「遊馬君、待ってください!」という必死そうな声が後ろから聞こえてくる。遊馬は「もうちょっと頑張れよ、かっとビングだぜ!」と振り向きもせずに声援だけ送って足を動かし続けた。今は鉄男と朝の競争中なのだ。真剣勝負の最中だから真月には悪いが、他人を気遣っている余裕などない。 「おっしゃー! 今日は俺の勝ちだぜ、鉄男!」 「くっそー、次は俺が勝つからな!」 「おう! 俺だって負けないぜ! ……で、大丈夫かお前」 「いやあ、へろへろですよ……」 「いつも思っているんですけど、スケボーに全力ダッシュで対抗するのって無茶じゃないですか」、と真月が荒い息を吐きながら言う。真月は体力はあるはずなのに、朝は何故かいつも遊馬を後ろから「待ってください!」と追い掛けてきて、こうやってぜえぜえ呼吸を繰り返しているのだった。 「毎日そうやって膝に手ついてんなら、無理に追っ掛けないで普通に来ればいいのに。遅刻しなきゃ待っててやるぜ」 「良かれと思って。遊馬君を待たせちゃ悪いでしょう」 「真月って妙なとこ律儀なんだな。全部大雑把な遊馬とは違って」 「あっおい鉄男! それどーいう意味だよ?!」 「言葉通り……ってやべぇ、おい予鈴なったぞ!」 「うっそマジかよ!!」 本鈴五分前を知らせるチャイムに驚いて三人して大慌てで駆けて行く。教室に遅刻寸前ギリギリで駆け込むと小鳥が「三人ともおそーい!」と仁王立ちでぷんすか口を尖らせ待っていた。悪びれない遊馬に表情を険しくする小鳥を、真月がまあまあと宥めて巻き添えを喰らっている。 ここしばらくで見慣れたものになりつつある「いつもの」光景だ。いつの間にか、真月零が九十九遊馬のそばにいつもいることを当たり前として気に留めなくなってきていた。 ◇◆◇◆◇ 「昨日、大変でしたね」 「アリトのことか? 大変っつうか……俺は久々に普通のデュエルが出来てすっげー楽しかったけど」 「そうなんですか? 僕は小鳥さんを連れてくるのが遅かったかなって心配してたんですけど。でも最後には和解してたし、遊馬君はデュエルを通して友達を作ることに関して天才的ですよね」 「いやーへへへ……天才とか言われると、ちょっと照れるな!」 「うん、今のは褒めているので存分に照れてください!」 「つまり褒めてない時もあるってことかよ?!」 ぷぅ、とぶすくれて見せると慌てて「そんなことありませんよ! 遊馬君のやることですから!」と変なフォローが飛んでくる。「冗談だよ」と言ってやるとほっと胸を撫で下ろして「びっくりしました……」と心臓に悪そうな顔をした。 「君に嫌われたかと思いました」 「そんなことでいちいち嫌いになったりしねーよ。真月って案外心配性なんだな」 「そりゃあ、他でもない遊馬君に、ですから」 「遊馬君」という名前にどことなく含みを持たせて息を吐く。これはもしかしなくてもやっぱり特別視されていたりするのだろうか? 遊馬は内心で首を傾げた。言われてみれば、真月はナンバーズ・クラブのメンバーの中に上手く溶け込んできている様子ではあったが、彼が積極的に遊馬以外のメンバー達に接触を持とうとしているかと聞かれるといささか疑問だ。 遊馬以外では、小鳥や鉄男と喋ることがやや多いかなという程度だし、それにしたってやっぱり彼の視線は大半が遊馬に向けられているような気がする。小鳥達と話をするのだって遊馬絡みの理由があった時ばかりだ。「遊馬君が大変そうなので、良かれと思って皆さんを呼んできました!」とか、そんなのばかりだ。 でも別段遊馬以外を嫌ってるとかそういうことでもない。興味がないわけでもなさそうだ。ただ、興味関心がずば抜けて強く遊馬に向いている様子だった。 ちょっとだけ、「変な奴」と思う。「良かれと思って」という口癖もそもそも変わっている。でも面白い奴だ。なんだかんだでまだデュエルはしたことがないが、友達であることに間違いはない。 「なあ、真月」 「はい。何でしょう?」 「お前って初対面の時から『良かれと思って』って俺のためにあれこれしてくれたよな。それ、なんでだ? 嫌なわけじゃないんだけど、不思議なんだよ」 考えていてよくわからなくなってきたのでストレートに尋ねてみる。真月は「ああ、そのことですか?」と両手のひらを何か思いついた時のように叩いて合わせた。それから、遊馬の方に人差し指を示して見せる。 「僕の中にも複雑な理由とかがあるわけじゃないんです。簡単な理屈で、君を見た時にぴんときたんですよ」 「ぴんと」 「はい。ぴんと」 右手をこめかみのそばで弾いて、「ぴんときた」仕草をして見せる。おかしくってつい笑うと「真面目な話ですよ?」と冗談交じりに返された。 真月の手が、わっかをかたち作って遊馬の目の前でぴょこぴょこと動く。 「例えば、遊馬君が太陽だとするでしょう」 「太陽? 俺が?」 「そうです。遊馬君はいつも皆の中心にいて、かっとビングだ! って笑顔にしてくれるでしょう?」 真月はニコニコしている。遊馬も悪い気がしなくて、へへ、そーかぁ? だなんて照れくさそうに頭を掻いた。太陽。皆の中心でキラキラしているもの。そう言われて悪い気はしない。 昔遊馬がなりたかったものだ。まだ気が弱くて、引っ込み思案で、かっとビングの心を知らなかったあの頃に。 「だから僕は……君を太陽として、その、月になりたい。太陽のそばにいる月に。ほら、僕の苗字、『真の月』って書くから」 「へー……。でもお前、それでいいのかよ? だって月ってアレだろ。太陽の光を反射して光ってるんだ。俺も月は好きだけど――ホープのムーンバリア超頼もしいし――それじゃお前、俺のオマケみたいじゃないか」 「うん。それでいいんです。僕は遊馬君の笑顔が見たいから」 「へ?」 「それで良かれと思って」 真月は笑顔のまま、遊馬の手を握った。素直な言葉なのであろうということがその表情や言葉の色、手付きなどから伝わってくる。 ぱちぱちと瞬きをする。真月の言葉は嬉しかったが、なんだか少し奇妙な心地だった。 「遊馬君? どうしたんですか、固まって」 「いや……。そういえばさ、俺まだ真月とデュエルしたことねーじゃん。俺が『デュエルをしたら皆友達だ!』って考えてるの、お前知ってるだろ?」 「はい。昨日の申し出も快く受けてましたね」 「うん。それで俺、真月ともデュエルしてみたいんだ。デュエルすると時々、言葉で喋るよりお互いのことがよくわかったりする。これほんとだぜ。俺さ、時々真月のことよくわかんねーなー、ってなるんだ。だからさ、そうしたらもっと真月のことわかるかもしれない」 「うーん。でもそれは、また今度かな」 意外にも遊馬のお願いは即答で断られた。ちょっと面食らって遊馬はぽかんと間抜けな顔をしてしまう。だってまさか真月にデュエルの申し込みを即行断られるとは思っていなかったのだ。 「え、なんで駄目なんだ」 「君とデュエルしたら本当に色々見透かされてしまいそうに思うんです。だからまた今度、機会があったらお願いします。僕はもう少し遊馬君のお手伝いをして、遊馬君を守って……君の笑顔をたくさん見ていたいから」 意味深な言葉の並びだった。遊馬がなんだかよくわからないという顔で一生懸命考えていると真月が「あんまり深い意味はないのでそんな必死に考えなくても良かれと思いますよ」と変に間違った日本語でひらひら手を振る。 転校生の真月零。口癖は「良かれと思って」。ちょっとしたトラブルメーカーで、最近仲が良くなった友達で――そして遊馬の月になりたいのだと言う少年。 遊馬を太陽と呼ぶ少年。 「覚えておいてください、遊馬君。僕はいつだって君の為に、良かれと思って、考えていますから」 友達だから当然、と真月は快活に言う。難しいことはまだよくわからないけれど、真月のこの屈託のない感じがする笑顔は好きだなあ、と漠然と遊馬は思った。 /君の笑顔が、良かれと思って |