※おともだちのお誕生日に!
※四主人公兄弟パロ
※シリアスっぽい
※真ゲスひきずってる




うたたねとその狭間の世界で





「……泣いている」
「まあ、そりゃ、泣きもするだろうさ。友達に裏切られたんだからな……俺だって泣いたよ。遊戯さんでも、きっと泣くだろう」
 末の弟は長兄の膝に顔を埋めて、眠ったまま静かに泣いていた。悲しみ、心が張り裂けんばかりの痛みに耐え、小さな滴をぽたぽたと垂らしていた。
 三人は彼が何を夢に見ているのか知っている。夜毎に見る夢の中で、九十九遊馬はハートランドシティに住む少年だった。彼はその夢の中で天城カイトや神代凌牙、アークライト家の人々、そういった人達と今まで戦い、或いは絆を結んで、そうして今バリアンの使者達と抗争をしている。
 その戦いの最中で彼は手ひどい裏切りを受けたのだ。信じていた友が、その実内心ではいつも自分を嘲笑って優しさに漬け込み、騙していたのだということをその口から暴露された。心情は推して余りある。
「うん……そうだね。ボクも、きっと辛くて泣いちゃうかもしれないね。でもそこで足を止めることはしない。だから遊馬も、足を止めたりしないってボクは信じているよ」
「遊戯さん」
「一番小さな彼にそれを望むのは酷かもしれないけど……ふふ、懐かしいな。ボクね、きみが異世界で孤立した時もこんな気持ちだった。すごくはらはらどきどきして、でもボクにはきみを信じることしか出来なかったから」
「うえぇ?! なんでそんな恥ずかしい話を今ここでするんですか! おい遊星そんな教えて欲しそうな顔しても俺は絶対に話さな――」
「あのね、十代くんが『デュエルアカデミア本校の三年生』だった時に今の遊馬くんと似たような境遇になったことがあったんだ。邪なものの影響を受けていたとはいえ、心無い言葉を仲間達から受け、探し人も死んだと宣告され――十代くんは、疲れ切ってしまった。何もかも嫌になってしまった。それまで大事にしてきたものを信じることを止めてしまった。……それでもね、ボクは何もしてやれないんだ。だってそれはボクが手出しをしていいところじゃない。十代くんだけが変えてゆける場所だったんだ。きみが最後の戦いに赴いていた時も同じ――きみを叱咤してやれるのは不動博士だけだったんだよ、遊星くん」
 遊戯がひそやかな声で、しかし確かに過去を告げる。十代と遊星は生唾を呑んだ。遊戯が告げる過去には、二人それぞれに言い表し難い葛藤の感情がある。
 遊馬の寝顔が一瞬、歪んだ。体への痛みか、或いは心への痛みか。三人が共有する今遊馬が体験しているヴィジョンには全身がデュエルのダメージによってぼろぼろに傷付き、心身ともに抉られ削られていく遊馬が悲痛な面持ちでなんとか立ち上がり、カードを手に戦っている姿が映し出されている。
 彼は今戦っているのだ。もう一方の現実と全身全霊で戦い、抗っている。せめて良い夢を、と祈ることも出来ないのを十代は悔しく思っていた。一区切りがつくまでの間、夢はずっと続いていく。それがどんなに嫌な夢だったとしても、眠りに落ちるたびに夢は先へ進んでいく。
「遊馬は、まだ十三歳なのに」
「そうだね」
「なんでこんな辛い目に遭わなきゃならないんだろう」
「そうだね。でもそれは、ボクはきみの時も遊星くんの時も、等しく思ったよ。……乗り越えていくしかないんだ」
 遊戯が厳かに言った。優しく、しかし厳格な言の葉であった。
「ボク達は遊馬くんを信じてやるしかないんだ。ボクは兄として彼が友を心から信頼出来る人間であったことを誇りに思うし、衝撃を受けて我を忘れてしまったことを責めたりしない。それが彼の……きみ達の美徳だと思っているから。無責任な言葉かもしれないけれど」
「いいえ。無責任だなんてそんな……遊戯さんも、その、たくさん辛いことがあっただろうから……」
 言葉端が淀んだ。「武藤遊戯」に、「無敵の初代決闘王」に何があったのかを十代と遊星は知らされていない。踏み込んではいけないプライベート・ゾーンがそこにあることをうっすらと察していたから、決してそれを訊ねようとは思えなかった。だがその重たさは嫌という程伝わってきている。それだけ遊戯の時折示す翳りは濃いのだ。
 十代も遊星もそれなりに辛い目に遭ってきた。何度か、目が覚める時にどうしてこんなに酷い夢を見なければならないのだろうかと自問自答をした。夢が空恐ろしいまでに現実味を帯びていたからだ。夢の中で感じた痛みは決して夢の中の幻では終わろうとしなかった。時には、夢から醒めた後も脳裏に甦って苦しめた。
 記憶のフラッシュバックは今でもまだ、ままある。
「ボク達はどうしてだかそういう定めにあるみたいなんだ。でも泣いてばかりいるわけにもいかないから。ボクも出来れば、皆の泣き顔は見ていたくないし」
「それは、俺もそうです。遊星なんかは滅多に泣かないから、時々流す涙が余計に苦しくて」
「遊星くんは強くて優しい子だから。だけどきみたちは、大切な人を失った時は涙を惜しまない。それは決して悪いことではないんだよ。だからせめて、こちらで起きている時は彼が幸せであれるように……」
 遊馬の華奢な体が、何かに怯えるかのように痙攣した。脂汗が滲んでいる。見ているのもきつい。裏切りを受けた遊馬の顔にはたった二文字、「絶望」が浮かんでいた。それは逃れようのない正真正銘の悪夢であった。
 遊戯が背中をさする。顔色は変わらず、気休め程度にしかなっていないだろう。それでも遊戯はそれを止めなかった。彼は遊馬を信じているからだ。
「ボクは彼に、おはようを言ってあげるんだ。だってお兄ちゃんなんだからね」
 そうして静かに言った。



◇◆◇◆◇



 繰り返し見る夢がある。俺は夢の中では別の世界で、別の家族構成で、でも奇妙に現実と似通った登場人物と何の変哲もないごくありふれた学校生活を送る中学一年生だった。俺を襲ってくる奴なんて誰もいないし、三人いる兄弟は皆俺に優しかった。
 俺は、夜毎に夢を見るたびにその世界での出来事を進めていった。どうしてだか、その夢の中ではこんなに鮮明な現実が遠くなって俺は必死に戦っている世界のことを逆に夢だと思っている。眠る度に逆転する俺の世界。時々俺はわからなくなる。
 どっちが夢で――どっちが、現実なのか。
(そんなの決まりきってる。こっちだ。こっちが現実だ。真月が……ベクターが俺を騙して裏切った、こっちが)
 そのことを考えるときりきりと胸が痛んだ。強烈に締め付けられて、苦しい。痛い。助けて。助けてよ、兄ちゃん。
(ばかみたい。俺には姉ちゃんはいても兄ちゃんはいないのに)
 一番上の兄ちゃんは、あの超が付くぐらい有名人の遊戯兄ちゃんで。二番目の兄ちゃんは、ネオスの持ち主の十代兄ちゃん。それで三番目の兄ちゃんが普通に世界を救っちゃえそうな、遊星兄ちゃん。そんなことがあるわけない。
 だけど、夢の中の優しい手のひらを俺はいつになっても振り切ることが出来なかった。夢を見ている間は夢の方を現実だとすっかり思い込んでいて、背中を撫でてくれる兄ちゃん達の温度にほっとして、目をそらしてしまう。考えたくないんだ。俺はあの温もりを失うことを酷く恐れている。
俺は夢を夢として棄てきれずにいる。
(夢でも、ないよりはいいかなって思う)
 ベクターの嘲笑がまだこだましていた。アストラルの刺すような眼差しが怖い。少し離れたところでそれぞれにドルべとミザエルに対峙しているカイトとシャークの視線が純粋に俺を慮るものであることが唯一の救いと言ってもよかった。
 今、俺は何を一番怖がっているのだろう。最初は真月の死を突き付けられることだった。でも今はそうじゃない気がする。アストラルに俺が嘘をついて隠していたことを糾弾されること、皆に失望を向けられること、俺の思い込みが必要以上の犠牲を生むこと。そういったことも確かに怖い。だけどそれ以上にもっともっと怖いことがある。それはベクターが《真月零》を貶めていることだ。
 俺は親友だったはずのものが醜く顔を歪めることを恐れている。ベクターとイコールであると知らされてなお真月零を友達だと信じているんだ。
(だって、兄ちゃん達はいつだって友達を信じていたから……)
 城之内克也がデュエルの刃を向けた時。ヨハン・アンデルセンが狂気を向けた時。ジャック・アトラスが裏切り騙してスターダスト・ドラゴンを奪い去った時。三つの知りもしないはずの幻が俺の脳裏を駆け巡ってそして消えた。武藤遊戯も遊城十代も不動遊星もそれでもそれぞれの友を信じ抜いたのだという答えだけが俺の頭の中に残される。だったら俺も真月を信じたい。
 裏切り、騙して、嘲笑ったのだとしてもどこかにほんのちっぽけなものでもいいから「真月零の本当」があったのだと信じていたい。慰めに過ぎなくても。気休めかも知れなくても。
 それが俺が教えてもらったものの一つのはずなんだ。
(だから……ああ…………)
そこで夢は終わった。
 そうして、俺はまた次の夢の中に還っていく。



◇◆◇◆◇



「おはよう。……あまり、眠れなかった?」
 遊馬が目を醒ました。直前までうなされ続けていて、体中いやな汗でぐっしょりだ。この小さな体で彼は懸命に戦っている。生きようとしている。
 ――それは、とても尊いことだ。
 決して可哀相なことなんかじゃない。
「うん……俺、すごい、怖かったよ。目が覚めても悪夢の続きなんじゃないかって。兄ちゃん達は皆俺が見ている夢で……本当はどこにもいなくって……一人ぼっちなんじゃないかって……」
 嗚咽が続く。遊馬は今にも泣きだしそうな顔で遊戯を見上げている。まるく見開かれた紅いまなこから一切の色が消え失せている、そんな錯覚を遊戯は覚えた。崖っぷちでぎりぎり踏みとどまっていた、覇王になる直前の十代の姿によく似ていた。
「俺……おれ、何を、信じたらいいんだろう……」
 震える指で遊戯の手を握り締める。さぞ苦しいだろう。悔しいだろう。押し潰されそうに、心細くなって、胸中で身を屈める時もあるだろう。
だからこそ遊戯はただ彼を抱き締めた。それが兄に出来ることだから。
「決まってるさ。信じるんだ。誰かを愛して、世界を愛して、がむしゃらに前に進もうとするきみ自身を信じればいい」
「俺を……、信じる?」
「そう。ボク達はそれをずっときみに教えてきた。そうして、きみはもう決めたはずだよ。……何を信じるのか、ということを」
 目尻に溜まった滴を遊戯の指が拭うと遊馬は目をぱちくりと瞬かせて、その紅い瞳に色と光を取り戻した。はっとしたように息を呑んでそれからいきおい、頷く。末の弟も上の兄達の例に漏れず長兄を一も二もなく信頼している。
「……うん。そうかもしれない。……おはよう遊戯兄ちゃん、それから、十代兄ちゃん、遊星兄ちゃんも」
 遊戯からやんわりと手を放し、ベッドから起き上がった遊馬が部屋の入口の陰からこっそりと覗いていた兄二人に声を掛けた。目尻はまだ赤いが、それでも作り笑いなんかじゃない、弱々しくてもいつもの遊馬の表情が浮かべられている。
「腹減った。朝のデュエル飯を食わなきゃ、俺、倒れちまうよ」
「ああ。朝食は用意出来てる。遅刻しないうちに食べるといい」
 ありがとうを言ってパジャマのままダイニングへ出た。今日の当番の遊星が用意した朝食が湯気を立てて並んでいる。
「兄ちゃん達がいてくれてよかった」
 遊馬は小さく呟いた。兄達がいるからまだ諦めずに行ける気がする。頑張ろって思える。どんなに苦しくても走り続けて、
「だから俺は、前へ向かって進んでいけるんだ」
 ――きっと、光さす未来へと、確かに。

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