トリコロールジェノサイダー 「とりころーる、……なんだ、これ?」 「トリコロール。三色旗のことだ。三つの異なる色が並びあって一つの模様を描き出している」 「ふーん。なんか、俺達みたいだな」 俺がなんとはなしに言うと、カイトとシャークの両名は何故かぎょっとした目付きになって一斉に遊馬に向かって向き直った。揃いも揃って変な顔をしている。思わず「二人とも、同じ顔してるな」と言うとまた揃ってぎょっとした表情になった。面白い。 「あまりつまらないことを言うな、遊馬」 「そうだ。言っていい冗談とそうでないものがある」 「え、なんでだよ。俺、二人のこと同じぐらい頼りにしてるし、同じように兄ちゃんみたいだなってそう思ってるのに」 「「…………ッ!!」」 今度は二人で顔を抑えて震えている。後ろからアストラルの『悶えているのだ、遊馬』という謎の捕捉が入った。悶えるって。 俺は疑心暗鬼の表情のままアストラルの方に振り返ったけど、アストラルのやつは相変わらずあのつんと澄ました顔でふわふわ浮かんでいて冗談を言っているふうではなかった。瞳で訴えると、もう一度『だから、悶えているのだ、』と繰り返す。 『どうやら二人にとってきみの「兄」呼びは相当な破壊力を持つ攻撃であるらしい。一撃必殺クラスだ。使いどころには十分の注意を払うことを推奨する』 「何意味わかんねーこと言ってんだよ。俺は純粋に二人のこと、そいうふうに思ってるだけだぜ。シャークもカイトも俺の頼れる兄ちゃん。一緒に戦ってくれるし、腕試しにデュエルもしてくれるし、困ったときは相談に乗ってくれるし。それに、俺が何か間違えた時はちゃんと叱ってくれる」 「「…………ッ!!」」 また同じリアクション。俺は本当のことを言っているだけなのに、そんなに恥ずかしがることがあるんだろうか。いまいちよくわからないでいる俺の後ろでアストラルだけがうんうんと頷いて納得しているみたいだった。何なのだもう。 それからちょっと待つと、シャークとカイトはなんとか持ち直したようで普通に喋れるところまでの回復を見せていた。でもまだ少し顔が赤い。ちょっとだけ、酔っぱらった父ちゃんみたいだなって思った。あのあしらいがめんどくさいやつ。 「……一段落着いて、ここしばらくは平和だな。思えば遊馬と知り合ってからは争いごとばかりだった」 ふと思い出したようにカイトが言った。確かに、俺とカイトの初遭遇自体ナンバーズ・ハントをしていたカイトに俺がナンバーズ持ちとして運悪く目を付けられたことから始まっていたし、その後も何かとデュエルの連続だった。それからハルトを賭けてタッグを組んだりして、俺とカイトは少しずつ距離を詰めていった。 ハルトが必死になってカイトにキャラメルを届けようとしていたあの時のことを思い出す。まだ大して日が経っていないはずなのにもう遠い昔の出来事のようだ。 「シャークは、最初はなんかすごいいかにもな不良って感じだったよな。シャークとも結構タッグ組んだっけ。陸王海王とのタッグ、すっげーワクワクしたぜ! あーでも、最近はなんか復讐に走ってたりして、あんまりちゃんとデュエルしてなかったよな。また学校帰りにデュエルしようぜ、なあ!」 「……別に、構わねえけど」 「おっしゃー! 俺今めっちゃ調子いいし、絶対勝ってやるぜっ!」 「ふん……調子がいいのは口先とお調子なところだけだろう。精々痛い目を見るんだな。言っておくが、俺は手加減しないぞ」 「当然だな。遊馬はこれでいてなかなか鋭いところを突いてくる時もある。まあ、この前のリベンジは返り討ちにしてやったが」 「うっ。でもカイトにも今度こそ勝つぜ?!」 むきになって反論していると、急に二人でくすくす笑い出す。ますます意味が分からない。でも、俺を嘲笑してるとか馬鹿にしてるとかそういうんじゃなくて、ふつうにおかしくてたまらないみたいだった。二人の声はやさしい。カイトがハルトに向ける声みたいに、思いやりがその中にある。 「お前は、まだ子供だな」 カイトが言った。こうやって話していると忘れがちだけどカイトは俺より五つも年上の兄ちゃんなのだ。そのカイトにそう言われると、悔しいけど確かにまだちょっと子供かもしれないとそう思う。隣でシャークも頷いている。でもシャークは一つしか違わないから、なんとなくそれはしゃくだった。ピーマン食べられないくせに。 「まあ、その方が面倒の見甲斐があるってもんだ。お前は危なっかしいが、だが、それもどうも憎み切れない。……嫌いじゃない」 「珍しく意見の一致をみたな。俺もそれに関しては同意だ。可愛さでは俺のハルトには一歩も二歩も百歩も及ばないが」 「いつからハルトはカイトのもんになったんだよ……」 「遊馬には不思議と気にかけてしまうそんな人をひきよせる力があると、そう思う」 カイトの手が俺の手のひらを撫でる。生白く、整って、爪先まで器用に手入れがされた決闘者の手。ささくれだっている俺の手とは対照的だった。手招きされたシャークも寄って来て、三つの手が並ぶ。俺達の右手三つのトリコロール。日焼けして浅黒い俺の手、シャークの健康的な手、そしてカイトの雪のように白い手。俺達はこうやって全然違う人間だけど、三人で並んで闘ってきたし、きっとこれからも戦っていける。 「「遊馬」」 二人が俺の名を呼んだ。優しい声。兄弟みたいな、友達みたいな、信頼の置ける相手に向ける声。俺はそれが嬉しくて思いっきりはにかんだ。アストラルが溜め息を吐く。 俺の満面の笑顔に二人はまた変に震え、でもそれからちょっと躊躇うように、俺に笑ってみせてくれた。 |