※2013年に発行された遊馬と歴代主人公をテーマにしたアンソロジー「DUELxDUELxDUELxDUEL!!」に寄稿させていただいたものの再録になります。
※兄弟パロではない四主人公せだごえ
※かわいいにかわいいが合わさり最強にみえる
ノスタルジアの追想
――海馬ランド。
それは俺が知る中で最もポピュラーな遊園地施設として世界中に根付いているものであり、また、俺とはあまり縁がないものだった。日本の海馬ランドの所在はシティ部分だったからだ。サテライトを脱出することの出来ない俺達にとっては、都市伝説のような、幻のような、そんな場所だった。
とは言ってもシティに移り住んでからは何度か引率に駆り出されて訪れたことがあるので、まったく未知の場所というわけでもない。ただしそれは俺の住む、ネオドミノシティの存在する時代に限ってのことで……この、至る所に「5th アニバーサリー」などと書かれた装飾やらを施された海馬ランド園内は正直なところ異次元に近かった。
「すげーな五周年だって。俺がいくつの時だっけ? それ」
「し、知りませんけど……」
「ふーん。ところで遊馬、あのポップコーンすごそうじゃね? ブルーアイズソーダ味だって」
「俺、ソーダ味のポップコーン見るのって初めて!」
「食ってみたいか? 凄まじい地雷臭がするけど……挑戦してみるか?」
「食べる!」
「よし遊星、買ってこい! ――一個でいいからな。うん。念のためだ」
十代さんがとても爽やかな笑顔で俺をポップコーンワゴンの方へ向けて突き飛ばした。背後から遊馬の期待に満ちた視線を感じる。ブルーアイズソーダ味。正直、十代さんが言ったように地雷臭しか感じられない。ワゴンのガラス越しに見えるポップコーンは実に体に悪そうな毒々しい水色をしており、ここはいつから日本をやめたのだろうとそう勘ぐりたくなるぐらいだ。
「遊馬……。悪いことは言わない。腹を壊してしまっては元も子もない。やめよう」
俺は恐る恐る振り向くとそう提案した。十代さんの気持ち悪いぐらい綺麗な笑顔。作り物くさい。その隣で遊馬が俺の提案を受けてしょんぼりと項垂れていた。「……遊星が俺の健康、気にしてくれてんのはわかるんだけど……」いじけたように遊馬が言う。
「俺、やっぱり食べてみたいんだ」
とぼとぼと俺の方へ歩いてくるとジャケットの裾をぐいと掴み、上目遣いで俺にそう懇願した。
敗北の瞬間だった。
それはさながら作業を邪魔する飼い猫のことを叱りつけているうちに、その愛くるしさに負けて結局作業は中断されてしまった時のような、そういうなし崩し的な敗北だった。遊馬の幼い少年の指先が俺に敗北を促すのだ。かわいい。かわいすぎる。
双子の、龍亞の方もそういえばこんなふうにしてよく俺を折れさせていた。俺は遊馬の手を握って出来るだけ優しく裾から引き剥がし、そして遊馬の頭を撫でる。
遊馬の表情がぱっと明るくなるのを見届け、ワゴンへ向き直った。ポップコーンの値段は三百円。バスケットつきで千二百円。値段を確認し、財布から千円札を取り出し――
「遊戯さん! 十代さんも!」
――そこで気が付いた。
「良く考えたら、俺はこの時代の通貨を持っていないのですが!!」
事の発端は赤き龍での時空移動でうっかり事故を起こしてしまったことまで遡る。俺達は不思議な巡り合わせで再び揃い、そこに遊馬も加えて、四人で絆を結び新たに襲い掛かってきた脅威を撃退した。その後然るべき流れとして、赤き龍の力を借りてそれぞれが元の時代に帰る手はずになっていた。ところがだ。最初に遊馬の住む「ハートランドシティ」という場所を目指したところ、何故か座標がうまく取れなかったらしく、遊戯さんの時代に漂着してしまった。
そのうえ赤き龍は謎のオーバーフローを起こしてしまったらしく、再起には結構な時間がかかりそうだった。
「暇つぶしに海馬ランドにでも行くか……」
遊戯さんのその一言に俺達は一瞬言葉を失ってしまった。
「遊馬も好きだろ、遊園地」
「おう! 姉ちゃん、滅多に連れてってくれないけど……チケット、高いからって」
「その心配はいらないぜ。先輩の面子にかけて、かわいい後輩に自腹切らせるなんてことはしない」
『もう一人のボク、ボク今月ね、結構ピンチなんだけどね』
「その心配もいらないぜ。海馬に奢らせればいい話だ」
「あの海馬社長を呼び捨ての上に奢らせるなんて、流石遊戯さん超かっこいいぜ!」
「なんかよくわかんねーけどやっぱ遊戯さんってすごいんですね!」
目の色を変えて大興奮の十代さんに遊馬も同調した。いや、それは確かにすごい、すごいが、間違っている。
「そうと決まれば早速海馬ランドに行こう。遊星、赤き龍は何時間で復帰出来そうなんだ」
「はあ、まあ……夜頃には……」
広場の時計塔をちらりと見て曖昧に受け答えた。現在時刻は午前九時。おおよそ十時間もあれば、赤き龍の体調も恐らくは元に戻ると考えられる。それを受けて遊戯がにっこりと微笑んだ。何か、嫌な予感のするそういう笑顔だった。
「そうか。丁度いいな。丸一日遊び倒せるというわけか」
「……あの、遊戯さん?」
「遊馬! 今日は一日甘やかし倒すから覚悟しろよな!」
「じゅ、十代さんも……」
「お、俺、よくわかんないけどがんばるぜ!」
「遊馬!!」
俺の意思を度外視したところでポンポン話がまとまっていく。俺としては、強敵を倒した後で多少疲れも残っているし、そもそも過去の時代であまりはしゃぎすぎると未来に悪影響があるような気がしているのでおとなしく丸まっていたいと考えていたところなのだ。俺は半分ぐらいは無駄だろうと諦めながらも遊戯さんと十代さんに反対の意思を示した。遊戯さんの顔色がくぐもる。
「なんだ遊星、そんな顔をして。これは数少ない後輩と触れ合う機会だ。ならばオレ達が取るべき選択は一つしかない」
「いえ、だからですね……俺達が未来を歪めてしまう危険性というのがありまして……」
「それがなんだ。遊馬を海馬ランドに連れて行くと、どうして未来が歪むんだ? ……遊星、オレにはな、夢がある」
「はあ……」
「一日ぐらい、後輩達をかわいがってやりたいのさ。それはなにか、いけないことか?」
腕組みをして目を伏せり、遊戯さんはとても優しい声で言った。そうして突っ立っている遊馬の頭を撫でる。遊馬は突然のことに驚いたようだったが、特に抵抗するでもなくされるがままに遊戯さんの手を撫でている。心地よさそうだ。聞けば、遊馬は姉一人を持つ弟だそうだから、そういったことには慣れているのかもしれない。
それを見ていると、どうしてか、無性に俺も遊馬の頭を撫でてやりたくなってくる。俺のその苦悶の表情を目ざとく見つけて遊戯さんはニヤリと笑った。なあ? そうだろう? やっぱりな? ――そんな塩梅だ。
「わかったろ遊星。俺達はそもそも、後輩には甘いというか……可愛がりすぎてしまう傾向にあるんだ」
「ああ……それは俺もよくわかります、遊星も遊馬も、こう、つい弟がいたらこんな感じなのかなーって思えて……」
したり顔の遊戯さんに十代さんがうんうんと頷く。俺はひっかかるところがあって彼のその言葉を遮った。それはちょっと、おかしいと思う。
「ちょっと待ってください。俺は十代さんに甘やかされた記憶は一切ありません」
「馬鹿言うな。俺はお前のことめちゃくちゃ可愛がってやってるぜ?」
それは可愛いの意味がまるで違っているのではないだろうか。
しかし反論することははばかられた。命は大事にしたい。
「そのうえ遊馬はいわば末っ子。一人でガンガン未来を切り開いていってしまいそうな顔さえしていた遊星とは違ってまだあどけなさも残るぐらいの……なあ、考えてもみろ。ただでさえかわいい後輩に、末っ子属性という最強の付加価値がつくんだ。つまり……」
「つまり……かわいいに……かわいいが合わさり……」
「……最強に見える……」
そうして何やら盛り上がってきたらしい十代さんと遊戯さんが頷き合い、それから固く手を握り合う。取り残された俺はそれをぽかんと眺め、同じようにぽかんとしている遊馬の手をぎゅっと握り締めた。二人して示し合わせるようにして互いを見る。
不意に遊馬がぷっと笑うと、俺もつられて、なんだか些細なことで右往左往していたのだなぁと、真面目に考えるのが馬鹿らしくなってきて、一言尋ねてから遊馬を肩に担ぎ上げたのだった。
「チッ、そこに気がついてしまったか……とはいえ俺も迂闊に金、出せないんだよな。デザインは一緒なんだけど鋳造年数が未来の日付になっちまうから。かといって遊戯さんに払わせるのは後輩として許し難い……」
「気にするな。そのぐらいの甲斐性はあるさ」
『ボクのお小遣いだけどね。あのね、こういうのに使うのはボク全然怒らないけど、ボクの了承なしにポンポン服を買うのはやめてよね』
「うっ……それを言われると合わせる顔がないぜ…………ポップコーン、買ってくるな……」
痛い部分を突かれたらしい遊戯さんがとぼとぼと浮かない足取りでワゴンに歩いていく。遊戯さんの姿を認めた店員が浮き足立ち、サインを申し入れているのが見えた。あれよあれよという間にペンを握らされている。ブルーアイズ柄の、海馬ランドのお土産に人気の商品だ。
「……遊戯さんって、すごいんだ」
遊馬がぽつりと言った。
「そりゃすごいよ。無条件に、あの人はすごい」
「ん、なんだろうけど……俺の住んでる町、ハートランドシティでは武藤遊戯って教科書の中のすごい人、って感じで。ああやって生きてて、歩いてて、サインをねだられたりするような有名人っていうか、もう偉人って感じだったから、なんか変な感じ」
「あー……そっか。俺は遊戯さんが生きてる時代の人間で、俺が子供の頃なんか、遊戯さんがバトル・シティとかで戦ってた時期でもう大興奮、言ってしまえばアイドルみたいな存在なんだ。遊星や遊馬は、そうじゃないんだもんなぁ」
「……だから。そんなすごい人の後輩? 俺が? って、ちょっとだけ思うんだ」
浮き彫りのブルーアイズがあしらわれたいやに派手なポップコーン・バスケットを抱えた遊戯さんが戻ってくる。中には体に悪そうな真っ青なポップコーン。「サインのお礼だとか言ってタダでくれた……」彼はそう説明して複雑そうな顔でポップコーンを遊馬に差し出した。
「後で上司に叱られたりしなきゃいいんだが。海馬は気にしないだろうがな」
「まあ、社長が咎めないのならいいんじゃないですか」
「あっ、遊戯さん! ちょっと聞いてくださいよ、遊馬がなんか、悩んでるみたいで……」
「えっ?! ちょ、十代さんいいってそんな話遊戯さんにしなくて」
「自分じゃこうして俺達に並ぶなんて分不相応だって。そんなことねえのに」
こんなにかわいいのに! と後ろから手を伸ばして十代さんが遊馬の体をがっちりとホールドする。中学生の遊馬と高校を卒業している十代さんとでは結構体格差があり、相まって、もう見るからにかわいい。
どちらの遊戯さんもその光景にしばしぱちぱちと目をしばたかせていたが、遊馬がお仕着せの人形のように段々縮こまっていってしまうことを見かねてか十代さんから遊馬をやんわり引き剥がして間に立たせた。
「本当か? 遊馬」
「……だって。遊戯さんも十代さんも、遊星も。みんなすごい。俺と全然違う。頼りになってかっこいい」
声音には自信がない。そりゃ、俺も頑張ってるけど。ただ甘やかしてもらうだけで、おれ、駄目なんじゃないかなぁ?
「そんなふうなこと、思って」
「なんだ、そんなの。遊馬は立派に戦ってるぜ。胸を張っていいんだ。なにを恥ずかしがることがあるっていうんだ? ――かっこいいぜ、遊馬は」
遊馬の絞り出すような吐露が終わる。すると遊戯さんはなんでもないようにあっけらかんと言い放って、
「それで遊馬。ポップコーン、うまいか?」
バスケットの中に指を突っ込みながらそう尋ねた。口の中にポップコーンを押し込まれ、慌ててもしゃもしゃと咀嚼すると遊馬がごくりとそれを嚥下し、うーん? と首を傾げる。
「なんか、ブルーアイズの味、って気がする」
◇◆◇◆◇
あの後俺と遊馬は上の二人に散々に連れまわされ、ジェットコースターには三度放り込まれたし、絶叫マシン系は全制覇させられて目がぐるぐる回ってきているところを容赦なくコーヒーカップに叩き込まれた。日がすっかり暮れて花火が打ち上がり、赤き龍が元気になった頃には逆に俺達の方がくたくたになってしまって、崩れ落ちるように帰路へつく段取りになったのだ。
見送る遊戯さんを背に未来へ――俺にとってはまだ過去だが――飛び出し、少し先に進んだ時代で十代さんと別れると遊星号の上は俺と、それにしがみつく遊馬とで二人きりになってしまった。
「……楽しかったか?」
「うん」
手持ち無沙汰に尋ねると間髪入れず返ってくる。遊馬はノンヘルメットで(積んであった予備はぶかぶかだったし、そもそも同伴した誰一人ヘルメットなんか被りそうになかった)額を俺の背中に押し付け、風を切って走る中で髪の毛をそれに揺らしている。
「あのさ」
遊馬が不意に口を開いた。
「遊星はさ、やっぱり、なにを信じていいのかわかんなくなった時って、ある?」
「……なんだ、急に」
「遊戯さんと十代さんには聞けなかった。二人ともまっすぐで、強くて……」
「俺ならいいのか」
「それに、はしゃいでた。水差すようなこと言えなかったんだ。遊星はさ、俺にとって一番近いんだよ。何聞いても許してくれそうだし」
「……仕方のない弟分だな」
オートパイロットに切り替えて振り向くと、遊馬の顔が目に映った。今なら子供達に囲まれていたクロウの気持ちがわかるような気がする。
「へへ。遊星は、一番厳しくて、優しいお兄ちゃんだな」
「おだてても何も出ないぞ。……何を信じていいのかわからない、か……ないと言ったら嘘になるんだろうな。でもそれは十代さんも遊戯さんも同じだ。いつだって何も疑わずにいることは出来ない」
「うん」
「だが信じないことも出来ないんだ。例え裏切られるのだとしても……俺はジャックを、友を信じていた」
「うん」
遊馬がしがみついて俺の体に回す手にぎゅうと強く力を込めるのが伝わってくる。この小さな後輩は、一人で立たなければいけなくなる時、それがたまらなく不安で仕方ないのだろう。でもいずれは一人で立たなければならない。誰かに寄りかかっているのは、絆とは違うから。
「遊馬。俺はもう間もなくお前を元いた場所へ送り届け、遊馬と別れることになる。そして俺自身も本来の時間へ帰ることになる……仲間達がが待つ場所へ」
「そうだな」
「それは寂しいことだが、悲しいことじゃない。わかるだろう? 目に見えないが確かなものが俺達にはあるんだ。俺は、そいつのことを何より大事にしている。だから遊馬もそれを大切にして……自分を信じて進めばいい」
遊馬の指先に自らの指先を重ねた。革の手袋越しの、子供の体温。とても、優しい温かさだ。
「俺と、遊馬、遊戯さん、十代さんの絆はここにある」
遊馬は頷いた。やはりこの子は、一番俺達の中では幼かったが、恥じない強さを持っていると改めて感じた。
そのあとは二人で他愛ない話をした。遊馬が嫌いな教科の話。好きな料理のこと。家族の話。友達の話。「牛乳、結構好きだぞ」と言うと「うっそお」と半信半疑の顔をされる。コーヒーには混ぜないが、そう嫌いでもない。
遊馬の友達の話。「一回、喧嘩しちゃってもまた仲直り出来るかな?」と聞かれたので俺は勿論そうだと答えてやった。起こったことはなかったことには出来ないけれど、許し合って認め合うことは何度だって出来るのだ。
俺の家族の話。お互いに、ちょっと、父親へのコンプレックスがあるんだなと、漠然と思った。
遊馬の住むハートランド・シティのある時空に辿り着いた時、あたりは既に夕暮れ時に差し掛かっていた。バイクから飛び降りてまたがったままの俺に遊馬が向き合う。ヘルメットを脱いだのを確認して、「遊星!」と遊馬が大きな声で俺の名前を呼んだ。
「ああ。何か?」
「また会おうな!」
ほんの少しだけ、ぱちくりと目を見開いた。それぞれに違う時間の、まったく違う場所で生きている俺達に明確な約束された「また今度」は保障されていない。次に会うのがいつになるのか、そもそも会えるのか、それすらもわからないのだ。
「――勿論」
でもそう考えたのはほんの少しだけだ。事実そう時間の経たないうちに俺は遊戯さんや十代さんと再会出来たし、それになにより、俺達は絆で繋がっているのだから。
「俺は遊馬のことをいつも想っているよ」
別れる間際に握手をした。遊馬は俺の目をまっすぐに見て、はにかむ。
そういえば俺達は青色と赤色の、まるで正反対だけどどこか似通ったそんな目の色をしていたのだった。
/ノスタルジアの追想
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