*バリアン大学生現パロ *七皇は幼馴染み *ベクターは従兄弟の遊馬君(中一)を預かって同居中 酒は飲んでも呑まれるな。 「ハァ? 寮の門限過ぎただぁ? なぁんでそういうの計算しねえで酔い潰れてるかねぇ……つか、お前ら二人とも酒の強さぐらい把握しとけ。女子でぶっ倒れてたら持ち帰られてたかもしんねーぞ」 「いや……すまない。パッチテストの限りでは正常だったので、まさかここまで弱かったとは……」 「場酔いか。ロキソニンが効く効かないで大体強さわかるから、今度頭痛薬飲む時は覚えておけ。まったく……」 最早歩く屍状態のミザエルとぎりぎりのところで意識を保っているドルベを一瞥してベクターは溜め息を吐いた。夏前で久々の飲み会、その結果がこの有様である。アリトとギラグがいればまだ運搬も楽だったのだが、幸か不幸か彼らは合宿明けで疲労困憊しており今日は不在だ。ベクターの体力ではミザエルを引きずるので精一杯だから、なんとしてもドルベを気絶させるわけにはいかない。 「コントロール出来ないんなら酒なんか飲むんじゃねえよ……」 「尤もな言葉だ。反論の余地もない」 「ミザエルが回復したらよーく言って聞かせておけ。あいつはお前の言うことしか素直に聞かない」 「わかっている」 ドルベの頬にはまだうっすらと赤みが差し、傍目からも酔いがさめていないことは明白だった。さて、この幼馴染みという名の腐れ縁どもをどう処理してやろうか、それが問題だとベクターは思案する。寮に帰れない以上彼らはカラオケかどこかで貫徹するか、ネカフェ等で時間を潰すかしないといけないわけだがこの状況でそれをさせる気にはならない。ドルベとミザエルはこれでも線の細い、恐らく美男子と言われる類の容姿をしている。意識がはっきりしていない状態で夜の街に放り出せるほど薄情な仲でもない。 ちらりとミザエルに目をやる。寝言のような呻き声で「うう……どるべぇ……」とか言っている。駄目だ。こんな奴をネカフェがあるような繁華街にほっぽり出したら間違いなく最悪の結果に至る。 「仕方ない。帰る場所がないんなら俺んとこ着いてこい、いいな。一晩くらいは泊めてやる。雑魚寝になるが」 「ありがたく恩に着せて貰う。対価は、何かまた後日手持ちがある時にちゃんと出す」 「後で考える。今は終電逃さない方が先だ……」 ドルベが覚束ない風体の仕草で頷いた。この男は基本的に自分の非をきちんと受け止める度量を持っているが、酒に酔っているといつもよりほんの少しだけ、素直に甘えるような表情をする。 それに今気が付いて、苦笑した。ミザエルが起きていたらきっと面白いことになっただろうに……まあ、面倒なこと、の間違いかもしれないが。 「お帰りー……あれ? ドルベにミザエル?」 「こら、中学生は十時に寝ろっていつも言ってるだろ」 「ベクター俺のかーちゃんか何かかよぉ……宿題終わってないんだ。ほんとは見て貰いたかったんだけど、無理?」 「中学生の宿題ぐらい朝飯前だ。こいつら片付けるからちょっと待て」 限界を迎えてへたり込んでしまったドルベと既に夢の中であるミザエルを示してベクターは緩慢に頷いた。遊馬の目がぱっと光る。飲み会で潰れた二人よりもよっぽど確からしい顔つきをして、子供らしい健康な生活サイクルを送っている彼が普段この時間に見せる寝ぼけ顔ではない。 これは昼寝を決め込んで、それで宿題が終わっていない時の顔だ。 ベクターと遊馬は従兄弟だ。大学に進学したことをきっかけに丁度両親が海外転勤になった遊馬の面倒を生活費の援助を貰う代わりに引き受けた。男二人所帯で、まあそれなりに上手くやっている。遊馬は素直でかわいいし従兄弟のベクターには昔から懐いていた。 「うん……ミザエル、ミザエル、起きろって……」 「揺すって起きるか? もうしばらくミザエルは酒禁止だ。せめて缶チューハイにしとけ、誰だあいつのグラスにキールロワイヤルのカクテルなんぞ突っ込んだのは」 「さあ……誰だったかな、あまり、覚えていない……ゆうま、ミザエルを起こしてどうするんだ……?」 「ドルベがでろんでろんだ、なんかいけないもん見てる気がする……あのさ、俺、今日ベクターと一緒に寝るから二人で俺のベッド使ってくれよ。ちょっと狭いと思うけど、リビングで倒れてるよりは絶対いいって。明日ちゃんと洗濯するし」 遊馬が何の疑問も抱いてないふうにそんなことを言った。思考がまとまっていない様子のドルベはそれにこくこくと頷いている。だがベクターの方は手放しでそれは良案だなというわけにもいかずに表情を強ばらせた。別にベクターが遊馬と同じ布団に入るのはいい。遊馬は小柄だし、そんなことは彼が幼稚園生の頃からやってきたことだから観念的には今更どうということもない。だが。 ミザエルとドルベを一つの褥に入れるのは危険だ。 「お前……それは一種のテロだぞ」 「テロ? なんでだ?」 「それは……その、ミザエルが朝起きた時……どうなるかわかんねえから……」 「ドルベってそんなに寝相悪いのか? でも万一落っこちちゃってもそんなに痛くないと思う。ちゃんとマット敷いてあるから」 「……わかった。何も言わない」 「じゃ、そうしようぜ。な」 翌朝ミザエルがどんな顔をするのかを想像して溜め息を吐く。頭痛がにわかにする。ベクター自身は決して酔いすぎているわけではないからこれは心労がもたらしたストレス性のものだ。遊馬の無邪気な顔が憎くも愛らしい。 遊馬は知らない。別に教えるつもりもないが(不潔だ)、とにかくそのことを知らない。無知とはこういうことだ。かわいいけど憎たらしい。大事なことだから二度。 ミザエルは片思いをしている。誰に? 言うまでもなく、堅物のドルベにだ。ベクターが気が付いた限りでは、小学生でランドセルを背負っている頃からちらちら目線で追っていたように思う。あの頃はベクターもまだかわいげのある子供だった。で、それが目に見える恋情に変化していったのは中学から高校に上がる時期。この頃もまだギリギリベクターは今よりいい性格をしていた。従兄弟の遊馬が天使だったからいい兄でいたかったのかもしれない。 高校になって、そろそろ進学先を……という時期になるとミザエルは完全にドルベにお熱で、数年間燻らせてきたその恋心という奴はどうしようもなく強大で、もうまったくもって隠し切れていなかった。だからミザエルとドルベは容姿の割に高校時代殆ど告白を受けていない。耽美小説か何かのように女生徒達から愛でられていたからだ。 ともかく。 ミザエルはドルベに恋をしている。救いがたく、それは事実だ。アリトは単細胞だから除外するとして、そのことに気が付いていないのは子供の遊馬と当のドルベだけだった。少なくともベクターは小学生の頃から薄々勘付いていたし、ミザエルだってもう自覚している。だから普段、あまりミザエルをドルベと二人っきりで密室に放置したりはしないようにベクターは要らぬ気遣いをかけてやっていた。まあ、よかれと思って、というやつだ。 「ドルベ」 「ん……あぁ……なんだ? ベクター」 「明日悲鳴とか上げさせたら責任取れよ」 「? そうか。わかった……」 寝ぼけ眼だ。絶対わかっていない。 しかし遊馬の主張を遮ってリビングに転がす気も起きず、ベクターは仕方なしに遊馬の部屋へずるずると二人を引きずっていった。のそのそベッドに上がらせる。そのまますやすやとおねむに就く二人が疎ましく羨ましい。 「ベクター、宿題終わったら風呂入って俺達も寝ようぜ!」 遊馬が弾けんばかりの笑顔で言った。少しどきりとする。添い寝するのはいつものことだし、宿題を見るのも当たり前のことだ。 子犬を寝かしつけているようなそういう感覚。だというのに、近頃遊馬が成長してくるにつれて少し、ほんの少しだけむらむらしてくる感覚があって、滅多にないのだが今日はミザエルとドルベを見た後だからそれが久しぶりに襲ってきてベクターは自分に辟易した。 相手は子供なのだ。ばからしい。 ◇◆◇◆◇ 目が覚めてまず視界に入ったのはミザエルが片思いをしている青年の寝顔だった。 「――――――ッ?!!!」 ドルベが眼鏡を付けたままで眠りこけている。掛け布団が熱いのかじんわりと湿った頬を上気させ、規則正しい寝息を立てていた。衝撃と理性とがせめぎ合いを始めたのを感じる。だが、何故こんなことになっているのか? ミザエルにはまずそれがわからなかった。 ばくばく言う心臓を抑え付けながら室内を見渡す。知らない部屋だ。デュエル・モンスターズのポスターが壁に何枚か貼ってあって、窓際の壁に隣接するように学習机が置いてある。その付近に教科書やノートらしきものが散乱していて、机上はカードが散らばってその面積の大部分を占めていた。壁紙は無地のクリーム。ミザエルが今住んでいる学生寮よりも、色が濃い。 「……うん……そうだな……そうしよう……」 「ど、ドルベ?!」 「今度の昼食は……学食で……」 寝言だ。その事実に少しほっとして、ミザエルの心にようやく状況を確認する余裕が生まれた。 「ええと……まず、昨日は……」 最後にミザエルが覚えているのは、飲み会に出てドルベがグラスを手渡してくれたあたりまでだった。既に二人ともちょっと酔っぱらっていたように思う。それで確かベクターが「おい、ほどほどにしとけよ」と横やりを入れてきた。その後のことは、意識が混濁してしまってまったく覚えていない。 それで今は何故かドルベと同じベッドに同衾している。ちょっと意味が分からない。そのことを考えるといったん落ち着いてきた鼓動がまた早くなってしまって、もう、駄目だった。 服に寝相以外で乱れた様子は特にないし、体にも二日酔いと見られるもの以外の倦怠感もない。だが、もしかしたら。もしかしたら酒の勢いでやらかしてしまったのではないか……そんな考えすらもミザエルの脳裏を過ぎる。そもそもここはどこなのだ。それがわからないから、余計に混乱してしまう。 「ドルベ……まったく、無防備に寝顔など晒して……」 ついでによくない悪戯心がむくむくと膨れあがってくる。今ならドルベは寝ているし、なんだかよくわからないけれど、キスぐらいならしてもばれないようなそんな気がするのだ。 彼の頭に手を乗せてゆっくりと撫でた。ちょっと猫っ毛に近い感覚がある。ドルベは頼めば髪ぐらいいつだって撫でさせてくれるのだろうが、そういうことを頼むのも気が引けてなかなか触れる機会はなかった。 ん、とくすぐったそうな声がドルベの鼻から抜けていく。思わずどきりとして、生唾を呑む。 そうして今まさに彼に口づけようとミザエルが静かに決意したその時だった。 「おーい二人とも! 朝だぜ、ご飯用意出来……ごめん。なんか邪魔したっぽい」 遊馬が戸を開けてすぐに閉めていった。 ◇◆◇◆◇ 「だから言ったんだよ」 「しょうがねーじゃん俺知らなかったんだもん」 「まあな。別に責めてるわけじゃない。遊馬のことはな」 含みを持たせた物言いで白々しくミザエルに視線を向ける。ミザエルは憤慨して赤くなった顔で少し噎せて、それから机を叩いた。バン、という乾いた音。 「…………悪かった!」 「健全な青少年の育成に害悪だな。損害賠償払えよ」 「うるさい! 歩く害悪男のような貴様にそう言われる筋合いは……大体あれが遊馬の部屋だと言うのなら昨晩遊馬はどこで寝ていたのだ?!」 「俺の腕の中」 「そっちの方がよっぽど害悪だろう! 不潔な……」 「何を想像したのか知らんが添い寝だ。やましいことは何もない。昔から遊馬は甘えん坊なんだよ」 なー、とベクターが猫なで声で遊馬を突っつく。少年の柔らかな肌が人差し指を押し返して、何か不健全な雰囲気を漂わせていた。本当にこの二人の間には従兄弟以上の何もないのだろうかとミザエルの方が不安になってくる。 しかし遊馬の目を見ていると、彼は純粋で穢れなきこどもなんだろうなという感慨も同時に押し寄せてくるのは確かだった。純粋さ故に翻弄もまた、していそうな気がしたけれど。 「やめろミザエル。その件に関しては私が昨夜了承したんだ。君も私も限界で……寮の門限は過ぎていたし、寝床に困ってしまったから」 「ドルベ……」 「ま、そういうことだ。俺としちゃ、感謝こそされても罵倒される謂われはねえなァ」 「非は認めろ、ミザエル。親しき仲にも礼儀ありと言って、いくら私達が幼馴染み同士だからといっても……」 「わかっている! ――悪かったな、ふん」 ふてくされたように吐き捨てるとドルベが困ったように笑い、「ミザエル」そう名前を呼んでくる。この声にミザエルはとても弱い。絆される女のように、一瞬ですぐさまころりと落ちてしまいそうになる。 にやにやとベクターが笑っている。その隣で遊馬が首を傾げていた。 「そう悪態をつくな。今日は君の方が悪いのだから」 「ど、ドルベに免じてゆるしてやるっ。ドルベに感謝しろよ……ベクターッ……」 「へいへい。お前はいっつもそう……なんて言うんだ。ツンデレってやつだな。俺は全然可愛いと思わないが」 「つんでれ? なんだそれ」 「遊馬は知らなくていい。……ま、これに懲りたら酒は飲んでも呑まれるなってことだ」 ベクターが言った。腹立たしいが、正論であることは確かで、二日酔い状態で思いがけない同衾とかそういうのに色々と興奮してしまったりしたミザエルとしてはぐうの音も出ないのであった。 |