らが親友になったわけ



 ああ、そうか。俺はもう一人じゃないのか。
 その事実は意外なほど冷静に俺の中で受け止められて、あるべきピースが今やっとやって来たかのようにすとんと滑り落ちて綺麗に嵌まった。ここにいるんだ、俺を俺として見てくれる人が。俺が俺として在れる人が。
 俺はもう、始終ヒーローである必要はないのだ。


 遊城十代という存在を対等な人間として見てくれる奴というのが、これがなかなかいないもので少なくとも俺の今までの人生には現れてはくれなかった。翔も、剣山も、明日香も万丈目もカイザーも吹雪さんもクロノス先生もエドも! 俺はみんな好きだぜ、だけど彼らは俺をありのままの一人の人間としては見てくれなかったんだ。
 唯一ファラオと――そしてもしかしたら、遊戯さんも――だけは、俺を「ただの人間」として見てくれていた気がするのだけども、哀しいかないかんせんファラオは猫なのだ。
 猫に何を喋くったってにゃあごと鳴かれるだけである。
 でも、あいつは違った。
 あいつだけは、俺をヒーローでもなんでもない、ただ一人の遊城十代として見てくれていたんだ。

「悪い悪い。俺、方向音痴でさぁ。君、始業式の会場がどっちか知らない?」
「あっちだけど。何、お前新入生か何かか?」
「んーまあ、そんなもん」

 ヨハン・アンデルセン、デュエルモンスターズの精霊ルビー・カーバンクルを肩に乗っけたちょっと変わった奴。
 俺のハネクリボーを見て笑ったそいつは、今まで俺が見てきた奴らとは何か少し違っていた。何が違う? わからない。ただ漠然と違っていたのだ。今だから言えることなのだが、ヨハンは他の誰よりも俺に近かった。あいつは俺の同類だった。それが、俺に彼のそういった印象を覚えさせたのかもしれない。
 そう、繰り返して言うがヨハンは俺と驚くほど「おんなじ」存在だったのだ。デュエルモンスターズの精霊がちっちゃい頃からずーっと見えてる。大体いつも笑ってて、明るい所謂ムードメーカー。周りが呆れ返るぐらいにデュエル好きなデュエル馬鹿。
 ……そして、理解されない孤独を持っていた。

 遊城十代はヒーローである、という認識が俺が関わった人間の大抵における共通認識だった。しかしそれはE・HEROのカードを好んで使うからであるとか、そういう理由からくるものではないらしい。俺がたまたま大好きなデュエルで大小様々な事件を解決していく内に誰かがそう呼び出したのが広まったんじゃあないかというのが俺の見解だ。誰かはわからないけど。
 だけど俺の本質はヒーローとは程遠い、酷い利己主義の人間だった。俺が事件に向かうのだって突き詰めれば自分自身のためなのだ。それらに立ち向かっていけば、より強い奴とワクワクするデュエルを出来る。それは俺にとって何より魅力的なことで、だから俺はそうするのだ。
 俺はヒーローなんかじゃない。
 だけど周りのそういった「誤解」は便利だった。そう思われていることで俺は生きるのが楽になった。みんな俺に笑いかけてくれたし、良くしてくれた。その中には教授陣の多くも含まれていた。その誤解はある種の特権階級の取得を半分ぐらいは意味していたんじゃないかと思う。
 だから俺はありがたくその殻を使わせて貰ったのだ。
 つまり、つまるところだ、俺は酷い卑怯者だったのだ。
 ヨハン・アンデルセンはヒーローではなかったけれど、似たようなものだと思われていた。何か不測の事態が起きて、"群れ"の統率が乱れる。そういう時は大概ヨハンがちゃっちゃかと皆を纏めあげ、混乱を収集して気が付いた時には大抵のことが万事上手く纏まってしまっていた。多分あいつには天性のリーダーシップというものがあったのだろう。俺が周りに変化を及ぼす誘発型の指針であるとすればヨハンは周りを従わせるそういう指針だった。
 そして二人とも、別にそんな立場は望んじゃいなかったのだ。


「なあ十代、俺さ、別にやりたくて仕切ってるわけじゃないんだぜ、実は。流れが俺に回ってきてやる羽目になってるだけ。目立ちたいわけでもない。ほんとのとこ、自分の好きなことだけやってそういうしがらみからは逃れたいわけ」
「ああわかるわかる。気が付いたらよくわかんないたくさんの責任にがんじがらめにされてるんだよな。別に絶対不可能なことじゃないからまあなんとかするんだけど、」
 でも、と言う十代の言葉の後に続いた「めんどくさいんだよな」という本音が二人分の声で綺麗に重なる。俺とヨハンはけらけらと笑った。何もそこまでもが一緒である必要はないのに、本当に俺たちといったら!
「どこまで俺にそっくりなんだよ、このデュエル馬鹿め」
「それはこっちの台詞だぜ、デュエル中毒」
 そしてまたげらげら笑う。俺たちは実にうまの合う親友だった。
「でもやっぱさぁ、俺としては家族《宝玉獣》と一緒に好きなことしてたいんだよ」
「俺だって、仲間《ヒーロー》とみんなでやりたいことやってたいさ」
「それじゃあ上手くいかないんだけどなー」
「それで仕方なくやってるのに、いつの間にか持ち上げられてる。参るよなぁほんと」
 ヨハンがぽつりと話してくれたことによると、彼の性質とか周りからの評価とかはアークティックにいた頃とアカデミアに留学してきてからで殆ど変化がないらしかった。ヨーロッパ大会のチャンピオン、そしてアークティックナンバーワンの天才。世界でただ一人、宝玉獣デッキを操る選ばれたヨハン! それだけで周りの人間たちはヨハンを特別扱いしたがった。ヨハンは天才だから、選ばれた人間だから、だから、だから、だから。
 それでもヨハン自身がもう少し消極的だったら違ったのかもしれない。けれどヨハンは一般とかいう枠組みから見たら十分以上に社交的で積極的で、その上いわゆるカリスマ性って奴を兼ね備えていた。
 でも彼は特別でもなんでもない、ヨハン・アンデルセンという名前のごくふつうの少年なのだ。
 そういった扱いはむしろ不本意だった。周りの人間たちはその色眼鏡でもってヨハンを見るものだから、始めっから決め付けてしまうのだ。何をやってもヨハンなら当然だろうという冷めた評価で済まされた。ヨハンはいつだって特別視されていて、それ故常に宝玉獣とセットで扱われていた。まるでヨハン自身も宝石であるかのように。
 日本に来てもそれは変わらなかった。宝玉獣デッキのヨハン、その通り名は東の果ての島国にもはっきりと伝わってしまっていて非常に残念なことに彼らもまた本国の人間と同じようにヨハンを見た。たった一人を除いて。

 端的に言ってしまえば遊城十代とヨハン・アンデルセンはよく似通った同類だった。同じ穴の狢。恐らくそういうのは何処かで感じるものなのだ――二人が惹かれ合い、親友、と自負し合うに至るのはあっという間だった。十代にとってヨハンの側は酷く居心地が良い空間で、それはまたヨハンの側から見ても同様であった。
 特別であるがために誰とも対等な関係を築けなかった俺たちは、ここにきてようやくその相手を見付けたのだ。
「十代、もうさ、お前は苦しまなくていいんだ。あぁ、誰も俺のことなんかほんとはわかってやしないんだよなぁって、冷えていく心を感じなくったっていい。完璧なヒーローである必要もない。だってお前は人間なんだから!」
「それはヨハンだって一緒だぜ。家族と、宝玉獣と喋ってるだけで変な顔されたりすごいすごいってむやみやたらに褒められて複雑な感情を覚えることなんかないんだ。頼れるリーダーのヨハンじゃなくったっていい。ヨハンは人間なんだからさ!」
 二人でそう言い合って、抱き合い、わぁっと情けなく泣いたのをついさっきのことであるかのように思い出すことが出来る。あの時確かに俺たちの心は一つだった。お互いの背に回した手のひらから布越しに伝わってくる体温は俺たちだけが共有できる心の疼きだった。俺たちは人間だ。太陽なんて大層なものじゃあないのだ!
 そんな期待は、重圧はもう懲り懲りなのだ!
「十代、俺たちはおんなじで、一緒だ」
「ああ、ヨハン。たとえこれまでがそうでなかったのだとしても、これからは」
 ……でも、もう大丈夫だ。これからは遊城十代がヨハン・アンデルセンの理解者であれる。ヨハン・アンデルセンが遊城十代を理解している。
 ずるずると影に堕ちていく俺たちは世界の除け者で、けれど、二人きりの幸せ者だった。


「ヨハン! お前……なんで、なんで!」
「ごめんな十代……俺、夢だったんだ……精霊と……人間の……架け橋に……」
「馬鹿、馬鹿ヨハン、それじゃダメなんだよ、ヨハン――!!」


 あんなことが起こるまでは。



/彼らが親友になったわけ