インソムニアの流星群
春が来て夏が来るんだから、必然、秋が来て冬がやってくる。衣替えをすっかり済ませ、長袖に伸びた制服の上から学園指定のセーターを着込む頃になってしばらくして、ハートランド・シティに今冬初めての雪が降った。肌寒くて仕方ない、十二月の末の話だ。
「ドルベとミザエルはそのまま持ち上がりで高等部に進学するんだって」
「そっか、それで最近進学がどーのこーの唸ってたのか」
「カイトがさ。まだ学園に転入して一ヶ月とかで、学生生活に馴染んでる最中に受験は無理だろうって。俺達も多分おんなじふうに進学するんだろうなぁ」
「勉強難しいしな〜ジュケンっていうのがまだよくわかんねえんだけど、なんかあんまりやりたいものには聞こえないな」
傘をさしたまま遊馬とアリトがお気楽な話をしている。一年の脳天気代表みたいな二人は、赤とオレンジの傘を並べて冬の白い世界の中を歩いていくのだ。首から提げているバリアラピスの紅いペンダントが揺れる。この中にいるドン・サウザンドが状況を面白がっている合図だった。俺は舌打ちをして、歩くスピードを少しだけ早めた。
薄紫色の、遊馬と揃いの傘。九十九家に引き取られてからというもの、俺の持ち物はやたらと遊馬と色違いだとか、セットみたいなものが増えた。春婆さんが買ってくるのだ。孫が一人増えたぐらいの感覚で喜んでいるらしい。そう思うと無碍に出来なくて、俺は結局いつもそのお揃いグッズを使うことになる。
だけど別に、俺達がお揃いの傘をさしたところで、お揃いのパーカーを着て出掛けて、お揃いのパジャマを着て眠ったそのところで、世界は何一つ変わったりしないし俺が何か特別になるってこともない。
九十九遊馬の世界はそんなことじゃ揺らがない。アストラルは、誰よりそれを分かっていた。だから俺をも、遊馬の隣に置き戻したのだ。
「真月は? 受験、するのか?」
「あー、そっか。零は頭いいしな。頭いい学校行きたいとかやっぱり思ったりすんの?」
「えっ? あ、ぼ、僕……ですか?」
「うん」
唐突に話を振られて挙動不審になった。通学路の帰り道にはハートランド学園の生徒がちらほらと見える。真月零の戸籍を選択して以降、人目のあるところ――特に校内では真月零として扱うように要求したのは俺自身だが、アリトが早々に慣れて馴れ馴れしく下の名前を呼び捨てにし始めたのとは逆に、俺が一番それに戸惑いを見せることがままあった。
原因は分かっている。遊馬が、余りにもなめらかに、何の違和感もなく……俺を真月零として扱うからだ。
そうすることに抵抗はないんだろう。それはわかる。でもそれだけじゃない。あの子供の口から発せられる声で、俺をその名前で埋め尽くしてしまおうとしているようなそんなありもしない狂気を俺は感じるのだ。
真月零はベクターでベクターは真月零だ。それを俺は確かに受け止めたはずなのに、また、怖くなってきてしまう。
「僕は……どうでしょう。わからないんです。一人になりたいのかそうじゃないのか、まだ、いまひとつ……」
「ひとり」
「ええ。だって僕以外はきっとみんな、悩むまでもなく同じ学校へ進むでしょうから」
判を押したように、全員で右を倣えと言うように、きっと同じ道を進んでいく。
それは安泰ではあるのだろう。
「どうしようかなって。まだ結構、先の話ですし。……いつまでも」
「うん」
「遊馬くんにおんぶにだっこじゃ、きっといけないんですよ……」
だけど。頭の中で明滅する。どうしたらいいのかわからなくなる。
遊馬のことになるといつもこうだ。ずっとそうだった。振り回されて、計画は破綻するし、どんどんと何もかもが変わっていってしまう。
そのうち、俺自身が遊馬の望む姿に作り替えられていってしまうようなそんな気がして、俺はそれがどうしようもなく怖い。
◇◆◇◆◇
「ゲッ……」
「おや。君がここに来るとは、珍しいな」
あの日からなんとなく遊馬を避けるようになってしまって、屋上とか教室には居づらいのであてどなくぶらぶらした先で迷い込んだのが図書室だったのだ。遊馬とはあれ以来家の中でも必要最低限しか口を利かないし、朝は遊馬より早くとっとと家を出るし、昼は捕まらないうちに昼食を済ませてしまう。おかげで遊馬の姉には喧嘩でもしたのかと聞かれたが、別にそういうわけではない。
図書室のカウンターには不幸なことに見覚えのある顔がいて、そういえばこいつは図書委員に入会していたなということを遅まきに思い出した。よりによって今日が当番だったのか。いや、こいつのことだ。当番じゃなくても毎日いるのかもしれない。
「貸し出し手続きか? 禁帯出書の閲覧申請もカウンターで私が行うぞ」
「別に……本を読みに来たわけじゃねえし……」
「ではどうしたんだ? 君が校内でその口調を使うのは、珍しいな。何か思い詰めてでもいるのか」
カウンターの向こうで返却された資料の山を片付けながらドルベが言った。口を開けばナッシュナッシュとうるさかったような印象があるが、俺がナッシュを殺してからの間組織を預かっていた名残で、存外こいつは周囲の動向に敏い。
諦めて一息吐くと肩を竦めた。「君は相変わらずだな」とぼんやりしたふうの声。ドルベは、俺が奴の敬愛するナッシュとその妹を殺し、あまつさえもう一度メラグとドルベそのものをぶっ倒したことを勿論覚えているわけだが、俺をそのようには扱わなかった。今はもう、皆、生きているからなのか。
それで全てを水に流そうと言うのか。
「お前、そのままエスカレーターで進学するらしいじゃん」
「エスカレーター、とは? 階段の同意義語として使ったわけではないのだろうし、よければ意味を教えてくれ。それは私の知らない言葉の使い方だな」
「……スラングだよ。俗語。小中高大と持ち上がりで進学することをそういう風に揶揄するんだ」
「なるほど。君の博識ぶりにはいつも感心させられる。そういうのは、どこで教わるのだ」
「知らねえ。遊馬を騙すために必要なことから余計なことまでありとあらゆる知識を集めすぎたから。もう、いつどうやってなんて覚えてねえよ」
「ふむ。……遊馬、と口にした途端その落ち着かなさ、さては、君は遊馬と喧嘩したんだな」
「……ハァ?」
ぱたん、とぱらぱらめくっていた本を閉じて仕分け済みの山の上に積むと「違うのか」とごく不思議そうな顔で尋ねてくる。違わない。ああそうだ、違わないさ。喧嘩でこそないかもしれないが俺が一方的に避けている今の図は、喧嘩の後の気まずいそれによく似ている。
次の本を手に取りながら、「私にも覚えがあるから」とドルベは続けた。嘘こけ。ナッシュの全てを肯定するお前がいつ喧嘩なんぞしたっていうんだ。
「ミザエルとついこの前、そう、丁度進学の話でだ。そのまま持ち上がりで上に行くことを彼は気に病んでいてな。大した努力をしたわけでもないのに……と。そして、そうやって皆で団子のようにいつまでも丸まったままで良いのだろうか、とも彼は言った。いつか私達はどこかで別れなければならないはずなのに」
手に持った本を別の山へ仕分け、そしてまた次の本へ。こなれた手付きで図書委員の責務をこなしながら子供に言い聞かせるように与太話をする。ハードカバーの本からはみ出たしおり代わりの紐が指先をくすぐっているのに、ふとおかしな既視感を覚えた。そうだ。この本は、確か。
遊馬が読んでいた。
「ミザエルは、今もカイトの所で暮らしているからな。そういう認識が私達よりも少し進んでいたようだ。ずっと身内で固まっているのは、それは確かに楽だよ。けれどこの世界で生きていく以上、どこかで進む道は分かれていくはずだ。今の学業成績を見ているだけでも適正がてんでばらばらなのは手に取るように明らかだからな……だが私はミザエルにこう言って、彼は今回は納得したんだ。『いつか道を違えてはいくだろうが、それは拒絶や永久の別れではないはずだ』と」
ハードカバーのファンタジー小説。本なんか滅多に読まない遊馬が、食い入るようにして読んでいたから余計によく覚えている。気になってカバーに記されたあらすじを見たのだ。異世界から迷い込んできた小人と少年が仲良くなる話。
「遊馬とどう接するべきか悩んでいるんだな」
ドルベが単刀直入に、飾りっ気なくまっすぐに尋ねてきた。
「自分がどうしたいのか、それが上手く見えていないんだ。君は存外几帳面で、白と黒をはっきりさせたがる傾向がある。曖昧なままが受け入れられなくて、そう思っているうちは遊馬の隣には戻りたくないんだろう。なあなあで済ませるのなら……君の今までの選択はもっと違ったものになっていただろうから」
それが遊馬とアストラルに似た話だったのか、俺と遊馬に似た話だったのかはその本を最後まで読んでいないから俺にはわからない。
「……お前はよお」
「うん?」
「俺が憎くねえのかよ」
淡々と話すドルベに衝動的にそれを尋ねた。ドルベの、幼気な子供に諭すような言い方は「そういう」含みなどどこにもなくて、気持ち悪かった。その気持ち悪さが遊馬に感じているよそよそしさ、居心地の悪さに繋がっているような気がしていた。ドルベが首を振る。「さあ、どうだろうな」と口にする代わりにこいつは目を細める。
「何を聞くかと思えば……。許すか許さないかで言えば、そうだな、完全に許せたわけではないだろう。だが憎んではいないな。それが君の生き方だったから。ただ、私は弱かった。今となってはそれだけのことでしかない」
「俺に殺されたことでさえも? それだけじゃない……俺はナッシュとメラグを殺したのに」
「だが君は私『達』七皇の一人だよ」
ドルベが言った。眼鏡の向こう、猫みたいな目の奥は、よく読みよれない銀色だった。
「実を言うとさっき遊馬に相談されたんだ。最近君がよそよそしいとね。遊馬はそのことを大変気に病んで、『俺が何かしたのかな』と気になって仕方ないふうだった。もしかしたらずっと、まだ悩み続けているのかもしれないと」
本の山が左から右へ、規則正しいリズムで積み直されていく。最初は左の方がかさが多かったのが、いつの間にかもう逆転していて、左の山の本は残り僅かになっていた。遊馬が借りていた本はシリーズものだったらしく、似たようなデザインの本が何冊か重なって残っている。
「君の悩みに、私が出せる答えは恐らくないだろう」
「そうだな。お前なんかに理解されてたまるかよ」
「そう。その、理解、という言葉が君の中で引っ掛かっているから。それを咀嚼しきるまではきっと今のままなのだろうね。だがそれは、遊馬と会って話さないという理由には、ならないだろう」
ドルベがカウンターから立ち上がった。仕分けした本をよっこらせとじじくさい声を出しながら抱え上げ、カートの上に積み直している。休み時間が終わるまであと十分。その間に、これらの返却済み図書を正しい書架に戻すのだ。
カートを押し出し、振り向いて思い出したようにドルベは付け加えた。
「遊馬は君と話をしたがっているよ」
「お前なんぞに言伝を頼むぐらいに?」
「おや。ばれていたか」
「そうじゃなきゃお前が長々俺に説教垂れる謂われはねえよ」
「どうかな。君が勝手に作戦にない行動を取るから、私はないはずの胃が痛くて仕方なかったんだよ。実のところね」
持っていくかい? と一冊本を手渡された。遊馬が読んでいた本だ。きっと遊馬はこの本をドルベから借りてドルベに返したのだ。となると、こいつは話の中身を知っているに違いない。
狸め。いや、それじゃ、ギラグのペットになってしまうのか。
「貸し出し手続きは私が後でしておこう」
受け取るとにこりと笑った。やっぱり、こいつは狸だ、と俺はそう思った。
◇◆◇◆◇
冬の屋外は肌寒いなんてものじゃない。しかも今日は雪の降る夜だ。それはそれは寒く、だがその分、星がよく光っていた。
「今日は月がないんだ」
そいつは振り向きもせずにそんなことを言う。黙って隣に腰を下ろすと、「ん」、と鼻から抜けるような声がする。
「新月の日だな。何度目だっけ。お前とは、こんな月ばっかり見てるような気がする」
「そりゃあ、『僕』の由来ですからね、これは」
「どこにも存在しないって?」
「そう。そのはずだった」
月はないが、あのまばゆい黄金に邪魔をされないのを良いことにここぞとばかりに星々がひしめいていた。「あ、あれ、冬の大三角形」と指さされて天を仰ぐ。こいぬ座のプロキオン。
「冬は空気が冷たいから星が綺麗に見えやすいんだって。昔父ちゃんが言ってた」
「だからこの街でもこれだけ見えるのか」
「まあ、元々ハートランドは都会の中では相当見える方らしいよ。これも父ちゃんの受け売りだけど」
「お前の言うことは誰かの受け売りばっかりだな」
「そうかも。俺ってみんなに色々分けて貰って生きてきたからさ」
ベクターにも。そう小声で付け足すと、遊馬はそれきり黙ってしまった。
俺の中でわだかまっているもの、答えのでない戒めのような記憶の中に、あの無様な姿が残されていた。遊馬の腕に掴まれて、ドン・サウザンドに吸い込まれそうになる身体が引き留められていたあの瞬間の遣り取り。俺は言った。お前が真月零こそ俺の真実だとほざくのならば、俺と一緒に死んでくれと。そんな覚悟なんかあるわけないって俺はやっぱり最後まで、心の何処かでこいつを信用し切れずにいた。最後まで俺に手を差し伸べてくれた最後の人間である母上は死んだのだ。もう誰も彼もが、最後には俺を裏切るそのはずだった。
だけど遊馬はそうしなかった。そうしたら、俺と一緒にどこまでも行けるとか宣った。こいつ、馬鹿なのか。大馬鹿だな。何を言ってるのか、きっとわかっちゃいねえんだ。俺と一緒に……どこへ逝こうって言うんだ?
『ああ、いいぜ、真月。お前を絶対一人にしない。お前は俺が守ってやる』
だけどその時、救われた、と思ってしまった。
真月と呼ばれたことよりも、何よりも繋いだ指先の温度が確からしかった。その時九十九遊馬は俺だけを見ていた。俺の全てを見ていた。見透かすようにして繋ぎ止めていた。
救われてもいいと、思ったのだ。
「だから手を離したのになァ……」
「なんだよ」
「結局また掴んでるんだ」
あれから、遊馬のいない部屋に籠もって昼間ドルベに押しつけられたファンタジー小説を読んだ。異世界からやってきた小人の顛末が気になったからだ。また元の世界へ帰って行くのか、それとも、この世界に留まったのか。どちらの選択をしたのか。
答えは単純だった。小人は、主人公の少年の家に棲み着いて彼を助けることを楽しみとしたのだ。
「あの時遊馬くんは真月零の手を掴んだけど」
「うん」
「真月零は俺だから。俺はベクターだから。そうやってお前は全てを掴み取って俺をだめにする」
「えー」
「なんでそこでその滅茶苦茶軽い反応なんだよ」
「だって」
「だってなんだ」
「お前そんな、今更さ、反抗期みたい。あ……でもそっか、今から反抗期でも全然遅くないのか」
「は、反抗期だあ……?」
予想だにしない言葉に文字通り目を丸くした。反抗期。そう来るか。
「ベクターさ、俺におんぶにだっこじゃいけないんだーとか、言ったじゃん?」
「ああ」
「そうじゃないと思うんだよな。というより、別に今のままで、おんぶにだっこじゃないんだよ。俺はお前にもたくさん貰って生きてるし、だからその分俺からもベクターにいろいろあげるの。目に見えるものも、そうじゃないものも」
遊馬の指先がジェスチャーでハートマークを形作って、俺の視界の中に映り込む。「心」。ナッシュの糞野郎が俺にないとか抜かしやがったそれだ。
そして遊馬がそれが出来るまで何度でも信じると愚かしくも美しく優しくて残酷な言葉を吐いたものでもある。
「俺さ、正直あのパーカーのデザインは、ばあちゃんには悪いけどやっぱり小学生っぽいなあって思うんだ」
「あのクリボーのやつ」
「そう。だけど、ベクターとお揃いだなーって思うと着るのが嬉しい。あ、そこに真月とかベクターとか、そういう呼び方の差はないんだぜ。……あのさ。ベクターが何を怖がってるのか、俺は多分知ってる。お前は、変わっていくのがすごく怖いんだな」
ジェスチャーが姿を変える。ハートマークからバッテン印へ。それに目を凝らすと、遊馬のあの赤い瞳と俺の紫の目がぴたりとかち合った。それが酷く奇妙な感じだった。
「変わろうとするんだ。変わらなきゃいけないと思う。でももうずっと同じままだったから、それが自分が自分じゃなくなるみたいで怖い。一度死んで生まれ変わっちゃうみたいで……というか、そうだよな。バリアンになってまた人間に戻ってるんだから一回死んでまた生まれてるんだよな。でもそれって、記憶も引き継いでるし……チョウチョみたいなもんじゃないかなって、俺は思うわけ」
「蝶の変態……」
「さなぎになって、殻を破って空へ飛んでいこうとしてるんだ。今はその飛び立つ直前で、飛ぼうとしてるんだけど本当に飛んでいいのかまた迷ってるとこ。今飛び出したらもう二度と同じところへは戻っていけないんじゃないかって」
だけど。遊馬が口調を強くする。バッテン印がハートマークに戻って、それを俺の方に押しつけてくる。
小説の中の少年が、小人の胸に指先を当てたみたいにだ。
「俺が目印になってあげるから、そういうの全然怖がらなくていいんだ」
そうして遊馬は俺をその両腕で抱き締めた。
心臓の音が互い違いに鳴り響いて、俺達が違う身体を持っていることを主張していた。けれどそれでいて心地よく調和している。それは丁度、母上の腕の中の温度を思い起こさせて俺にゆさぶりをかけようとする。俺を無条件で愛してくれたたった一人の母上。もうどこにもいない俺の母上。
俺は本当はもっと昔に、あなたのところへ逝けるはずだったんです。
それが今、どうしてだろう。こんなふうに無様な姿を晒して、まだ、心臓を鳴らしているなんて。
「泣くなよ……」
「うん」
「お前に泣かれると、なんか、調子狂うなあ」
「ごめん」
「素直に謝られてもなんか変な感じ!」
「……誰が気持ち悪いって言ったんですかぁ、ねえ、遊馬くん!」
泣き笑いで遊馬に噛み付いた。ああ、母上、もうどこにもいない俺のたった一人の母上。
次にあなたに会う時は、俺は友達を紹介しに行きたい。
「ねえちょっと、もう一回言ってみせてくださいよ……?」
「うわっ、タンマ、ギブ、ギブ、お前ってなんでそんな急に落ち込んだり元気になったりすんの?!」
「単細胞の遊馬くんと違ってー、僕は、繊細なんですう。ひとりぼっちになりたいなあなんて言いながらいざ一人っきりにされると、傷付いちゃうの!」
「さみしんぼ」
「うっせ」
なんとなく癪に障って俺から抱き締め返した。幼い頃母上に抱かれていた時はそうして俺から抱き着いてもやはり母上の方がずっと大きかったけれど、所詮遊馬は俺より身長が低いくらいなのだ。こうして立場を逆転させてしまえば、あっという間に優劣も逆転する。
「あっ、流れ星!」
俺に羽交い締め一歩手前みたいな格好にされて困り顔をしていた遊馬が急に顔を輝かせて天を指さすと、それを皮切りにどんどんと星が流れ始める。ぴゅうぴゅう尾を引く星々が、空を横切り、どこかへまた消えていく。
「流星群だ」
お願いを三回言わなきゃ、と遊馬が呟いた。星が流れ終わるまでに三度言い終わると願いが叶うというあのポピュラーで胡散臭い伝承。遊馬が目を閉じてぶつぶつ唱え出すのを横目に、俺も目を閉じる。
俺が俺としてある未来を、俺自身に確約するために。
「Hello, RE;Birth World」-Copyright(c) 倉田翠