※オフ本のサンプル
※今までにweb上で発表していた「ワールドトランス」の再録集。上下巻でそれぞれの収録タイトルは以下になります。


*上巻

0 FOOL:再び影時間
T MAGICIAN:ピアスの黒猫、ニュクスの息子
U PRIESTESS:疑似家族ごっこ
V EMPRESS:有里湊という少年
W EMPEROR:死人人形と再会
X HIEROPHANT:もしも奇跡を願うなら
Y LOVERS:君の面影、こびりついた残滓と
Z CHARIOT:誰かの見た世界で
[ JUSTICE:藤堂の双生児
\ HERMIT:兄弟幻想、或いは欠損コンプレックス
] FORTUNE:それは残酷なぐらい確かな、
]T STRENGTH:コールドストーン・ブルー・ムーン
番外:トイレの花子さんの怪(書き下ろし)


*下巻

]U HANGEDMAN:ユニバース・エンブリオと愚者の影
]V DEATH:マキナの肖像
]W TEMPERANCE:自発的ハリネズミ
]X DEVIL:星と花束、イデアの海と
]Y TOWER:死を想え少年、指先にIを掲げ
]Z STAR:スティグマータの洗礼
][ MOON:ムーン・チャイルド
]\ SUN:リグレットの鎮魂歌
]] JUDGMENT:そして月に焦がれたこどもたち
]]T UNIVERSE:きみの記憶、そして巡る春へ
番外:エリザベスのお茶会


※再録本発行後、webから本文を降ろす予定はありません。


「番外:トイレの花子さんの怪」
「番外:エリザベスのお茶会」






上巻書き下ろし番外:トイレの花子さんの怪



 綾凪で例のあの奇妙なシャドウが現れるようになってから、確かに満月の間隔は短くなった。噂の力なんだって湊は言う。だから、満月以外にも不可思議な――都市伝説みたいな、目撃現象が頻発しているし、たまにそれを討伐したりもする。シャドウは影時間にしか現れないけど、シャドウというか、学校の階段みたいなものが実体を得てしまうと影時間を無視して動き始めることもあるので(それもこれも全部噂のせいらしい)、そういう時は遠慮無く真昼にペルソナを暴れさせる。人払いはしてるけど。
 満月シャドウを倒して二日後ぐらい、布団の中に丸まって綾時と黒猫とゴロゴロしていた湊がむくりと起き出してきたのは午後四時ぐらいのことだった。浪人生の俺は丁度講習の休みの日でずっと自宅にいたし、頃合い良く洵も学校から帰ってきていて黒猫の喉を突いていた。
 湊はよく眠る。小学生ぐらいの姿をしているが、だからと言って小学校に通っているわけでもないので、特にやることがないんだと思う。たまに綾時と引きこもってなにやら秘密の話をしているが、それ以外の時は大抵寝るかゴロゴロしている。湊自身、猫っぽいというか、尚也と並んで丸まっている姿は完全に猫そのものだと俺達兄弟の間では話題だ。
 とみによく眠るのは満月シャドウを討伐した直後だ。月の満ち欠けは人間のバイオリズムを支配しているというけれど、湊は特にその傾向が顕著なのか満月の直後は調子を崩しがちだった。
 それでも、その調子が崩れている状態でこうやってがばりと急に起き出してくることはある。噂が現実になって、何らかの影響をこの街に及ぼしている時だ。
 逆に言えば影響が特に出ていない場合は噂は放置されるので、急にどこぞの誰かがモテだしたりするという怪奇現象が時々小耳に入ってくる。余談だ。
「起きたの?」
「うん。なんか……出てると思う。綾時」
『……っ?! えっ?! 何どうしたの湊君食べ過ぎてお腹壊した?!』
「いつまで寝ぼけてるの。違うよ。サーチしてサーチ」
『あ……うん。ごめん』
 綾時がのろのろ身体を起こして目蓋をこすり、目を閉じてサーチを始める。綾時はこの子供の姿を取っている間普通に実体を維持しているが、こういうペルソナとしての(なのだと思う)能力を行使出来る。俺にはペルソナの物理法則とかそういうのはよくわからないけど、やっぱこいつは「特別」なんだなっていうのは薄々感じているところだ。
『……はい、わかったよ。これは、学校かな? 多分洵が行ってるところだ。最近変な噂流行ってたりした?』
「どうかな……ああ、でも、女の子達が何か噂話をしてたかもしれない。確か……」
 手早く発信源を突き止めたらしい綾時が洵に話題を振った。洵は少し考え込む素振りを見せたがすぐに思い当たることがあったようで手を叩く。学校なんて噂の温床、ここしばらくはよっぽどすごいことになっているんじゃないだろうか。
「トイレの花子さん、って……」
 そしてぽつりと、えらく古典的な学校の怪談の名前を口にした。



・・・・・・・・・・・・・・



下巻書き下ろし番外:エリザベスのお茶会





「ようこそ、ベルベットルームへ。お待ちしておりましたわ。如何でしたか? 此度の件は」
「大変だったよ。もうそれは、それはね……」
 扉の向こう、見慣れた巨大エレベーターの中みたいな真っ青な部屋には今日はいつもと違ってお茶会の用意が完璧に済んでいる円卓が置かれていた。上座に部屋の主イゴールが座っており、エリザベスは円卓の回りを動き回って準備をしている。こんなものが果たしてこの部屋にあっただろうかと思ったが、そういえば彼女はかつて鉄棒を入手しようとイゴールに掛け合ってすげなく駄目出しをされていたり、とにかく変な物を蒐集しようとする癖があった。このティーセットの一式もそういう経緯で彼女が手に入れたものなのかもしれない。
 ジャックフロストぬいぐるみとか、そういう鑑賞品も湊が生きていた時分には依頼の形でせがまれてよく取りに行ったものだ。それらも、この部屋にはまだあるのだろうか。
「何度来ても全然変わらないというか、時の流れを感じさせないよねここは」
「あら、そうでもありませんわ。お客人によって姿を変えるのです、この部屋は。有里様が訪れる時はこのように上昇し続けるエレベーターの形を取りますが、以前……藤堂様や周防様がこの部屋をお使いになっていた頃は、ごく普通の青い部屋であったとか。尤もその当時わたくしはベルベットルームに仕えておりませんので詳細は存じ上げていないのですが……グランドピアノを備えていた時期もあったそうで」
「普通の部屋はまずこんなに青くないからね」
「そして、わたくしが姉のマーガレットに案内人を任せた後……彼の地でワイルド能力者の少年が訪れる時、この部屋はリムジンの姿を取っていたそうです。アクセスする人間によって如何様にも姿を変えるのがこの部屋の特質。この部屋は、時の流れによって様相を変えるわけではありませんから」
「……エリザベスが離れた後、ね」
 そのワイルド能力者には覚えがある。悠だ。ユニバースを貸してやった覚えがある。あの十年前の滅びが訪れるはずだった日から、ユニバースとは即ち有里湊のことだった。ユニバースあるところには、湊の目がある、と言ってもいい。
 そうそう使われるわけでもないけど。
「で、エリザベスはどこから見てたの」
 案内されるままに席に着いてそう切り出した。エリザベスはすっとぼけたようなきょとんとした顔で「あら?」なんて首を傾げている。昔から思っていたことだけど、この人は本当に手強い。彼女は全書からあらゆるペルソナを自在に喚び出し、意味の分からないぐらいの超火力の攻撃を容赦なく飛ばしてきて、そういう戦闘面の意味でも非常に手強いのだが性格がおとぼけ天然で、そのくせ意図的に具体的な内容をぼかして話してきたりして、とにかくつかみ所がないというか、難しい人だった。
「どこから、とは、どのような意味でしょう」
「どのあたりから? 僕も、あそこに拘束されてるから色んなことを聞き耳そばだててられたわけじゃないんだ。だけど時分に関わることは……《有里湊のイドラ》が呼び出された時は、僕の意識も僅かにそっちに行くことがあるから。コロッセオ・プルガトリオの時とかそうだった。……マヨナカアリーナの時も。一番知りたいのは今回のこと。そうそう簡単に覗かれるようなスキルじゃ、僕もないんだけどね……」
「あら、そんなに怖い顔をなさらなくとも大丈夫です。わたくしはあくまでベルベッドルームの主に仕える案内人の身分。それは案内人の仕事を一度凍結し、飛び出した後も根本的には変わりませんから……そのくびきから逃れることは出来なかった。わたくしが知っているのは、わたくしがこの目で見てきたことだけ」
「エリザベスってそんなにあちこち飛び回ってたんだ……」
「ええ。ですから、全てを知っているのは主だけですわ。ですが主は多くは語りません。……過干渉は役割の外のことですから」
 此度の這い寄る混沌のように。湊と綾時の前にティーカップを置いて彼女は微笑んだ。



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