今 この幸せなうちに
 少しずつ距離を埋めていく
 いつか引き離されるとも知らず
 取り返しのつかないことになるとも知らず



Flower



「姫の子守歌・・・・・・こんなところで役に立つとは思わなかったな」
「確かに意外ネ」
 ゴロン族が暮らす村。その族長の部屋へと繋がる扉の前にリンクは立っている。
 インパに教えられた通り、この村へとやって来た。目的はゴロン族に伝わる精霊石、ゴロンのルビーをなんとかして譲ってもらうことだ。
 ゼルダ姫が語ったことによると、ガノンを倒す手だてとしてもっとも有効と思われるのは時の神殿に封じられているマスターソードを手に入れることだという。そのマスターソードを手に入れるにはまず時の神殿の扉を開かなければならない。その鍵が、三つの精霊石だというのだ。
「なんだか大変そうだけど・・・・・・でもまあこれも姫の為だもんな。頑張ろ」
「その意気ヨ、リンク!」
 大好きになったお姫様の為に。
 なんとしても守りたい彼女の為に。
 リンクは、歩を進めた。



◆◇◆◇◆



「姫。また物思いにふけられているのですか」
「ああ、インパ・・・・・・。ええ、どうしてもリンクのことが気になって」
「あの少年のことですか? ・・・・・・困りましたね、近頃の姫様ときたらそればかりで」
 インパはたしなめるようにそう言うと、ゼルダに用件を告げる。
「そろそろ勉学のお時間です。教師が姫を捜していました」

「あら、もうそんな時間なのですか。それはいけないわ」
 慌ててぱたぱたと走り去るゼルダを見送り、インパは溜め息を吐いた。
 あの日から、リンクは度々合間を縫うようにしてゼルダに会いに来ていた。時には出先の話を、時には街なんかで見つけた珍しいものを土産に、彼はここを訪ねた。
 その為、ゼルダは数日ごとに現れるリンクを心待ちに、毎日暇さえあれば庭園の先にいるようになった。それを一概に悪いことだというつもりはない。一国の姫という立場上、同年代の子供と話す機会なぞ殆ど存在しないゼルダにとって、彼との密会は余計に楽しいものであろうし。
 けれども。
「確かに奴は子供にしては腕がたつが、しかしな・・・・・・」
 目に見えてわかるのだ。彼女が徐々に、恋をしはじめていることが。
 どこに惹かれているのかはわからないし、それはインパにとってはどうだってよいことだ。問題はそんなことじゃあない。もしかしたら、ゼルダが少年を愛してしまうかもしれないということだ。
 リンクがゼルダに惚れているのは一目瞭然だ。あの目を見れば誰だってわかる。気付かないのはゼルダぐらいだろう。でもまあ、それは仕方ない。ゼルダ姫を好いている民など、この国中に掃いて捨てる程いる。
 だが、その逆となると話は別だ。ゼルダはあくまで一国の王女であり、リンクはごく平凡な一国民である。そこに厳然たる身分の差が在る限り、ゼルダの恋は実らない。
 将来彼女はもっと身分ある別の男と結婚することになるだろう。それは彼女がこの国を継ぐ以上避けては通れない道だ。もしも彼らが相思相愛などになってしまったら・・・・・・ゼルダもリンクも、辛い思いをすることになる。インパはそれを見たくはなかった。
「姫が・・・・・・この恋を幼い頃の良き思い出程度にしてくださればよいのだがな・・・・・・」
 しかしそんなことを言ったところで、あのお姫様はうるさい小言と聞き流して、まともに聞きやしないだろう。兎に祭文、馬の耳に念仏、といったところだ。結果は目に見えている。
「第一、その恋心が王にばれてしまっては元も子もないだろうに」
 最近ゼルダ姫がなにやらぼおっとしていることが多くなった、というのは今城で人気の噂話の一つだ。放っておけば、いずれは王の耳にも届く。そうしたら、リンクとの密会のことだっておのずとばれてしまうに違いない。
「・・・・・・まあ。なるようになるだろう。全ては神がお決めになることだ」
 ひとしきり唸って、インパは庭園を後にした。これ以上自分が彼らの代わりにうんうん言っていたところで状況は何も変わらないし、ましてや答えなんて出るはずもない。



◆◇◆◇◆



「姫ー、ひーめー!」
「まあ、リンク!」
「見てください姫、ゴロンのルビーです!」
 ドドンゴの洞窟で暴れていたキングドドンゴを倒し、ゴロン族長からルビーを譲り受けるやいなや、リンクはエポナもびっくりのスピードで山道を下り、カカリコ村を抜け、ハイラル平原を駆け抜けてゼルダの元へとやって来た。
 ゼルダに会いたい一心で。最愛の姫を喜ばせたい一心で。
 姫の笑顔を、見たい一心で。
「もう、手に入ったのですか?!」
「はい! ゴロン族と俺との兄弟の証だって」
「それは素敵ですね」
 嬉しそうに楽しそうにはしゃぐゼルダを見て、リンクは急いで彼女のところへ来て本当に良かったと思った。それから、こっそり用意したサプライズを彼女に見えないようにきゅっと握りしめる。
 彼女にもっと喜んでもらいたい。いつも笑っていてもらいたい。それは今のリンクの、素直な願いだった。
「姫。ちょっと目、つむっていてもらえませんか」
「・・・・・・? わかりました」
 リンクは素直に目を閉じたゼルダの背後にまわると、彼女の頭に花冠をふわりとかぶせた。
「きゃっ?!」
「へへ。前から俺、姫って花みたいだなーって思ってて。それで今朝ハイラル平原でこの花を見かけた時、絶対似合うと思ったんです」
 それは小振りな、愛らしい形の花で造られていた。雪の様な花びらの白さは彼女の穢れなき清純さをよく表していて、本当に彼女そのものみたいな花だった。剣なんかを振るってはいるがリンクだって森の民だ。こういう細かい仕事もお手の物のようで、花々は綺麗なわっか状にまとまっていた。
「と、とても嬉しいです」
「喜んでもらえてよかった。頑張ってここまで綺麗に運んできた甲斐があった」
「Heyリンク、よかったネ! 最近女の子にモテモテだもんネ!」
「べっっつに俺は姫一筋だから関係無いもん! 余計なこと言うなよナビィ!」
「も・・・・・・もてもて・・・・・・?」
 ナビィの茶々入れにゼルダが不思議そうに首を傾げた。どうも、モテモテ、という単語の意味が理解出来ないらしい。
「あああ姫! き、気にしないでください!」
「なにヨリンクってば誤魔化して。この前牧場の女の子に見つめられてまんざらでもなさそうだったじゃないのヨ」
「牧場の・・・・・・女の子・・・・・・ですか」
「うんそうヨー」
「ナビィィィィィィィ!!」
「リンクは・・・・・・わたくし以外の女の子とも仲良くしているんですね・・・・・・」
 急にゼルダがしゅんとしてしまって、リンクは青ざめ、それからふと考えて驚いた。どうして、リンクが他の女の子と仲良くしているということにゼルダがショックを受けている?
 だって、それってまるで。
 ゼルダがリンクを好いているかのような――
「リンク」
「ははは、はいっ!」
「お願いしてもいいですか」
「え? あ、はい」
「他の女の子のことは見ないでください」
「・・・・・・?」
「わたくしだけを、見ていてはくださいませんか」
「?!!!!!!!!」
 それを聞いた時のリンクといったら、滑稽でたまらなかった。顔だけと言わず全身を真っ赤に染めて、その場に硬直してしまっていた。対するゼルダもまた、リンク程ではないが耳まで赤くなっている。
「・・・・・・ひ、姫。それって」
「もう一度わたくしに言わせるというのですか?!」
「い、いえ、その、」
 両者まだ頬を赤らめたまま、向き合って、なんとはなく手を繋ぐ。心なしかいつもよりも温かかった。もうむしろ熱いぐらいだ。けれどその体温が何故だか嬉しかった。
「あの、姫、言いにくいんですけど」
「・・・・・・なんでしょうか」
「俺も姫のこと、好きです」
 そう言うとリンクははにかんで、ゼルダをそっと見やる。
 ゼルダは思いがけず、泣いていた。
「姫・・・・・・?」
「・・・・・・はい?」
「その、なんで泣いて・・・・・・」
「え?」
 リンクに指摘されてはじめて、ゼルダは自分が泣いていることに気付いたようだった。頬を伝う滴をを右手ですくい、びっくりしたような顔をして勢いよくリンクの方を向く。
 そしてそのまま、華奢な両腕で力の限りにリンクに抱きついた。
「ひ、姫?!」
「『姫』ではなくて」
 きゅうっと抱き合ったまま。ゼルダは途切れ途切れ、言葉を繋いでゆく。
「今度からは・・・・・・わたくしのことを」
 かすれそうな声で。
「『ゼルダ』と、そう呼んでください」
 祈る、ように。



「・・・・・・はい」



 しばらくはまた、無音が続いた。風の声、木々のざわめき、そんな音すらも二人の耳には届かない。


 その静寂を破ったのは、ナビィだった。
「Oh・・・・・・リンクってば泣かせちゃったネ」
「もうほんとナビィ空気読めよ!」
 そして怒られた。





 それが幼年期、どころかその生涯において最後の、平和な逢瀬になろうとはその時の二人は思いもしなかった。
 その後、長い長い時を待たされることも。
 永い永い時を経てしまうことも。
 本当のところ、そんな不確かなことは。
 誰にだって、わかりはしないのだから。