※オフ本のサンプル
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「酒は飲んでも呑まれるな。」と同じ感じの設定のバリアン大学生パロ
※遊馬とベクターは従兄弟
※短編三本それぞれの冒頭千文字と少し。本ではこれに加えてエピローグが入ります。
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「水曜日には猫の話」
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「腐れ縁サマー・パーティ」
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「こどもたちのサバト」
水曜日には猫の話
猫だ。
「……捨て猫か。かわいそうに、まだ子供じゃないか」
「ダンボール箱に入れて猫を捨てるという習慣は実在したんだな……」
「ミザエル、驚くところはそこか?」
雨がしとどに降っていた。「拾ってください」という張り紙が付けられたダンボール箱の中でうずくまっている灰色の捨て猫がびしょ濡れになりながらじっとミザエルとドルベを見上げてきている。どうしたものか、溜め息を吐いてドルベは眼鏡を押し上げた。
「ロシアンブルーの子猫だな。昔はアークエンジェル・キャットとも呼ばれていた品種だ」
「ドルベに似ているな、この猫」
「……私にか?」
そう言われてまじまじと子猫を観察するがドルベ自身にはどこがどう自分と似ているのかよくわからない。第一ドルベは猫ではない。そこまで猫目がちだと言われた覚えも……多分、ない。
しかしミザエルはきらきらと目を輝かせ、「ああ」何故か嬉しそうに頷いた。
「目元がよく似ている。あとは頭のかたちと……雰囲気だな。なかなか賢そうな子猫だ」
ミザエルは水濡れの身体をひと撫でしてからバッグからタオルを取り出し、猫を抱き上げると軽く拭った。子猫がぶるぶると首を振って水をはじき飛ばす。ドルベの眼鏡にそれが飛んで、付着した。視界が濁る。
ちょっと怒って無言で睨み付けるとミザエルに抱かれた子猫はドルベを無視してミザエルにじゃれついた。
「ひとなつこい。人間に飼われている両親から生まれて、人慣れしてから捨てられたんだな」
「その割に、行儀が悪い気がするのだが」
「眼鏡の水はねぐらいで根に持つな。子供相手なんだから……」
「ミザエル。わかっていると思うが私達の寮はペット禁止だ」
その言葉を告げるとミザエルの動きが止まった。
無言で俯き、きゅうと子猫を握り締めている。ペット禁止であるという寮則を忘れていたのか、それとも無視してこっそり連れ込もうとしていたのか。そのどちらなのかはわからないが、そんなことをしたところで長続きするものではないし、何か手痛いペナルティを負う可能性が非常に高い。ドルベとしては彼にそのような真似をさせたくはないのだ。
「……ミザエル」
「わかっている」
「では、」
「だが……それではこの子があまりにも可哀相だ……」
まなじりを下げ、そんなことをドルベに言った。
昔、ミザエルはペットを飼っていた。ペットと言ってもミザエルにとっては共に育ってきた友に相違なく、彼のことをペットというと例外なく我がことのように怒ったし、しばらくの間「友を侮辱した」と言ってまともに口を聞いてくれなかった。
彼の友の名前をジンロンと言う。しかしジンロンは事故でミザエルより先に死んでしまい、それ以降、彼は動物を飼わなくなったのだ。
動物は変わらず好きなようなのだけど。
「こんなふうに水に濡れて、ここしばらくは雨続きの予報だし既に体力が落ちてきているのがわかる。人間は冷たいからな。こうやってバス亭そばに捨てられていても皆見て見ぬふりして素通りしていくのだろう。ここで私が捨て置いたらじきに死んでしまうかもしれない」
「規則を破るのはいただけない。他にいくらでも方法はあるだろう、保健所に連れていくとか……」
「私は保健所は嫌いだ」
倦厭するものを見る目つきになってミザエルは言った。
「好きになれない」
「……だめか」
「だめだ」
どうにも強情だ。ああやはり、と溜め息を吐きドルベはミザエルを見遣る。最初からこうなるだろうと薄々思ってはいた。ミザエルが強硬な態度を取った場合、大抵はドルベが折れるはめになる。ベクターを殴った時は流石に一度で止めたけど。
「一日だ。一晩だけ匿って、なんとか遣り過ごしたら明日学校へ連れて行こう。そこで、引取先を上手く見つけるんだ」
「……本当か?!」
「ただし、明日は絶対に寮の敷居をまたがせない。ペット禁止という寮則にだってそれなりの理由があるのだろうから……」
「流石ドルベだな! 話がわかるじゃないか! なあ、ドルベジュニア」
「―待て。なんだその名前は」
「ドルベに似ているからジュニアだ。ほら、行くぞ、ジュニア」
「…………」
もうすっかりその気だ。知らずまた溜め息が漏れる。けれど無邪気に喜んでいるミザエルと子猫を叱りつける気にもならず、ドルベはこっそりと嘆息をするに留めた。何にせよ、彼の美しい性質にけちをつけるのはドルベの性分ではない。
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腐れ縁サマー・パーティ
室内は異様な雰囲気に覆われていた。照明が落とされ、カーテンがぴたりと締められているために薄暗く、また妙な熱気がこもっている。熱気の正体は分かりきっていて、明らかに室内の適正収容人数をオーバーした人口密度の高さと、そして彼らが取り囲む中央の鍋にあった。鍋はもくもくと湯気を吐き出し、それに伴いちょっとした臭気を放っている。
暗室で鍋に放り込まれていく何ともつかない食材達。歯ぎしりが聞こえるが、咎める声はない。誰が何を入れようと、入れている間は文句を言わない。何故ならそれが今回のルールだからだ。
各々、鍋の中身がよく分からない状態で適当に椀に掬い、示し合わせるように頷く。一斉に箸を付け、咀嚼と嚥下を繰り返す音が響き―
「ぶ……Books……」
「おい誰だ! 毒物をこの鍋に混入させた馬鹿は!」
一番胃が弱いドルベがものの数秒でダウンした。
梅雨が明けてやたらと暑苦しい日々が続く中、「夏休みが始まったから闇鍋をやろう」と何故かそういう運びになった。どうしてだかは覚えていない。原因ぐらいは把握しておくべきだったなと後になって思ったが遅く、既に闇鍋会は決行に移されてしまっていた。
会場は当然のようにベクターと遊馬の住んでいるマンションの一室に決定された。人数的にそこしか候補がなかったのだ。不可抗力だった。
「いや、スーパーで買えるもんが条件だったからモノホンの毒は入りようがないはずなんだけどよぉ……」
「ドルベが倒れたのは事実だ。食べ合わせが最悪だったか、刺激が強すぎたのかのどっちかだな。遊馬電気」
「あ、うん」
照明のスイッチのそばで待機していた遊馬が明かりを回復させると、今まで闇のヴェールの中に隠されていた鍋のかくもおぞましい全容が顕わになった。何か、鍋の中で動いている。何が。生き物が。
「……おいこいつまだ生きてんぞ」
びちっ、びちっ、と熱い湯の中で身悶えしている何かを見てベクターが顔を引き攣らせながらそう漏らした。ヒッ、という喉がひくつく嫌な音がする。この沸騰した鍋の中で何故まだ生きているのか。それとも生きているように見えるだけなのか。どっちにしろ、考えたくない現実であることに変わりはない。
「つうか、こいつ何なんだ……」
「パッと見じゃわかんねーな。買ってきたの誰?」
「私だが」
ドルベをがくがくと揺さぶっていたミザエルが顔だけ向けて答える。途端に視線がミザエルに集中し、「ああ、なるほど」という嘆息が溢れかえった。ミザエルの表情が歪む。
「なんだ。その反応は」
「い、いやぁ〜なら納得かなぁ〜って……」
「アリト。視線が泳いでいるが何かやましいことでもあるのか」
「俺はなんもやましくなんかねーって! で、でも、ほら、その……」
ミザエルにきつく睨まれてアリトの言葉端が濁っていく。目をうろうろと泳がせて倒れて一言も発さないドルベの屍(仮)とベクター、ギラグを交互に確認すると隣に座るギラグの肩を爽やかな笑顔で叩いた。
ミザエルの視線の矛先がギラグに移動する。
「言いたいことがあるのなら、はっきりと言え」
「俺がかぁ? ……あー、そのよ……」
「なんだ」
「お前、料理かなりヘタだろ……」
問い詰めるミザエルの強情さにとうとうギラグが言い切った。
ミザエルは料理音痴だ。どのくらい料理が出来ないかというと、そこそこ伝統のある学園の「調理実習伝説」を次々と造作もなく塗り替えていった程度には、絶望的に苦手なのである。
・・・・・・・・・・・・
こどもたちのサバト
天城カイトは今年で十二歳になる。十になったぐらいの頃に父親の友人の長男にあたるクリストファー・アークライトに師事するようになって、恐らく同年代の子供達よりは多くのものごとを知っているのだと自分でそう思っていた。
それは殆ど事実だったし、とても聡明な子供であったから彼には大概のことはなんとでもこなすことが出来た。絵に描いたような優秀な天才児で、模範生で、だから、何でも出来ると少しだけ自惚れていた。
それを今カイト自身、まざまざと思い知らされている。
「おい、遊馬、凌牙……」
カイトの目の前には、突如発生した次元の歪みのようなものを見るなり意識を手放してしまい、地面にぐったりと倒れ込んで目を覚まさない幼馴染みが二人。九十九遊馬、七歳。それから神代凌牙、八歳。
三人で七不思議が起こると言われている丘にやって来るまでは順調だった。だが、それから遊馬が何かぶつぶつ唱え出して事態は一変する。それがトリガーになったのかどうかはわからないが、「門」が現れ、ひとりでに開き、およそこの世のものとは思えないような奔流が流れ出したのだ。
カイトに打てる手立てはなかった。原因も、原理も、仕組みも一切が不明で判別が付かない。
二人に引っ張られ、危ないから自分が監督してやらねばならないとそう思っていたのにこのていたらく。何度名前を呼んでも、体を揺さぶっても、遊馬も凌牙も少しも反応を見せず、まるで死んでしまったかのようにこんこんと眠り続けている。かろうじて脈は取れたという事実だけが今のカイトにとって唯一の救いであり、彼を支えているものだった。でもそれもずっと続く保証はない。もし、二人が目の前でしんでしまったら?
「頼むから、目を覚ましてくれ」
なんとしても二人を無事に家に連れて帰らなければいけないのだ。目の前で何が起きているのかはまったくもって理解不能だが、どうしてもそれだけは果たさねばならない。クリストファーに教えられたことを口の中で反芻して呑み込む。しっかりしなくては。この場で一番年上なのはカイトなのだから。
『―そうやって、気を張り詰めているといつか足下を掬われるぞ』
「誰だ?!」
叱咤したそばから幻聴が聞こえる。ぎょっとして振り向くと恐ろしく美しく、透き通る蒼いからだを持つ幽霊がそこに浮かんでいるではないか。思わず腰を抜かしそうになるが理性で耐えた。ここでカイトが意識を手放しては、どうなるかわからない。
幽霊はその様を見てくすくすと困ったように笑った。
『身構えないでくれ。危害を加えるつもりはないんだ。二人もいずれ目は覚ます。その前に、私から『きみ達』に見せたいものがある。そのために遊馬を通じて私は呼びかけたのだ』
「どういう意味だ。答えによっては、それ相応の対処を……」
『出来るのか? きみに? 天城カイト。大人であろうと背伸びをするのも結構だが、時には自分がまだ子供であるということを甘受してみるのも勉強のうちだ。……さあ、ようこそ、デュエル・モンスターズを愛する子供達。精霊達は確かにきみ達のそばにいる』
「キーメイス」が幽霊の隣を駆けてその奥へと向かっていく。続いて「ハネワタ」「ダンディライオン」「針剣士」「ダークロン」……見たことのあるモンスター達が立体投影されたソリッドヴィジョンの絵そのままに、けれどあれ以上にリアルな質感を伴ってカイトの脇を通り抜けていく。
「そんな、ばかな……」
『何もおかしなことはない。ただ、限られた人間にしか見えないだけできみの精霊も、誰の精霊も、生きているのだから』
ドラゴンの咆哮がどこからともなく響き渡り、一際大きなモンスターの影がカイトのそばに現れた。カイトはそのモンスターの名前を知っている。知っているなんてものじゃない。これは父がくれたカイトにとって魂に等しいモンスター・カードの中に描かれているものだ。「銀河眼の光子竜」。
「お前は……これは、一体……」
『私の名はアストラル。幽霊でもお化けでも、好きに思ってもらって構わない』
幽霊が言った。
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