それは。
 神に定められた出逢いだったのかもしれない。



Fate



(ハイラルの王女にこれを・・・・・・)
(リンク、お前はコキリ族ではなく・・・・・・)
(ゼルダ姫と同じハイリア人だ・・・・・・)
 リンクの頭の中で、デクの樹サマの最後の言葉が繰り返される。大好きだった声が、エコーがかって反響していた。
「コキリの・・・・・・ヒスイ。森の精霊石か・・・・・・」
「リンク、大丈夫? やっぱりデクの樹サマのこと・・・・・・」
「そりゃあデクの樹サマは俺の育て親だったからさ。今でも信じられないよ。すごく悲しい。でもそれとは別で、最後の言葉が気になってるんだ」
 自分はコキリ族ではなく、ハイリアの民である。それは告げられた事実としてあまりにも唐突なものだった。今まで自分にだけ妖精がいなかったのも。一人だけ、まわりと比べてはっきりわかる程に成長をしていたのも。全ては己がコキリの民ではなかった故のことだったのだ。
「なんかちょっとショック、かな。ミドに仲間外れにされるわけだ」
「リンク・・・・・・」
 子供なりに精一杯悩んで落ち込んでいるリンクを、ナビィは優しく励ます。
「でもリンク、リンクは立派なコキリ族ヨ! デクの樹サマに育てられて、森のみんなと遊んで、暮らして・・・・・・リンクがコキリ族だってコト、それだけで十分じゃない」
「さんきゅ、ナビィ。励ましてくれて」
 ずっと俯いていた顔を勢いよくはね上げると、リンクはナビィに年相応の無邪気な笑顔を見せた。人なつっこい少年らしい笑い顔。無理に笑ってるみたいではなさそうで、それにナビィは少し安心する。
「ナビィのおかげでなんだか元気出てきた。よっし、早いとこ城下町に着いちゃおう。――日が暮れないうちに」
「そうね、ハイラル平原には夜になるとスタルベビーが出るのヨ、リンク」
「え? ・・・・・・なにそれ」
「Hey!」
「誤魔化さないでよナビィ!!」

 ――リンクにとって。
 確かにデクの樹の死は悲しい出来事だった。自分がハイリアの民であったということも、唐突に告げられ戸惑ってはいた。けれどそれは彼を一時的に落ち込ませはすれど、そんなに長く糸を引く程のことではない。
 ショックから立ち直るのは、子供だし、結構早い。
 もしかしたらそれは、彼の抱えた運命がその比ではなく重いものだから、”そういう”配慮だったのかもしれない。
 本人が知らなくとも。
 ろくでなしの神は、その事実を知っていただろうから。



◆◇◆◇◆



「あーっもうっ、誰だよゼルダ姫に会いに行った奴は!」
「仕方ないヨリンク。きっとそれだけお姫様が人気者なのヨ」
 物心ついてからずっと、コキリの掟を守り一度も森を出たことがなかったリンクにとって、森の外は驚きの連続だった。見渡す限りに広がるハイラル平原、堅牢な石造りの城下町、そこに溢れかえる人混みも、活気も――。
 なにもかもがはじめてで真新しく、新鮮だった。しかし。

「あんなに見張りの兵士がいるなんておかしいだろ・・・・・・」
「まー、リンクの前に門を抜けてったヒトがいたみたいだしネー。しょうがないヨ。デクの樹サマの最後のお言いつけなんだから守らなきゃ」
「わかってるよー、そんなのわかってるけどさぁ、もうヤダこんなの・・・・・・」
 街で聞いた話曰く、最近ゼルダ姫会いたさに城の内部まで侵入した輩がいたらしく(今のリンクもまあそういうことになるわけだが)、そのせいで城の警備が以前より厳しくなってしまったらしい。
 そんなこんなでリンクは今までに二度、警備兵に見つかり放り出されていた。普段ならめげて諦めるところだが、これはデクの樹サマ最後の頼みだ。それでも、彼の為にやり遂げなきゃならない。
「Heyリンク、諦めるのはまだ早いヨ! きっとあともう少しヨ、ガンバレ!」
「わーかーってーまーすー。がーんーばーりーまーすー」
 しかしやっぱり、完全に疲れ切っていて半ば投げやりになっていた。まあ、それでも自分を騙し騙しここまで来たのだ。これは誉めるべきことかもしれない。
 しかしそんなリンクの苦難も、やがて見えてきた庭園の終わり、その先に見えたものによって報われることになる。

 そこにいたのは、ただ一人の少女だった。あくまで優雅に佇み、その姿はまるで絵画の様にリンクの目に映った。森の中で世間知らずに育ったリンクにすら一目でそれとわかる高貴さで、しかしその姿はあどけなさを感じる程に幼い。
 リンクはその場に文字通り固まってしまい(その情けなさといったら、ナビィを唖然とさせた程だ)、少女にかけるはずだった言葉を根こそぎ遙か彼方へと飛ばしてしまった。
 しばらくリンクが棒のように突っ立っていると、流石に少女も後ろに現れた訪問者の気配に気づいたのか、ふっと後ろに振り向いた。そして別段驚いたふうもなく、少女はリンクの顔を確かめると彼に微笑みかけた。
「あなたが、森からの使者ですか?」
 声をかけられてしばらく、リンクは反応を返すことが出来なかった。確かにリンクは外の世界を知らない。けれど女の子、というものを知らないわけではないし、彼は比較的森の少女達に可愛がられていたから、女性に耐性がないわけではない。
 つまり、それ程までに少女は愛らしかったのだ。それはもうびっくりするぐらいに。

 言葉を失わせる程に、息を詰まらせる程に。
 ひとめぼれ、させてしまう程に。

「わたくし、夢で見ました。コキリのヒスイを携えた森からの使者・・・・・・あなたでしょう?」
 たっぷり二分間、その場に静寂が生まれた。まずリンクが少女に声をかけられたと認識するまでに一分を要し、頬を紅く染めて少女を凝視し出す。その間少女はただニコニコと微笑み続け、遂にナビィがしびれを切らすまでにもう一分かかった。
「――って! Listenリンク! あなたが聞かれているのヨ!」
「へうっ!!」
 ナビィの渇を受け、なんとも間の抜けた声を漏らすとリンクは我に返った。なんとか気を取り直して、つっかえつっかえ少女に話しかける。
「えーっと、えと、た、たぶんそう。デクの樹サマに、王女様に渡すようにってこれを・・・・・・」
 リンクが懐から取り出した美しい翠の石を見て、少女が柔らかく頷く。まるで全てを見透かしているみたいだった。そういうふうにリンクには見えた。けれど実際のところ、彼女は何を知っていたわけでもない。
 もし仮に、本当にこの先のこと全てを見透かせていたのならば、この世界にあんな悲劇は起こりようがなかったのだから。
「やはり、そうでしたか。あなたが持っているその石は、時の神殿を開く鍵のひとつ・・・・・・マスターソードを必要とするような災いが、やはり、近づいているのですね・・・・・・」
 少女は瞳に憂いを翳らせ、なんとも申し訳なさそうな顔をした。リンクには彼女の言う「災い」とやらのことがちんぷんかんぷんで、でもなんとなく、デクの樹サマの命を奪い去ったあの化け物みたいなものだろうかと考えた。その想像が概ね正しかったことを知るのは、このもう少し後なのだが。
「申し遅れました。わたくしがハイラルの王女、ゼルダです。・・・・・・あなたをお待ちしておりました」
「俺は・・・・・・リンク。君が、ゼルダ姫・・・・・・?」
 リンクは彼女の柔らかな物腰の奥に光る強い、芯の通った美しい意志に気圧された。初見だというのに、肌を通して伝わってくる。

 彼女は、強い。

「待っていたって、どういう・・・・・・」
「この窓の中を、覗き込んでもらえませんか」
「え? はい、わかりました」
 言われた通りに覗き込んだリンクの視界に、浅黒い肌の屈強そうな男の姿が映った。王の前なのか、傅いている。でもそれは、リンクには違和感として映った。遠くてぼやけて見えたのにも関わらず、その男の瞳が野心で満ち、他人になど従わない人種なのではないかと思われたからだ。
「見えましたでしょう? あれは最近城に入ってきたガノンドロフという男です。今はお父様に忠誠を誓っていますが・・・・・・そんなの嘘っぱちに決まっています。あの男こそわたくしが夢に見た災いに違いありません」
「災いの・・・・・・夢」
 そういう夢にはリンクも心当たりがあった。暗雲が立ちこめ、世界が闇に覆われ・・・・・・森にいた頃、デクの樹サマに呼ばれる直前によく見ていた夢だ。思えば、一連の出来事の発端はその不吉な夢だった。
「――ねえ、リンク」
「は、はいっ!」
 突然ゼルダに手を握られて、リンクは心臓が飛び上がるかと思う程に驚いた。彼女の手は柔らかく、そしてその意志とは真逆にかよわそうだった。
「わたくしはあなたにお願いしたいのです。出会ったばかりでこのようなことを頼むなんて、高慢だと思うでしょう。何を考えているのかと思われるでしょう。でも、わたくしはこの城を離れることが出来ない。誰かに頼むしかないのです」
 彼女はその、美しい瞳をリンクに向けた。
「あなたに、わたくしと共にガノンドロフを倒して欲しい」
 それはあまりにも無謀な話だった。
 あんな、見るからに強そうな男を倒そうだなんて、倒錯もいいところだ。どう見積もってもリンクやゼルダみたいな子供がどうにか出来る相手じゃあない。常識的に考えて、そんなのは死んでくださいと頼まれているみたいなものでる。
「拒まれても仕方のない願いです。はねのけてもらっても構いません」
 ゼルダは一息おいてからそう付け加えた、その言葉はなんら間違っておらず、正しすぎるほどに正しい。無謀で、浅はかで、子供じみたわがままだということを彼女はきちんと理解していた。
 しかし、そんなことなど差し置いて、彼女のかよわい手のひらに触れた瞬間にリンクは思ってしまったのだ。彼女を守りたいと。ひとめぼれの勢いだったかもしれない。それでも彼は強く願った。彼女の為に尽くしたいと。
 だから彼は迷わなかった。彼女をここまで切羽詰まらせる事態なのだ、ならば自分はそれに全力で応えたい。
「構いません。姫がそう感じるのならきっとそうなんだ。俺は姫の為に戦います。確かに無謀かもしれない。それでも」
「リンク・・・・・・」
 ゼルダは彼の少々性急とも思える決断に驚きつつ、はじめてまともに自分の意見を取り合ってもらえたことに安堵と、喜びを覚えた。勿論彼女とて、リンクがよく知らない人間だからこのような危険な頼み事をしたわけではない。けれど彼女には理由のない確信があった。
 彼なら大丈夫だと、はじめて見た時から何故だかそう感じていた。だからこそ、ゼルダは思い切ってこの話を彼にしたのだ。
「ありがとう、リンク」
「そ、そんな。俺は姫にお礼を言われるようなことはなにも・・・・・・」
「いいえ。これがわたくしの素直な気持ちです。本当に嬉しい。今まで一人だって、この話を信じてくれなかったから」
「お、俺は姫の言うことを疑ったりしません!」
「Heyリンク、ひとめぼれなの? 急に態度変わりすぎヨ」
「あーもううるさいなナビィは! なんだっていいだろ!」
「だって気になるのヨ。ほいほい信じちゃうなんてリンクらしくないもの」
 うるさぁい、とリンクは語調を粗くしてナビィを怒鳴った。ゼルダはそれを見てつい、笑いを漏らしてしまう。
 それは平和で、幸せな風景だった。本来この時世なら(身分の差という点を除けば)当たり前の光景。
 しかし、その幸せが続くのはあとたったの数週間足らずのことだと、その時の二人には――知る由もなかった。