「だーかーらーさぁ!」
 遊馬がちっちっち、と指を振って否定してみせる。カイトとシャークは揃って顔を見合わせた。だから、なんだというのだ。
 学校のエントランスに突っ立っている制服姿の二人の少年は怪訝な顔をして遊馬を見つめた。四つの目にじいっと見られてさすがの遊馬もたじろいでしまったのか、それとも視線に含まれた意図を若干でも感じ取ったのかぐっと声を詰まらせる。遊馬は指を降ろした。でも主張は翻さない。
「ショッピングモール行こうぜショッピングモール! ほら、なんか新しくカード屋出来たらしいし! 丁度いい機会だから三人で!!」
「さっきから何度も聞いているが、何故わざわざこの面子で行く必要があるんだ」
「俺にも理解出来ない。いいか遊馬――お前が忘れてるのか忘れようとしているのかは知らねーが俺とこいつは仲が悪い。ここまでは、理解しろ。な?」
 シャークがカイトを後ろ手に指差すとカイトはうんうんと頷く。はたから見ている分にはまったく仲が悪いようには見えない。むしろフレンドリーだ。二人はちょっとばかりこの意識の呑み込みの遅い遊馬に対して、幼稚園生にものごとってものを分からせようと試みる保育士のような気持ちになっているのだった。今冗談抜きに二人の心は一つになっているのである。
 曰く。

 ――遊馬と二人ならともかく、なんでこいつとショッピングモールに行かなきゃならないんだよ!

 二人の視線がついにじっとりとしたものになって、遊馬はしゅんとして俯いてしまった。顔を上げないままぼそぼそと何事か呟き出す。二人は心配になって「遊馬」、と名前を呼んだ。声が綺麗に重なってなんとも言えない空気を醸し出す。
 遊馬はしばらく下を向いたままでいたが十数秒後にばっと勢いよく顔をあげてなんだかすごく悲しそうな表情を二人に向けた。
「でもさあ、ほら、俺だって忘れてないよそりゃあのことは。でも今カイトはナンバーズ持ってないしシャークは体に魂戻ってきて元気にしてるじゃん。それで二人とも同じ学校に通ってるんだからさ、仲良くしてほしいんだよ俺は!」
 とうとう耐えかねて遊馬が本音を漏らし、やっぱりそういう魂胆かぁと二人は揃って溜息をつく。でもいくら遊馬の頼みでも無理なものは無理だ。第一印象が悪すぎたのである。
 何せ加害者と被害者だ。
「拒否する。俺はともかくとして神代の方が気が済まないだろう」
「ああ、そういうことだ。諦めろ遊馬」
「やだ、絶対ぜーったい嫌だ。俺はシャークのいいとこも、カイトのいいとこも知ってる。二人ともいい奴だって知ってる! だから……」
 喋っているうちに、とうとう遊馬が泣き出しそうな顔になる。シャークはしまったというふうに顔をしかめてカイトは参ったとばかりに額に手を当てた。それにしたって遊馬も凄い。シャークは遊馬を何度も突き放したしカイトに至っては敵対していた仲なのだ。それなのに面と向かってはっきり、飾ることも臆することもなく「いい奴なんだ」なんて言い放つ。器が広いのか馬鹿なのか。もしかしたら両方かもしれない。
「カイト、毎日俺の面倒見てくれてるし。シャークだって相談乗ってくれたり、優しい」
「居候させてもらってる身だ、それぐらいは当然だろう。それにお前はそばで見てると危なっかしい。目を離したら何をしでかすか……」
「俺が相談に乗って止めるなりなんなりしなければお前はどこに何をしに行くかもわからない。そのぐらいはする」
「でさ、二人って結構似てるとこがあんの。ぜってー仲良くなれると思うんだよ、だからほら騙されたと思って! 俺の顔に免じて今日だけお願い!!」
 上目づかいに、子供の純真無垢な瞳で懇願される。シャークはうっと息を呑みカイトは小声で「無理だ、抗えない」と呟いて顔を覆った。二人は何か本能的なものを感じていた。遊馬の「お願い」は断れない。断ることへの罪悪感というものが半端ではない。
「……し、仕方がないな」
「……今日一度きりだからな」
「おっしゃー! 二人とも大っ好きだぜー!!」
 なし崩し的に二人が折れてやると遊馬はころっと表情を変えて太陽みたいな笑顔になった。そのまま小さな体で一度に二人に抱き着いてくる。周りの視線が一瞬だけこちらに集まったが、そこにいるのが札付きの不良であるシャークと得体の知れない転入生の天城カイトだということに気付くや衆人達はさっと目を背けた。二人は顔を見合わせて安堵の息をつき(こんな大勢の人がいる中で弟分みたいな遊馬が抱き着いているところを注目されたりしたら流石の二人でもいたたまれないのだ)、それからはっとしてぷいと視線を背ける。
 とりあえずこいつには「大好き」という言葉の意味をきちんと教えてやらなければならない。それから人前で抱き着くということがどういうことかも叩き込む必要がある。カイトとシャークは似たようなことを頭の中で考え、そしてこの後のショッピングモール行きを思って複雑な心境に至った。

『……考え尽くであのやり方は卑怯だぞ、遊馬。羞恥心をあおるようなことまでして君らしくもない……一体誰に習ったんだ?』
 妙な距離を置いているカイトとシャークの数歩前を歩く遊馬の方に、アストラルがふよふよと寄って来て耳打ちする。遊馬はにまっと笑って「そっかーやっぱオーバーすぎたかなぁ?」と首を傾げた。
「キャッシーが教えてくれた」
『はあ、彼女が……。遊馬、私から一つ言わせてもらうと、先ほどのは以後二度と乱用しない方がいいと思うぞ』
「ちょっと必殺技すぎたかー」
『最終奥義だ、あそこまでいくと』
 アストラルは深く溜息をついた。



◇◆◇◆◇



「遊馬のデッキならこっちのパックが……」
「これにもシナジーのいいのがいくつか収録されていたと……」
「そういえば神代は海産除外デッキだったか? それならこのパックは試したか、前面白いものを引いたんだが」
「いや……まだだな。天城は光属性デッキなんだからこっちに収録されてるこのシリーズも試す価値があるんじゃないか」
 遊馬に仕方なくといった感じで渋々連れてこられた二人が、すっかり意気投合して話し込み出してもう二時間近くになる。「ほらな、絶対気が合うと思ったんだよ」遊馬はしてやったりというふうに笑った。右手に握られているアイスはシャークが奢ってくれた塩バニラ味のシングルだ。
『君はこれを見越していたというのか?』
「んー、いや、そこまではっきりとは考えてなかったけど。でもほら、カードの力ってすごいだろ?」
『答えになっていない気がするが……まあ頷いておこう。それにしてもなかなか面白い図だな、真剣に互いと遊馬のデッキ構築について討論しているというのも』
 アストラルが顎に手を当てて真顔でそんなことを言う。遊馬はぺろりとアイスを舐めてアストラルのほうを向いた。
「俺に対する態度がよく似てるから志向とか似てるんじゃないかなーって思ったんだよな。二人ともデュエルすげー強いし。でもさすがにあんなに話し込むとは思ってなかったなぁ……あ、アドレス交換してる」
『遊馬の思惑通り過ぎていっそ気味が悪くなってきたぞ、私は』
「へへー。デッキ構築の手伝いしてもらってアイス奢ってもらって、そんで二人も仲良くなって。俺的には万々歳って感じだな!」
 「美味しいとこどりしすぎたかな? まぁいいよな!」遊馬は可愛らしくウィンクしてみせる。傍から見れば虚空に向かってウィンクしている人に見えるのだろうが幸い顔を向けている人はいない。

 しばらくしてから、五時半の鐘が鳴る。その音を合図に切り上げてきたのか二人が袋を提げて店から出てきた。遊馬もまだ少しだけ残っていたアイスクリームコーンをぽいと口の中に放り入れて立ち上がる。
「あ。終わったのか?」
「あー……ああ。なかなか……その、有意義な時間だった」
「案外行ってみるもんだな……。これほど充実した談義をしたのは初めてかもしれない」
「あはは。なんでもやってみるもんだろ?」
「遊馬にそのことを教えられるとは思ってなかったが、まあその通りだ」
「まったくだな」
「ちょっ、なんかひでぇなその言い方!」
 さりげなく真ん中のポジションに収まって双方と楽しげに会話を弾ませる遊馬を遠目に見やってアストラルはふむ、と軽く頷き腕を組む。どちらとも会話を取り持ちつつ、二人の会話も促し、それに時折相槌を打つ。デュエルのタクティクスはずさんなことが多い遊馬だが、妙なところで要領がいい。デュエルの時もごくたまに思ったが、今回はそれ以上になんというか鮮烈だ。案外頭はいいのかもしれない。普段きちんと回っていないだけで。
『観察結果……君は意外と、天然策士だな遊馬』
 まるで二人の兄に挟まれて馬鹿かわいがりされている末っ子のようにも見える遊馬の姿にそんなコメントをして、アストラルは皇の鍵の中にするりと入りこんでいった。
 人間というのは、本当に面白い生き物である。


「えー、このカードどうやって使うんだよ」
「それはガガガマジシャンに使うコンボカードだ。というかカード名でそれぐらい察しろ」
「しょうがないんだ神代。ずっと見ているとわかるが遊馬は察しのいい時と悪い時の差が極端に激しい。多分今日の分の頭の回転は使い切ってしまったんだろう」
「なるほど。納得した」
「ちょっと待った、二人とも何を納得してるんだよ?!」
「「遊馬のムラのある閃きについて」」
「なんかすっげー悔しい気がする……」


/天然とそれの境目