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01


 執務室の戸が開け放たれて、一人の男が入ってくる。見張りの兵士達が彼の侵入を止めないのはいつものことだし(だって止められっこないのだ)、たまたまお茶を汲みに来ていた執事も彼とは顔なじみなので特にうるさいことは言わない。そこまではいつも通りだ。確かに頻繁にあることではないが、ままあることの範疇。
 だがたった一つ、今までに例を見ない違和感があり、カイは書類にペンを走らせていた最中であったというのにも関わらず、ガタンと音を立てて椅子から立ち上がってしまった。
 部屋じゅうの視線という視線は、扉の外で待機している衛兵や執事のそれも含めて全てが、男がこわれものに触れるようにそっとつまみ上げているものへ注がれている。カイはらしくもなく動揺の滲む表情で一度ぱくぱくと声にならない言葉を取りこぼし、それから、やはりらしくもない困惑顔を隠し切れていないその男へ顔を上げる。
「一体どうしたんだ」
 それを問うので精一杯だった。短い言葉だけでカイの意図を汲み取った男が、問われる前に事態の説明に入る。
「知るかよ。一通り確かめた限りじゃ、何かの呪いとか、身体の不具合じゃねえみたいだが。昨日まではなんともなかった。だが起きてみたらこのざまだ——そっちこそ、心当たりはないのか。コイツの母親が体調を崩してるとか」
「まったく。彼女は今朝も元気いっぱいに私を送り出してくれたよ。いや、というか……一応確かめるが、その子は」
「シンだ」
 男……カイの無二の友にして義理の父であるソルは何とも形容しがたい声音でそう告げた。彼の手につままれてぷらりとぶら下がっている幼子を見て、深い溜め息を吐きながら。
 カイが椅子から離れてソルの元に駆け寄ると、彼は手に余るとばかりにすぐさま幼子をカイへ押しつけてくる。それをあわあわと抱き留めてカイは息を呑んだ。両腕ですっかり抱きすくめられるぐらいのその子供は、人間の年齢で言えば五歳かそこらの大きさをしていて、カイの記憶に残る数年前の息子とすっかり同じ顔立ちをしている。見慣れた眼帯は顔に対して大きすぎるせいで妙に不釣り合いになってしまっていたが、それでもギアとしての本能を押さえ込むため、顔からずり落ちたりすることのないよう、普段よりきつめの位置で縛り上げられていた。
 カイは再び息を呑んだ。
 なるほど、この子供は確かにシンなのだ。自分の息子で間違いない。実の父であるカイは彼を抱き上げて確信を深めたが、それに伴ってたくさんの疑問が脳裏を埋め尽くす。何故シンはこの姿に? ソルが言うには、昨日まで身長百八十三センチの……カイよりも身の丈の大きい青年の姿をしていたはずだ。
「シン……心当たりは?」
 恐る恐る尋ねてみると、腕の中の幼いシンは養父同様困り果てた表情で眉をしかめてカイを見上げた。
「わかんねえ。いや、昨日食べた飯がなんか当たったのかもしんねえけど、そうじゃなきゃ、オヤジもオレもお手上げ」
「なんだ、中身はいつものままなんですね」
「……なんでちょっと残念そうなんだよ?」
 黙りこんでいたのでもしやと疑ってみたのだが、幼児退行はあくまで肉体面だけの問題らしい。普段と変わらぬはきはきした言葉で——声は変声期を迎えるより前の幼年期らしいそれに立ち戻っていたが——しっかりと告げた息子に胸を撫で下ろし、カイはより安定して支えてやれるように息子を少し高く持ち上げ直した。
 抱き抱えた背中をぽんぽんとさすってやりながら状況を整理していく。原因不明の幼児退行を起こしてしまい、元に戻るあてもないが、精神面での問題はない。精神年齢がいつものままなら、さしあたってそれほど困ることもないだろう。今は特に息子を戦力として数えなければいけないような差し迫った事態もないし、母親のディズィーもいる。しかも祖父がつきっきりだ。
 原因がまったくわからないのは心配だが、むしろこうなってみると、これはある種のチャンスなのではないか? そこまで考え、動揺が収まったカイの脳裏に次に飛来した考えはそのようなものであった。つまり、ソルによって非常に大雑把に施されてしまった教育を矯正する絶好の機会なのでは?
「なあカイ、ほんとこれ、どうしたらいいんだ? このままじゃラムにも片手で持ち上げられちまう。ソイツはなんていうか、俺としても困るっていうか、回避してえんだよな。……カイ? カイ、ちょっと待て、なんでそんなキラキラした顔してんの? 昨日も徹夜で仕事してたんだよな、カイ、待って、オレをそんな目でみるのやめて、——カイ!!」
 息子がなにやら必死の形相で懇願して来たが、「そんな目で見るな」と言われるような顔をしている自覚はないので聞き流し、そのまま視線をソルへ向ける。カイに目を向けられたソルはなんだか非常にいやなものを見たような顔をしていた。まあ、あそこまで手塩に掛けて育てた子供がたった一晩で百センチ近くも縮んでしまえばそんな顔にもなるだろう。勝手に納得し、思い当たった可能性に対しての確認を取ることにする。
「ソル。実はこれはおまえからの気が利きすぎた季節はずれの誕生日プレゼントで、時間がくればシンデレラよろしく元に戻るなんてことがあったりはしないだろうな」
「んなめんどくせえことしてられるかよ。クソガキの面倒見るのは二度で十分だ。三度もやってられねえ」
「二度?」
「一度目はテメェだ、坊や」
 腕の中でじたばた暴れている息子をよしよしと抱きすくめながらそんなことを聞いてくるカイに、ソルはげっそりとして悪態を返してきた。ソルの元に預けた時点で、シンはそこそこに自我が発達して人の話を聞くことが出来るようになっていたはずなのだが、クソガキとは結構な言いようだ。
 しあかしまあ確かにカイの幼い頃の話をされると身につまされるものがあり、それに対する皮肉を返すのはやめる。何しろカイはソルの言うことなんて殆ど聞かなかった。聞かなかったし、何かにつけて追い回してあれこれ吹っ掛けていたのは事実だった。
 そもそもこの男にカイを「育てていた」という自負があったことが驚きだが、この辟易した調子を鑑みるに、嫌味の方向性が高い。
 カイは息を吐き、これ見よがしに肩をすくめた。
「たまに言われるとちょっとくるな、その呼び方。ともかく……原因が分からないなら、なんとかなるまで様子を見るしかないだろう。——すみませんベルナルド。今日のスケジュール、復唱していただけませんか」
「この後一時から視察、三時に視察先で面会、帰城して五時から会議の予定が入っております。申し訳ありませんが、視察と面会の先送りは難しいでしょうな。会議は、第一連王不在でも進行できる類のものです。後で書面を確認して可否の判断をしていただければ。幸いそれ以降のご予定はありません」
「ありがとう。では今後一週間のうちキャンセル出来る予定は」
「可能な限り調整致します。少々お時間をいただきたい」
「構いません。任せましたよ、ベルナルド」
 長い付き合いの相手だ、心得たとばかりに主の望む答えを返し、執事が一礼をする。それからカイはくるりと振り返るとカイから逃げるように距離を開け始めていたソルの元へつかつかと歩み寄り、シンを支えているのとは別の方の手でソルの腕をがっしりと握りしめた。ソルの顔が目に見えて陰る。ただでさえ不安定な顔つきをしていたのがより一層恐ろしいものを見る目になり、冷や汗さえ垂れ落ちてくる。
「なあソル、私は常々言っていたな。おまえとは教育方針の違いについて一度ゆっくり話し合う時間が必要だと。……今がその時だ。ディズィーもシンの勉学の進捗について、随分頭を悩ませていた。聞いたぞ、おまえ、手合わせで勝てば宿題免除とか言って甘やかしていたそうじゃないか。そういうのは良くない。甘え癖をつけさせると後が大変なんだ」
 カイがにこやかに笑った。
 でもこれは裏のある笑みだ。ティータイムの時に彼が見せるような素直な笑い方じゃない。何か、わざとらしいぐらい綺麗な笑顔で、有無を言わせずに言い含める時の顔をしている。
 がっしりと掴まれ身動きの取れないシンと、視線に射止められて目を逸らすことの許されないソルの心情は、その時完全に一致していた。そしてカイから逃れることが出来ないという本能的な恐れも、また。


「まあ」
「あれ」
「わあ」
 コンコン、という規則正しい二度のノックの後、室内に入ってきた一行を出迎えたのは三人の女性だった。この部屋の主であるディズィーと、それから紆余曲折あってソルだけでは不安だからと自分たちでもある程度預かることになったヴァレンタインの姉妹だ。
 そう言えば以前にエルフェルトの方が、「私の女子力カウンターを爆発させたディズィーさんに、家事全般の花嫁修業をつけてもらうんです!」などと意気込んでいた気がするが、どうやら今は姉妹揃って縫い物仕事を習っている最中だったらしい。色とりどりの布やまち針がたくさん刺さった針山がテーブルに置かれ、それから多量の絆創膏も横に添えてあった。
「おや、お二人と一緒だったんですね」
「え、ええ。エルフェルトさんが、姉妹一緒に、って。あの……カイさん、どうしたんですか。まだ、お仕事の時間ですよね」
「ちょっと抜けてきたんです。貴方に頼みたいことがあって」
 見事な花の刺繍を施していたディズィーの手が止まり、カイに何か言いたげな眼差しを向けてくる。彼女が仮留めをして針を手から離すのを待ち、カイはディズィーに息子を差し出した。
「すみませんがディズィー、この子を頼みます。私はすぐに仕事へ戻らなければいけませんから、詳しいことはソルと本人に聞いてもらえませんか」
「本人……じゃあ、やっぱりこの子はシン……なんですね」
 カイの腕からひょいと渡された我が子を受け取り、抱き抱えてディズィーがまじまじと呟く。状況が呑み込めていないので、予感はあったものの、そうと言われるまで確信が持てなかったらしい。
「ええ。でも……」
「あ、その様子だと、カイさんにもこの子が縮んだ理由はわからないんですね。……大丈夫です、私に任せて。私はこの子のお母さんですから、貴方が帰ってくるまでしっかり面倒を見ていますよ」
「それは頼もしい。というわけだ、シン、母さんの言うことを聞いて良い子にして待ってるんだぞ。ソルも置いていくから……ソル? 逃げられると思うなよ。監督責任が誰にあると思ってる。しばらく飲酒喫煙禁止。いいな」
 黙って部屋から出ようとしていたソルに釘を刺し、カイがまるで小さな子供にそうするように言いつける。シンが本当に身の丈百センチぐらいだった時とまるで同じ口調だ。イリュリアを離れ、ソルに預けられて放浪の旅に出る前ぐらいの時。恐らく見てくれが小さくなってしまったから、カイの気分もその頃に引きずられて戻ってしまっているのだろう。
 あの頃はシン本人もまだ自覚が幼くて、両親をパパ、ママ、なんて呼んでいた頃だったからそれでも良かったが、今のシンにとってはむずがゆいことこの上ない。何しろ昨日まではそこそこ対等に扱われていた(とシンは思う)のに、身体が小さくなったぐらいでこんな赤ん坊にするみたいな言葉を掛けられてはたまったものではない。
「お……オレを無視して話を進めんなよ!」
 それで露骨に嫌そうな声で抗議をしてみたが、カイはまるで堪えたふうもなく「悪さをしないように!」なんて言い残して部屋から出て行ってしまう。
 シンにはそれを母の腕の中から見守るしか出来ない。そんなシンの姿を両隣からラムレザルとエルフェルトが覗き込んできて、ぽつりと声を漏らした。
「あ、しゃべった」
「なーんだ、いつものシンと一緒じゃないですか」
「だからなんでみんなちょっと残念そうな顔すんの?!」


◇◆◇◆◇


 結局、カイが仕事を終えて戻って来られたのは夜九時をとうに回ったような時間で、ベルナルドに諸々のスケジュールを調整するよう頼んでいた割には、仕事上がりさえいつもより遅いくらいだった。
 カイが仕事に戻ったあとがものすごい大騒ぎで、ディズィーは張り切って箪笥の中から古い洋服を探してくるし、エルフェルトは子供のシンに興味津々、ソルは隙を見つけては逃げようとするその度にラムレザルに咎められ、てんやわんやのうちに時間が過ぎていっていたから、待っているのが苦痛だったということはない。ディズィーに着せられた昔の服がなんだか気恥ずかしいが(胸元までぴったりボタンを閉じるいいとこのお坊ちゃん然とした洋服群は、現在のシンのイメージとかけ離れすぎていて今のシンにとってはあまりにも窮屈だったし、エルフェルトとラムレザルがそれを二人揃って褒めちぎるのもなんだか妙な感覚だった)、今のサイズに合う服がそれしかないのはわかっている。シンの普段着はソルがオーダーメイドで注文してくれた一点物なのだ。
「おや、まだ起きていたんですか」
 ソファの上で行儀良く膝を揃えて——この服を着ていると、物心ついたばかりの頃両親に教えられたことが殊の外強く思い起こされてしまうものだから——帰りを待っていたシンを見ると、カイは穏やかな表情を見せて笑いかけてくる。シンの隣に座っているディズィーがうたたねをしていることも関係しているのだろう。カイはディズィーを起こさないようにそっと空いている方に腰を下ろすと、シンの顔を覗き見る。
「その身体では、普段ほど体力もないでしょう? 眠かったのなら、待たずに寝ていてよかったのに」
「べつに……いつもと変わんないし。母さんは、まあ張り切りすぎて疲れちゃったみたいなんだけど。それよりカイは? いいのかよ。こんな時間まで仕事って、やっぱ仕事の調整するの、キツイんじゃないか? だって五時からの会議は出ないみたいなこと言ってたのに……」
「ああ、それのこと。仕方ないですよ、明日をまるまる休みにするために、前倒しであれこれ処理する必要があって。でもその代わり、明日は本当に何もありません。急な会議も、急な呼び出しも、それこそ突然空から隕石でも降ってこない限り」
 そうして、けろりとした顔でそんなことを言う。昔のシンなら、それでもまだ父親のことを疑い続けたかもしれない。けれど今のシンはカイが言っていることの意味がわかるから、そっか、と小さく頷いた。
「オレ、マジで明日急に空から隕石降ってきても驚かない」
「ひどいな。別に何も悪いことなんてしてないのに」
「でも……だって、それってさ、仕事じゃなくてオレを優先したってことじゃん。昔なら……オレがオヤジのとこに預けられる前なら、絶対なかった」
「……。ええ。だから、ですよ」
 するとカイは目を細めてシンを膝の上に抱き上げた。
 身体を支えるように回されたカイの腕は、相変わらず細く見えて、なのにこの腕には国家の——ある意味世界の全てがぶらさがっている。昔のシンは、その細腕のことがどうしても好きになれなかった。そんなだから、家族のことが持ちきれなくて棄てたのだと思っていたからだ。
 でも今は、こんな細腕のどこからあんなに、と思う。
「カイはさ」
「はい」
「オレが小さくなったから、いつか元に戻るまで……オレが小さいときに出来なかったことの、埋め合わせがしたいって思ってる?」
「まあ。はっきり言うと、そういうことになるのかな」
 シンが尋ねたことに対して、「でもそれは、親のエゴですね」という言葉をカイは口にしない。言わなくとも、シンはそれをもう知っている、と彼自身感じていたのだ。
「勿論、シンが嫌だと言うのなら、無理強いはしません。ソルでもエルフェルトさんやラムレザルさんでも、あなたは自分がいたい相手と過ごせばいいし、私はたまの休日を母さんのために使います。でも叶うなら……」
「いや、いい。そういうこと、カイに言わせたいわけじゃ、ないから。……あのさ」
 シンも、父がそう考えていることを察して彼の言葉を遮る。だってシンの気持ちはもう決まっている。いつまで身体が小さくなっているのかわからないことは不安だ。けれど、その間時間が取れるというのなら、誰と何をしたいかなんて、考えるまでもない。
「オレ、嬉しいんだ。ほんと言うと。小さい頃、カイがオレ達を構ってくれないことがすげー嫌だった。オレだってカイと行きたい場所がいっぱいあったんだ。公園で父親と遊んでる他の子を見るのが嫌で、オレは日曜日だけは公園に絶対行かない、って母さんに駄々をこねたりもした。公園だけじゃなくて、街のいろんなところ、遊園地、そういう楽しいところにほんとは……カイと母さんと行ってみたかった。そのうち、オヤジと立ち寄ることも何回かあったけど、それってなんか、オレが思ってた行きたいって気持ちとは別物でさ」
「ええ」
「だから……ええと……オレ、それが言いたくて、カイのこと待ってた。カイが時間をくれるなら、オレは母さんとカイと、昔出来なかったことがしたい。一日出掛けてピクニックとかしてさ、どっか景色の綺麗なとこで母さんの弁当とか食べて。——あ、もちろん、カイは難しい顔とかナシ。空から隕石が降って来ない限り!」
 小さな人差し指をぴんと立ててカイの顔へ突き出すと、カイは一瞬だけ呆気にとられたような顔をして、それからすぐに元の優しい顔に戻ると次は悪戯っぽく笑んで、シンの身体を自分の顔近くへ抱き上げる。
「なら、シン。明日はどこへ行きたいですか?」
「そりゃ、当然——あ!」
 口にしかけてからその意図に気がつき、シンはすぐそばにあるカイの耳元に顔を思い切り寄せると小さな声で内緒の答えを告げる。ふたりだけの秘密の遣り取り。昔に一度もしたことがなかったこと。昔は、出来なかったこと。
 シンの希望を了承するとカイは頷き、シンを立たせて自分も立ち上がる。それから寝ているディズィーを出来るだけ丁寧に両腕で抱き抱えると、ふと思い出したようにシンの方へ振り返った。
「ところで、シン。ソルはどこへ行きましたか? 逃げるな、責任を取らせる、と私はあいつに釘を刺しておいたように思うのですが」
「え? あー、ああ……ええと……」
 急にすっと温度が下がったカイの声にシンが言葉を詰まらせる。そういえばいない。いつからいなくなったんだろう? 着替えをしている最中? それとも、ヴァレンタイン姉妹が宛がわれた部屋に帰るタイミングで一緒にか?
「ゴメン……オヤジは……気がついたらもう、どっか行ってた。途中まではラムが止めてたように思うんだけど、なんか気がついたらもう、どこにもいなくて……」
「そうですか……」
 仕方ないのでそう話すと、カイが困りましたね、と息を漏らす。容姿が整っていて声が優しい分、あまり笑っていない目元が目について仕方がない。
(……オレは知らないからな、オヤジ)
 この機会に勉学を見直すと昼に言われていたことを棚に上げ、シンは密かにソルへ同情した。でもソルだって分かっていたはずだ。あんなふうに引き留めたカイを無視してどこかへ行ってしまったんだから、そりゃカイだって怒るだろう。いや、どちらかと言えばシンは逃げたい気持ちの方に情が寄っているのだがそうとしてもだ。
(でもホント、どこ行ったんだ?)
 カイの後ろをついて歩く最中ずっと考えていたが、まったくわからない。シンは首を捻ると、カイに促されるままベッドに登った。それから布団をめくって、カイが寝かせたディズィーの隣に潜り込む。ソルに預けられるまで、カイが早く家に帰って来られた数少ない日は、こうしてシンを挟んで親子三人で眠りにつくのがいつもだった。