恋せよ少年、
スイートミルクアップルパイにとろけるハニーを添えて




 「沢渡さんが恋をした」。それが今、俺達「沢渡シンゴ守護親衛隊」の仲間内でまことしやかに囁かれている噂だ。ちなみに沢渡シンゴ守護親衛隊という名前は今俺が適当に考えた。
 中学に入って様々な経緯があって拾われて以来俺達は沢渡さんの親衛隊をやっている。いわゆる取り巻きってやつだ。たまに、何で好き好んであんなワガママな人の言うこと聞いてんのかなって思う時も確かにある。でも俺達はああいう人だから沢渡さんを一人にしたくない、俺達がついててやるんだって思うんだ。
 話がそれた。沢渡さんが恋をした、って話だ。
 沢渡さんの恋のお相手は榊遊矢。沢渡さんや俺達と同い年の中二で、まあ、男だ。だけど沢渡さんが恋したんだから男だとか女だとかはあまり関係ない。あいつ、顔つきわりと女の子みたいだし。
 きっかけは榊遊矢にデュエルで負けてからだった。それを境に沢渡さんは変わった。今までは何となく偉ぶってるだけだったけど、榊遊矢をぎゃふんと言わせてやるんだって明確な目標が出来て自分からマメにデュエル練習に励むことになった。何という進歩、何という成長。俺達は密かに榊遊矢に感謝した――沢渡さんって努力嫌いだったからさ。
 常日頃から頑張れば出来る子だと信じていた沢渡さんがやる気を出した。それは素直に喜ばしいことだ。
 が、変わったのは何もやる気が出たってことばっかりでもない。沢渡さんは最近やけにオーバーリアクションになって、それがなんか榊遊矢の言うところの「エンターテイメントデュエル」っぽいっていうか、まあなんか、言動が榊遊矢っぽくなった。めちゃくちゃ似てきた。
 沢渡さんは「榊遊矢」って名前が俺達の口から出るとぷりぷりして怒るんだけど、でもそれは事実だし、どうやら榊遊矢のあのデュエルのやり方をカッコイイって思ってるらしい。普通に憧れてる。流石俺達の沢渡さん。あんなにボコボコにされたのにそれに憧れてるなんてやっぱり沢渡さんは器がでかい。
「こいつを見てくれ……」
 差し出された雑誌の特集ページを三人でまじまじと見つめる。恋愛特集記事だ。見出しにでかでかと「最近あの人に仕草が似てきたかな?と思ったら要チェック!」なるタイトルが踊っている。
「これはやっぱ……」
「ああ、そうなんじゃないかと思う」
「沢渡さん、榊遊矢に……」
「ああ。恋だ。恋愛だよ。とうとう沢渡さんにも恋の季節がやってきたんだ……!!」
 うおおおおおお!! という歓声。俺達は沢渡さんが恋に目覚めたことを我がことのように手放しに喜んでいた。俺達は沢渡シンゴ守護親衛隊だ。気持ちは常に沢渡さんの保護者である。
「何だかんだ言って榊遊矢はかわいい。美少女クラスだ。ちなみに俺は個人的には柊柚子より榊遊矢の方が美少女だと思う」
「わかる」
「だがそれだけに沢渡さんを待ち受けるハードルも高く険しく、多いことだろう」
「わかる……」
「沢渡さんは壁にぶつかり、その時初めて恋心を自覚していたく傷付くかもしれない」
「つらい」
「沢渡さん……」
「だが! そんな時のためにこそ、俺達は存在する!」
「沢渡さんのために!」
「俺達が恋を成就させる!!」
 がしりと三人で握り締めた拳を突き合わせた。今この瞬間から俺達の恋のキューピッド作戦は開始され、敢行され、必ずや沢渡さんに勝利をもたらして見せるのだ。
「まずはどうするか……わかってるな?」
「もちろんだ」
「デートをセッティングする」
 俺達はやる気満々で作戦会議を続け、次々にアイディアを出し合って計画を進めていった。本当、なんでこんなに、他人の恋に協力的なんだろうって周りから見たらそう思われるだろう。それは多分仕方ない。
 だけど沢渡さんには俺達がそうしてやらないとっていう魅力があって、なんかほっとけないというか、何かしてやらないとだめっていうか、庇護欲と保護欲をかきたてるというか……それにちょっと口下手だけど沢渡さんはマジですごいしいい人だ。
 いい人が損をするのは、もったいない。俺達には恩義もあるし、だから沢渡さんが食べたいって言えばスイートミルクアップルパイとろけるハニー添えも買ってくる。沢渡さん、最終的に全員分の代金出してくれるし。お金はあるからそういうところはケチらないんだ。上に立つ人間として立派な振る舞いだと思う。
 それに。
 なんたって、沢渡さんの恋が成就したら、今度は俺達が自由に恋をする季節なんだ。
 これが張り切らずにいられるかというと、当然そんなはずはない。



◇◆◇◆◇



 ある日の放課後、下駄箱を覗くと手紙が入っていた。榊遊矢はその覚えのない手紙を取り出して不思議そうに首を傾げる。差出人は当然なく、中には手紙と映画のチケットが同封されているのみ。手紙には丸っこい手書きの文字で「どうしてもこの映画を榊くんと一緒に見に行きたいんです。土曜日の放課後、モールの映画館前でお待ちしています」とだけ書かれている。
「あ、これ俺見たかったやつ……」
 なんだろうこれ、ラブレターってやつなんだろうか。自慢じゃないが、遊矢はそういうものを今まで受け取ったことが実はない。ただそれに浮き足立つというわけでもなく、遊矢としては単に「タダでこの映画を見られるのならまあ行ってもいいかな」というぐらいの気持ちだった。同封されていた映画は戦隊ヒーローものの、毎年恒例のスペシャル劇場版だ。今年は謎のサイバー仮面が出て来て大波乱?! みたいな内容だとCMでやっていた気がする。
 そして土曜日の午後は丁度遊矢は何の予定も入っておらず、塾に顔を出すか帰って予習復習を気が向いたらやってもいいかな、とぼんやり考えていた時間だった。遊矢は知らないが、沢渡の取り巻き達が入念に調べ上げた結果選ばれた日時なのである。
 まあ別段このぐらい、柚子達に断るほどのことでもないだろう。そう考えて遊矢は土曜日に指定された場所へ行くことを割と簡単に決めた。
 遊矢としては誰が来てもあまり関係ないし、映画だけ見て、まあお茶ぐらいは付き合うかもしれないけれど、告白されたら断ろうぐらいの考えでいた。
 遊矢はドライなのだ。


「は?」
「えっ?」
 そうして迎えた土曜午後当日、映画館の入り口正面で二人の少年が素っ頓狂な声を上げた。二人とも同じ学校の指定の制服を一人は着て、もう一人は雑に羽織って、同じ映画のチケットを手に握り締めている。
 遊矢はもう一度時計を確認して、それが手紙に書かれた時刻であることを三度確かめてから見覚えのある少年に怪訝な顔で声を掛けた。
「なあ。あの手紙送ってきたのって、沢渡?」
「いやいや、俺だって差出人不明の手紙を貰ってここに来たんだぜ。遊矢くんこそ、俺に手紙を出したんじゃないのか」
「まっさかあ。俺は単に映画が見られるんなら行ってもいいかなって来たんだもん」
「正直に言うと俺もそうなんだよね。この映画、見るかどうか迷ってたやつだったから……」
「えっ、沢渡、戦隊シリーズ好きなの?!」
 シンゴがどうしたものかという口ぶりでぼやいたのに遊矢が思い切りよく食いく。その勢いにやや気圧されて、シンゴが後ずさった。遊矢の目はキラキラと輝いており、シンゴにものすごい肉薄してきていて……距離が、息が近い。
「え、ああ、ま、まあ。聞いてくるってことは遊矢くんもこういうの好きなんだ? へ、へえ〜……」
「大好き! 俺は特に先々代のライダーがめっちゃ好きでさ! 今作のジェムナイトをモチーフにしたのもいいセンいってると思うんだけど。やっぱ鉄板はHEROだよな〜!!」
「HERO推しとはわかってるじゃないか。俺もHERO戦隊がイチオシでね。なんだい遊矢くん気が合うじゃないか!」
「俺も正直沢渡がそういうのわかる奴だとは思わなかったな。俺、あんまそういう友達いなくて。柚子は当然興味ないし、権現坂も相撲ばっか見てて話合わなくて……おっといけない、早くしないと映画が始まっちゃう。沢渡、中入ろうぜ!」
 興奮した面持ちのまま遊矢はシンゴの腕を掴んで映画館の中に駆け込んでいく。二人が持っている引き替え済みの鑑賞券は当たり前のように連番で、取り巻き達が苦労して取った中央ど真ん中の一番に見やすい位置だ。
 実のところシンゴが戦隊シリーズのコアなギーグで、それを度々口にしていることを取り巻き達はよく覚えていた。調べてみると、それが丁度良い塩梅に遊矢も戦隊シリーズファンの話相手に飢えている様子であるらしい。ならば、戦隊シリーズの映画で誘い出せば、とりあえず二人とも帰ったりすることはなく映画館の中には入るだろう――そういう算段があってのこのチョイスだったのだ。
 ひとまずは目論見が成功したことを確認し、双眼鏡で二人のその遣り取りを少し離れた所で見守っていた取り巻きの一人は人差し指を一本立てた後オーケーのハンドサインを後ろに控えている二人に送った。「第一段階完了」のサイン。それから、控えた二人はオーケー、ゴー、のハンドサインを連続して送る。「第二段階に進行する」のサインだ。
 それぞれ用意していた映画のチケットで入場し、三人は決して先行している遊矢とシンゴに見つからないようにするりと後を着けて移動していく。途中、二人の足取りが止まったのでビクッ! と急停止して周囲の人間を不審がらせるが気にしない。
「遊矢くんは何か買わないの?」
 シンゴが遊矢にそう尋ねる声を取り巻きは聞き逃さなかった。
 取り巻き達の調査では、遊矢は小遣いがあまり多くはなく倹約を余儀なくされている状態だ。しかしシンゴは違う。何せ全員分のケーキ代をポンと払ってくれるボンボン中学生。ここで懐のでかさをアピールし、遊矢の好感度を稼ぐことが出来る。
 これは人に奢ることに躊躇がないシンゴの性格を利用して取り巻き達が「いける!」と判断した第一の攻略ポイントなのだ。
「うーん、まあ、俺あんま小遣いとかないし……」
「ああ……そうか。君んち、そういうのは厳しいんだな。俺が買ってやろうか?」
 その一言に取り巻きの一人が小さくガッツポーズを決めた。
(流石……流石俺達の沢渡さん!)
(沢渡さんならそう言ってくれると思ってました!!)
(榊遊矢もこれで沢渡さんへの好感度はうなぎ昇りです! 絶対に「こいつわりといいやつだな」とか考えているはずです!!)
 シンゴはパンフレットなどの物販の横に置いてあるメニュー表をを手にとって遊矢に更に問いかけている。あの、映画館の中で食べるポップコーンやらがずらりと並んだものだ。ちなみにシンゴのこの映画館でのお気に入りはハニーチュロスのクリームがけである。
「え、いや、なんか沢渡にそういうの買ってもらうのも……」
「別に、俺は不自由してないし。今年のパンフレットはかなり出来がいいって評判だ。売り切れてから悔しい思いするんじゃ、同じファンとしてやりきれないよ。あとお菓子食べるんならついでにいいぜ。俺はポップコーンなしで映画館には入らない主義でさ」
「う、うん?」
「すみません、パンフレット二冊とポップコーンバスケットのハーフアンドハーフ、それからコーラ二つとチュロス一つ」
「えっいや俺まだなんも言って……」
「まあ気にするなよ。この前疑って悪かったって思ってたんだ」
「あ、そのこと……別にいいのに」
 やたらとでかいポップコーンバスケットを抱え、パンフレットとコーラを一人前遊矢の方に手渡しながらシンゴが少しばつが悪そうな顔で言うと遊矢も神妙な顔つきになって、それならまあ、という顔になってそれを素直に受け取った。シンゴが散々痛めつけられた遊矢に似たデュエリストは結局榊遊矢ではなかったので、そのことでつっかかりすぎたことをシンゴなりに反省していたのだ。
 遊矢もここで人の好意を無碍に出来るほど無神経ではない。「ポップコーンか、せめてチュロス持つよ」と自分から申し出て、そして彼は、
「……ありがとう。沢渡って結構、いいやつだな」
 そう言った。
(――沢渡さん! やりましたね沢渡さん!!)
(榊遊矢に断るスキを与えずスムーズに受け取らせる話の運び方! そして思いがけず太っ腹で出来る男アピール!! それを全て無意識でやってのける沢渡さん最高です!!)
(流石は俺達の沢渡さんだぜ!!)
 取り巻き達はついに涙を流して攻略ポイントの踏破を祝福する。もちろん二人に見つからないように死角に入りながら追尾することは忘れない。しかし、三人組が放つ異様なオーラのせいで周囲には既に人が寄りつかなくなっており、かなり奇怪な状態だった。
 取り巻きの一人が二本指を立てた後にオーケーサインを出した。「第二段階完了」のサイン。これより作戦は上映ホールに移るため、しばらくは静観、という意味である。劇場では静かに観劇するべし。取り巻き達はそれを絶対に遵守する。何故ならそれが沢渡シンゴの矜持であるからだ。
 それに遊矢とシンゴに見つからないぐらい離れた席を取った結果、上映中はどうしても二人を見守ることが難しいのである。それぞれシンゴの影響でそれなりに戦隊シリーズのファンになっていた三人は、映画は映画として個人で楽しむ、そういうスケジュールで予め話を決めていたのであった。



◇◆◇◆◇



「映画! めっちゃよかったな!!」
「ああ! ファンだからこそ手放しで賞賛するわけにはいかないが、今年の出来はかなり良かった。いや〜誰だか知らないけどこの映画を遊矢くんと見るチャンスが出来たのは感謝してもいいな」
「俺も沢渡がかなり喋れる奴だってわかったのはよかったな、ほんと今までそういう話誰ともしたことなかったから……」
「それはさぞかし……おっと。続きはどこかに腰を落ち着けての方がいいんじゃないかな?」
 約二時間後。映画館から出て来た二人はすっかり意気投合して興奮冷めやらぬ状態になっていた。映画を見終えて追尾を再会させた取り巻き達は自分も色々映画の感想について討論したい気持ちを抑えて密かにハイタッチを交わし合う。そもそも共通の話題さえあれば人はすぐに仲良く話が出来るものだ。特に榊遊矢はこの手の話相手には長年飢えを感じていた。それが急に、同年代の、しかも同じ学校の同性の相手で現れたのだ。これで食いつかないはずがない。
 今回、取り巻き達は作戦の重点をもっぱら遊矢の心情をシンゴ寄りに誘導する方向に置いていた。当然シンゴの方は遊矢に好意と興味を持っているという前提から始まっているのでそれは当たり前の舵取りだったのだが、それがかなり良い形になって結果を返してきている。シンゴは気配りが上手なわけではないが、そもそも太っ腹で自尊心が強いタイプなので、「なんかこいつケチだな」とかそういう感想を持たれる行動は取らないのだ。
 そうすると、シンゴの行動自体は予測がしやすいのである。
(そしてすかさず良い感じの喫茶店に誘導……さすがは沢渡さんだ。お目が高い)
(というか沢渡さんここのパイが好きだからこの喫茶店しか行かないだけなんだけどな)
(しかし、その行きつけで慣れている感が更に榊遊矢のハートを鷲づかみにすること間違いなし。なんてすごい人なんだ沢渡さん……)
 取り巻き達の計画は既に第三段階に進んでいる。映画館で、多分密着したり色々なドキドキハプニングがあったはずだ。そうすると、もしかしたら……シンゴも遊矢に恋をしていることをこれまでに自覚している可能性がある。それが取り巻き達が立てていたシナリオだった。
 そのまま喫茶店で良い感じの空気と良い感じの音楽に包まれ、良い感じのケーキを食べながら告白。これはシンゴが取れる行動の中では最強の告白プランに違いない。そういう確信と自信が何故か取り巻き達の中には存在していた。
「腰落ち着けるったって、どこ入るか考えないとな」
「喫茶店とかいいんじゃないか。ファーストフードは猥雑で、俺の趣味じゃあなくて」
「え。俺、喫茶店なんて入ったことないよ」
「大丈夫大丈夫、俺のお気に入りのところがこの近くにあるんだ。遊矢くんケーキとか嫌い?」
「んー、わりと好き」
 そんな遣り取りをして喫茶店の中に二人が消えていったのを確認して三分後に取り巻き達も同じ店へと入っていく。カップルや女性二人連れが多い店内に男子中学生三人で入るのは懐的にも見た目的にもかなりきついものがあるが、それもシンゴを見守るためなら必要な痛手だ。
 首尾良く二人の会話を聞き取れるような場所に案内され、聞き耳をそばだてる。注文はよくわからないのでシンゴが好きなケーキにしておく。スイートミルクアップルパイ、とろけるハニー添え。
 遊矢はシンゴに一つ一つメニューの解説を受けながら、ああでもないこうでもないとうんうん唸っていた。この店のケーキは全て食べ尽くしているシンゴが嬉しそうに解説をしてくれるので、それなりに甘い物好きな遊矢も真剣にケーキを選んでいる様子だ。その様は仲の良い中学生男子の友達というよりはやはり、どちらかというとカップル寄りで、取り巻きの一人は内心で大きくガッツポーズをした。
 その後結局シンゴに勧められるままに遊矢はオーダーを決めたらしい。シンゴがウェイターを呼んで二人分の注文をしているのを、遊矢はへえ、と感心するように見ていた。取り巻き三人はまた小さくハイタッチ。ここが攻略ポイントのその二であることは最早言うまでもない。
 普通は中学生男子に喫茶店で手慣れたオーダーをするようなスキルなどない。しかし、シンゴにはある。その強みを最大限まで生かして榊遊矢にそれをアピール。ここも成功した。これはもう、好感度はMAX近くまで稼げたと考えても良いのではないだろうか。
 取り巻き達はこの時既に、このプラン――ミッションの確実な成功を確信していた。後はシンゴが告白するだけだ。それだけで、彼らの悲願は晴れて成就するのである。
 固唾を呑む音が誰からともなく発せられた。
「やっとこれで落ち着いて話が出来るな。いや、遊矢くんとは是非映画の感想だけと言わず既存のシリーズについても意見を……」
「あ、うん。それはいいんだけど」
「……?」
「ごめん。沢渡のこと結構誤解してたかも。まさかこんなに話せる奴だとはまったく」
「あ……うん」
 シンゴがまんじりともしないふうにそれに応える。そして何か思うところがあったらしく、改めるようにわざとらしい咳払いを一つした。
 遊矢がおや? というふうに小首を傾げる。
「じゃあ……俺も遊矢くんに一つ言いたいことがあるんだけど」
「何?」
 その一言で取り巻き達の間に電流が走った。
 来るのか。ついに、来てしまうのか。沢渡シンゴ一世一大の、告白の瞬間が……!
 息を殺してシンゴの次の言葉を待つ。成功したら、シンゴに何をしてあげたらいいんだろう。そんなことすら早計に彼らの脳内を過ぎっていく。
 しかし。
「よければ……その、俺の、友達……になってくれないか? 同じファン同士として、これからも話とかしたいしさ。一応、学年も一緒だし……これまでのことを水に流してくれればだけど……」
 シンゴが口にした言葉は確かに「告白」ではあったが、取り巻き達の想定とは大きくずれたものだった。
 シンゴはもじもじしながら遊矢の顔色を窺っている。一応酷いことをしたという自覚は持ち合わせているらしく、顔色が赤くなったり青くなったり上下している感じがある。対する遊矢はというと、単にぽかんとしてシンゴの顔を見つめるのみだった。まだ思考が追い付いていないのだろうか。
 そして、数秒経ってぷっと吹き出すと「なんだよそんなこと?」とシンゴに向けて笑いかけた。
「いいよ。ファン仲間って初めてでさ、一緒に映画見てたら意外とシンゴと気が合いそうな感じ、してたんだ。見ながら反応してたタイミングちょっと似てて」
「ほ、本当か?! 友達……で、いいのかな?!」
「いや、なんでそんな乗り出してきそうな勢いなんだよ。一緒に映画見たし、同じ作品のファンだし、うん、なんかこういうの、友達っぽい気がする。それでいいんじゃない?」
 遊矢は裏表なく、素直に嬉しそうに笑っている。それにシンゴはかーっと顔を赤くして、感極まったように遊矢の手をぶんぶんと握り込んだ。取り巻き達が遠目から見てもその遊矢の笑顔は掛け値なしに美少女クラスのかわいさで、それを真正面で見たシンゴを少し羨ましく思いつつも彼らはハンカチを取り出し涙ぐみながらこの結末を受け入れるのだった。
(まずはお友達から……そうだよな、俺達が先走り過ぎていたんだ……)
(そこを察して自分からその選択を取るなんて……流石だ)
(流石俺達の沢渡さん……)
 確かにいきなり恋人の告白なんて早計にすぎたのかもしれない。シンゴの思い人出現か?! という可能性に舞い上がって浮き足立ちすぎていた、それをシンゴは身を挺して教えてくれたのだ。涙なしにはこの結末は語れない。稀に見るテンションの高さでニコニコしたままのシンゴと機嫌が良さそうな遊矢を見ていると自然とそう思えてくるのである。
(沢渡さんはいつも、俺達にこうして大事なことを教えてくれるんだな……)
(そして榊遊矢とはお友達から着実にスタート……こうして一歩を踏み出し一つ一つ積み上げていくべきだと、沢渡さんは……)
(俺達の沢渡さんは、最高だぜ……)
 当初の目的を達成出来たかどうかは不明なまま、取り巻き達の間を得も言われぬ達成感が漂い、胸を満たした。なんだかよくわからないが俺達は成し遂げたのだという充足感がそれぞれの内にすとんと落ちていく。なんて素晴らしいめでたしめでたしのハッピーエンドなのだろう。そんな思いを共有し、三人はやはりハンカチで涙を拭い続けた。気分はまるで息子の独り立ちを見届けた母親そのものである。
 しかしその光景は――幸運にも最後まで遊矢とシンゴには見つからなかったものの――、大分奇妙でぎょっとするものだったことには相違ない。そこに注文された三人分のスイートミルクアップルパイ(とろけるハニー添え)を持ってきたウェイトレスは大変度肝を抜かれ、ケーキを盆から落っことしかけたのだがそれに取り巻き達が気が付くことはなく、彼らはただウェイトレスや周辺の客に「あの三人連れの子供は一体なんなんだろう……」という謎の猜疑心を植え付けるのみでその日の作戦を終えたのだった。