天国よりはるか遠く



 しまった。目覚めて最初に目に入ってきた見知らぬ天井を確かめてクラウド・ストライフはそう独りごちる。しまった。やられた、油断してた、――なんてこった。
「気が付いたか」
 クラウドが起き上がったことに気が付き、隣から凛とした少女の声が飛んでくる。エクレール・ファロン、ライトニングと呼ばないと返事をしてくれない、クラウドの同級生だ。なかなか気むずかしい少女だが、気心の知れた相手でもある。何しろ付き合いが長いし――「連れ」同士が、よくつるんで影で暗躍している。もっぱらの評判だ。
「ああ。ライトニング、ここ、どこだと思う」
「わからん。見当もつかないし、恐らく来たことがない場所だろう」
「……それは……やばいな」
「私も同感だ。非常にまずい」
「拉致されたってやつかな」
「だろうな。まったく同情するほかない、としか言い様がない……」
 二人でそんな場違いな感想を言い合い、溜め息混じりに首を振った。事情を知らない人間には、拉致されたらしいという状況に理解している割には暢気な会話だと思われるかもしれないが、この時二人は本気で犯人の身柄を心配していた。
 運が良ければ、後遺症が残らないかもしれないかな、などと。
「拉致誘拐の実行犯が見る地獄が、せめて軽度であることを祈ってやろう。あとはなるべく早く自力で脱出して学園に帰還する。それが今俺達に出来ることだろうな」
「ああ。オーディン、済まないがお前の力をいくらか借りることになりそうだ」
 ライトニングがそう語りかけると、彼女の肩の上で白いひなチョコボがクエッと鳴き声をあげた。任せろと言わんばかりに胸を張って羽根を広げている。
「あーあ、今日、本当ならザックスにゲーム借りて帰るはずだったんだ。この前出たやつ。楽しみにしてたのに……」
「不測の事態だ、仕方ないだろう。明日借りればいい」
「そうだけどさ……可及的速やかに目標を駆逐。ナイツ、任せたぞ」
 そうぼやいて、クラウドも胸ポケットから顔を覗かせる赤毛のひなチョコボに目配せをした。二匹のひなチョコボは、それぞれにクラウドとライトニングの連れ……困った自称「保護者」がどこからか見つけてきたガーディアンなのだ。彼らの特別な力には、二人とも時々世話になっている。今回もそうだろう。しかしなんにせよ、大事が起きる前に一刻も早く外部に無事を伝えねば。


 クラウド・ストライフとエクレール・ファロンはともに「アカデミー」中等部に通う学生である。今年で三年生になるが、アカデミーは幼稚舎から大学部までを併設した学園であるために特に来年から離ればなれになると言ったことはない。彼らの友人達もそうだ。
 確か今日は、二人で放課後に高等部へ顔を出す話をしていたのだと思う。高等部の「名物」生徒会には身内がいる。それで暇があると寄るのだ。今日はクラウドもライトニングも部活動が休みの日だったのである。
 中等部の敷地を出る時にスコールとすれ違って、そういえば挨拶をしていたはずだ。そこらへんまでの記憶はある。スコールは几帳面なたちだから、あとで訊ねれば何時頃にすれ違ったのかを教えてくれるだろう。
 しかし驚いたのは、クラウドとライトニングを拉致しようと――それも二人いっぺんに――なんて考える命知らずがまだいたということだ。確か一年前ぐらいにも大規模な討伐が行われていたし、三年前と五年前にもどこかで血の雨が降っていたような記憶があるのだけれど。あれは何か、記憶違いだったのか。
「――緊急、二人とも、大丈夫か?!」
 などと考えているうちに、ひなチョコボを通して連絡していた相手が天井から逆さづりになって現れる。彼は余程急いできたのか、高等部の制服を着たままでくるりと空中で一回転を決め、うつくしく着地をした。
「ノエルか。それで、どんな塩梅だ?」
「一触即発、めちゃくちゃ危ない。ホープもセフィロスも殺気立ってるなんてもんじゃない」
「別に何もされてないのに……どのくらい足止めしておけると思う? 俺もライトニングも、今どんどん犯人に同情心がわき上がってきているところなんだ。出来るだけ遺恨は残したくないな。クジャとゴルベーザは? 何か言ってたか?」
「全然。クジャは本から顔を上げないし、ゴルベーザは頭抱えてた。それより急ごう、ホープに大丈夫だからアレクサンダーは仕舞ってほしいって言ったんだけど、聞いてるかどうかは五分五分」
 ノエルが肩を竦めて首を振る。この様子では、ホープは相当にお冠だ。この分では、情状酌量の余地なんてとても期待出来そうにない。
「お前にはいつも苦労をかける」
 ノエルが手早く二人に掛けられていた両手を拘束していた縄を外し、身動きが自由になる。ホープの現状を察したライトニングが礼を言ってノエルの肩に――身長差があるから背伸びをする形になったが――手をかけると、ノエルは「問題なし。慣れてる」となんでもないふうに言った。
 ノエル――ノエル・クライスは、世間様で言うところの「忍者」というやつだ。隠密家業を生業とする一族の末裔であり、ホープが個人的に契約を結んでいるライトニング専属の護衛でもある。しかし本業が高校生なので(彼もアカデミーの生徒だ)どうしても隙というものが生じてしまい、今回の誘拐はその隙に生まれた出来事なのだった。
 尤もだからと言ってホープがノエルを責め立てるようなことはないだろう。こういう時、ホープの静かな怒りの矛先が向くのはいつも、「ライトニングに危害を加えようとした犯人」だけだ。それなのに何故いつもいつも彼の堪忍袋の緒が切れると大事になってしまうのか――ライトニングが頭を抑える様に、クラウドもつられて盛大に溜息を吐いた。
「それで、ここはどこなんだ? 学園からどの程度離れている? 犯人グループの目星は付きそうか?」
「ごめん。俺は急いで飛んできたから犯人の目星とかはまだ知らない。ここは繁華街裏通りの廃ビルで、学園からの距離は車で一時間ぐらい」
「定石通り、という感じだな。となると俺達に手を出したヤツらの悲惨な末路のことを知らない、新参だろう。ますますホープが動く前に手を打つ必要がありそうだ」
「同感。とりあえず、移動しよう。二人とも通信機器は取られてるのか?」
「当然バッグごと、だ。まずはそれを回収しなければならないだろうな」
「了解」
 幸いなことに、ホープやセフィロスら本人が動き出せるまでには若干時間がかかる。その間に目標を捕捉、被害を最小限に抑えて解決すればいい。ノエルの後を追って走りながらクラウドとライトニングは今一度目配せをしてその確認を取った。今日は忙しくなりそうだ。


◇◆◇◆◇


「ねえ、キミたちさあ、少しは落ち着いたらどうなんだい? さっきからまったく読書に集中出来ないんだ。第一その面倒な手順を踏むよう自分に制限を掛けたのはキミたち自身だろうに……ちょっと聞いているのかい?!」
「すみません。でも、今、本当にじっとしていられないんです……ライトさんを『また』『性懲りもなく』拉致する輩が現れるなんて気が気じゃなくって……」
「キミが去年血祭りに上げたやつらや、それ以前に塵一つ残さず壊滅させたやつらとは別だろ、犯人は。僕は知らないけど。まったく……今日はジタンを待ってゆっくりティータイムでもしようと思っていたところだったんだよ……」
「それは悪かった」
「セフィロス、キミ顔と声がまったく一致してないよ」
 知らんぷりを決め込もうとしていたクジャが、室内の険悪な雰囲気に根負けしてとうとう口を出したのは、クラウドとライトニングが拉致されたとの報が入ってから一時間後のことだった。急ぎ派遣されたノエルは既に彼らと合流して脱出の便宜を図っている頃だろうし、後は司令塔らしく黙って大人しく待っていればいいだけだというのに、この剣呑さ。まったくこの生徒会にはろくなやつが所属していない。自らを棚上げしてそう内心で一人ごちた後、彼はこの後起こるであろう後始末に頭を悩ませていたゴルベーザを見て訂正を入れた。――生徒会長と副会長がろくでもない、だ。
 そもそも生徒会室で腕を組み、相手を威圧する姿が妙に似合うやつだとか、やたらに長い日本刀をどこからともなく抜き身で取り出してくるやつが生徒会でいいのか? 本当に? と時折クジャは疑問に思うのだが、支持率は抜群だし何より手腕が確かだ。クジャの目から見てもルックスは悪くない。それに一般生徒は彼らの持つ裏の姿というべきか……真の姿のようなものを知らない。普通の生徒達が知っているのは、せいぜいが二人にはそれぞれご執心な相手がいるというぐらいだ。
 彼らの正体――特にホープ・エストハイムの正体は、知らない方がよっぽど幸せにこの世界で暮らしていけるだろう。クジャがその知る必要のない真実に気が付いたのはもう十年以上も昔のことだが、その時からずっと、自分に関わらないのであれば気にしない、好きにしろというスタンスは変えていない。今のクジャには弟と妹が一人ずついて、三人で一緒に暮らしている。それだけで彼にとっては充分にすぎたのだ。
「第一ホープ、キミが本気を出したらこんなこと、指先一つでひねれるだろう?」
 半ばけしかけるようにそう釘を刺してやると、ホープが困ったように肩を竦める。「オーディン」と「ナイツ・オブ・ラウンド」の優秀さは彼らを連れてきたホープが一番よく知っているはずだが、それでも心配らしい。あの、主の意思に関わらず自動迎撃と報復をするように命じられている守護獣達を付けていてもまだ心配の種が尽きないとは、彼の心労は最早年頃の少女を持つ父親の域だ。
「そういうわけにもいきませんよ。わかっているでしょう?」
「ああ、嫌というほどね。それなら、僕から言えることは一つさ。あの二人には優秀な護衛がついているんだから、事を荒立てず、大体が解決した後に全部焼き払ってしまえばいいのさ」
「お前は時々妙に大雑把だな」
「尻ぬぐいの手伝いは、薄々覚悟してるっていうだけ。ま……どうせやるなら多少は派手にやった方が見せしめになるには違いないからね……」
 学生服のリボンタイを直しながら薄く微笑む。セフィロスの手に正宗が握られた。まず第一の承認が降りたということらしい。正宗は危険にすぎるので、常時帯刀が許可されていないのだ。例外は目の前で緊急事態が発生した場合に限られている。
 ホープも深く腰を落ち着けていた椅子から立ち上がり、愛用しているブーメランを手に持った。とはいえブーメランはデコイの役割が強い。彼の本領はどちらかというと魔法の方にある。
「ノエルから連絡が入りました。敵の本拠地を特定し、これから三人で制圧する、とのことです」
「仕方ない。ゴルベーザ、悪いけど、ジタンによろしく」
「……あまり暴れてくれるなよ」
「最小限の努力で最大限の成果を叩き出すのは得意だ」
 セフィロスの返答にゴルベーザがますます眉間の皺を深めた。とはいえ全力で止めはしないあたり、ある程度は信頼をしているのだろう。何だかんだ、おおっぴらに朝刊のニュースなんかになることは今まで避けられている。
「ゴルベーザの言うとおりさ。メテオは落とせないよ、セフィロス」
「愚問だな。無論、この世界を道連れにも出来ん」
「キミって本当にいやなやつだよねえ」
「これでも妹君のお説教のお陰で以前よりはマシになっているほうだ」
「ああ……キミんとこの妹も大概おっかないよね」
 あまりに暴れすぎるとその夜は妹にしこたま説教される、とぼやいたセフィロスに苦笑する。
 ほどなくしてホープの「行きます」という指示が出た。座標をセットし、円陣の中にセフィロスとホープ、それから自分を含めてクジャは転移魔法を発動させた。


◇◆◇◆◇


 敵の本陣は大わらわだった。交渉のためのカードとして拉致した少年少女に、何故かもう一人青年が加わって荒らしに荒らしまくっている。コンクリートの壁は剥がれ落ちるを通り越してボロボロになり、既に何ヶ所も鉄筋が剥き出しにされていた。暴れているのは人間だけではない。見たこともないような、怪物――拉致グループの犯人達にはそうとしか思えなかったのだ――も、所狭しと破壊活動を繰り返している。
「は、話が違うぞ! ガキ共を拉致ってくりゃあ、エストハイムに揺さぶりが掛けられる、簡単な話ってアンタ最初に言っただろうが?! そのガキ共がなんでこんな……ぐぎゃ?!」
「戦いの最中によそ見をしたやつから戦場では死んでいく。習わなかったのか? 相手が私であったことに感謝するんだな。たった一つしかない命を失わずに済む」
 ライトニングの竹刀による強力な一撃が決まる。恐らくどこかしらの骨がいったのだろう、酷くいやな音を立てて喚いていた男がまた一人、意識を失って倒れた。まるで屍の山の如く積み重なった男達を見ながら、彼女は呼吸を整える。残るは部屋の奥に追い詰められたただ一人だ。
「あんたが、首謀者。それで間違いないか」
 クラウドが手に持った竹刀が先端を中背中肉の男の喉元に突き付けている。竹刀はまるで無骨な大剣のように男の目に映り、彼は怯え縮こまって両腕で自らの身体を抱き呻いた。
「聞いていない……ただの中学生が……ばかな……」
「一応剣道部なんだ。盗んだ持ち物に竹刀が入ってたことぐらい、確認しておくんだったな。そもそも……アカデミアの学生にその認識、あんた大丈夫か? 歩く原子炉みたいなのは少数とはいえ、大抵の生徒は自衛ぐらいは出来るぞ。魔法を使えないやつのほうが少ないぐらいじゃないのか」
 魔法は若干の素養が必要なものの、アカデミアに通うような生徒は大体皆基礎魔法ぐらいは習得している。クラウドもライトニングもそろそろガ系に手をつけようかという程度だが、勿論習得済みだ。
 やはりこのグループは、アカデミアのことを殆ど知らずに二人を襲ってきたのだ。となれば「報復」のことも知らなくて当然だろう。多分、どこかの組織の使いっ走りにされたのだ。少し可哀想だったが……ここで気絶させた方が彼らのためでもある。クラウドはサンダラの詠唱を開始し、穏便に事態の収束をはかろうとした。
 だが、詠唱が終わるより早く男の周囲にまばゆい光の柱が立ち上り、閃光を伴って諸共に貫く。
 白目を剥いて意識を失った男が壁に激しく打ち付けられ、そのまま床にどさりと転がった。出血はない。どうやら一命は取り留めているようで、ぴくりぴくりと指先を痙攣させている。
 突然の出来事に、自然とクラウドらの視線は彼らの背後に向いた。そこには予想通りライトニングに駆け寄ってくるホープと、残党を捜すセフィロスの姿があり、クラウドの顔がひきつった。二人とも制服姿のままで、携行している武具が浮いている。
「ライトさん! 無事でしたか?!」
「ホープ! お前は……また無茶苦茶を!」
「遅くなってすみません、もっと早く動ければライトさんの手を患わせることもなかったんですけど」
「人の話を聞け!!」
 ライトニングの叫び声をまるで気にする素振りもなく、ホープが彼女を抱き寄せる。そのまま抱き締めているとライトニングは徐々に大人しくなり、彼の胸に頭を預けて黙り込む。横目でそれを眺めていたクジャが両手を広げて首を振った。もうとっくに見慣れた光景ではあったが、ノエルもクラウドも、全く同じ気持ちだった。
「ほんと、転移するなり無詠唱でラストリゾートとか、手段を選ばないよね……」
「というか、私のやることがないのだが」
 残党はどうやら発見出来なかったらしく、セフィロスはどことなくしょんぼりとした様子だ。正宗の帯刀許可が降りたのが久々だったのにこれでは甲斐がない、ということらしい。しかしクラウドは彼を暴れさせないためにナイツまで動員して竹刀と魔法だけで敵を落としていったのだ。褒められこそすれ、つまらなそうに言われる謂われはなかった。
「あんたが暴れると面倒なことになるから俺とライトニングとノエルでめちゃくちゃに急いだんだよ! 正宗抜き身で持ってくるな、なんでホープを止めなかった、どさくさに紛れて俺に手を回すのをやめろ。あとクジャも手を貸して転移で送ってくるなよ!」
「止めるよりやらせた方が面倒がなさそうだった。タイミングとしてはそこそこだったろう? あまり贅沢言わないでくれるかい?」
 僕はジタンとの約束を蹴ってこっち来てるんだからね? とじっとりとした目で言われ、クジャにも彼なりの苦労があったのだということを知る。確かに、今回の被害がとりあえず廃ビル一棟だけで済んだのはクジャの転移が早すぎなかったところによるものが大きい。彼が手を貸さなければもっと強引な手段でここに二人が来ていた可能性もあったということだ。その場合の被害を想定し、目眩が加速したような心地になった。しかし、セフィロスの腕の中に包み込まれていたので後ろに倒れることは叶わなかった。
 ホープのラストリゾートは、綺麗に対象だけを襲うタイプの魔法だ。対してファイガやサンダガ、ブリザガを彼の魔力で行使すると対象の周囲の建造物にも当然被害が及ぶ。セフィロスの正宗は見たとおりの殺傷力の高い刀。気絶した男達の山は文字通り屍の山になる。明日の朝刊の見出しは決まりだ。「廃ビル、謎の爆発炎上。周囲には多量の血痕」。
「すまない……迷惑を掛けた……」
「まったくだよ。あとでジタンとミコトには埋め合わせをしてあげなきゃならない。まあそれはまったく苦じゃないけどね……それじゃ、適当に後片付け、するけど」
 しおらしく謝ったクラウドに少し優しめな声を掛けた後、彼は声音を一変させる。ホープはライトニングを抱き締めたまま感極まったように離そうとしないし、セフィロスはなにがしかの対抗心を抱いたのか、クラウドを抱き締め頭を撫で出していた。その様子に心底疲れ果てたと言わんばかりのわざとらしい溜息を吐き、彼は呆れたように同僚達に告げる。
「そういうの、家でやってくれないかい?」


◇◆◇◆◇


 ぶつぶつ文句を付けながらも一人で処理をしてくれたクジャと別れ、セフィロスが帰宅したのは夜七時を回った頃だった。普段ならとっくに夕飯を済ませて自室に戻っている時間だ。隣家に住んでいるクラウドを当たり前のように連れて帰ると、セフィロスの「妹」が腰に両腕を当てて口を尖らせながらも二人を迎えてくれた。
「もー、お兄ちゃん、遅くなるなら連絡。い〜っつも、言ってるでしょ?」
「ああ……すまない。忘れていた」
「お兄ちゃんって、ほんと、そればっかり! 夕ご飯全部、ザックスにあげたから。自分でなんとかして、ね?」
「えっ、今日ザックス来てるのか?!」
「うん。お兄ちゃんがクラウド連れてくるだろうから、顔見たら帰る、って」
 その言葉に、クラウドが靴を脱ぎ捨ててリビングルームへ一目散に向かって言った。待っていてくれたということは、多分ゲームを貸す約束を気に掛けていてくれたのだ。期待の新作ゲームにいてもたってもいられなくなったクラウドの姿はあっという間にリビングルームに引っ込み、見えなくなった。
 それを確かめて彼女が声を潜め、兄の左手に触れる。
「……お兄ちゃん、正宗、出したでしょ」
「出した。だが使ってはいない」
「クラウド、がんばったんだ。……わたし、今日、心配したんだよ。ニュースには、なってなかったけど」
「大丈夫だ。死者は出てないし、クジャとゴルベーザが後始末をした。あとはホープが完璧に処理をするだろう。……こう言うと、今日、私は本当に何もしていないな」
「ほんと? それなら、いいけど」
 彼女――エアリスが触れた左手は、セフィロスが正宗を握る手だ。「かつて」数多の破壊を生み、悲しみを呼んだその手とは別物だと分かってはいても、どうしても「思い出して」しまわずにはいられないのだろう。特に彼女は。
「おにいちゃん」
 エアリスの瞳がセフィロスの瞳を見つめる。二人の目の色は、兄妹というだけあって似通った色合いをしていたが……この兄の瞳は時折人ならざるものの片鱗、残滓を宿す。隣家の少年も。
「わたし、今は、あなたの妹。だからいなくならないよ。お兄ちゃんのこと、一人に、しない……」
「わかっている」
「じゃあ怖い顔、やめてくれる?」
「私は今、そんなに怖い顔をしているのか?」
「ちょっとだけ、ね」
 左手から手を離して、頬に添えた。成長途上でまだ身長は一メートル台に留まっているが、近いうち、彼の肉体は全盛期のそれになるだろう。そうしたら、今よりもっと手を伸ばさなければ彼女は兄の頬に触れられなくなる。
 エアリスはそれが少しだけ怖い。
 リビングルームから、聞き慣れない音楽と効果音が流れ始めた。ザックスとクラウドが我慢仕切れずにゲームソフトをハードに入れてプレイしはじめたのだ。この分ではザックスもクラウドももうしばらくこの家に長居することになるだろう。
 「仕方がない奴らだ」と優しく笑うと、セフィロスは妹の手を頬から離し、そしてクラウドによくしているように頭を撫でた。靴を脱ぎ、クラウドが脱ぎ散らかしていった分とまとめて揃えていると、エアリスはやっと少しの安堵を得たようで、「わたし、最近やっとお兄ちゃんに、靴そろえて! って言わなくてよくなったよ」と悪戯っぽく笑った。






























続きを書く機会があるかどうかわからないのでネタばらしをするとホープの正体はブーニベルゼを吸収した彼で、学パロ世界を創った張本人とかそういうオチ
混沌組とエアリスあたりは元の世界の記憶持ち、秩序組はそのへんはさっぱりみたいな