友情メトロノーム



「真月、元気ないな」
 窓際の席に腰かけて、珍しく一人物思いにふけっている真月を見かけて遊馬はそう声を掛けた。頬杖をついてどこか物憂げだ。あまり、元気な彼らしくはない。
「真月?」
「ああ……遊馬くん」
「すげえぼんやりしてる。なんか嫌なことでもあったのか」
「ええ、少し。なかなか、今やっていることが上手くいかなくて……」
 息遣いが重たくて歯切れが悪い。真月はのろのろと立ち上がり、遊馬の隣に並ぶとその手のひらを掴んだ。
 びくりとする。真月の手は遊馬のそれと比べて妙に冷たかったのだ。
「遊馬くんの手は、いつもあったかいですね」
「それ、小鳥にもよく言われる。真月は今日に限ってなんか冷たいな」
「うん。ちょっと疲れてるのかもしれない。ほら、僕っておっちょこちょいだからいつも気を張り詰めさせているんだけど……」
 初耳だ。気を遣っている割には、不用意な失敗が多いような気もするが彼も日々努力を重ねていたらしい。
 冷たい手のひらに遊馬の熱が移っていく。二人分の温度が中和されて同じ温かさになった頃、真月はぱっと手を離して遊馬に向き直った。
「ねえ遊馬くん、お願いがあるんですけど」
「お願い? 急になんだよ」
「ちょっとでいいから、抱き着いてみてもいいですか?」
「え?」
「いいですよね? 僕達友達だから」
 どういうことだ、と止める間もなくするりと背後に回った真月の両腕が遊馬の体に伸ばされる。遊馬よりも少し背の高い真月の腕の中に遊馬の体はすっぽりと収まってしまって、ぴったりと二人でくっ付いているのが恥ずかしいやら心地良いやらで、何が何だかわからなくなってしまう。
 彼の手がまさぐるように遊馬の腹を制服越しに撫でると、くすぐったくて変な声が漏れた。
「な、何するんだよ」
「遊馬くんで充電です」
「充電って……俺の元気持ってっちゃうのか」
「よかれと思って、僕に分けてください。僕、遊馬くんの元気いっぱいなところが好きなんです」
 なんでもないみたいに、「好きです」そう繰り返す。とくん、とくん、と脈打つ真月の心臓の音が遊馬の鼓動と重なって、溶けて、まるで一つになっていくようだ。
「遊馬くん、これからきっと大変なことがありますけれど……」
 真月が、遊馬を抱き締めたままで耳元で囁いた。
「きっと、僕のことを信じていてくださいね。僕も遊馬くんのことを信じてるから」
「真月……」
「どんなことがあっても」
 言い聞かせるような囁き声に、奇妙な不安を覚える。でも洋服越しに伝わってくる真月の体温や心臓の刻むリズムは柔らかくて、安心する。
 横目に見える真月の顔は、いつもよりちょっとだけ大人びてそして嬉しそうだった。だから、もし、とそう思う。
「……俺で充電出来るんなら、好きにしろよ。ちょっぴり、恥ずかしいけどさ……」
「ありがとうございます。遊馬くんも遠慮なく、僕で充電してくれていいんですよ?」
 そう言って真月は悪戯っぽく笑った。いつの間にか夕方になってしまって、教室の窓から差し込む夕暮れの光が照り返して余計に遊馬の顔は赤く映っている。
 二人の心臓の音は、まだ、一緒に重なってゆったりとしたリズムを刻んでいた。
 




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 ぬまさん(TwitterID:@xoxo_anlo)のイラストをイメージして書かせていただいたものでした。
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