このまま眠るように死んでいけたらどんなに楽だろうかと考えたことが何度かあって、まあ結果としてわたしは今ここでのうのうと呼吸をして生きているわけだから本当に考えただけなのだけど(つまりただの意気地なしだ)、何か意味のあること、必要なこと、特に自身のことを考えるっていう行為が億劫で億劫でたまらないことが幾度も、しかも頻繁にあった。
 わたしが一人、ころっと死んだところで世界は何事もなかったかのように回り続けるだろうし、世の中ってものも特に滞ることなく進んでいくのだわ、だなんて悲劇のヒロイン紛いの妄想よりももっと頭の悪い絵空事をつらつらと思い描いて、その度、馬鹿、ばか、と自分を詰る。なんて出来の悪い空想であろうか。なんて薄気味の悪い人間なのだろうか、わたしは。
 誰にも愛されなくったって構わないし、また同様にわたしもほんとうの意味で誰かを愛すことは出来ないだろうと漠然と考え、耽り、自嘲する。わたしは父も母も棄ててきたのだ。ディヴァインのことだってきっといつか棄てるだろう。或いは、役立たずになったわたしが棄てられるか。そのどちらかだ。
 誰も信用していないのに、誰かに信用されるはずがない。
 ああ、でも、だからこそだ、どうやって何を愛せばいいというのだ。誰かを抱きしめようと思えばわたしはその誰かをずたずたにしてしまうのに。誰かに触れようとすれば、そのまま貫いてしまうのに。
 元より、そんなわたしには誰も抱きしめさせてはくれないし心臓になんて触らせてはくれないのに。
 そこでわたしは思い当たる――否、思いつめるのだ。ならば壊してしまえばいい。思う存分ずたずたに切り裂いてぼろぼろになるまで引き摺りまわしてしまえばいい。
 わたしは黒薔薇の魔女だ。忌むべきものだ。
 黒薔薇竜の女王よ、全て破壊し尽くしてしまえ。

 もう何も考えたくもない。



◇◆◇◆◇



「何度でも受け止めてやる。――破壊を包む星となれ! ヴィクティム・サンクチュアリ!!」
 だめよ、だめ。そんなにわたしに近付かないで。
 この腕はあなたを引き裂いてしまうわ。この指はあなたの喉を掻き切ってしまうわ。
 わたしは黒薔薇の魔女。あなただって今言ったじゃないの。破壊を愉しむ魔女なのよ。何もかもぐちゃぐちゃにしてしまう、魔女なのよ。
 なのにどうしてそんなに必死なの。どうしてそんなに切ない顔をするの。どうしてそんなに、もがいてまでわたしに手を伸ばそうとするの。
 ――どうしてそんなに、やさしい顔を、するの。
 わたしは慈しまれることを知らない。愛しまれることを知らない。恐怖されることしか知らない。畏怖されることしか知らない。畏厭されることしか、知らない。
 あなたみたいなひとのことは、わからない――
「やめて頂戴。あなたにわたしの何がわかるの。あなたに何が出来るの!」
「俺には感じられる。十六夜、おまえの心が叫んでいるということが。傷付き、追い込まれ、破壊に愉悦を覚え、しかしそんな自分を嫌悪するおまえがいることが俺にはわかる。そうだろう、この痣だって、」
 そう言って彼は右腕を示した。棘だらけの蔓が彼の体を苛む。けれど彼は言葉をやめない。
「確かにおまえにとっては忌むべき印であったかもしれない。だが、今はそうではない。この印は俺たちを引き寄せ、集めてくれた。俺たちが仲間となるために! ――スターダスト・ドラゴン!!」
 星屑の名を冠する竜が主の呼びかけに応えて咆哮する。その時わたしは黒薔薇竜の女王、ブラックローズ・ドラゴン、彼女が怯えるのを初めて見た。
 それとも、怯えているのはわたしだったのだろうか。
 土足で荒々しく踏み込んでくる侵入者に怯え、慄き、しかし同時にそれを嬉しく思って震えているのは、わたしであったのだろうか。
「これが俺の答えだ! 響け、シューティング・ソニック!!」
 星屑のきらきらした息吹が猛烈な勢いでブラックローズとわたしめがけて飛んでくる。
(……きれ、い……)
 崩れ落ちるわたしに駆け寄ってくる彼の手が触れる前に、わたしの意識は途切れた。