、無限の色を表現出来る。
 ……で、そのあと、おれは一度壊れて。取り返しの付かない形で青春を失ってしまって。少し元気になった今でも、おれは決定的なところで多分壊れたままなんだけど。
 けどあの時知った本物の世界の色は、いつまでもずっと、おれの中に生き続けている。
 だからおれはセナを憎んではいない。おれを壊したのは瀬名泉だって言うやつらがいる、そういうのもわかるよ、でもセナはおれの特別だから、たとえ殺されたとしても恨むことはないだろう。
 むしろおれを殺すのがおまえなら、おれはすごく嬉しいよ。新しいKnightsを支えるおまえは、おれにかかずらってる暇なんかないんだろうけど。
「なあセナ、そのiPodずっと使ってるけど、新型には買い換えないのか?」
「え? ああ……これね。べつに買い換えなくても、まだ動いてるし……」
 モノクロの世界で白と黒で構成されたセナに話し掛けると、珍しくどことなく歯切れの悪い返事を寄越し、セナがこっちを向いた。
 ジャッジメントが終わって、しばらくの頃。セナハウスには、珍しく人が少なかった。布団の中で丸くなってるリッツもいないし、世話を焼いてくれるナルも何かと口うるさい新入りもいない。おれとセナの二人きりの部屋。そうしていると、なんだか無性に、おれは去年のことを思い出す。
「動いてるっても、ファームウェアの提供も終わって、脆弱性が増してくだけだろ? なんか思い入れとかあるのか?」
「……れおくんが入れてくれた曲が、いっぱい入ってるから……」
 なんとはなしに訊ねると、今度はぷいと顔を背けて小声でそう呟いた。へー。おれの曲が入ってるのか。……ん? おれの曲? なんで? そりゃまあ、確かに去年までは、新曲が出来る度にデータを入れてやってた気もするけど。
 だけどあの日セナにこっぴどく叱られて、それ以来おれはずっと自室に引きこもってたわけで。セナと会話をしたのも、なんかの書類に判子貰おうとしたセナがうちに来てルカたんを泣かせていた日ぐらいだ。
 セナが大量のデータを持ち歩き続けてる理由なんかない。
「そうなのか?」
「そうなのかって、あんたが入れたんでしょーが。勝手に」
「ううん。おれさ、てっきりセナはもう全部消しちゃってるかと思ってたから」
 だから素直にそう答えると、セナは肩をすくめ、深く深く溜め息を吐くと何故かおれの頭をぽんぽんと撫でる。
「言ってるでしょ。俺はあんたの曲嫌いじゃないから」
「そりゃまあ、おれの曲は天才的だしなっ。でもこれ、確かさあ、おれの声とか無限に混ざってるやつだろ? 曲はともかくおれの声はノイズじゃん。セナ、そういうの嫌いだろ〜?」
「だから言ってるでしょ。俺はあんたのことは嫌いじゃないの」
「ふーん………………えっ?」
 それからあまりにも、セナが当たり前みたいに言うもんだから。
「セナ、今なんて言った?」
 おれの世界は一瞬時を止めて、ついでにおれの心臓も鼓動を止め、ここがあの世なのかと勘違いしてしまいそうになっておれは大慌てで息を吸い込んでそして咽せた。
「げほっ、がはっ、ごほっ、なあセナ! 今なんて……」
「こらっ、このバカ殿! なに咽せかえってんの、気管支に傷が付いたらどうすんのよ。はい深呼吸!」
「……す〜っ、は〜っ、ふ〜っ。セナ、今なんて言った!?」
「だからあんたのことが好きだよって言ったんだよ!!」
 三度目の問いかけに、セナがやけくそみたいに答える。いや、実際、やけくそだったのかも。でもそんなのどうだっていい、おれはすっごく嬉しいから! 舞い上がっちゃいそう、この多幸感で一曲書けるっ。ああ、どこにも行かないでおれの 霊感インスピレーション 。おれの手から零れ落ちて行かないで。
 音楽の神さま、もしもどこかにいるのなら、おれもたった今からあんたを愛してみせるから。
 もう一度だけおれに愛を伝えるメロディをちょうだい。
「セナ、セナ、セナッ。おれも好きだよ、大好き! セナはおれのことなんかもう嫌いになっちゃったかなと思って言わないようにしてたけど、我慢してたけど、でももうそれもおしまい……☆」
「ちょっ、れおくん! やめなよあんた、そういうの。第一俺はねえ、あんたを壊したんだ。だからもう、あんたに好きだなんて言ってもらう資格なんて……」
「そんなの関係あるか! おれがセナを好きなんだ。おれを 壊してまもって くれたセナだから、おれはセナのために曲が書ける。今も。なあセナっ、聴いてくれよ! 今また一曲出来た。昔作ったやつは『小さなセナのための小夜曲』だったから〜、今度は『大きなセナのための小夜曲』だ!」
 ぐいぐい顔を近づけ、おれはセナの形をした灰色に唇を近づけた。耳元でたった今作曲したばかりのメロディを口ずさみ、サビに到達したところで、セナの顔をぐるっと動かして唇を奪い取る――。

 その瞬間、奇跡が起きた。

「……うそお?」
 おれはあまりのことにぽかんとしてしまい、唇を離すと目を見開き、まじまじとセナを見つめた。さっきまで灰色でしかなかったはずのところに、別のものが見える。たとえばそれは、昔セナがアッシュグレーだと教えてくれたもので。たとえばそれは、ライトブルーで。たとえば、それは……愛おしいあの宝石色。
「おれの世界に、色が、極彩色が帰ってきたっ……」
「は? なに?」
「帰ってきた! ずっとモノクロだったのに! なあセナ! 見える、見えるよ、色が見える! 今ならおれは翼を得たまま蒼い空を飛んで行ける!!」
「はあ……?」
 おれは感極まり、諸手を挙げ、その次にセナに抱きついた。セナは困惑しきっているという表情を隠しもせず、でも優しくおれの身体を抱き留めてくれる。「あんたってほんとよくわかんない……」と呟くセナの声は優しい。うむ。おれは知ってるぞ、セナ。セナのことをちょっとだけ知ってる。セナはいつもおれにやさしい。
「ああっ、今なら、なんだって出来そう。テンシをブッ倒して、Knightsのアンサンブルを世界じゅうに鳴り響かせよう! 滅びは去った! 荒廃した大地ももうおしまいだ。おれたちは鮮やかに舞う春の嵐の渦中にいるっ……!」
「春はもう終わったっての、ぼんくら王さま」
「それでも春だ! だっておれたちの青春は、今ここからもう一度始まるんだから!!」
 だからただいま、おれの極彩色。
 セナの腕に身体を埋めたままもう一度キスをすると、セナはかーっと顔を赤くして、ふたたび、小さな声で「ばか」と囁いたのだった。