輩と後輩



せってい

なんか話の合間合間に謎空間に立ち寄ってわいわいしてる感じ。
現在はZEXALの物語を展開中なのでゴッズまでの話は終了している。ゴッズまでの三主人公は最終回後の世界を生きていて暇なときに来ている。




「おー! お前が俺たちの新しい後輩か!」
「へ? え、伝説の決闘王……?!」
「ボクはそんなに大したものじゃないよ。もう一人のボクがいてくれてこそだったから」
『……後輩とは、どんな効果だ? いつ発動する?』
「成る程、こいつが遊馬に憑いているデュエル脳と噂の精霊か」
「確か幽霊じゃなかったか、遊星」
 三々五々好き勝手なことを言いつつ自身とアストラルを取り囲んでいる三人の人間の登場に遊馬は驚いて後ずさる。しかし逃げることは出来そうになかった。いや、出来ようもなかった。
「――ブラック・マジシャン!」
「――ネオス!」
「――スターダスト・ドラゴン!」
 三人では包囲が薄いと考えたのだろうか、それぞれの間を埋めるようにモンスターが召喚される。遊馬の逃げ道は完全に失われた。
 しかし、そんなことは問題ではない。召喚されたモンスター達は遊馬に逃げることを放棄させるほど魅力的なモンスターだったのだ。
「すっ……げー! 本物のブラマジとネオスだっ!! こっちのドラゴンも見たことねーけどかっけぇ!!」
『……世界に一体しか存在しない特別なモンスター……』
 しかし遊馬はあまり長い間そのモンスターを眺めていることは出来なかった。
 不意にネオスがその腕で遊馬を抱え込む。
「え、なんでモンスターが俺に触れ……?!」
「んー? 悪いな、俺はモンスターを実体化させることが出来る能力を持ってるんだ。そんなふうに」
「ちょ、うわ、ああああああ!!」
 有無を言わせず、ネオスは遊馬を抱えたまま十代に付き従い移動を始める。他の二人もそれに倣いモンスターを従えどこかへ向けて歩き出した。
 振り返ってにこりと笑った十代の目が、オッドアイに光っている――
「さあ、鍋を始めようか」
 その言葉を言ったのは、果たして三人のうちの誰であったのだろうか。


 鍋は普通に美味しかった。
 勧められたのを断りきれなかった海老を食べる時に奇妙な感情を覚えたことを除けば、何の変哲もないごく普通の鍋だった。蟹を勧められていた一番長身の人間が冷や汗を垂らしていたけど。
「さあ遊星、蟹が茹で上がったようだぜ」
「勘弁してくださいよ……遊戯さん……」
「好き嫌いは駄目だぞー遊星?」
「くっ……何故ヒトデやクラゲは鍋に入る生き物でないんだ……!」

 正直何が何だかわからない。

『遊馬。彼らは何故蟹一つであんなにも騒いでいる?』
「知らないよそんなん。なんかあるんじゃねーの、海産物に」
 アストラルに適当な答えを返しながら遊馬は鍋をつつく。こんなに美味しいのに、何故彼はああも蟹を嫌がるのだろうか。
 平然と蟹を食べる遊馬を横目で見て長身の、いじめられていた青年がものすごく絶望的な顔でこちらを見てきたが遊馬はよくわからないのでスルーした。


「んじゃ、改めて自己紹介といこうか。俺は遊城十代! さっき出したネオスは俺のエースモンスターな!」
「……俺は、不動遊星。スターダスト・ドラゴンが俺のエースモンスターだ」
「そしてボクが武藤遊戯。さっきのブラック・マジシャンはもう一人のボクのエースモンスターだよ」
『ああ。俺の最強のしもべだ』
 鍋の中身が粗方無くなったところで、茶髪の一番活発そうな青年――十代が場を仕切り出す。自己紹介をされて各々の呼び名が分かったのはいいのだが、しかし彼らの共通点と自分が呼ばれた理由というのがいまいちわからない。
「あのさー、それでここはどこなんだ? 何で俺、ここにいるの?」
『私からも訊ねたい。キミ達が並のデュエリストではないことはわかったが、しかしそれ以上の情報は推察に留まっている。確か先程遊馬のことを後輩と呼んでいたが』
「ああ、遊馬は俺達の後輩なんだ。だって遊馬は主人公だろ? ちなみに後輩っていうのは……なんて言うか、後を追う者? って感じかな」
『……主人公?』
「平たく言えばスター・ロビンにおけるエスパーロビンの立ち位置にいる人間のことだ。物語の中核を担う存在」
『なるほど。理解した』
 「エスパーロビン」という単語に若干テンションを高くしてアストラルは頷く。このミーハーめ! と考えつつ遊馬はやや不思議に思った。彼らはどうしてアストラルが好きな番組のことを知っているのだ。
 そのことは自分しか知らないはずなのに。
『言っただろう遊馬、君が主人公なんだと。あの世界は君を中核として回っていく。君の意思一つが全てを左右するんだ。俺たちがそうだったように』
 遊馬の疑問を読み取ったかのようなタイミングで霊体の方の遊戯が答える。遊馬はびっくりして勢いよく振り向いた。遊戯は二人ともにこにこ笑っている。「全部分かってるよ」と言わんばかりの、いい意味で見透かしているみたいな顔。その時遊馬は悟った。
 この「先輩」達には、逆らえない。
『この先色んな事があるぜ――いっぱい敵が出たり、敵だと思ってた奴が本当はいい奴でさ、共闘したり。ライバル達と競い合うこともあれば世界の選択を迫られることもある。……でもな、君が一人じゃなければなんとかなるさ』
 目を細めて遊戯が言う。遊馬がよくわからなそうにぽかんとした顔をしていると遊星がうんうんと頷いた。「この段階では、まるで意味がわからないよな」などと呟いている。彼にも経験があるのだろうか。
「遊馬」
「えっ? ……えーっと、遊星?」
「今は、分からなくてもいい。ゆっくり分かっていけばいい。遊馬の持つ優しさと、希望と、未来へ進む勇気があれば大抵のことは乗り越えていけるはずだ」
「ええと……うん?」
「遊星遊星、言葉のキャッチボール。オッケー?」
 会話が上手く成り立っていないことを見かねて十代が助け船を出してきた。
「まああれだ遊馬、要するにこれから色々あるけどがんばれっていう先達からのアドバイスだよ。……そんで俺からは一言。――絶対に諦めんな!」
 十代はしっかと遊馬の両手を握りしめてそう言う。彼の瞳は真っ直ぐ遊馬の、そしてアストラルの両目を射抜いていた。そういえば彼はさっき目をオッドアイに光らせていた気がする。先輩三人の目力すごいな、となんとなく遊馬は思った。
「諦めなきゃ道は開ける。もしかしたら今まで自分がやってきたことが全部間違ってたことに思えて、何も信じられなくなってしまう時もあるかもしれない。でも大丈夫だ、お前には仲間がいるんだから」
『あの時のお前は見ていてひやひやしたぞ十代。危なっかしくて帰って来られなくなるんじゃないかと思った』
「あっ、その話は無しですよ遊戯さん!」
「ふふ、そういうもう一人のボクだってボクがいない時相当まずかったでしょ? 同行してた杏子にも聞いた――」
『あっ相棒! 頼むそこは掘り返さないでくれ!』
「……またよくわかんない話を始めちゃったみたいだ」
『私にも、さっぱりだな』
「すまない」
 十代と遊戯が互いに掛け合いを始めてしまい、また取り残されてしまった遊馬の肩に遊星の手がぽんと添えられる。遊星は僅かに苦笑いをしていた。ああ、この人こんな顔もするのかと、そう思う。
「昔話に花を咲かせてしまっているみたいだ。いや、正しくは古傷の抉り合いか……まあ、それはどうでもいい。大事なのは遊馬、君が自分自身に負けてしまわないことなんだ。だが君は、そんなにやわな人間ではない。そうだろ?」
「あったりまえだろ。俺は常にかっとビングし続けてるんだ。諦めるとか、論外だぜ!」
『無論有り得ない。遊馬はやや頭が弱いが――』
「なんだよっアストラル?!」
『――だが、何にも屈しぬ強靭な心を持っている。そして私は、そんな遊馬を信頼している』
「そうか。なら大丈夫だな」
 遊馬とアストラルが自信満々に答えると遊星は遊馬の頭をぽんぽんと撫でた。力強く、そして優しい手のひら。
 兄ちゃんがいたらこんな感じなのかなぁと遊馬は思った。
「……さて十代君、もう一人のボク、そんなことをしている間にそろそろ時間なんだけども」
『なっ……しまった何一つそれらしいことが出来ていない!』
「遊戯さんが昔の話を掘り返すからでしょう!」
『それを言うなら相棒だって……』
「ボクが、なぁに?」
 優しそうだと遊馬が思っていた方の遊戯が、もう一人の遊戯に向かってにこりと笑いかける。しかしそれは壮絶な笑みだった。遊馬は思わず目をしばたかせる。
 背後に、般若が見えた。
『……すまない相棒。俺が悪かった』
「わかればいいんだよ。さて、遊馬君」
「あっ、はっハイ」
 指名され、自然と背筋が伸びる。そんな遊馬を見て遊戯は「かしこまらなくてもいいよ」と微笑んだが、あのやり取りを見てしまってはそうもいかない。
「遊星君が、ボク達からのメッセージをまとめてくれたね?」
「うん」
「じゃ、今回はここでお別れだ。またいつでも好きな時においで。ここは、いつでも君へ扉を開いている。来ようと思えばあっという間のはずだ」
「……ここが、扉を開いている?」
 そういえばこの不可思議な空間が一体いかなる場所であるのか、遊馬はまだわかっていない。しかしその疑問も読まれていたのか、十代がにこりと笑ってよくわからない答えを返して寄越した。
「ここは、ここでしかないぜ。十二の異世界のどれでもない。アストラル界でもバリアン界でもない、そうだな、言うならば……」
 言うならば、奇跡が起こる空間だ。
「なんだそれ? なあ――うあっ?!」
「また一緒に鍋、食べようぜ!」
 目眩と立ち眩みが一時に襲ってきて遊馬は反射的に目を瞑った。すぐにまた開くと、さよならをする時のように十代が手を振っている。遊戯は泰然と構えているし遊星は優しくこちらに眼差しを向けていた。
 彼らがこちらに向けて振ってくれている手が遠くなる。一瞬、強烈な閃光がはしって視界が入れ替わった。どこだかわからない不思議空間から、見慣れた自室に世界が成り代わってゆく。
 気が付いた時には、遊馬はベッドの上にぺたりと座り込んでいた。何故か胸の鼓動が速い。手を当ててすうはあと息を吸うと段々と頭が落ち着いてきて、遊馬は息を吐いた。
「なんだ……? 今の……夢、かな。いや……」
『ああ。夢ではないだろう。私と君が記憶を共有している。それにあの三人にはそれぞれに底知れぬものを感じた』
「……だよな。アストラルが言うんだからそうなんだろ」
 なんか凄かったなあ、と一人ごちて遊馬はばたりとベッドに大の字で倒れ込んだ。天井の壁紙に「先輩」と自称した三人の姿が重なる。
「俺が主人公とかよくわかんねーけど、また会えないかなぁ、あの三人」
『彼は扉は開かれていると言った。これきりではないだろう』
 アストラルが淀みなく言う。どうやら再会を確信しているふうであるようだ。遊馬ははにかんで、だといいなー! とはしゃぐように言った。
「あの鍋、美味しかったし! ……遊星、蟹辛そうだったけど。なんでだろ……」
 遊馬が蟹と罪悪感、そして遊星との関係に思い至るのはそれから数時間後のことである。