※最終回後、ゆゆゆゆが和解したあとで、という妄想 ※隼ユトだけどだいたいゆゆゆゆが会話してるだけ ※行間程度にデニユリ要素あり 夢から醒めたあとで 「怪我はないか、痛くはないか、気分が悪かったりはしないか」。最近の隼の三種の神器。ことあるごとに彼はそう言い、俺の手をとり、顔を覗き込む。 別段、怪我もないし痛みを感じるような事項もない。気分もすこぶる快調、なのだが…… 「俺は、隼の方が気に掛かる。近頃隼はおかしいと思う。過度に俺の事を気に掛けて、……俺だってそんなに子供ではないのだから」 「子供だとか大人だとか、そういうことではない。ただ俺は、ユートに万が一のことが再びあっては、と」 「もうあんなことにはならないさ。原因は遊矢によって正しく断たれている」 何度そう言ってもだめなものはだめ、変わらないものは変わらない。今朝も隼は俺の顔を覗き込んできた。熱を測るように手を額に当て(失礼な)、俺の目をじっと見つめ、そして手をとってなにやら頷く。何に頷いているのかはわからない。ずっと一緒にいたはずなのに、最近の隼が考えていることは俺にはちっともわからないのだ。 今までは、そうでもなかったと思う。手に取るようにわかる瞬間さえままあったし、基本的に俺達はツーカーだった。俺が次に言うことを隼ははじめから理解していて、隼が次に行うことを俺は言われずとも知っていた。なのに、遊矢の中から帰還して以来、その関係性は盆から水が流れ出るようにして、どこかへ行ってしまった。 隼は今日も俺の調子を訊ねる。俺の手を握り、目と目をあわせ、何かに願うように、睫毛を伏せる。 隼の睫毛は少し長い。俺は彼の瞼が伏せられる姿は以前から好きだったが、最近は何故かその顔を見ると胸の辺りがざわついた。 ◇◆◇◆◇ 「それさあ、……恋煩い。知ってる? 知らない?」 「なんだそれ? 俺全然想像つかねーや」 「ユーゴに聞いてない。馬が鹿連れて歩いているようなきみには難しすぎるからね」 「なんかよくわかんねーけど今俺馬鹿にされてる?」 「うんまあ……そうだね……」 ぎゃんぎゃんわめくユーゴを遊矢が宥めてる対岸で、ユーリがつまらなさそうに言った。「僕は別にのろけとか聞きたいわけじゃあないんだけど」とユーリが眉を寄せる。 「もしかして、なぁに? きみってつまり……そういう?」 「そういうって、何が……」 「遊矢未満、ユーゴ以上ってとこか。黒咲隼も大変だね……ああ、いやそうじゃないかな。二人しておんなじ、似たもの同士ってセンかも」 「あ〜、俺もそう思う。一緒にいるから性格とか似てきてたりして」 「きみと柊柚子は大して似てないよ」 「そりゃ俺と柚子は男と女だし……」 「……僕とデニスの性格が似てるって言ったら処すから」 ユーリの表情がますます険しくなって、遊矢がヒッと小さく喉を詰まらせた。ユーリの高圧的な姿勢に一番わかりやすい反応を返すのが遊矢で、ユーリもそのあたりはなんとなくわかってやっている節がある。ユーゴはまったく響かずあっけらかんとしているし、俺は俺で無難にあしらってしまうのでつまらないのだろう。 午後三時を過ぎたあたりの気怠い春の午後。桜が散り始めていて、それを眺めながら俺達は他愛のない話をしている。手元には湯飲みと桜餅。桜餅は、出掛けると言ったら今朝隼に持たされた。 「心配症、過保護。監督行き届きすぎ、過干渉。正直はたから見ててもよくやるって感じ、だけど。……僕だったらウザすぎて耐えられなくてそのまま跪かせそう」 「いや別にそこまですることはないだろう」 「そのくせ誰にでも愛想ふりまく駄犬は躾が必要でしょ。きみのところのハヤブサは逆に躾けられすぎ。見てて、胸焼けする」 おなかいっぱい、と桜餅を一人で三つぐらい平らげながら言うので、俺ははじめ本当に満腹になったのかと思ったのだがそんな視線を察してか「違うからね。お菓子はまだ食べられるからね」とユーリから捕捉が飛んでくる。仕方ないので違う方の「胸焼け」の意味を脳みその中で手繰り寄せてみたが、今ひとつ納得出来る答えが出て来ないので首を傾げた。俺と隼は戦友であり、朋友だ。胸焼けというのはカップルに使う言葉じゃないはずだ。 「……何に胸焼けしたんだ、ユーリ」 だからしつこく食い下がってみたら、ユーリはほとほとあきれ果てたよとわざわざ口に出してから溜息を吐いた。 「きみにだよ。きみに。もう一度言ってほしい? きみたちにだ」 「俺と、隼?」 「そうそう。きみたちなに、熟年夫婦でもやってるのかと思ったら帰って来た途端初恋のティーン・エイジャーみたいなことするんだから。あのねえユート、恋は盲目、最も身近で安易な病だ。恋すると相手が輝いて見えるなんて言うでしょ、ユートは今それに陥ってるんだよ。すごく単純――」 単純明快すぎて、ほんと、おなかいっぱいになりそう。ユーリの指先が俺の額を軽くはじく。痛みはないが、おちょくられているような感じはあった。遊矢が「俺達まだティーン・エイジャーだよね……?」と躊躇いがちに進言すると、遊矢にもデコピン。 俺はそのさまをぼんやり見ながらユーリの台詞を繰り返す。「恋」。「恋は盲目。身近で安易な病」。「恋をすると、相手が輝いて見える」…… 朝方見た隼の横顔が脳裏に思い浮かんだ。きれいだった。願うように、祈るように伏せられた瞼、少し長くて整った睫毛、俺を見る瞳。隼は美人だ。ずっと前からそれは知っていたのに、今はそれを思うだけでざわざわがどんどん広がっていく。 「今更みたいに意識し始めちゃったからバランスが崩れてるだけ。すぐ気にならなくなると思うけど……まあ、僕としてはその方が面白いからずっとそのままでいてもいいよ?」 「もー、ユーリ、ユート顔すごいじゃん」 「わざとだから。それにほら、……来たね」 ざわついた心臓が止まらない。なんだか本当に、隼が気にしていた通り、熱でも出て来たみたいな気がしてくる。 そのままふらりと来て、腰掛けている長椅子に横倒れしそうになった。でも堅い椅子の感触が肩に来ない。倒れ込む前に、何か力強いものに掬い上げられた。 「たまたま、通りがかってみたら……ユート、やはり体調が優れないのではないか。立てるか? 大丈夫か?」 「……しゅっ、しゅ、隼?!」 どうしてここに、という声を彼の挙作によって押し留められる。隼は俺の意見を一ミリも聞かないうちに軽々と抱き上げ、「預かる」とかなんとかユーリ達に言い始めた。身体が浮かび上がってふわふわしている。酷く悔しい。俺だって隼ぐらい持ち上げられるのに。 「歩ける……おろしてくれ……隼、おい、隼!」 「大した重さじゃない。軽すぎて怖いぐらいだ。ではユートは俺が連れて帰る。邪魔をしてすまない」 「はいはい、ごちそうさま」 ユーリがにこにこ笑いながら(彼の満面の笑みを見ると俺はいつも背筋に何かが走ってしかたがない)俺を両腕で前抱きにしている隼を見送った。その隙にユーゴが俺の皿に残っていた桜餅を取っていく。手が早い。ちょっと待て、まだ食べたかったのに。 「ユーゴも恋煩いは食べないけど餅は食べるんだねえ」と感慨深そうな声が耳に届いたところで、俺は頭を働かせることをやめた。そんな余裕がなくなってしまったのだ。 俺はたった今、自分が隼に抱き上げられ――そうだこれは、確かお姫様抱っことか、からかわれるやつで――からだとからだが著しく密着し、ぴとりと寄り添って、あの美しい相貌を真正面に捉える体勢になっているということに気が付いてしまったのだから。 |