・ifですらないなんかよくわかんない皇国パロ
・性描写を含みます。高校生以下の方は閲覧をご遠慮ください。 ・女体化、妊娠含むベクセカ
・セカ→サーとセカ→エリ前提気味














「は、縁談……?」
「左様です。父王様よりセカンドにお伝えするようにと」
「……誰と?」
「然るべき七つの王国からそれぞれに第一王位継承者を宮殿に招いています。明日にも花婿選びが始まるでしょう。セカンドは我が国の皇女婚姻のしきたりを覚えていますね?」
「まあ、そりゃ。エリファスが特に念入りにみっちりしごいた部分だろ」
「結構」
 エリファスが慇懃に頷いた。セカンドを始め、皇族の教育係に着いている者達は決して少なくないが、このような口のきき方が出来るのはエリファスだけだ。この男はセカンドの祖父の弟から枝分かれした叔父筋の男だった。氏族の長として国内では皇室に継ぐ権力を持つ家柄の出自で、相手が皇族でさえなければ他人に仕えることなど有りはしなかっただろう。
 「皇女婚姻のしきたり」。「いつかセカンドが受ける通過儀礼です」と言ってエリファスはその儀礼について丁寧にセカンドに言い聞かせた。セカンドはその話を聞くのが嫌いだった。セカンドが恋していたのは兄でありこの国の王位第一継承権を持つサードで、それ以外ならサードに性格の似ているエリファスかなぐらいに思っていて(実際には、サードの方がエリファスに似てしまったというのが正しいのだがさておき)ともかく名前も顔もそれまで知りもしなかった男と婚姻を結ばされるなんてまっぴらご免なのだ。
「『神祖の血統その末裔の皇女であるからして』――」
「我が身は絶対の権威を持つ。知ってる。もういい」
 セカンドが生まれた≪アストラル皇族≫は世界有数の、いや、殆ど世界最高の権力を持つとも言われる皇国の宗主一族で、記録が残るより遙か古来よりこの世界を実質的に支配してきた。ゆえにアストラル皇族の婚姻はそれそのものが世界中の国々の力関係を揺るがしかねない一大イベントであり、政治的局面でも否応なく重大な意味を持つ。
 第一皇子のサードが后として他国の姫君を迎える時もそれはもうえらい騒ぎになった。サードのことを敬愛しているセカンドからすればその騒ぎの全てが目障りでしかなく、鬱陶しいことこの上なく酷く荒んだものだ。今度はサードが荒めばいいのに。セカンドは内心でそれを願ったが、父王の命は絶対だし、サードは国益を優先させるだろう。そういう人だ。わかっている。
 皇女の他国への嫁入りは、下手をすると皇室が后を娶るよりも重大な意味を持つ。アストラル皇族は男系の家系で、まず滅多に女が生まれない。そして第一王位継承権を持つ皇子への后候補は、必ず過去に皇女が嫁いだ事のある血統から選ばれる。血をより濃く保つための掟なのだそうだ。サードの后となった女も、七代前にアストラル皇族より皇女が嫁いだ家系の長女だった。
 そんなわけで、皇女を手に入れるというのは即ち次世代以降で皇室に姫を嫁がせる権利を得るのと同意義であり――従って各国は皇女を喉から手が出るほど欲しがるのだ。また皇室もそれをしっかり理解しているから、利害関係を念入りに調べた上でどこそこならばという候補を並べて提示してくる。実際に嫁ぐ皇女本人に拒否権はない。せめてもの情けということで候補の中から選ぶことは許されているが、婚姻を破棄することも挙げられた候補以外との婚姻もままならない。
「そろそろ潮時か……」
 元々セカンドの恋は報われぬものだった。兄サードはセカンドを妹としては愛してくれたが、きちんと倫理をわかっている人だ。それ以上は望むべくもなかった。エリファスにしたって同じ。そもそも彼は淫蕩を禁ずる神官職に就いて生涯をこの国の信仰する女神に捧げた身だし、セカンドが婚姻を結べる可能性のある血統の出身ではない。しかも年の差は三十を超えている。エリファスの方がセカンドのことを手のかかる娘のように思っていることにセカンド自身薄々感づいていた。
 だからと言ってすぐに思考を切り替えてカタログからケーキを選ぶように花婿の選別をする気分にはとてもなれそうになかったが、仕方ない。それもまた皇女の務めであり、皇女に生まれてしまった以上避けられないところではある。
「花婿候補ですが、こちらに経歴一覧を用意しましたので、昼食までにお目通しください。いいですかセカンド、必ず、この中から選ばねばならないのです。選ぶといっても、王子達の滞在期間は長めに設けてありますから、実際に会って話をしてよく考えればいい。戦好きで自らが武功を多く持つ者から知略派で物腰の柔らかい者まで……まあこう言うと聞こえは悪いですが、出来るだけ種類は多く取りそろえたつもりです」
「……候補国の選出、エリファスがやったんだっけ?」
「ええ。そのように仰せつかりましたので」
「わかったよ。教育係筆頭の期待には応えないとな」
「それがよろしいかと」
 では、失礼します。そう一礼してエリファスがセカンドの自室から出て行く。セカンドは深く嘆息してあまり気乗りしないふうにエリファスが置いていった資料を手に取った。せめて、この中に昔会ったことのある王子がいればまだ救われるんだけど。


 セカンドがまだ五つかそこらの時、周囲を武力で併合した新興国の王とその第一王子が皇国に貢ぎ物を持って訪れたことがあった。小さな国だったが、王に忠誠を誓う優秀な将軍達を多く抱え、兵の士気も高く、この先の発展が見込めるよい国だとサードが褒めていたような気がする。国名は覚えていない。サードの顔ばかり見ていたから。
 その王子もセカンドと同じぐらいの年頃で、中庭で座り込んで鳥を集めていた時に、一度だけ会話をした。向こうの王子は幼さゆえにセカンドがどれだけ高貴な女なのか(一国の王子とはいえ、そう容易に会話を持てる相手ではない)あまり理解していなかったらしく、セカンドに花輪をかけてすぐに父王に連れて行かれてしまったのでそれほどの話はしていない。しかし同じ年頃の子供と話をする機会というのが本当に珍しかったので、セカンドの方では未だにその王子のことをなんとなく忘れられずにいた。
『あの、お姫様、女官のひとたちがこのお花は摘んでいいって言ってたから、花冠作ったんです。よかれと思って……赤と白のお花。お姫様、とてもよく似合うから』
『あ! この花、好きなやつ。ありがとう』
『えへへ……喜んでもらえてよかった。あの、お姫様の名前、よかったら……』
『名前? セカンドだけど』
『セカンド姫様っていうんですね! 素敵な名前!』
 そんな話をした直後に彼は『皇女様になんて無礼な真似を!』と彼の父に散々に叱られ、へこへこと無理矢理頭を下げさせられ、すぐさまどこかへ連れ去られてしまいそのまま二度と会うことはなかった。だから名前は知らない。ただ、紫の丸く、愛らしい瞳とセカンドと同じ色をした頭髪の子供っぽい横顔だけを覚えている。
 

「……いるわけないか」
 資料を見終わってセカンドはベッドに戻り、大の字に横たわった。エリファスの言っていた通り候補者は多種多様に取りそろえられており、弓矢の腕に覚えがある者、龍を駆り友とするもの、その身一つで戦場に赴き並み居る敵を全て血祭りにあげたようなもはや野蛮なのか武勇なのかわからないような者まで選り取り見取りだ。セカンドの幼い頃の記憶にある優しそうな少年も、サードのような物静かで強かそうな男もいない。元々期待などしていなかったがそれ以下だ。
 セカンドと同じ色の髪を持つ候補がいなかったわけではない。だが、記憶にある幼い王子と比べて似ても似つかない程目つきが悪かったし、随分と残忍で狡猾そうな顔をしている。たぶん違う男だろう。王子はもっと優しい顔をしていた。声も。
「でも顔はこいつが一番いいかな……あの王子にちょっと似てるし……まぁ、話をするぐらいなら……」
 天蓋を仰ぐ。そんなことを考えれば考えるほど気分が重たくなっていって、すぐに考える気力がなくなった。どうせこの候補達も本人の預かり知らぬところで結ばれた取り決めに辟易してるか、皇女を手に入れることに付随してくる権益とかに目がくらんだか、よしんばセカンド本人に興味を抱いていたとしても容姿に対する上っ面の感情だ。セカンドの人となりは他国に伝わるような情報じゃない。
「憂鬱だ」
 もっと甲斐性があって、どうしてもセカンドを手に入れてやると目先の欲に左右されないで心から望んでいる男ならまだ、考えてやらないこともないんだけど。



◇◆◇◆◇



 最悪だ。
「何なんだあの女は」
 滞在中の寝所としてあてがわれた紫の離宮を酷く不機嫌そうな顔で闊歩しながらベクターは憚ることなくそう漏らした。あの女が――皇国の第一皇女がどれだけお偉い地位にいようと関係ない。むかつく。腹が立つのに貴賤はない。
「あそこが戦場だったら首をはねてやったものを……」
 習慣的に腰に手を伸ばしてしまうが、そこには戦場で愛用している短剣はない。人の血を吸い込んだ剣は装飾用の頼りない貧弱な剣に差し替えられ、少し心許ないのも苛立ちの原因の一つだった。
 アストラル皇室の皇女が十六になり、花婿選びが始まった。七人の花婿候補にお前が選ばれた、これは大変な名誉だ――喜んで行きなさい――というのがベクターに押し付けられた今回の「仕事」で、戦争を拡大して国益の向上を計る上では確かに皇室との結び付きを得ておくのは有用だ。他の候補国と比べて歴史の浅いベクターの国はうまくいけば、ぐらいの見通しだったし、連戦明けで流石に戦争に飽きてきた頃だったため、ベクターは物見遊山気分でそれを引き受けたのだった。
 しかし実際に会ってみれば何だあの高飛車な女は。世界の頂点として育てられたのだろうことは理解している。しかしそれにしたって限度はあるのではないか。
「飯が美味いのが唯一の救いか。ったく……特に俺のことを値踏みするように見やがって。お行儀良しの他の奴らと違って野蛮で悪かったな」
 見目麗しく着飾った他国の王子達の姿を思い出してげんなりする。正に国の威信をかけて送り出されたのであろう彼らの姿に笑いを覚えてしまう。あの女のどこがそんなに奴らにとって魅力的なのだろう? 金か、権力か、或いは所有欲を満たし得る容姿か……それを思うと少しだけ皇女のことが哀れに思えて、また笑った。
「どれを選んでも不幸だって顔しやがって。まったくもって我が儘なことだな」
 溜息は堪えなかった。
 飽きてきたから、物見遊山で、というのが全ての理由というわけではなく、もう一つだけベクターが皇国へ出向くことを決めた理由がある。アストラル皇族第一皇女の今の姿を一度ぐらい拝んでおいてもいいかもしれないという単純な興味があったからだ。
 皇族の顔は婚姻を結んでそれを公にする結婚式の日までは世に出ない。それを早く見られるのなら、まあいいかなという打算があった。
「ま……昔のことなんざ覚えちゃいねえだろうな……」
 何故彼女の今がほんの少しでも気になったのか。単純なことだ。
 ベクターは彼女が幼かった頃に一度会っている。
 幼心に鮮烈な思い出を残した出会いだった。まだ猜疑心を持たず、純粋無垢で、世界中の全てを掛け値なしに美しいと信じることが出来たぐらいにベクターが幼かった頃の話だ。成り上がりの新興国ではあったが、皇国に謁見出来る程度には国力が増大したために父王に連れられて皇国には一度訪れていた。その時迷い込んだ中庭で見た少女が――ありふれた例えだが、天使のように見えて。
 こんなに綺麗なものがあるのかと思った。だから、こうして荒みきった今見ても同じように美しく映るのだろうかと、興味があった。結果は散々なものだったが。
 美しいことは、それは確かに美しかった。それこそ世界に何人といない部類の美人だろう。傾国の美女とはこの女のことを言うのだと指されても何ら違和感はない。だが、性格はよく言えば高潔なのだろうがベクターからしてみればただの高慢にしか見えず好感度はそれでだだ下がりだった。
 他の候補達の、だらしなく鼻の下を伸ばした馬鹿丸出しのアホ面ときたら見るに堪えないものだった。あいつらには上っ面しか見えちゃいないのだろう。高飛車な態度すら「高貴でいい」とか言い出す始末だ。理解出来ない。ああいうのは屈服させるから楽しいんだろうが。
「抱き潰したらどんな顔するんだろうな」
 代々あんな高慢な女ばかり排出してきたのならば、それはそれは嫁ぎ先の各国では皇国が絶大な影響力を持ったことだろう。半ば皇国の言いなり同然になったのかもしれない国の数をざっと数えて顔を顰める。ベクターは更々あんな女の言いなりになってやる気はないが、このまま皇女がベクター以外の候補を選べばまた言いなりになる国が増える。ねずみ算か何かだろうか。
 毒女め。
 しかしだからこそ、泣かせてみたい、という欲求が、犯して孕ませたら、という願望が、鎌首をもたげ始めているのも事実だった。見目麗しい人形ならば要らない。眺めて置くだけの絵画も要らない。差し出がましい飾り物は要らない、だが、あの強気な女がベクターに屈服し、妃として夫を立てるようなしおらしさを見せるようになる姿は一興に値する。
 蝶よ花よと育てられてきた箱入り娘が、性行を目の当たりにした時どんなふうに表情を歪めるのかも。
「…………。夜這いしよう」
 決断は一瞬だった。少し考え始めるともうその結論にしか至らなくなる。敵を斬っていないから興奮し足りないんだろう。多分そうだ。
 離宮に通されるまでに確認した衛兵の数と配置を復唱し、部屋に先に通されていた荷から念のために密かに持ち込んでいた護身用の短剣を装飾用と取り替える。それからいくつかの暗器を忍ばせ、ベクターは夜闇に紛れて窓から飛び出した。警備が厳しすぎて痕跡を消すのが不可能なようだったら、それはそれでまた帰ってくればいい。


 茶を持って訪れたエリファスが、紫の離宮に通された王子が抜け出してここへ向かっているそうですが、と平坦に告げたのを聞いてセカンドはへえ、とちょっとだけ楽しい気分になってカップをテーブルに戻した。離宮からこの本宮殿へは30分程の距離がある。その距離をかいくぐって忍び込もうという根性が彼にあったのがまず驚きだ。
「どうしますか。しきたりですから、この件のセカンドの決定に関して私は口出し出来ません。相談に乗ることも」
「いいよ。そのまま通してやって。あいつ、もっと腰抜けだと思ってた」
「……ではあの王子でお決めになると?」
「通してやっぱり嫌なら自衛するよ」
「……承知しました。しかし十分にお気をつけになることです。彼は今回呼び立てた七人の中で最も残忍で、好戦的な経歴を持っている。細腕一つでどうにかならないことがあったとしても、それはセカンドの決定がもたらした結果となります」
「大丈夫だって」
 ひらひらと手を振って答えると、エリファスはあからさまに心配そうな顔をして、しかしティーセットを持って退室した。紫の離宮をあてがわれた王子というと、あのセカンドと同じ色を持つ目つきの悪いやつか。昼間の顔見せで唯一嫌そうな顔を隠しもしなかったのがその王子だ。名は確かベクター。
 セカンドの美貌に心奪われてといった風体の王子達が見とれてぼけっとしている中で明確な悪意を明け透けに向けてくるベクターは他の候補に比べてちょっとばかり好感度が高かった。見た目だけでなく本質を見ようとする心構えが感じられたからだ。たぶんあの男は、「なんて高慢な女なんだ」とか内心で考えて辟易していたのに違いない。
 セカンドに付随する権益でも、外見でもなく、性格にしかも真っ向からけちをつけてきたのは記憶にある限りでは兄のサードと教育係のエリファスだけだ。立場的に、ベクターはセカンドに睨まれようものなら国そのものが滅びかねないというのに、そこを取り繕うともしない。
 もしかしたら結構面白い奴なのかもしれない。
 どうせセカンドはあの中から一人選んで婚姻しなければならないのだ。ならば、少しでも面白い奴のところに嫁いで行きたいというのが本音だった。自分の言いなりになるような男なんて冗談じゃない。
「声は結構、好みだったかなぁ……」
 あの少年が声変わりしたら、もしかしたらああいう声になったのかもしれないと思えるような少し高めのトーンの猫っかぶりの声音をしていた。悪くない。
 戦装束を纏った肖像画で見ていたよりも肉付きが良くて逞しかった。セカンドの中の基準の一つに「せめてサードと同等かそれ以上には戦える王」というのがあり、まあそれは満たしているかなと思える。
「……噂をすればか」
 そんなことをぼんやりと考えているうちに、背後に忍び寄る気配を感じて振り返った。そこには、昼間会った時よりも幾らも獰猛な顔をした雄が一匹立っていた。


◇◆◇◆◇



「待ってた。遅かったじゃん」
「……少しぐらい驚いたりしねえのか」
「しないよ。お前がここに来るの、わかってたしさ。あのさ、いくらなんでも警備が手薄すぎるとは思わなかったのか?」

「まあ……ザルすぎて俺の方が心配になる程度には」
「衛兵に通すように俺が言っておいた。そういう決まりなんだ。最初の一人は通してもいいって」
 それ以降は、父親が確証持てなくなるから絶対駄目なんだけど。そう言ってセカンドは悪戯がばれて悪びれもしない子供のように笑った。ベクターはそれに面食らってしまい、思わず舌打ちをする。
「つまり誘導されてたってことか?」
「まあ平たく言えば。それで用件はなんだ? まさか寝首を掻きに来たわけでもないだろ」
「あのなあ……」
 ベッドサイドに腰掛けて妖艶に笑う女を強引に押し倒し、上から覆い被さるようにしてベクターは苛立たしげに声を出した。懐から短剣を取り出し、ベッドに散ったセカンドの髪の上から柔らかい生地に突き刺す。セカンドはそれに顔色一つ変えない。それに尚のこと苛立ってベクターは声を高く取り繕うのを止めて地の低い声で唸るように問う。
「自信満々にそうお聞きなさるが皇女殿。それでもし俺がはいそうですあなたを暗殺しに来ましたって答えたらどうするつもりなんだテメエ」
「それはないな。仮にそうだったとしても、報復としてお前を散々見せしめ晒し者にして殺害してお前の国とその周辺諸国、ついでに友好関係にある国を全て潰す。それだけだよ。兄上はそれが出来る」
「死ぬのは怖くねえと?」
「兄上と結婚出来ないってわかった時からいつ死んでもいいかなとは思ってた」
「はっ! とんだブラコンだな!!」
「あと、お前のその声、好きかも」
 罵られたことを気にも留めずにベクターの声を褒めたりなんかし出す。ベクターは調子が狂ってしまい、短剣を引き抜くと鞘に収めて後ろに放った。もとより、皇女本人に使うつもりで持ってきたものではない。
 改めて組み敷いた女の姿をまじまじと見つめる。薄い白布のネグリジェを着て、細い四肢はその殆どが素肌を晒して外気に触れていた。それから近くに寄ってみて初めてわかったことだが、清潔な石鹸の、風呂上がりの匂いがする。妙な香を焚きしめているよりはベクター好みの匂いだ。
「……誘ってんのか皇女様よぉ……」
「え、お前そのつもりじゃないんならなんで俺のとこにわざわざこんな時間に来たんだよ」
「高慢ちきな女を俺の下で屈服させてヒイヒイ言わせたいからに決まってるだろうが。……そうじゃねえ。お前はこんな、早い者勝ちみたいな、それでいいのか。話を聞いた限りじゃこのまま俺に身体許したら孕まされてそのまま結婚コースみたいなんだが?」
「いいよ。そもそも嫌だったらここまで来させないもん。衛兵にしょっぴかせてる」
「まさか俺より前に夜這いしようとした奴でもいるのか」
「三代前の婆様の時に五人ぐらいしょっぴかせたらしいよ。俺んとこに来たのはお前が初めて。他の王子は皆腰抜けだな」
 意地悪くセカンドがそう口にした。ベクターはフン、と鼻息で返事をするとセカンドのネグリジェに手をかけ、最後にもう一度だけ確認をするように「今ならまだ引き返せるぞ」と小声で耳に吹きかけるように尋ねる。存外紳士的なところもあるんだなと小声で微笑んで、セカンドは頷いた。処女を失うことへの恐怖は不思議となかった。心配そうに聞いてくるベクターの顔が、心なしか、昔花冠をくれた王子に似て優しそうだったからかもしれない。
「俺、はじめてだから、優しくしてくれよな」
 目を細めて言った。
 ベクターは反射的に「ひどくしよう」と思った。


「やっ……っ、痛い、いたっ、痛い痛いほんとに痛いんだけど!!」
「痛い以外に言うことねえのか! あともう少しでいいから力抜け頼む俺も痛い!!」
 本当に処女だったうえにあまり熱心には性教育を施されていなかったらしく(当たり前か)、セカンドの反応はとてもじゃないがいじらしいと言えるものではなかった。指を三本入れたところで、食いちぎられるんじゃないかと不安になるぐらい強く締め付けられて困惑する。種をつけるためにはベクターの男性器を入れなければならないのだが、果たしてこんな様子で入るのだろうか。
「お前はさあ……皇女なんだろ。それもアストラル皇族の箱入り娘様だ。どう足掻いたって子供を産まずには死なせて貰えねえってのに、こんなんで相手が俺じゃなかったらどうするつもりだったんだ」
「こんなんって」
「俺の方も無知だったらお前これ詰んでたぞ」
 いやいやと首を振って二人で添い寝して終わりとかだったに違いない。こいつは皇族の血を途絶えさせる気か。
 酷くしてやろうと思ったはいいものの、思ったきりで、セカンドがあまりにも生娘過ぎてベクターは最早それどころではなかった。兄の子供を産みたいと思い詰めたのもプラトニックが変なところまで極まってしまったに過ぎず、「子をなす」ということがどういうことなのか、この女はまるでわかっちゃいなかったのだ。
 セカンドの意思による抵抗こそなかったものの、何も知らない初心な膣は本能的に雄を拒み、そのしおらしく茂っている蕾を暴かれることを拒んだ。ベクターも一国の王子として夜伽の練習はさせられていたが、こんな面倒な女は初めてだ。
 だが今まで抱かされたどの女よりもかわいいのも確かだった。
「ほら……もう少し力抜いて……安心しろ今入ってんのは俺の指だけだ。これから針を入れられるなんてこともねえ。もうちっと素直になれば気持ちよくしてやれっからよ……」
「ほん、と、かよ……だってすっごい、ヘン、なんだぜ。なんかぬるぬるして……? 妙に熱いし……? 恥ずかしいし……」
「そういうもんだから」
 熱っぽい瞳を潤ませて必死そうに聞いてくる。だいじょうぶ、だいじょうぶだから。だいじょうぶ。そう何度も幼子に刷り込むように言い聞かせているとセカンドはこくこくと頷いてゆっくりとだが身体全体の緊張を解いていった。
 自慰行為なんかしたこともありませんという顔でつんと澄ましている秘所に賢明に指を埋めて、そこを蕩かすことに没頭しているとそのうちに無心になってきて自分が何をしに来たのかわからなくなってしまいそうになる。セカンドが口を抑えて小さく喘ぎ出した頃にようやく「そういえばこいつを孕ませにきたのだった」というふうに我に返って、ずるりと指先を引き抜いた。
 セカンドが急に異物が消え失せたことに戸惑って「へぁ?」と間抜けな声を上げる。無言のまま寝転がっているセカンドの両足を掴み、まだ躊躇いがちにやや閉じていたのを強引に両開きに開脚させ、その中央に顔を突っ込む。
「は?! お、おま、どこっ……舐め……?!」
 流石に想定外だったのか、素っ頓狂な声を上げてセカンドが身をよじった。
 よもやプライドの高そうなベクターが指で散々弄んでようやく弛緩してきたそこに自ら進んで舌を突っ込み、舐め回そうとは思いもよらなかったのだろう。そもそもベクターのプライドどうこうは関係なくそんな発想はなかったのだろうとも思う。クリトリスを舌先で嬲り出すととうとう声を抑えきれなくなったのか、やっとのことでそれらしい声を出すようになった。
「あっ……ひ、ぁ、ぅあ……やだぁ……んっ……。そこぉ、へんなかんじ、ぴりぴりって、ふあぁ」
 やがて唾液と分泌液とが混ざって、舌を抜き挿しする度にちゅぷ、ちゃぷ、と音がするようになってくる。その音が耳に入ったことを恥じ入ってか、セカンドは一層高い声で呻いた。時間をかけたことが幸いしたのか、「私は穢れを知りません」という顔でそっぽを向いていた膣口もどろどろとどちらのものかわからないぐらいに混ざり合った体液に塗れ、ぱくぱくと浅い呼吸を繰り返している。そろそろいけるか。ベクターは自分の下半身にちらと視線をやってそう考えた。この痴態を見せられて興奮を覚えないほどベクターは枯れていない。
 舌をちゅるんと抜こうとすると、去り際、きゅうと小さく収縮してセカンドの身体が別れを惜しむように動いた。
「……どんな塩梅だ?」
「じんじんする……おなか……熱くて頭がぼーっとする」
「気持ち良かったか?」
「うん」
「そうか。それはよかった」
 上気した頬でぼんやりと夢見心地な声を出すセカンドの返事を確かめて、ベクターは膣口に既に猛って女の身体を今か今かと待ち侘びていた自身を押しつけた。
 突然の硬いものの感触にセカンドが戸惑いを露わにする。しかし何か反論をされる前に、それは勢いよくセカンドの胎内に侵入した。
「え? あ、うそ、いや、あ、ぁ、あ――」
「ったく……あんだけ慣らしてやってこのきつさとか冗談じゃねえぞ……ッ」
「や、やだ、やだやだやだ!! ヘンなの、あつ、おっき、痛いってぇ……!!」
「俺は気持ちいいぜ。お前自身が痛がっても、必死に膣はおねだりしてきてるみてぇだな」
「はぇ……?」
「馴染んできてるってことだよ。……そら」
 男を受け入れたことがないのだと声高に主張する処女膜を突き破って、一番奥まで到達するとそれでセカンドは初めての絶頂を迎えた。声にならない声を上げてよがり、体中をしならせ、ぶるぶると震える。「一人で先走ってんじゃねえよ」と乳首をつまんで耳元に囁いてやると涙混じりに「らってぇ……」と零す。呂律が回っていないその様が、ベクターに翻弄されているという事実を如実に示していた。
 子宮口にもう一度口づけてから抽挿を繰り返した。連続的なピストン運動にセカンドの性感が高まって、女の本能が勝り、そのうち雄に媚びを売るように内壁が雄に纏わり付くようになる。当初ベクターが想定していたよりも遙かにセカンドは従順に身体を開いたが、生理的な涙を目尻に浮かべて男に喰らいついている姿を見ているとそういう些細な問題はどうでもよくなってきて、この女を孕ませさえすれば、というふうに流され始めていた。
「はん……皇女様もベッドの上じゃ偉そうにはしてらんねえみてえだなぁ」
「……その『こーじょさま』っていうの、やだ」
「ハァ?」
「おれの名前……知って、ン、だろぉ」
「ああ……」
 知っている。それはもう嫌になるぐらいに。
 そもそも皇女の名前なんて世界中どの国の王族だって教えられて育つし、ベクター自身に至っては、十年前に直接本人から聞いている。「アストラル=ゼアル=セカンド」。
 昔花冠をかけてやった女の子の名前。ずっと覚えている。
「おれたちけっこんするんだから」
「……その気があるんだな」
「誰の子供がわかんなくなったら、困るだろ。もうおれはおまえ以外の男とは、ぁん、一緒にはならない」
「案外可愛げがあるんじゃねえか」
「ね、だから、名前……」
「ああ」
 セカンド、と耳元で柔らかい声で囁いてやると彼女は酷く悦んで、その美しい肢体をくねらせてべくた、ぁ、と蠱惑的な声を返してくる。顔をぐいと近づけ、ベクターの瞳を映し込む蜂蜜色の目をじっと見た。いつか見たのと同じ色をしている。そのまま、もう一度「セカンド」と呼ぶと目を細めて内壁の律動で答えた。いじらしい。
 キスをしたくなる顔をしている、と思う。
「ずーっと覚えてましたよ。僕がお花をかけてあげたセカンド姫様」
 口づけるのと、二人で達するのとはほぼ同時だった。


◇◆◇◆◇



 皇女御懐妊、との話が正式に発表されたのは花婿候補達が集められてから半年と少しが経過した時分のことだった。ここ二ヶ月ほど面会が許されず、かといって国に帰る許可も下りず、やきもきしていた候補達がそこで覚えたのは紛れもない絶望だったと捉えて差し支えないだろう。
 久方ぶりに七人全員の前に現れた皇女ははっきりと一目でわかる程に膨らんだ腹を抱え、一番初めの招集で見せたようなぴったりしたタイトなスカートではなくゆとりのあるマタニティドレスを着ている。身籠もっているのは明らかだった。
「皇女が御懐妊されましたので、花婿選びの儀礼を本日付で終了したいと思います。半年の長きに渡ってのご滞在に深く御礼を……」
 セカンドの隣に立ってエリファスが表情を変えないまま淡々と読み上げるように通達する。
「今後とも、各国のますますの発展とご健勝をお祈りしております。――国王陛下よりです。帰りの足をご用意しましたので、荷がまとまった方から召使いにお申し付けください」
「待て、エリファス侍従長殿。皇女が……その、御懐妊なさったのは理解した。だが、父親は? 誰がセカンド皇女の花婿に決まったのだ?」
「ああ。せめてその説明が欲しい。出来れば、決定の理由も含めて」
「承知しました。皇女より説明させましょう」
 エリファスが恭しくそう言ってセカンドを全面に立たせる。抗議と不審の視線が矢面に立った皇女に集中して、居心地が悪い。その候補達の落胆の視線の中に一つだけ、明らかにこの状況を面白がっているものが混ざっていてそれでセカンドは癪なことに少し救われた気持ちになった。
「ベクター、お前そんなとこでニヤついてないで俺のこと助けてくれよ」
 その声に他の六人がまさかという顔をしてぎょっとしたふうに一斉に視線をベクターの方に向ける。当のベクターは平然とその憎悪にも近い敵愾心をいなし、セカンドの方へ歩み出た。飄々としている。
「俺の子供だ。皇女は正妃として我が国が娶る。既にこの取り決めは我が国と皇国の両宗主間で合意が交わされている。異論は?」
「ある。何故そのような『抜け駆け』を、貴殿が? よもや……『無理矢理疵物にして既成事実で皇国を脅した』のではあるまいか」
 候補の一人からネチネチとした嫌味ったらしい、「貴様のような新興弱小国の倅ごときが姑息な手を」というニュアンスの問いが投げかけられる。そうだと答えたら強姦に屈した皇国に提言し、そうではないと言っても難癖をつけてベクターの嘘だと吹聴する気だろう。だからベクターは何も答えず、後ろのセカンドが自分から口を開くのを待った。
 その意図を汲んでか、セカンドが制止をするように割って入ってきてベクターの言わんとすることを引き続く。
「ベクターがお前らみたいなみみっちい世間体ばっかり気にするつまらない男じゃなかったからだよ」
「なっ……?! 皇女……まさか我々を侮辱なさるおつもりか」
「どうせ嫁いで産むんならやっぱり、強い男じゃないと。俺から誘われるのを待って夢見てるような腰抜けじゃ話にならない。サード兄上には遠く及ばない」
「そういうこと。皇女はたいそう素直に俺との婚姻を決めてくれたよ」
 わざとらしく皇女の腰を抱くと、王子達ばかりでなくエリファスも僅かに眉をしかめた。あからさまな見せつけに親心でも疼いたのだろうか。
 セカンドがベクターの手を取って、もう片方の手で腹を撫でながら「それに」と続けて口にする。
「それに、ベクターは昔俺が初めてサード兄上とエリファスの他に気になった男の子だったから。十年前から知ってたし、国益より見た目より俺の性格を気に入ってくれたの、嬉しかったんだ。ごめんな。また次の皇女が生まれた時にご縁があったら」
 セカンドがそう言って目配せをするので、ベクターははいはいと頷いて彼女を抱き上げてやった。俗に言うお姫様抱っこというやつだ。選ばれなかった王子達は唖然として、(ある者はプライドを傷つけられたことに震え、またある者は怒りで、更にある者は国へ帰って無能と罵られることへ怯え……そんな塩梅だった)しかしもう何を言う気にもならず、その珍妙な夫婦の婚姻を無言で認めることとなった。


 後日ベクターの正妃として彼の国へ迎えられた先で生まれた玉のような王子は、父親によく似た顔立ちに、母親の血統から受けついた紅玉の瞳を持ち、両国の親睦を深めることに大層貢献したのだがサードだけは実に複雑な顔でその甥御を抱き上げたのだという。
 
/花散夜ニ雪月花