・2013年夏バトの無配再録 ・性行為を含みます。高校生以下の方は閲覧をご遠慮ください。 ・オフ本「水曜日には猫の話」の補完話にあたります。未読の場合は意味が通じない箇所がちらほらあるかと思われるので、ご注意ください。 ・バリアン大学生パロ、ベク遊従兄弟同居設定 ・ベクターちゃんはたぶん駄目兄 始まりはいつだっただろう。この、従兄弟どうしでの爛れた関係性のことだ。無償の清らかな愛情を捧げるべき肉親に対する汚い情欲がわきおこり、抑えきれず、契りを結んだあの日のこと。 俺はそもそも自他共に認める重度のブラザー・コンプレックスだったし、その対象となる従弟の方も俺のことは(無論、年上の兄貴分として)愛してくれていたはずだが、彼は天真爛漫で穢れを知らず、純真で、誰からも愛される天使のような子だったから、こうなってしまったことには明確な理由があるはずだった。どこかには。 『ベクター、俺のからだ、ヘンなんだ』 あの日彼がそう告げてきた時、既に時刻は夕刻というべき頃を過ぎていて、天井の照明が落ちていたために室内は薄暗かった。ベッドサイドのルームランプにぼんやりと浮かび上がるその輪郭にはいつもの少年然とした溌剌さや健康さがなく、不健全なにおいを纏い、俺の心を乱しにきていた。 『は、恥ずかしい、んだけど……こんなの他のやつには、聞けねーし……』 横目に逸らしながらもじもじと自らの「異常」を恥じる。『こんな時間に、ごめん』と詫びるその目には既に幼い情欲の色が混ざっている。残念ながらそれに何も感じないほどに俺は年老いてはいなかったし、いい兄貴でもなかった。そもそも、もっと大昔から―いつだったか、もう覚えていないぐらいに古く――俺は九十九遊馬にそういう期待を覚えていたのだ。 俺は半ば衝動的に、請われるままに遊馬の望みに応えた。彼の勃ちあがった未発達な性器をいじくり、指の腹で愛撫して、隠れるようにして初めての刺激に戸惑い必死に声を抑える遊馬の表情を眺めた。遊馬の熱に浮かされたような顔が、しかしとても初であったことを覚えている。後生大事に純潔を守り通してきた花嫁の初夜の恥じらいに似ていた。 そうして俺の手の中で恐らく初めての精通を迎えたであろう遊馬に俺は言い含めたのだ。『このことは、他の誰にも、相談したり頼んではいけない』。『困ったら、必ず俺のところへ来い』。『そして、誰にも俺達の関係を吹聴してはいけない―』。 絶頂の余韻を残し、まだ赤らんだ皮膚を晒しびくびくと震えながら遊馬はこくこくと振り子人形そのままに頷いた。遊馬は幼く、あどけないが、この隠しきれない秘め事の匂いからたった今行われた行為が「秘密にしなければならないいけないこと」なのだということを半ば本能的に、察していたようだった。 ――そうだ。 俺達の不純な関係はそうして始まり、それから遊馬は、それを俺に求める時は決まって薄暗い夜の時間に俺の部屋を訪ねた。遊馬はまだ中学一年生だった。六つ年下の従兄弟の、性欲処理を担ってやるという名目の元で俺は遊馬との性的な戯れに興じていた。遊馬の顔を見れば興奮したし、遊馬が達する頃には俺自身が勃起してしまうこともしばしばだったが、それは何とか悟らせないようにして耐えた。 なけなしの理性が警鐘を鳴らすのだ。戯れで済むぐらいにしておけ、深入りしすぎるな、さもなくば。 生涯全てを賭してこの小さな少年に縛り付けられてしまうから、と。 ただそれでも、遊馬を自室に帰してから抜く際に考えることが悉く遊馬のことであったことを考えると、その時点でもう手遅れだったのかもしれない。 『ベクター、あのさ、誰かにやってもらうと気持ちいいのって俺だけなの? ベクターは、そうじゃないの?』 遊馬が中学二年生になって半年以上が過ぎた頃に、唐突にそんなことを聞いてきた。ぎくりとして、盛大に固まったのを覚えている。その頃には週末ごとに遊馬が俺の部屋を訪ねるのが定例になっていたし、二人ともすっかりその在り方に疑問を抱かなくなっていた。今冷静に思い返すと完全に感覚が麻痺してしまっている。 今だってもっと酷く麻痺しているけど。 『なんでそんなぎくっとした顔してるんだよ』 目ざとく俺の表情が変化したことに気がついて遊馬が手を伸ばす。どこに? 決まっている。俺の膨らんだ股間の上にだ。服越しになぞるように、わざとらしい手つきでたどたどしく触れる。やめろ、という威嚇を含めた視線を投げ掛けるとくすくすと笑って手を離した。こんな時まで素直だ。 『ベクターも触られたら気持ちいいんだろ?』 なぁ、そうなんだろ。遊馬の好奇心を抑えきれない興奮した声音。子供特有の危険を省みない知識欲と、たがが外れかけている倫理観が手を組んで遊馬を突き動かしているのだ。『ひとりじゃやだ』、甘えるように口をすぼめる。 『俺もベクターに気持ちよくなって貰いたい。俺ばっか、恥ずかしいの、やだよ』 どこから俺に対する効果的なおねだりの方法など学んできたのだろう? そう問いたかったが、俺自身を観察して学んだのだろうということは自明の理だ。何しろ俺達は従兄弟だった。一つ屋根の下で寝起きを共にし、性欲をぶつけ合うような、従兄弟同士なのだ。 諦観の溜め息を許可の合図と取ったのか、遊馬が楽しげに俺のジーンズのジッパーをつまみ取り、そのまま下ろしてパンツもずり下げる。容赦とか躊躇とかそんなものは一切ない。既に遊馬の痴態に勃ちあがりかけていたものを優しく掴み、まじまじと見つめ、そうして小さな形のよい唇で口づけた。 そのままうっとりとしたような顔つきで舌を出し、根元から先端にかけてゆっくりと竿を舐める。酩酊しているかのような潤みきった瞳。ちろちろと恐る恐る舐める舌つきが次第にねっとりと絡みつき、なぶり、吸い取るような動きに近くなっていく。それに従ってはじめのうちは控えめだった水音もはっきりと耳に届くようになった。とても卑猥な音だ。それを遊馬が望んでいる。 ――ぞくぞくする。 ちゅぷちゅぷ、ちゃぷ、くぷ、じゅぷ、という憚りのない音を立てて喰らいつく遊馬の体を無意識に引き寄せた。裏筋をなぞり、手のひらで陰嚢を包み込み、ずっぷりと咥え込む。夢を見ているようだ、とぼんやり思う。こんな風に遊馬から求めてくるだなんて……。 実際に遊馬は夢見心地といった様子でいちもつを食んでいて、逢瀬が叶った織り姫が彦星を抱擁するようにともすると必死になって俺の感覚を追っているかのようでもあった。足りない、まだ、足りない。もっと欲しい。ふたりしてそうやって欲している。 誰かに教え込まれたのかというほどに、遊馬のフェラチオはとても初めてとは思えないぐらいに卓越していた。だが確信がある。遊馬は俺にだけは秘め事を作らない。俺以外に足を開かない。俺以外の男性器を咥えたりしない。ましてやこんな、むしゃぶりつくような、その先を促すような視線は、俺以外が教えられるわけがないのだ。 この穢れなきこどもを堕落せしめるのは俺一人きり。それは、たとえ世界が終わって何度繰り返したとしたって変わりようがない。 『ゆうまっ、口、離せ……!』 汚いから。そう伝えると思った通りにいやいやと首を振って拒否の意を示してきた。遊馬は口淫を好んだが、どうやら絶頂を迎えた、俺の精液を口にするのも好きなようだった。白くねばついて、お世辞にも綺麗とは言い難い濁った液を余すことなく嚥下する。普通は噎せてこぼすもんじゃないのか、と一瞬だけ思った。一瞬だ。自ら望んで口に含んだ時点で答えは示されていたようなものだった。 『ん……やっぱ、にがい、かも』 『たりめーだろ……』 『コンデンスミルクみたいな色してんのに』 『んなわけあるかっての』 確かに色味や粘つき具合はよく似ているが、そんな味がしたら間違いなく身体がおかしくなっている。 『でもさ……』 脱力してやわらかくなった男根にこびり付いた白濁をぺろぺろ舐め取って遊馬が呟いた。アイスキャンデーを咥えているみたいな卑猥さがそこにはある。溜まっているかすを一生懸命に掃除し、アイスクリームの蓋を舐めるのに似たしつこさでもってまたベクターの性欲を翻弄してくる。 『おれ、ベクターの味好きだなぁ。もうずっと、好きなんだと思う。このしつこい感じ』 眼差しはとろとろしてうたた寝気分といった調子だ。ああ、かわいいやつめ。またぞろ活力を取り戻しはじめた自身を感じつつ、遊馬の頭を撫でてやった。 その日以来遊馬は俺からの手淫と必ずセットで俺に口淫を施すようになった。従兄弟同士の俺達の報われなさそうな関係が前に進んでしまった瞬間だ。だがそれでも、俺は遊馬を抱くことだけは耐えた。その一線を自分から超えてはいけないということを知っていた。遊馬の望むことは実現させてやるが、望まないことはやってはいけない。 だからいずれ遊馬がセックスを、性的関係を俺に求めれば俺は喜んでそれに応えてやるだろう。彼の初な身体を割り開き、汚し、雄を迎える悦びをさえその身体に刻みつけようとするに違いない。本音のところで俺はずっとそういう交わりを望んでいる。 その一方で時折思うことがある。寝息を立て、幸せそうな表情で俺や、それ以外の誰かの名前をもごもご口にしている姿を見る時、特に。 ――こんなの、間違ってる。 ◇◆◇◆◇ 「お願い、俺のこと、抱いて」 そういう関係を三年間続けてきた後だったから、その言葉を告げられた時もはじめほどの驚きはなく、さほどの感慨もなかった。ああ、ようやく来るべき時が訪れたのかという倦怠感。俺は遊馬を抱く。何故なら遊馬がそれを望んだからだ。 あの幼かった九十九遊馬は、この春から高校生になったばかりだった。幼かった体つきも幾分か立派になり、成熟期へと近付いていっている。それでも彼を子供っぽいと思ってしまうのは、俺の願望の表れなのだろうか。 ボタンが外れてはだけたシャツをかぶって情欲に濡れた瞳で俺を見てくる従兄弟の身体を黙って抱き寄せた。身体は、確かに大きくなっている。筋骨隆々というほどではないにせよ確かに身についている筋肉なんかを見ればそれは一目瞭然だ。でもおねだりをする時の姿勢や仕草、表情、声音、そういったものには殆ど変化がなくて、やはり、遊馬は小さなこどものままなのだと思った。俺がはじめて彼に性的な興奮を覚えた日から変わらずにだ。 「いつかそうくると思ってた」 「え、」 「おまえは、ずっと、そうやって物欲しげな顔をしていたから……」 遊馬がまばたきをする。二度三度そうした後、急に自覚をしたのかかあっと頬が赤くなった。だがもう遅い。誘われた俺の方はとっくにスイッチが入ってしまっていたし、このまま無傷で遊馬を返してやるつもりなんてさらさらなかった。 「手加減出来ない」 「うん」 「多分、痛いぞ。すごく」 「うん。全然いいんだ。なあ、ベクター」 「ああ」 遊馬が身を乗り出して耳打ちをしてくる。内緒話をするみたいに。秘密を一人だけに打ち明けようとしているみたいに。 俺を抗えぬように束縛しようとするかの如く。 「ひどくして」 頷くしかなかった。その懇願をつっぱねる権利がそもそも俺には与えられていないのだ。言葉のかわりに口づけを与えて掻き抱く。せめてもの償いを願うように、別れの儀式でもするかのように、ただ、抱き締めた。 「あ、うぅ、ひぐぅ……ッ?!」 「声抑えんな……聞こえ、ねえ、だろォ」 「や、だって、はずかし……!」 「今更、ン、恥じらいなんか覚えるかァ? あんなに嬉しそうに咥えてきてたってのに……」 憚ることのない水音をぷちゃ、じゅ、ぐちゅ、と立たせながらの赤面顔はどうにも説得力がない。予告通りに手加減を一切にせずねじ込んだ男性器は温かく柔らかな胎内に歓迎を受け、さほどの抵抗を受けずもう間もなくその全てが遊馬の胎内に埋まろうかとしていた。 はじめのうちこそローションをべっとり付けた指でぐちぐちほぐしてやっていたのだが、遊馬が一言「そんなんじゃたんない……」とかすれた声で呟いたため事は性急に執り行われた。余裕なんか元々あったためしがない。けだものに成り下がるのはいつも一瞬だ。 バックから、欲望に突き動かされるままに抽挿を繰り返した。勢いよく挿し入れをしすぎたために肛門の口が多少捲れてしまっている。薔薇の花が咲いたみたいだと笑うと実況すんな、ばか! と反論されたので奥に突き戻してやった。 俺達はきっとお互いにどうしたら一番負担なくきもちよくなれるのかを熟知していて、遊馬のからだは俺に抱かれることに、俺のからだは遊馬を抱くことに特化し最適化されてしまっていた。遊馬がどこを突かれ、擦られ、ぐりぐりと執拗に押し潰されたいと思っているのか俺は予め全て知っていたし、それは遊馬の側にしたって同様だ。遊馬は俺のまあそれなりに立派であろう性器をきれいに受け入れる体位や手順をしっかりと把握していた。はじめての、事前打ち合わせも何もない交わりとしてそれは異質である。 初夜の交わりのくせに、酷く手慣れたセックスだった。遊馬の腸壁は俺のかたちになってねっとりと絡みついてくる。俺のかたちしか知らないといったふうに、だけどそれだけなら世界中の誰よりもよく知ってると言わんとするが如くに。 僅かな違和感を覚える。だが、遊馬の嬌声に誘われてもっと深く、深く、とゆくあてのない欲求を追い求めているとそんなことはどうでもよくなってきて、ただがむしゃらに抱いた。気絶したって腰を動かすことを止めてやるつもりはなかったし、遊馬の方にも気絶してやる気はないみたいだった。 「ぁ、あァ、は、ん、ッ―!」 「力抜けっ……なか、出す、から……!」 「いっぱい? いっぱい、くれ、る?」 「ああ。お前が壊れるまでしこたまくれてやる」 「ほんと? ほんとに、ベクター、おれのこと、……だけのものに、して、くれる……?」 やがて二人して絶頂の時を迎えた。正常位になってから俺に絡みついていた遊馬の腕に力が籠もる。俺を離すまいとする。失った片割れの代わりに、引き留めようとする。 遊馬のその問いは子猫が救いを求めるようでいて、その実、支配者の優越に他ならなかった。その言葉には絶対の強制力があり、是以外の答えが許されず、そのくせ媚薬じみていた。 俺は一も二もなく頷いて遊馬に精液を流し込む。流し込むというよりはぶち込むと言った方が正確だったかもしれない。よくもまあそんなに、と出し切ってから自問自答した。ぁ――、という遊馬の声にならない悦びの叫びを耳に聞きながら、その熟れきったからだを舐めまわし、薄く開かれた紅い瞳を視界に捉えるとふとあらぬ光景が脳裏を過ぎった。 『遊馬……遊馬……ゆうま、ぁ、』 『しんげつ、おれもうだめだよぉ、我慢できなっ……』 『ふふ、堪え性の、ない……おねだりのやり方は、私が教えてやったろう……?』 『ふぁ、ぁん、けーぶ、はしたない部下でごめんなさ……ッ、おれ、もっとほし、の……!!』 『まあ、良しと、してやろう……ほら』 中学生の制服を着た遊馬が、同じ制服を着た俺に抱かれていた。俺達は同い年だった。だが上下関係がはっきりしており、俺は遊馬の上司という名目で遊馬を丁寧に躾けていた。調教されきった遊馬は慣れきった体で同じ年の男の――本来屈辱にしかなり得ないだろうそれを―実に美味そうに咥え込み、もっともっととみっともなくねだった。 薄く開かれた紅いまなこが菫色の目玉を見返してきていた。『しんげつ』幻の中の少年が誰かの名前を呼ぶ。『真月、おれ……』 ぶつり、と壊れたテレビのように映像がノイズだらけになって白昼夢に似たリアルな幻影が俺の頭を過ぎ去っていった。残されたのはぶり返した倦怠感と、奇妙な納得。余韻の中でびくびくと痙攣している遊馬を見ながら俺はちいさく呻く。 「遊馬……おまえは……きみは……」 嗄れた呻き声は一度果てた後でぐったりしている遊馬の耳には届いていないらしく、特に反応を示さずに「ん……」気怠そうにまばたきをする。 汗を吸ってじっとりと垂れ下がった髪の毛を撫でてやるとくすぐったそうに笑った。それがすごく、神聖なものに映って眩しくて仕方なくて目を細める。自然と笑みがこぼれて、俺はにこりと笑った。だけどこんなに気持ちの悪いきれいな作り笑顔は、人間のベクターとして生を受けてからの二十一年間の中で一度もした記憶がない。 「ゆうまくん。ぼくたち、また、出逢ったんですね……」 真月零の、喪われた亡霊の声が口をついて喉からせり上がっていった。「遊馬くん」繰り返すだにおかしな響きだ。こそばゆく、むずがゆく、吐き気がするほど甘ったるい。 「遊馬くん、ぼくたち、ふふ……一緒なんですよ。ずっと」 口づけを落とすと遊馬が緩く笑った。 その時俺達は世界中でたったふたりだった。ぬるま湯のような幸福を宿命づけられた呪われた世界で、作為的な運命の出逢いに感謝した。そうしていずれふたりでひとつになる時を想って焦がれた。それ以外のあらゆる全てがどうでもよかった。 精を吐き終えて柔らかくなった性器をゆるゆると腸内で動かすと気持ちよさそうに喘ぐ。それに合わせて収縮する内壁の動きにまた先端が熱を持ち始めて、完全に発情期の雄だなとぼんやり思った。発情相手は『今は』従兄弟の―六つ年下の憎たらしくて愛おしいたった一人の少年ただ一人に限るけれど。 ずるりと抜き出すと白くてどろどろして汚いものが遊馬の秘められた場所から垂れ落ちてくる。シーツに染みを作る乳白色と、僅かに混じる赤色。それがとめどなく遊馬の弾力のある尻のラインを伝い、なまぐさい臭いをあたりに撒き散らした。青臭い欲情の香り、遊馬がここ数年好んで嚥下していたそれに指をつけるとべちょべちょしてあまり良い気分ではない。躾けたのは俺だが、改めてその異常性をまざまざと思い知らされる。 「ゆうま」 交わりは俺達のどちらもが気絶するまでやまなかった。このまま溶けてしまいたかった。朝になったら何もかもを忘れてしまうのだろうという自覚がいやだった。俺がしつこく「九十九遊馬」を手に入れることを願っていたこと、争い、傷付け合い、敵同士で、その中で育まれていたごっこ遊びの蜜月、虚偽と欺瞞、偽らざる本音、その全てが霧散してまた元通りの仲の良い従兄弟同士に還元されてしまうのが口惜しかった。忘れたくないという切望にまた交わりが激しさを増す。喘ぎ声とくぐもった熱気、精液の匂い、それから俺と遊馬の体臭が部屋中に充満して俺達の肌に染み込んでいった。 形に残らないものがいつか消えてしまうのならば、とせめてもの慰みに遊馬の身体に疵痕を遺した。きつく吸い取ったことによる鬱血痕が健康的な肌のあちこちに散らされていく。それがあの、五文字の呪いの言葉の代わりになるのならば。 最早何度目なのかもわからない絶頂を二人して迎える。がくがくいう遊馬の腰を大分覚束ない手つきで抑えて、「あいしてる」、と儚い言葉を耳元で囁いた。 やがて朝が来てしまう前に。 /ストレイシープ |