さよならのことばできみをおくる




 友達が死んだ。

 それも一人や二人じゃない。俺の大好きな仲間達。鉄男、アンナ、ロビン、ゴーシュ、ドロワ、六十郎じいちゃん、闇川さん、V、W、X、ドルベ、妹シャーク、アリト、ギラグ、カイト、ベクター、ミザエル。
 それから最後に、シャークが。
「なんで……」
 どうして死んでしまったんだろう。どうして死ななきゃならなかったんだろう。シャークがいなくなった世界を見つめながら俺は叫んだ。体がすごくだるくて、俺の両肩には、まるで自分の命を犠牲にして俺のために道を開いてくれた皆の手が全て載せられているかのようだった。
 鉄男達は、俺を行かせるために自分からバリアン七皇達の前に立ちはだかった。きっとみんな最初から自分が「足止めにしかならない」ってわかってて、それはつまり「自分が死ぬ」ってことを覚悟していて、それで、でも、俺にならその命を預けられるって言ってくれたってことなんだ。
 Wがシャークを止められなくて、その「弔い」「敵討ち」という形でミザエルの前に出て行ったVとXも同じ。ミザエルに負けることを、今の彼ら、覚悟したバリアン七皇という存在を阻む力が自分達にはないことを兄弟の死を受け止めた二人は理解していた。三兄弟は、一度自分達も尋常じゃない覚悟をしていたから、わかってしまったんだ。七皇達の思いの強さが。
 それを止めることが出来る人間がすごく限られてるってことを、知っていた。
 Vは、俺に言った。「さようなら」って。予定調和の、絵本の終わりの挨拶みたいに、当たり前のように言ったんだ。
 アリトがギラグを、友達として出来る精一杯のこととして止めた時。「お前と会えて熱かったぜ」って言ったあいつの顔は、どこか寂しいようで、きっとあいつは俺と一緒に戦えなかったことを詫びながら、それでもその希望を俺に預ける、そういう気持ちを込めてそう言っていた。俺も、言ってやりたかった。アリトと出会えて熱かったって。だけどそんな余裕もなく、アリトはギラグの腕の中で魂みたいになってそうしてベクターに吸収された。
 ギラグだってそうだ。あいつはアリトの意思を引き継いで、俺を庇った。アリトならきっとそうしただろうって。そうして俺に言った。「あとは頼んだぜ、遊馬」。
 カイトが月でミザエルとデュエルをしていた時。カイトが、ボロボロの体を引き摺って俺達に、俺とアストラルに遺した言葉。「覚えておけ。誰にでも必ず別れは来る。いつか突然に。だから……俺で慣れておけ」。
 デュエルに勝ったカイトはすごく安らかな顔で、ミザエルに看取られながら倒れた。俺とお前の決着はまだついてないって俺は大声で叫んだけど、カイトはただ静かに、「それはまたにおあずけだ」、と言うばかりだった。そしてハルトに父を頼むと言い残して。
 ミザエルにナンバーズ100を、ヌメロン・コード、全ての希望を呼び起こすための鍵を渡して息を引き取った。自分の役目は終わった、だから、と言う代わりに。
 そのミザエルも、俺を信じて俺にヌメロン・ドラゴンを託してドン・サウザンドの前に敗れた。ミザエルの最後の言葉もまた、「あとは頼んだぞ」、だった。
 ベクターでさえ。あいつ、あんなこと、滅多に言う奴じゃないのに。「さよならだ、遊馬くん」っていうあの短い別れの言葉の中にはベクターの思いがぎゅうぎゅうに詰まっていて、「さよなら」っていう言葉が鉛のように重たくのしかかる。俺は真月から何度も「さよなら」という言葉を聞いていたけれど、その言葉の中にはいつも「また明日」「またあとで」「また今度」という意味が含まれていて、だからまさか、そんな、あんなふうな形で「最後のきもち」が全部押し込まれた「さよなら」を聞くことになるなんて全然思っちゃいなかったんだ。
 ひとつ。ふたつ。みっつ。よっつ。いつつ。むっつ。ななつ。やっつ。ここのつ。とお。じゅういち。じゅうに。じゅうさん。じゅうよん。じゅうご、じゅうろく、じゅうなな。あまたのてのひら、あまたの指先、あまたの意思、あまたの言葉。それらが全て俺の中で反響して、ぐるぐる回って、
 ……だけど、皆、俺の信じるものを信じろって、そういうふうに俺の背中を押す。
「遊馬……人は大抵、成長する中で大事なものを捨てちまう。だがお前は絶対捨てるなよ。人を信じる力……諦めない心……絶対に捨てんじゃねえぞ」
 最後のシャークの言葉。じゅうやっつめの指先。俺の仲間達。俺の信じてきたもの。でもさシャーク。俺、お前が犠牲になって手に入る未来は、ほんとはあんまり欲しくなかったんだよ。お前がひとりで、先走って、俺が選べなかったものを勝手に選んで、それでなんでそんな顔して俺の背中を押したりなんかしてるんだ。
 なんで。そんな綺麗な顔で、俺の前で、死んじまったんだ。
 シャークだけじゃない。本当はみんなそうなんだ。誰か一人でも犠牲になる世界は嫌だった。
 だからそんな未来はおかしいって、ヌメロン・コードで全部元通りにならないかって、それで足掻いて、だけどヌメロン・コードを手に入れるためにはシャークを殺さなきゃいけないっていう矛盾が生まれてしまって、でもそれってシャークがヌメロン・コードを手に入れようとしたから起こった矛盾だろ? あの時シャークは本気で俺達を殺してバリアン世界だけを救う気だったからそうした。わかってる。そんなことはわかってるよ。
「俺の生涯の友よ」
 空から光が差し込む。その光が、シャークが死んだっていうこと、それが覆しようもなく、紛れもなく事実なんだってことを明確に表していた。ヌメロン・コードは解放され、俺達の前に示される。
 俺達にはこれを使う権利がある。この世を創造した万能の奇跡ヌメロン・コード。だけどヌメロン・コードに願うということがそんな単純なことじゃないってのは、背負ったあまたの指先の重みを唾と一緒に呑み込む頃にはもうすっかり理解していた。
 奇跡を願うということは、つまり願う奇跡を一つ決めるということで。
 俺はその重大な選択を、彼らが連綿と引き継いで俺に渡した希望と意思の分まで選択して定めなきゃいけないのだ。
「なあ、アストラル……」
 アストラルに意見を聞いておこうと思ってアストラルの方を振り返った。一緒に戦い続けてくれた俺の頼もしい相棒は、相変わらず腕組みをした姿勢のままで、ふと見透かすように俺の肩の向こう側に視線を遣って、『ヌメロン・コードのことか』と静かに答える。
『君はヌメロン・コードに何を願うか、まだ、迷っているのだな』
「……ああ。俺の願いはただ一つ、全てが……皆が、笑って暮らせる世界に帰ることだ。だけど皆って? 俺にはまだ、はっきりとすぐに選ぶことは出来ない……」
『そうか』
 アストラルの声音はどこかよそよそしく、冷たくすらあった。そこで違和感を覚える。アストラルがこういう声を出す状況に覚えがあったような気がしたからだ。確かそうだ。あの時もアストラルは、こんなふうな声で、こんなふうな顔で、俺を見ていた。
『ならば君には私の答えを伝えねばならない。――遊馬。私は、ヌメロン・コードの力でバリアン世界を滅ぼす』
 俺を庇って俺の世界から消えた時も。



◇◆◇◆◇



 何かを選ぶというのは酷く難しいことだ。特に彼にとっては。彼はとても優しい。彼には何かを見捨てることが出来ないし、全てを救おうとする。
 だからこそ私は彼に惹かれ、彼のそのうつくしい精神を貴び、好んだが、ことがここまで来てしまった今はそんなことを暢気に言っていることももう出来ないのだろう。私には、自分が今何をするべきかが、はっきりと分かるようだった。私が今彼のためにしてやれること。残された選択肢の内で最良だと信じたものを、最後の答えとして彼に突き付ける。
『私はバリアン世界を滅ぼす』
 ――遊馬の背に群がる亡霊達よ。
 彼に己の志を託し、散っていった者達。
 ならば私は、私自らの手で遊馬に引導を引かせるだろう。遊馬は答えを一つ決めなければならない。しかしその中にはまだ迷いがあり、どうしていいのかわからず、がむしゃらに走り続けてきた反動のようにここに来て立ち尽くしてしまった。
『それが私の答えだ、遊馬』
 驚愕からか、それとも疲労からか。或いはもっと別の何かからか。蒼白な面持ちで私を見つめている遊馬に、宣告を突き付けた。
 その時が来たのだ、遊馬。
 私は彼に最後のさよならを言う時の訪れを、ただ無慈悲に刻々と迫り来るその終焉を胸に感じて左腕のデュエルディスクに触れた。

 それはとても残酷なことなのかもしれなかったけれど。