・性行為の描写を含みます。高校生以下の方は閲覧をご遠慮ください。
・背景イラストはyuiさん【http://www.pixiv.net/member.php?id=577171】から

















『地はあなたのために、いばらとあざみとを生じ、あなたは野の草を食べるであろう。』
――創世記第三章十八節



 扉は随分と長いこと閉め切られていた。光は殆どなく、室内は薄暗い。まるで時が止まってしまったかのようだった。最後に「あれ」の顔を見て、その下卑た嗤い声を浴びたのがいつだったのかうまく思い出せない。考えるだにいやな気分になる記憶だったが、それでも、何もないよりははるかにましだと思った。
「ベクター」
 ためしに名前を口にしてみる。全身が拘束されている中で唯一自由に動かすことが出来る唇の先で紡いだ声はなんとも儚く、頼りない。ベクター。遊馬を攫い出してこの部屋に閉じ込めた張本人の名前だ。バリアン七皇の一人で、遊馬とは奇妙な縁があった。その名を宿縁と言うのだと、いつか誰かはそう言った。
 遊馬は酷くみじめな格好をさせられていた。バリアンの紋様が彫り込まれた玉座に荊で全身を括り付けられ、身体の自由を奪われている。衣服はいつもの少年らしい服装ではなく、どこか女性や中性めいた薄布をいつの間にか纏わされていたばかりか、荊が食い込み、ところどころ布が裂けて合間から肌の色が零れ見えていた。
 痛みは特にない。僅かではあるが棘が刺さって流れたらしい血が固まった痕があることを見るに、麻痺してしまっているのだと思う。痛みは人間が生きるために必要なシグナルだ。つまり遊馬の身体は、既に正常な働きを喪ってしまっているのだった。
 無理もない。攫われてから一度も遊馬はものを口にしていなかった。排泄も同様。生きているのが逆に不思議なくらいだ。
「まだひとりだ」
 さほど狭くない部屋の中に一人きりで、話す相手も暇を潰す手段もない。気が狂いそうな世界だったし、もう既に狂ってしまっているのかもしれない。朝と夜さえ繰り返さないその空間で脳裏を過ぎるのはどうしてだか仲間達の姿よりも略奪者の事柄であることの方が多かった。今となっては、ベクターの、あの男の姿形、声音、まなこ、その全てが最早懐かしくいっそ愛おしくもあった。
 ふと視線を落とすと、胸元に小さな赤い石があるのが見える。丸く磨き込まれて、部屋に残された僅かな光を吸い取っているかのようにそれだけが美しく輝いていた。「おまえの目の色だ」これを拘束した遊馬にかけながら確かベクターがそう言っていた。「そうして、俺が流した血の色で、俺の×××の色だ」。
 目を閉じた。目蓋を閉じるという行為は、眠りに就きほんの瞬きほどではあるが永遠にも思える時間を忘れられる儀式へ臨む姿勢のようでもあった。目を閉じれば遊馬は自分の無様な姿を目にしなくても良かった。布が裂けて剥き出しになった素肌も、乾いた血の赤茶色に凝った塊がその皮膚に張り付いているのも。身体に刻まれた疵痕も、そうして胸元に存在している赤い石も、目にしないで済んだ。
 その代わりに色々なことを思い出した。真月零という少年がむかし隣にいたことや、彼と一時の蜜月を過ごしていたこと、その本性を露わにされた時に考えたこと、触れた指先の温度、そういった事柄をとりとめなく遊馬は思考した。しかしいつも、その考えが最後に至る前に記憶が途切れ、気を失ってしまっているのだった。
 今度も多分に漏れず、そのようにして遊馬の意識は深いところへと落ち込んでいった。



◇◆◇◆◇



「よぉ……ようやくお目覚めか。俺に口づけられて起きるなんざ……お伽話か何かみたいだなぁ? あぁ?」
「……べく、たぁ?」
 再び開かれた目に、自分以外の生き物の姿が映っていたことが遊馬にとっての驚きだった。遅まきに、のんびりとその生きた何かがベクターであるという理解が降りてくる。それより更にワンテンポずれてどうやら今の今まで自分の身体はベクターとキスをしていたらしいということを理解した。
「へ? え、あ、うぁ、」
「思い出したように頬を染めるな、なんでそう妙に興が冷めるようなことするんだお前は」
「えぇ、いやだってさ、やっと誰か来たと思ったら、えっと……頭の整理つかなくて……」
「あー……なんで順応してんのかと思えば状況が呑み込めなくてぼんやりってわけか。んじゃ、よかれと思って教えてあげましょうかねぇ」
 厭らしい手つきで遊馬の臍から首元までを一撫ですると顎をくい、と指先で押し上げる。強制的に上を向く格好になったところにベクターの顔が迫り、やわらかいものが押し当てられるのを感じた。ヒューマノイド・モードの時にだけ現れるベクターの唇だということを、慣れ親しんだ舌を絡め取られる感覚で遊馬は知った。
 酸素が足りない。ひっきりなしに訪れる欲求は彼が真月零の名を使っていた頃にしょっちゅう感じていたものだった。真月はキスが好きだったのだ。今までに経験のないことに貪欲だったのだろう。
 最後に唇を強く吸い上げられ、解放される。息が上がって荒い呼吸を繰り返すが、唇を拭いたくても手も足も何もかも拘束されたままで何も出来やしない。
「遊馬くんはァ、俺が捕まえて閉じ込めましたあ。丁度俺がしばらくの間縛り付けられていたみてぇにな。神と同化するために仕方なかったとはいえ、退ッ屈でしょうがなかったぜ。……その間、俺が何を考えていたか。遊馬くんにはわかりますかねぇ?」
「知るかよッそんなん……!」
「簡単だ。お前のことだよ。お前のことばかり考えていた……どうやって屈辱を晴らしてやろうか、手に入れ、嬲り、貶め、辱めてやるか……そればかり考えていた」
 そうしてまたベクターは遊馬に口付けた。今度は触れるだけの簡単なものだったが、それが逆に遊馬の嫌な予感を煽り立てる。今になって足を大きく開く格好で拘束されていることに思い至り、遊馬は愕然とした。ベクターがこれから何をしようとしているのか、その口角から、仕草から、それはすぐに知れた。
「久しぶりに楽しくいこうじゃないか。お前も好きだろ? あの時は、あんなに喜んで腰振ってたじゃねえか。犬が尻尾振るみてぇにな」
「やっ、だめ、やだ、やめろ……」
「ヤだね。よからぬことをしてやるよォ、お前が望もうが望むまいが関係ない。ほら」
 ベクターが親指を弾くと、呼応するようにそれまでぴくりともしなかった荊が弾け飛んで消え去る。戒めが解かれ、弱った肉体がずるりと下方に滑り落ちるのを腕で支えられ、腰に手を回される。左手で軽々と身体を支えながら右手で布を捲り上げるとベクターはおかしくてたまらないというふうに笑い出した。
「くっ、ふふ、ふ、はは……! ったく現金なカラダしやがって。俺の言いつけは忘れちまっても身体に教えられたことは覚えてるってか? とんだ淫乱だな」
「ちがっ……あッ?!」
「傷口舐められた程度でびくびくしてるんじゃない。そんな様子では、これから先耐えきれないぞ? 『遊馬巡査』」
「ひ、ぁ、ゃ、ぺろぺろ、しないで、あぅ、」
「血の味がする。棘が食い込んで……傷が連なる様はスティグマータに似てる、なぁ? 呪いの疵痕だ。もう逃がすもんか」
 とみにきつく縛り上げられていた部位に、見えない欠損や傷が出来ていたことが荊がなくなった今露わになり晒されていた。腕に絡みついていた荊の形に鬱血している細いライン、太ももに刻まれたかさぶた。首筋に巻き付いた痕は首から上と下を縫合している糸に似ている。それらは、拘束が全て解かれたのにも関わらず未だに遊馬の肉体がベクターの支配下に置かれていることを如実に物語っていた。
 見えない枷が実体を持つ荊の代わりに遊馬の肉体に纏わり付いていた。胸元に残された赤い石がベクターの首に下がる石とかち合い、ぎらぎらと光る。
 体勢をぐるりと変えられ、両足を腕でがっしりと掴まれ尻を前方に押し出すあられもない格好を取らされる。「見物だな」と目を細めて呟き、ベクターの舌が遊馬の肢体を丁寧に這い上がっていく。
 やがて満足したのか舌を離すと、その代わり、そう間を置かず勃起した性器を押し当てられた。
(……あ、)
 「くる」と思ってからは一瞬だった。突き挿れられた肉棒は一切の慮りなく遊馬の未成熟な肉体を一直線に貫きあげる。セックスは、男同士で身体を重ねるという不純には真月零と一緒だった頃に何度か経験があったが、それとは比べものにならない圧迫感があった。体勢のせいなのか、彼の態度のせいなのか。それとももっと別の要因か。その全てでもあり、また、どれでもないのだろうという漠然とした予兆。
 受け入れた下半身にこれといった痛みはなかったが、血が滴る感触を覚える。やはり痛覚が麻痺している。しかしその分ダイレクトに貫かれていることによる快感は大きく、それから逃れたくて身をよじった。ベクターには真月零であった頃に遊馬の身体の全てを教えてしまっていたから、どこをどう刺激されると気持ちいいのか、どうされると素直に悦べるのか、そういう事柄は余すことなく把握されてしまっている。
 入り口ぎりぎりまで引き抜かれては、またずっぷりと根本までを埋め込まれる。肉が肉を包み込み、喰らいつき、舐って、卑猥な音を立てている。ぐちぐちと結合部分が擦れ合う音が次第に泡だった水音が弾けるようなものにスライドしていく。目を細めて鼻から息をすると抱き寄せられた。キスをしたがっている顔だ、と思った。
(ぎらぎらしてる……石みたいに……)
 まなざしが刺し射貫くかのようだった。情欲に濡れているのを隠そうともしないで遊馬の幼い肉体を蹂躙してくる。支配欲がだらだらと零れ落ちて、目に見えないしみをあちこちに残そうとしていた。それらが目に見える疵痕に重なっていっそう痛ましいものになる。そうするとそこらじゅうに残された荊の痕が独占欲の発露に思えてきて、実際、半分以上はそれで当たりなんじゃないかという気になってくるのだ。
 抉られる度に気が狂いそうになるような快楽を与えられ続けるというのは、半ば拷問に近かった。いっそ気が狂ってしまえたらどんなにか楽だったかわからない。最初の内は必死になって堪えていた喘ぎ声も次第に余裕がなくなっていき、今はもう遠慮のない嬌声となって口から垂れ流しになっていた。
「ゃ、う、あっ、ァ、あ――ッ、だめ、いっちゃう、でちゃう、も、むり……!」
「おいおいまだろくにそっちにゃ触ってねえだろ。ナカ擦られただけで絶頂たぁ、まるっきり雌そのものだな。良かったなぁ遊馬ァ、出し尽くしちまってもまぁだ空イキでいくらでも気持ちよくなれるぜ?」
「やだっ……やだよぉ、そんあの……おひりぃ、あ、あ、ばかになっちゃう……」
「手遅れだろ。とっくに俺のもんだ。俺の……」
 正常位で一際深く突き挿れられ、背中に手を回してキスをされた。貪るようなディープキスは、ベクターの性質と本音を水鏡のように映し出している。欲しがり、誰にも渡すまいとして腕の中に閉じ込め、飛び立つための翼をもぎ取って地の底深くに堕とそうとしているのだ。
 快楽の波に押し潰されて思考がばらばらになる。視界にベクターの顔ばかりが大映しになった。オレンジの髪の毛、汗を伝わせる頬、そして仄暗い赤色に染まる瞳が遊馬を見ている。それが今遊馬を縛り付ける全てだ。
「遊馬」
 舌なめずりをする音が聞こえた。ちろちろと覗く、真っ赤な舌。その時、遊馬はのしかかってくる重圧の正体のぼんやりとした全容を垣間見た。どうして荊で遊馬を玉座に括り付けたのか? どうして遊馬をこうして抱くのか? ――どうして、遊馬なのか?
 くらくらする。目に見える世界が潤んで、滲み、ベクターの姿が歪んだ。肉の襞で自らを征服せんとする男の性器を食みきゅうきゅうと締め付ける。身体が精液を欲しがっている。こどもが生まれるわけでもないのに、おかしな話だった。ただ、身体の中に吐精されている瞬間は、ベクターの中に嘘偽りがなくなることを遊馬は知っていた。
(だから……)
 結局いつもそうだ。ベクターも、真月零も、何一つ変わっちゃいない。遊馬は自らの腕をベクターの身体に伸ばし、絡ませ、搾り取ろうと後ろに力を入れて雄を抱擁する。何か液が零れる感触があるが相変わらず痛みはなく、それが腸液なのか、カウパーなのか、血液なのか、見えないからそんなこともわからなかった。
 必死だった。ふたりしてお互いに、必死だったのだとそう思う。
 間もなくして目を細めてベクターが低い声で呻き、それに併せて絶頂を迎えた。びゅくびゅくと注ぎ込まれる白濁した体液が腹を満たす、久方ぶりの感覚に酔ってしまいそうになる。この圧迫感と充足感が決して交わりをの事実を忘れさせてくれない。遊馬が自ら足を開いて真月を受け入れていた過去も、こうして犯され、懐かしい感覚にびくびく震えている今も等しく襲いかかってくる。
「ぁ……きもちぃ……」
「そうか」
「ん……」
 口を突いて出た言葉にベクターが上機嫌で頷いた。きっと今遊馬は焦点の定まらない瞳で、覚束ない手つきをしてベクターの身体に触れているのだろう。一息ついて、顔つきとは裏腹に思考だけは妙にすっきりしてくる。遊馬は「かわいそう」という言葉を喉の奥に押し戻した。どちらが「そう」なのか、もうわからないからだ。
 ドン・サウザントに捧げられていた心臓を起点に形のない荊が伸び、ベクターの全身に絡みついている。その名前を何と言うのか遊馬にはわかっている。「九十九遊馬」。それこそが、ベクターを縛り付ける呪いのいばらそのものに他ならないのだった。




/ヘロディアのいばら



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yuiさんと拘束されてる遊馬で盛り上がった末の謎テンション合作。
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