「クロウ、今暇かしら? 相談に乗ってほしいんだけど」 いつもならばガレージを訪れて真っ先に遊星を呼ぶアキが、珍しく自分を指名してきたことがあった。よく晴れた秋空の気持ちよい日であったと思う。遊星は双子を連れて出掛けていてそこにはいなかった。ジャックも出奔していて居場所は知れない。ブルーノはカタカタと何かしらの調整を行っている最中だったが気配りの出来る奴なので問題ない。 「おぅ、まあ暇っちゃ暇だな。どうした? ライディングの事なら遊星に聞いた方がいいと思うぜ。まあ今遊星はちび二人のお供で出払ってるけどな」 「遊星はいない方が都合がいいわ。ジャックもバカだしブルーノは朴念仁だから当てにならないし。クロウにしか頼めないのよ」 おいおいジャックはバカ扱いなのかよと内心思ったが口には出さない。ジャックがおばかちんなのは否定出来ないところであるからである。アホの子ジャック・アホラスとはまあ上手く言ったものだ――本人にバレたら半殺しにされるだろうが。 それにしても遊星がいない方が都合がいいというのはどういうことだろう。サプライズパーティか何かかと思ったが遊星のバースディはまだ時期ではない。それにその類の相談ごとならブルーノも交えた方がむしろいいはずだ。どちらにせよジャックは要らないが。 なんだろうなぁと思っているとアキがこちらへつかつか歩み寄ってきて椅子を引き、ドサリと座り込む。彼女は自分の分だけ用意したインスタントの紅茶が入ったマグ(遊星が何となく骨董市で買ってきた薔薇の模様入りのやつで、当たり前だがアキ専用になっている)を口に運んではぁ、と溜め息を吐いた。やっぱり俺のドリンクはなしか。相変わらず遊星以外に気を回さない女である。後は双子か。 「遊星のことで、相談に乗ってほしいのよ。……ああ、出来れば遊星の昔話とかも聞きたいわ」 ……相変わらず俺には損な役回りしか回ってこない。 期待は、していなかったから、問題は、ない……が。 頬を伝うこの水滴は一体何なのだろうか。 「ジャックですら気付くのにどうしてこう遊星は鈍いのかしら!」 「あー、お言葉ですが十六夜オジョウサマ。ジャックは普通に他者からの好意には気付く方だぜ、スルーするけどな」 しかもそれなりに気が利く。実は薮蛇になるようなことは絶対にしないし然り気無くアキに対しては遊星を立たせたりしてくる辺り話のわかる男である。 ちなみに自身の取り巻き連中の扱いは今のところなあなあで流しているが、誰を一番大切にしているかは一目瞭然だ。まあ、一度告白したらしいから(酔い潰した時に本人から聞いた。その後記憶を無くされているんだからジャックとしてはたまらないだろう)当然と言えば当然かもしれない。 「なあ……アキ。多少下品な話になるんだけどよ」 「下ネタ言ったらブラックローズで串刺しにするわよ」 「あー、厳密には下ネタじゃねー……と思う。遊星の昔話。俺らがサテライトで馬鹿やってた頃」 「ふうん?」 女王様然とした構えのアキが頬杖を付いていいわ、続けなさいと視線で促してくる。俺はあぁあの頃は若かったよなぁと思いながら記憶の糸を手繰り寄せて口を開いた。 あれはそう、サテライトの廃屋で俺達チームサティスファクションが行っていた定例会(という名の馬鹿騒ぎ)でのことだった。 ◇◆◇◆◇ 「エロトークしようぜエロトーク」 「……何を言ってるんだ貴様は」 「鬼柳アタマ出せ。割ってやる」 非常に楽しそうに宣言した鬼柳に俺とジャックはじっとりとした冷たい視線を向けた。遊星はガチャガチャと音を立てながらデュエルディスクを弄っている。また変な機能を付加しているところなのだろう。大概はろくでもない機能が付いていることが多く、この前などボタンを押したら国旗と鳩が飛び出してきた。どういう原理かと聞いたら秘密だと即答され納得のいかない気分を味あわされたがスタンガン顔負けの電流が流れ出した時よりはましだと思うことにした。 「鬼柳、貴様が春真っ盛りなのはわかった。だが現実的に考えろ。サテライトの男女比率は悲惨な値だということぐらい貴様のご機嫌な脳味噌でも把握しているだろう」 「つか何を話せっつーんだよ。お前も遊星を見習ってもう少しは生産的なことをしろ」 「バカヤローエロスは健全な青少年の活力だぜ?! 鳩とエロどっちが生産的かと言えばエロだろ!」 「……今回は、鳩は出ない。あれは鳩に申し訳ない仕組みだった。今やっているのはセキュリティの無線を傍受・ジャミングする簡易装置の取り付けだ」 「「遊星話聞いてたのか」」 「しかもかなり有意義な改造してたんだな」 遊星はデュエルディスクから顔を上げこちら三人に視線を向ける。彼は不思議そうな顔をしながらぱちぱちと二度三度睫毛をしばたかせるととんでもないことを言い出した。 「……ところで、今は何の話をしているんだ? 新しい敵対チームの話か? それにしては、会話が噛み合ってない気がするが……」 「遊星、それマジで言ってんのか」 「すまない。素直に白状すると話の内容がまるで呑み込めない」 申し訳なさそうにしてこちらの様子を伺ってくる遊星にむしろ俺達の方がいたたまれなくなる。流石に鬼柳も遊星の発言の意味するところに気が付いたらしく変な顔をして俺に耳打ちしてくる。 「おいクロウ、遊星もお前らも同じ施設で育ったんだよな?」 「ああ、違いない」 「じゃあなんでお前らには通じるのに遊星には通じないんだ」 「知らん」 思えば俺たちがその手の関心を覚え答えを請うた対象はマーサではなく年上のたまり場連中であった。遊星はその手のことに興味がないのかそういえば話を聞いていなかったような気がする。しかも機械音が五月蝿いだろうと向こうが気を使って途中から来なくなった。求めよさらば与えられんが基本信条のサテライトだ。それはつまり求めなければああなるということなのかもしれない。 俺は改めて子犬のように円らな瞳で「何か、悪いことをしたのなら謝る」と訴えかけてきている遊星を見た。この掃き溜めのサテライトで純粋培養されるとはこいつ只者ではない。いや遊星が只者だったことなんかないけど。遊星は物心ついた頃からある種の天才だった。 そういえばこいつトップスの出身らしいんだよなぁと朧に思う。きっと両親というもの(俺たちには、まるで縁がないものだ)に育てられてもこんな風に育ったんだろう。遊星という人間の芯はもうずっと一貫している。そろそろサテライトの数少ない女どももこいつの価値に気付き始める頃だろうが、この様子ではころっと騙されることはまああるまい。 だって鈍すぎる。……待てよ、これは鈍いで済ませていいレベルなのか? もしかしてこいつ本当に基本的なことも知らないんじゃないだろうか。 俺は恐る恐る口を開いた。 「遊星……正直に答えてくれ。――赤ん坊がどうやって出来るのか、お前、わかってるよな?」 そう聞くと遊星はどうしてそんなことを聞くんだといぶかむような表情をする。だよなぁ流石にそれぐらいのことは知ってるよなと安堵するもそれは束の間。遊星は更にとんでもないことを言い出した。 「マーサはいつも言っていた。赤子は、夫婦の元にコウノトリが運んでくるものだと」 俺とジャックは絶句し、鬼柳は面白い玩具を見付けた子供のように目を爛々と輝かせる。嬉々として遊星にあることないこと吹き込もうとした鬼柳をジャックに羽交い締めにしてもらい、俺は親友のよしみで最低限これだけはと思う知識を彼に与えた。 こいつは純粋培養だ、余計なことはいらない。ただ、コウノトリもキャベツ畑も子供をもたらしてはくれないのだと教えればいい。そして言い寄る女には気を付けろと言い含めれば完璧だ。何かあったらまず俺に言うんだぞ、と幼稚園児に教えるように言うと遊星はごく素直にこくりと頷いた。 バイクは作れても子供が作れない男なんてそういねえよなぁと現実逃避気味の思考をしたのも今ではいい思い出である。……そういうことにしてあるのだ。 ◇◆◇◆◇ 話を聞き終わったアキは微妙な表情をしていた。くるくると手持ち無沙汰にスプーンでマグの中身を掻き回している。まあそりゃそうだろう、意外な一面というにも意外すぎる。 まあ、アキの胸に無反応な時点で気付いて然るべきだとは思うが、彼女は自身最大の武器であるプロポーションの価値に気が付いていないらしいからそこは遊星とお互い様かもしれない。ちなみに俺が反応していないのは明らかに勝ち目がないからである。ジャックはカーリーの方にご執心のようだしブルーノはそこら辺は遊星の同類と見て間違いないから問題ない。女よりもメカが愛しいクチだ。 「遊星って、結構子供っぽいのね」 「あいつは局所的に成長し過ぎてるんだよ。サテライトで夢を追い掛けてたらそうならざるを得ない部分はあるからな……だから他のところで兼ね合いとってんのかもな」 話はおしまい、と言って腰を上げる。その時ガレージの入口が開いた。龍亞と龍可、それから遊星が顔を覗かせる。龍亞が慌てたような顔をした。一体どうしたというのか。 「おい龍亞、どうしたんだよそんな顔して……」 「クロウ」 「ん?」 龍亞の代わりに俺の名前を呼んだのは遊星だった。 「急にライディングデュエルがしたくなった。付き合ってくれ」 「……は?」 状況を上手く呑み込むことが出来ずに立ち尽くしているとぱたぱたと龍亞が駆け寄って来る。龍亞は背伸びして耳打ちしてきた。――「行った方がいい」。 「……わかった、行ってくる。龍亞と龍可はどうするんだ?」 「んー、まだ三時だしここで二人が帰ってくるの待ってるよ。アキ姉ちゃん、みんなでご飯作って今晩はここで食べようよ!」 「あ、じゃあ僕は下準備してるからアキさんと三人で買い物してきなよ」 今まで無関心を貫いてきたブルーノが絶妙なタイミングで合いの手を入れてくる。それを受けて双子とアキはブルーノと何を作るかの相談を始め出した。のほほんとそれを眺めていると背後から刺すような視線を感じる。おかしい、俺は何かしたのだろうか。 「行くぞクロウ」 「お……おぅ」 ダイダロスブリッジで何が起こるのかということを僅かに考え、それからクロウは身震いをした。 とにかく決着がついたら何が悪かったのを話してもらおう。でなきゃ絶対に割に合わない。 ◇◆◇◆◇ 「――集いし夢の結晶が新たな進化の扉を開く。光さす道となれ! アクセルシンクロ! 生来せよ、シューティング・スター・ドラゴン! シューティングスタードラゴンの効果発動、デッキを五枚捲りチューナーの数だけ攻撃を可能とする。一枚目、ジャンク・シンクロン! 二枚目、マッハ・シンクロン! 三枚目、ニトロ・シンクロン! 四枚目、ターボ・シンクロン! 五枚目、エフェクト・ヴェーラー! よって五回の攻撃が可能となる。――シューティングスタードラゴン、スターダスト・ミラージュ!!」 五体に分裂したシューティングスターが俺めがけて飛来してくる。こちらの守りは既にがら空きだった。どういうことなんだこれ。どうなってるんだ。 このライディングデュエルは試合でも何でもない、ただの練習のはずだ。だが現実問題として遊星は俺を叩き潰す為に全力でかかってきていたし、またその瞳に迷いはなかった。確かに遊星は不機嫌そうだったがここまでされるのは納得がいかない。一体俺が何をしたというのか。解せない。 「待て……遊星……話せばわかる、話せば!」 「無駄だ。俺自身何故こうも苛立っているのかよくわからない」 駄目元で懇願したら一刀両断された。 「ってか理由がないなら苛立つなよ……ぅぉおおおお?!」 紅いシューティングスタードラゴンのソリッドビジョンが俺を物凄い勢いで掠めて通る。ピピピピピピピ、という短い機械音が鳴り響いて俺のライフは削られ飛んだ。D・ホイールがスピードワールドによる制御で運転を停止し、俺は何としても転倒を阻止せんと手動制御を試みる。 多少の騒音を立てて何とか無事に停めた俺の横に遊星号が寄ってきて同様に停まった。遊星がヘルメットを取り俺の方に向き直る。見慣れた仏頂面だが、しかしその表情はあまり穏やかなものではなかった。 「遊……星……さん?」 あまり動かない遊星の表情筋がわかりづらいが微かに歪んでいる。しかめられているといった方が正しいか。その上酷くむっつりとしていた。何かに対してむくれている。 (あー、そうか、こいつ、) その様子にようやく俺に緩やかな理解が訪れた。そうかそうか、そういうことか。遊星もいつまでも子供ではないのだ。そのぐらいの反応はあってしかるべきかもしれない。 つまりこいつは、拗ねて焼き餅を妬いてるのだ。いやにわかには信じがたいけれど。 (いやまさかなー……あるんだそういうことも) 時間は大分かかりそうだけどアキはその内報われるな良かったなぁと投げやりに考える。その時俺たち二人のD・ホイールに同時に通信が入った。俺の画面には双子の、遊星の画面にはアキの姿がそれぞれ大映しになる。 『クロウーご飯出来るからキリのいいとこで帰ってこいよ! ジャックも帰ってきたし。先に肉焼いてるからさ!』 『もう龍亞ったら、はしゃいで二人が帰ってくるより先に食べたりしちゃ駄目だからね』 『しないよー。そういうわけだからさぁ、早くしてね!』 「はいはい。すぐ行くぜ、遊星に瞬殺されたからな」 『うわ、遊星こっわー……心配しなくてもアキ姉ちゃんは遊星のことしか眼中にねぇのになぁ』 龍亞が言うにはクロウとアキが向かい合わせに座っているのを見て途端に口数少なくなったそうだ。いっそ露骨過ぎて清々しい。なんであいつ気付かないんだ。 やっぱり気付かぬは当人達ばかりか、と溜め息を吐いて遊星の方を見やる。通信画面に映る美しい薔薇が咲いたように笑うアキとそれに柔らかい表情で応じる遊星。……見ていたら不条理な気分になってきた。 『あと、ケーキも作ったのよ、簡単なのだけど……口に合うといいのだけど。でも龍亞も龍可も褒めてくれたから多分、』 「ふふ……楽しみにしている」 なあ、遊星。 俺も彼女、欲しいよ。 /すれ違いアイラブユー。 |