※2014.05.05千年☆バトルin名古屋3で無料配布したペーパーより再録
※五主人公兄弟パロ
※シリアスっぽい?
※遊星と遊矢の対話




スターゲイザーの指先から





「ただいま、遊星兄さん」
「ゆーせー! たっだいまー!」
 玄関の戸が勢いよく開いて、元気そうな声が家中に響いている。この家の三男坊である遊星は四男の強烈なタックルを難なく受け止め、こら落ち着きなさいと言う代わりに頭を撫でてやると五男に手を振る。
「お帰り。今日は随分と遅かったな」
「遊馬が呼び出しされててさ。ちょっと付き添い」
「そうか。夕飯の支度が出来てる。手を洗って早くリビングに行くといい。遊馬も」
「わかってるって。めっちゃ腹減ってるんだから」
「十代さんが今夜は鍋だと言っていたぞ」
「え。もう冬、終わってるけど」
「さあ。俺にはあの人の考えてることは今ひとつわからない……」
 この家の家族構成は少々不思議な形になっている。まず、両親は基本家にいない。いないけれど、兄弟仲はいいし特に不都合もなくやっている。そして時折ふらりと両親が帰ってくると、兄弟が増える。今までなんとなくそんな感じでやってきたから、きっとこれからもそうだ。
 長男の遊戯がプロ・デュエリストとして抜きんでた名声と実力を持ち公式の場に招かれる立場であるのに加え、二男の十代は非公式デュエル大会で荒稼ぎをしてくるのが趣味だ。そういう意味で、さりとて兄弟は不自由をしていないし不便も感じていなかった。
 さて、そんな中で最近新しく家族に迎えられたのが、五男の遊矢である。基本的に手が掛からなくて良い子だけれど、色々と心配になる、というのが十代の言だった。彼の言うことは遊星にも何となく分かる。遊馬が逆の意味でタフネスすぎたからか、遊矢を見ていると……何かこみあげてくるものがあるというか。
「遊矢さあ、いい加減俺のことも兄貴って呼んでくれよ」
 洗面台に手を洗いに行く道すがら、遊馬がぼそりと言った。それは遊矢がここに来てから何度目かの要求だ。遊馬と遊矢は同い年で、クラスこそ違うものの同じ学校の同じ学年に通っている。形式上では双子の体を取っており、それでも一応遊馬が双子の兄の方だ、というふうに彼自身は自負しているようなのだが。
「嫌だ。遊馬は、なんとなく呼び捨てがいい」
 このように遊矢の返事はにべもないもので、その度遊馬は少し機嫌を悪くする。遊星は溜め息を吐いた。仲良くするべき家族がこんなことで、一体どうするのだろう。


「おっ帰り遊馬〜遊矢も! 今日は歓迎の鍋だ。季節なんか関係ないね。祭事には鍋。それが我が家の決まり事なんだよ」
「はは……十代くんが一人で言ってることだから、あんまり気にしなくていいからね。二人ともお帰り。ご飯にしようか」
 食卓にどかんと乗って存在を主張しているのは巨大な土鍋だ。中には種々の海産物がどか盛りになっているのが常で今回もご多分に漏れず鍋から溢れんばかりの蟹やら海老やらが姿を覗かせていたが、少しばかりいつもとは趣向が異なるようだった。異変に気が付いて首を傾げる遊馬に十代が「気付いちゃった? 気付いちゃった??」と楽しそうな悪戯っ子の声で尋ねてくる。「これがどうかしたの?」と遊矢が聞くと、十代は楽しそうに手を打って「よくぞ聞いてくれました!」と満面の笑みを浮かべた。
「じゃーん! 海鮮トマト鍋! 今年は鍋が真っ赤に染まるぜ……!」
「十代さん、はしゃぎすぎです。物珍しいのはわかりますが」
「いいじゃんか。遊星も喜べよ。鍋の中で血みどろフィーバー……おっとそれはなんか違うか。とにかく今日は遊矢がそろそろ馴染んできたかな記念ってことで、トマト鍋です。異論は認めません」
「十代兄さんってもしかしなくても相当強引だよね……?」
「それが十代兄ちゃんの面白いところだろ」
 末の双子が席に着くと待ち侘びたように十代が箸を持ち音頭をとって、夕食が始まった。テレビ中継の映る画面の中で遊戯の友人である男が高笑いをしながら遊矢の知り合いの男と謎の談話を行っている。「遊矢、学校はどうだ」、遊星は彼の小皿に蟹の脚を取り分けながらそんなテンプレートな質問を口にした。それがここ数日、彼が気になっていることをオブラートに包んだ表現であった。
「少しずつ慣れてきた。遊馬とはクラスが違うからそんなに一緒じゃないけどね」
「それは、別にいい。友達もいるようだ。特に心配はしていない」
「……遊星兄さん、回りくどく言わないで直球で来てよ。……遊馬のことでしょ」
「……ああ」
「だろうと思った。遊星兄さんは遊馬に特に甘いから」
「そんなことはないぞ。俺は二人を平等に扱っているつもりだ」
「そう? で……何?」
「遊矢は遊馬をまだ認め切れていないのかと思って」
 遊星が言うと、ほんの少し二人の間の空気が固まって滞った。
 「うん」、と小さく遊矢が口ごもる。視線を下げ、泳がせるように、遊星から目を逸らして遊矢はぽつぽつと独白する。
「俺もさ、兄さん達がすごい人だっていうのは、なんとなくわかるんだ」
 遊矢が言う。その「兄さん達」の中には、遊馬は含まれていない。
「だけど遊馬はさ……俺とあんま変わんなくて。楽天家で、脳天気で、なんか……俺より子供みたい。嫌いなわけじゃないんだ。だけど兄って感じじゃなくて。どっちかというと弟って感じで」
「自分が兄貴ぶりたい?」
「や、ちが……いや、そうなのかも……?」
 首を捻りながら遊馬の方をちらりと窺った。十代に口に突っ込まれた海老を嚥下しようともしゃもしゃしていて、まるで小動物のようだ。少なくとも遊矢には兄の威厳だとか、思慮深そうな面持ちとか、そういったものはまったく感じられない。
 十代が悪ふざけをしているのを遊戯が少し困ったふうに笑いながらたしなめて遊馬の頭を撫でた。遊馬は、ごく当たり前にその手を受ける。「遊星兄さん」遊星の名を口にした遊矢の声は、何となく面白くなさそうだった。
「遊馬って得だよね。可愛がられる弟、の体を完璧に持ってる。俺は中途半端だ。だから尚更遊馬を兄と認めたくないのかもしれない」
「何を言う。俺にとっては遊馬も遊矢も変わらないさ。二人とも手の掛かる俺の弟だ」
「遊星兄さんも、そういうの、サラッと言えるところ滅茶苦茶かっこいいし悔しいよ……」
「俺は、大した人間じゃないさ」
 弱くて情けない面を幾らも晒してきた、と付け足して遊星がまっすぐに遊矢を見据える。深い海の青は、灼熱の果実のような遊矢の赤とは対照的で、ずっと見ていると吸い込まれてしまいそうだ。
「遊馬も、色々と経験して乗り越えて来た。俺や十代さん、遊戯さんと同じように。これからいつかきっと遊矢が辿る道筋を……あの子はあれでいて、中々にシビアな過去を持っているし、だからこそいっそおぞましいほどにきれいな理想論を語ることもあるだろう。だがそれでも夢を語るからこそ、遊馬は遊馬なんだ。――遊矢」
「……兄さん?」
「仲間を信じられなくなったら終わりだ。もし裏切られることがあっても……それでもお前が信じたいと願う相手なのならば、恨むな。俺も昔、そういうことが何度かあった。しかし皆それぞれに理由があり、俺は、彼らを恨まなかった。……恨めなかったんだ。俺は彼らを仲間として信じていたから」
 まるでここではない遠い世界を想うかのように遊星が目を細める。遊矢は瞬間言葉を詰まらせてしまって、ワンテンポ開けてそれから「……遊馬も?」そう訊ねてしまった。聞いてはいけないことのような気がしたけれど、だけどもう遅い。
「ああ」
 遊星の返事はただ短い肯定の言葉だけだった。
「遊馬が、そういう、ことを?」
「あの子は。決して諦めなかった。決して誰かを恨まなかった。それでも誰かを信じた。それは酷く脆く危うい考え方かもしれないが、信じたいという気持ちの強さは同時に美徳でもある」
 遊矢の耳の奥で遊馬の笑い声がこだました。脳天気で悩みなんかなさそうだと思っていた遊馬が? 不可思議な感じがしたけれど、遊星は絶対に嘘を吐くタイプじゃない。それに、「これからきっと遊矢が辿る道筋」とは一体どういう意味なんだろう? 見当が付かなかったけれど、しかしぞくりと背筋を這い上っていく感触は確かにあった。……この人は。この人達は……この家族は、一体……。
 不意に遊星の手のひらが遊矢の頭を撫でる。いつも遊馬が誰かにそうされているように、くしゃくしゃっと、撫で回す。兄の手は遊矢のかなり華奢な手のひらより格段に大きくて、骨張って、逞しい。優しかった。その中には慈愛と思いやりがある。
「ん? なになに、遊星が遊矢の頭撫でてんの珍しー。俺も撫でていい?」
 十代から解放されたらしい遊馬もやってきて、遊星の手のあとから勝手に遊矢の頭を撫で出した。いつもならここで「また兄貴ぶって」というようなことを思うのだが、何故だろう、今はその遊矢自身といくらも変わらない子供の手のひらから、とんでもないぐらいの慈悲と無償の愛を感じたような気がして、遊矢は気恥ずかしくて頬を赤らめた。

/スターゲイザーの指先から

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