Call of Duty ずっと考えてた。 どうしてあいつが、俺に最後の言葉を遺して消えていったのか――どうして、どうしてその相手が俺だったのか。 『デュエルで……笑顔を……』 俺の目を見て、決して離さないように逸らさないように逃さないようにそう告げたあいつの言葉が忘れられないんだ。 『キミの力で……世界に……みんなの未来に……笑顔を……』 弱々しく、頼りげなく、ただ俺にその手さえ伸ばすことなく安らかな顔で。 まるでこれから死んでしまうみたいに。心残りを全部全部俺に押しつけて、闘争から身を引き、穏やかな終わりの中へ落ちていくみたいに。 教えて欲しかった。 俺と同じ顔をして、けれどまったく違う世界で異なる境遇に身を置き、滅びへ向かう日々を駆け心からの笑顔を最後の最後まで見せようとしなかったきみが一体末期に何を見たのか。 何を知って、何を悟り、何を思って俺にメッセージを託したのか。 (きみは俺に何を望んでいたんだ? 俺にはわからないんだ。きみが俺にさせたかったこと、……ううん、それはもう、わかってるんだろうな) 手の中に《ダーク・リベリオン・エクシーズ・ドラゴン》のカードが握られている。もう何度見たかもわからないそのカードをもう一度顔の前に掲げた。使い込まれて、小さな傷が付いているそのカードには、あの、ユートという少年の生きて来た全てが込められているようでさえあった。彼はきっと汚泥をすするような日々の、がらくたの山の中から這い出てきて、それでももがいて、自分自身が傷付くことを厭わず、走り続けてきた。戦う為に。自分達の世界、それを形作る仲間のために―― 刹那的で脆く、美しく、だが煤にまみれた生き様。ユートにとってデュエルは戦争の道具であった。そうならざるを得なかった。ダーク・リベリオン・エクシーズ・ドラゴンは彼にとっては兵器でありそして恐らくはとびっきりの、一番の、信頼の置ける――銃だ。身を守り生き延びるために彼は引鉄を引かなければならなかった。何度も、何度も、何度も。 だけど昔はそうじゃなかった、んだと思う。黒咲隼が大会で語った昔話を信じるのであれば、かつてはユートにとってもデュエルは上質なエンターテイメントであり、誰かを笑顔にするためのものだったんだ。 「ユート……」 エクストラデッキの中にそっとそのカードを仕舞った。このカードを失うわけにはいかなかった。だってこれはユートが俺にあの言葉を遺したという最たる証明で、そして同時に、ユートが確かに俺の前に存在していたという唯一の証なのだ。 誰にも奪われたくなかった。そうしたら、ユートをあの時両腕に抱いたことが嘘になってしまうような気がしたから。 「おれ、こわいんだ」 窓の外には星がない。果てなく続く夜闇は、まるで俺のこれからを暗示しているみたいで、いやだった。心臓がざわざわする。明日は俺の試合、なのに……嫌な予感ばかり膨れあがり、心を押し潰し、不安にする。 「それでも俺は、楽しいデュエルを……デュエルはそのためにあるって、信じていたいのに」 神様がいるのならどうか教えて。 ◇◆◇◆◇ きみの声がきこえたような気がしたんだ。 きみの、あの張り詰めて悲しげで、だけど芯の通った強い声が。 きみの声がきこえた。 その時思った。ああ、なんだ、そんな簡単なことだったんだ、って。 きみはここにいたんだ。 きみはずっとここにいた。俺のそばに。俺の隣に。一緒だ。どこにも行ってなんかなかった。 そう思ったら、すっと心が軽くなって、だいじょうぶだって思って、それから…… 『遊矢』 それから、もうずっと一緒だ、これで始まるんだ、って思った。 そうしたら、「それ」が俺の手を取った。 「汝はαでありΩである」と、密やかに囁くように。 「俺のターン、ドロー」 心臓が熱い。どくどくと脈打ち、全身に血を巡らせ、催促する。身体じゅう隅々までを何か得体の知れない力がコントロールする。変な感じがした。身体は沸騰したみたいに滾っているのに、意識だけがふわふわと浮ついて、遊矢の身体を離れていく。 「アクションマジック、《マッド・ハリケーン》発動。このカードは自分の場のカードを全てデッキに戻す。俺は《EM・ヒックリカエル》と《EM・チアモール》でペンデュラムスケールをセッティング! これでレベル四のモンスターが同時に召喚可能」 意識と肉体が乖離する。自分じゃないものが自分を動かそうとする。でも怖くない。少なくともその時はそう思えたのだ。 きみと一緒だから、こわくなんかないよ。 「揺れろ魂のペンデュラム、天空に描け光のアーク! ペンデュラム召喚――出でよ、我が僕のモンスター達よ!!」 ラクダウンとシルバー・クロウがフィールド上に現れる。レベル四のモンスターが二体並び、唇が高らかにその口上を紡ぎ上げた。 「レベル四のモンスター二体でオーバーレイ・ネットワークを構築! 漆黒の闇より愚鈍なる力に抗う反逆の牙。今、降臨せよ――エクシーズ召喚! 現れよ、ランク四《ダーク・リベリオン・エクシーズ・ドラゴン》!!」 黒き竜が雄叫びを上げる。とても悲しい声だ。だけど優しい。誰かを守るために、その身を厭わずがむしゃらに進み、その度に傷付き倒れて、それでもまた立ち上がってここまで来たあの少年と同じ。 「《ダーク・リベリオン・エクシーズ・ドラゴン》のモンスター効果発動! オーバーレイ・ユニットを一つ使いこのターンの終わりまで場に存在するレベル五以上の相手モンスターの攻撃力を半分にして、その数値分攻撃力をアップする。更に残るオーバーレイ・ユニット一つも使う! ダーク・リベリオンの効果発動! 相手モンスターの攻撃力を半分にしてその数値分攻撃力をアップする――トリーズン・ディスチャージ!!」 「そいつ」のやり方に、このカードの元の持ち主がそうであったような慈悲や生ぬるさ、そういうのは全然なかった。全力で、完膚無きまでに、叩き潰そうして腕を上げる。二度の効果を受けたダーク・リベリオンの攻撃力は今や五二〇〇にも及び、勝負は既に殆ど付いていた。勝鬨の顔が怯えに染まってゆく。今彼は気が付いたのだ。 自分は、たった今、強者に刈り取られる獲物に過ぎない矮小な存在として立たされているのだということに。 「バトルだ。俺は《ダークリベリオン・エクシーズ・ドラゴン》で《覇勝星イダテン》を攻撃!」 「イダテンの効果発動! このカードのレベル以下のモンスターと戦闘する場合、相手モンスターの攻撃力はゼロになる!!」 「無駄だ。エクシーズ・モンスターはレベルを持たない。よって効果は無効」 「な、何?! レベルを持たないなら、レベルゼロではないのか?!」 驚愕と畏怖がその顔の中にありありと映し出されていた。今まで対戦相手達をその教えに従ってたたきのめしてきた勝鬨が、その報いを受けるかのように容赦なくたたきのめされようとしている。「こわい」というわかりやすいたった三文字の言葉が目の中に浮かび上がっていた。でももう逃げられない。彼は引鉄を引いてしまったのだ。 戻れない。撃鉄はもう起きている。 「反逆のライトニング・ディスオベイ!!」 ダーク・リベリオンが鎌首をもたげ咆吼を放つ。攻撃はイダテンを通り抜けて勝鬨の身体にぶつかり、彼の身体を浮き上がらせた。衝撃で飛び上がった肉はそのまま地に落ち打ち付けられる。ライフがゼロになる音。同時にディスプレイに「WIN YUYA」の文字が映し出され、そこで勝負が決した。 アクション・フィールドが解除され、広いデュエルフィールドが本来の姿を取り戻す。けれど普段なら勝敗に関わりなく遊矢のデュエルの終わりを彩るはずの歓声や熱狂は、どこにもなかった。空気は緊張感を保ったまましんと張り詰めて、地に転がされている敗者と冷徹に立つ勝者をはれもののように取り囲んでいる。 誰も拍手をしようとしない。それはこのデュエルが健闘をたたえ合うような試合ではなかったから。誰も何も言わない。それはこれが、言葉を失わせるような残虐な結末だったから。誰も興奮した様子で立ち上がったりしない。それはこれは、皆の心を沸き立たせるエンターテイメントではなく、一方的な虐殺ショーのようだったから。 それはおよそ遊矢が目指していた健全で楽しく、人を笑顔にするようなエンターテイメント・デュエルとは程遠く、圧倒的な暴力と恐怖に会場は支配されていた。みんなぞっとしない表情で遊矢を見ていた。誰も笑っていない。今、遊矢は「笑われてさえ」いない。 不穏な空気だけがぴりぴりとして遊矢に纏わり付いている。乖離していた意識が肉体に戻り、このまんじりともしない静寂の中に突如たち戻された遊矢は何がどうなっているのかもわからないまま倒れた勝鬨に駆け寄り、けれど拒絶されそこに立ち尽くした。陰鬱だ。黒い雲が立ちこめている。 「え……? なんなんだ? この感じは……」 背中を見せて去る勝鬨は遊矢に何も言い残さなかった。けれどかえってその事実が、二人が行ったデュエルの結末を雄弁に物語っていた。 |