エクソシストにラブ・ソングを 03


 人間と関わるとろくなことにならない、けど人間と関わらずにはいられない。困ったことに、それがおれたち妖精の本質だった。
 はるかかなたの昔、そのご多分に漏れずおれも人間に手を伸ばして、そして手ひどい終わりを見た。その顛末はあんまりにもお粗末にすぎて、ウィットに飾る言葉もなく、陳腐な単語でしか表せないけど。とにかくおれは人間に手を出して絶望した。所詮人間なんか、人間なんか……遠く遠くずっと見えないぐらい果ての世界で、おれたちの歌を気まぐれに耳に挟んでるぐらいがお似合いの種族だったのに。
 おれはその隣に寄り添って馬鹿を見た。
「馬鹿。本当に馬鹿だよ、あんたは」
 セナが泣きそうな顔で俺を見ていたことを覚えている。
「あんた仮にも妖精の王さまなんだから。妖異のパワーバランスを一人でどうにか出来るぐらいちからがあるんだよ? それなのにさ、人間になんか手を差し伸べて……友達になりたいって、どういう結果になるか分かりきってたのにさ」
 セナの言うことはもっともで、おれには返す言葉もない。そもそも、おれが見えた時点で、英智は人間としては破格の能力を持っていた。英智は聡明で虚弱で夢見がちだった。あの時みたウリエルの目を今でも覚えている。これはいい天使になる、だって人間に絶望している、人という生き物に見限りをつけて、粛正の野望を胸の裡に秘めている。おまけに清らかで残酷で、神さまを憎んでいるのにそれでも愛を忘れられない――。
 だから英智は法悦された。
 当然の結果だと、おれでさえそう思う。
 おれが天使だったら同じように英智を法悦しただろう。ただおれは天使ではなく妖精で、一介の妖異でしかなくて、ものいわぬ抜け殻になった「人間の英智」の身体に何かをしてやれるわけでもなかったから。
 おれは悪魔になった。英智を法悦したウリエルの顔に泥を塗った。全面抗争をふっかけ、双方ぼろぼろになるまで傷付き、果てに聖教会から「特級悪魔」認定をつけられ、痛み分けにもならない無惨なエンディングを迎えた。
 あはは。笑っちゃうよな。妖精って本当に本当に無害でかわいらしい生き物でさ。おれなんかよりナズとかのほうがよっぽど妖精に向いてたと思うんだけどな。
 ともあれおれは壊れてしまった。おれの剣はもう血まみれだ、鞘は壊れ、剣先は錆つき、もう二度と立ち上がれないかと思うところまで追い詰められて、俺は一度考える事全てを放棄した。
 それなのに、だ。
『か、覚悟してください、妖異の皆さん! 私は朱桜司、聖教会のExorcistです。私はあなたがたを告発します。そして神の御名のもとに悪魔祓いを――ひゃあっ!? ちょ、ちょっと! 名乗りの最中に何をしてくださるんですか騎士の名は飾りですかKnightsなんて名乗ってるくせに!! うそつき!!』
 あいつはおれの前に現れた。春の訪れみたいにふわふわと。
 最初は、まあ、なんだこれ……と思わなかったこともないんだけど、でもおれは、自分の心に嘘がつけないから。
 信じてみたいと思った。
 もう一度だけ人間を、いいや朱桜司を、おれは信じてみたいと願ったのだ。
『剣の誓いをしろ、新入り』
 言霊で縛るまでもなく、朱桜司は剣に誓いを立てた。形式上、あいつは跪いておれの持つ剣先にキスをしたけど、それは別に忠誠の誓いでも何でもない。
 それは朱桜司自身の、己の尊厳と誇りを懸けた勝負、その合図だ。
『おまえは今日からKnightsの一人だ。歌え、戦え、人間の可能性を見せてみろ! もしおまえに奇蹟が行使出来るのならば――その時おれは、おまえと契約をしてやるよ』
 だからおれはその気高き魂に敬意を払い、おまえを試そう。
 熾天使ウリエルになった英智がなんだか企んでいるっぽいのは明らかだけど、気にしないしちょうどいい。
 おれのKnightsなら、そのぐらいものともしないだろ?


 私は息を詰め、地を蹴って空へ飛び翔りました。使役契約を結んだ先輩方の力をお借りし、一時的に身体機能を強化して、四大天使と妖精王の争いの渦中へ強引に割り込みに行きました。
 ……本当を言えば、聖職者の位階としてはまだまだ下級に過ぎない私の身に、高位悪魔に類別される先輩方の力は荷が勝ちすぎます。今この瞬間も、強すぎる力は私を蝕み、聖水と十字架で清めたにも関わらず私の肉と精神へ過剰な負荷をかけている。やたらと喉が渇くし視界はふらふらするし、身体中熱くてかないません。
 でも私はあなたの騎士なのです、Leader。
 その剣に誓いを立てました、私の全存在を懸けて、誰に命じられたわけでもなく、私自身の意思で最後にはこの場所を選び取りました。
 長らく妖異は私にとって恐怖の対象で、ましてや悪魔認定を受けたものなんて、畏怖の顕現でしかなかった。けれどあなたがたは私に教えてくださいましたね。人と妖異は歩み寄れると。だってあなたがたは私を殺さなかった。それどころか私にこんなによくしてくれて、凛月先輩はいつもお菓子を分けてくださるし、鳴上先輩は色々なお話をしてくださり、瀬名先輩なんて、私に稽古をつけてくださるのです。――悪魔が聖職者に、祝詞の指導をしてくださるなんて! 冗談みたいなお話ですよね。
 けれど、だからこそ私は、人と天使が手を取り合えるように、天使と妖異も、いがみ合うだけではない関係を築けるはずだと思っています。
 ……ここに来る前、私は妖異である先輩方に天使と話し合おうという提案をしましたけれど。
 思えばあれは、すっかりあなたがたに毒されていた証拠でした。だってよくよく考えてみれば、神学校のテストでそんなことを書いたら落第を通り越して破門ですもの。聖書には悪魔は討ち滅ぼすべしとしか書いてありませんし、その聖書は天使さまが編纂したものですから、つまり天使は妖異がきらいなのです。
「――そこまでです!!」
 私は身体の奥底から全ての力を振り絞り、終わりの焔の中、懸命に叫びました。
「ご両名とも、争いをおやめください。この戦は無益です。私は聖教会のExorcistとして、必要とあらば調停の場を設ける算段であります」
「おや、朱桜くんじゃないか。どうしたの? そんな、逆賊みたいな格好をして」
「逆賊など、とんでもない。ウリエル様――いいえ、天祥院のお兄様ならご存じでしょう? これは死神の正装だそうですよ。本来死神は、天使にも妖異にも等しく生まれる役割です。聖教会所属の私がその権能をお借りしても、堕落にはあたりません」
「なるほど、一理あるな。僕が聖教会をとめている間に、そのぐらいのことは調べがついたんだね」
「……やはり。私を泳がせていたのは、お兄様だったのですね」
 私はゆっくりと深呼吸をしました。是非を問うような無粋な真似は、不要だと判じたからです。天祥院のお兄様は、試問官と同じ目をして私を見ていました。神の恩寵を預かる熾天使に、私は試されているのです。
 Exorcistとして、これ以上の試練はないでしょう。私は慎重に、選び取った結論をお兄様へ呈示しました。
「お兄様。私はRookeyです。聖教会上層部のことも、天使様の思惑も、果ては、悪魔の思惑ひとつ何も知らされていません。けれどあなたがたが私を試していることに気付かぬほど、愚鈍ではないつもりです。ですから……Leader」
「ん。なんだ、新入り」
「もう、また大事な時に名前で呼んでくれない。でもいいです。あの時の誓いを果たしましょう、我らが王よ」
 聖水を追加で我が身にふりかけ、私は十字架を強く握り締めました。Leaderがきょとんとした顔をして、それから、新しく素晴らしいメロディを思いついた時のように笑い、唇の端をにっと釣り上げて見せます。
「私と契約を。妖精王月永レオ」
 私は跪いて彼の握る剣にキスをしました。
 Leaderが唇を薄く開きます。彼の唇に浮かぶのは、たった三文字のスペル。
 それが私の耳に届き、誓いは、確かに果たされました。
「めでたし、聖寵充ち満てる聖女、主は御身と共にまします。御身は祝され、内なる主とともに祝せられ、恩寵の天使はこれを言祝ぎます。我が身に契約の証を。第一の証は暁の光に、第二の証は黎明のよすがに。第三の証は夜満ちる星に、そして第四の証は栄冠の王国に。私は祈ります」
 契約の力を借り受ける祝詞は、瀬名先輩が教えてくださいました。いつか使うことがあるかもしれないでしょ、と呟いた貴方の横顔を鮮明に覚えています。その時私は、なんと答えたのでしたっけ。ああ、そうです……確か、こう。「そんな時があるとすれば、それはきっと奇蹟を行使する時に相違ないでしょうね」と、笑ったのです。
「生きとし生けるすべてに、等しく救いあれ。――Judgement!!」
 私はあらん限りの力で祝詞を叫びました。
 優しい光があたり一帯を覆い尽くします。私は息を詰め、呻き声を噛み殺しました。身に余る行為に、身の程を知らぬ過ぎた力。それを強行したため、私の四肢はばらばらに引き裂かれんとするほどに激しく痛み、血反吐を吐くような思いが全身を苛みます。
 けれどそれでも私は奇蹟を願いました。
 身体中にあたたかいものを感じているから、私は強くあれました。
 凛月先輩が、鳴上先輩が、瀬名先輩が、そしてLeaderが、私を支えてくれていました。
 それでも、意識は薄れていく。身体が重い。目蓋がゆっくりと下がり、世界の全てが、遠のいていく。
「……これが君の答えかい? 月永くん」
 途切れ行く世界のどこか遠くで、天祥院のお兄様がそう呟きます。
「?テンシ?がどう思うかは知らないけど、おれはそう思うよ」
 それに呼応して、私の身体の内側から、私たちの王さまは楽しそうにこう告げるのです。
 朗らかに。旧くからの友に笑いかけるように。そして騎士の誉れを授けるように、高らかに。
「奇蹟は起きた。そういうの、大好きだろ? 英智はさ」


◇◆◇◆◇


「――はっ!?」
 次に私が目を醒ましたのは、いつも通りの、見慣れたCastleの中でした。Leaderに仕える妖精たちが私の目覚めに気がつき、大わらわで飛んできます。彼らの様子からいって、私が随分長い間寝込んでいたことは、どうも確かなようでした。
「Ouch……なんだか随分、頭が……。すみません、妖精さんたち。私、どのくらい眠っていましたか?」
 尋ねると、ハイピクシーが寄ってきて「七日間」と囁いてくれます。七日も! 私はその数字を聞くや否や、ぞっとしてベッドから飛び降り、夢中で駆け出していました。
 眠りに落ちる前のことは、ぼんやりとですが覚えています。ええ、そうです……私はウリエル様に喧嘩を売った、ともとれる行為に出ました。四人もの特級悪魔と契約し、死神の正装をして――たぶん死神の権能を瀬名先輩が持っていた影響だとおもうのですけど――四大天使の居城たる「終わりの塔」で何かをやらかしたのです。何をしたのかは自分でもいまひとつ分かっていなかったのですが。
 そして然る後に聖教会本部へ出頭して話をつけるつもりだったのですが……これは手ひどい大誤算です。まさか七日も礼拝をすっぽかし、申し開きも出来ぬまま眠りこけていたなどと。
 もしかして私、既に破門されているのでは。どうしよう。朱桜の家に勘当されているかもしれない。それを思うと目の前が本当に真っ暗になって……私は半泣きのまま大広間に辿り着き、勢いよく扉を開け放ち、
「――はあ!?」
 そして絶句しました。

「おっ、スオ〜、目がさめたのか? 途中で子守歌とか歌ってやったんだけど、よく眠れたかっ!?」
「あ〜、ス〜ちゃんだ。おはよぉ……♪ よかった、元気そうだね」
「あら司ちゃん! 思ったより顔色がよくて、安心したわァ。ジャッジメントなんて大技使うんですもの、一時はどうなることかと心配したのよ」
「平気でしょ、かさくんは図太いから」
「なによォ、素っ気ないこと言っちゃって。一番心配してたのは泉ちゃんだったじゃない」
「うるさい」
「だからほら、司ちゃん。そんなところに突っ立ってないで、早くこっちにいらっしゃいな」
「Wait! 何がなんだかわかりませんよ、皆さん!!」
 ホールに入るなり喧々囂々のおしゃべりが飛んできたのもさることながら、私の足をかちこちに止めてならないのは、見慣れた先輩方の、その奥に陣取っている見慣れないお客人方の姿でした。いえ、だって。ここはKnightsのCastleです、つまり妖異の領域です。複雑ななりゆきでここに通うことになった私以外、本来聖教会所属の人員がいるような場所ではありません。
「なのに何故、て、てて、天使の方々がここに……」
 私が顔面蒼白の面持ちでやっとその言葉を吐き出すと、Leaderは天真爛漫な笑みを浮かべて傍若無人に言い棄てました。
「おれが呼んだから!」
「神の炎ウリエル様と、神に似たるものミカエル様を!?」
「いいえ! 私のことは日々樹渉とお呼びください、若きエクソシストの朱桜くん。そう、私は! あなたの日々樹渉です……☆」
「渉、ややこしくなるからちょっと静かに。朱桜くんが困ってるよ」
「おやおや。それは大変失礼しました!」
 言葉の端々に星屑の煌めきが舞っているのではというほど華やかな調子で、ミカエル様がにこやかに手を振っておられます。
 私は急速に襲い来る立ちくらみに必死で抵抗し、首を振り、今一度ホールを見渡しました。しかし現実とは無情なもので、四大天使のうち二人は、相変わらず私の目線の先でにこやかに笑っておいでになるのでした。
「Hell or Hell……これが、四大天使に盾突いた罰というわけなのですね、お兄様……」
「朱桜くん、別にこれは夢じゃないよ。それと付け加えておくと、君はまだ破門されていないからね」
「ウリエル様とFightしたのに……?」
「だからこそさ。君は僕の望む結果を出した。月永くん、もしかして、まだ彼に功績の話をしてないの?」
「だってスオ〜、ずっと寝てたし」
「もう……まったく、君って本当に、僕が人間の頃からあんまり変わってないな」
 どことなく嬉しそうに溜め息を吐き、お兄様がお立ちになります。
 そうしてお兄様が私に手招きをなさるので、私は抗えず、ふらふらと歩み寄って行き、お兄様の口から事の顛末をお聞きするに至るのでした。
 ――まず。私が四名もの特級悪魔と契約していることについて、聖教会は不問の立場であること。
 次いで、ウリエル様の先日の大立ち回りは、聖教会の腐敗を洗い出す計画の一環であり、実際は凛月先輩の眷属を法悦する予定もその気もないので安心して欲しいのだということ。
 さらに、私が起こした「奇蹟」により過剰法悦の主犯が捕縛できたため、天界で異常なまでに流行っていた法悦のRushは、止まるであろうこと。
 それらの功績を総合し、聖教会は四大天使の名をもって朱桜司を特級Exorcistに任命すること。
 それが、天祥院のお兄様が私に語った全てでした。
「……あの、恐れながら。お話の意味が、私には今ひとつ……」
「つまり君は、今まで通りKnightsの一員として自由に活動していていいってことさ。法悦が四大天使の決議もなく勝手に行われている状況には、僕も手を焼いていたんだ。その駆除を君が見事やりおおせた。しかも驚くべきことに、君は妖異――ここではあえて特級悪魔と言おうか――の四名と友好的に契約を結んで成し遂げている。これだけの成果があれば、頭の堅いご老人ばかりの神託議会も、今まで通りというわけにはいかない。本当によくやってくれたよ」
「……?」
「つまり『お疲れ様、これからも期待しています』ということですよ、小さなエクソシストさん」
 流暢に喋るお兄様の横からミカエル様が顔を出し、さらっと話をまとめていかれます。私は押し黙り、しばしお話を脳裏で反芻しました。理屈としてはわかるのですが、感情の追随には、それなりの時間を要しました。
「よかったじゃん、ス〜ちゃん」
 私がたっぷりと時間を使って煩悶していると、凛月先輩がいつの間にか近寄ってきて私の肩をぽんぽんと叩きます。凛月先輩は妙に上機嫌で、なんだか怖いぐらい笑顔です。「ま〜くんが無事だったから安心したんだよ」そのうえ聞いていないのに理由を教えてくださる始末。この方、やはり読心術を心得ているのでは?
「まあ、Trickstarsのメンバーは、今急速に地上で人気を集めてるから……信仰の土台として、法悦を狙ってるやつはいるって兄者が言ってたけど。俺に断りなくま〜くんを法悦しようとしたらどうなるかは、今回ので示せたからねえ。うちの新入りは強いぞ〜、エッちゃん?」
「わあ、凛月くんてば悪い顔」
「ええ。そうしていると零にそっくりですよ!」
「そういうのやめてくれる?」
 凛月先輩がミカエル様の足先をげしげしと踏みつけて抗議されます。心臓に悪いので本当にやめてほしい。
「とにかく。今回は、青葉のお兄ちゃんが天使信仰拗らせおじさんにいいように使われてたって顛末だから、まだ簡単に始末できたけど。青葉のお兄ちゃん自体は、正気だったしね……。けど、最近の天界はちょっとお粗末じゃない。ま〜くんとか、Trickstarの子たちを凱旋の旗頭に使おうとしてるのなら、それは考え直したほうがいいよ」
「まさか。別のプランをちゃんと用意してるさ。彼らは今のところ人間だ、自ら進んで神や悪魔の手を取ったわけじゃない。僕だって心得てるよ」
「あ〜やだやだ。純血と違って人間あがりは、すぐそういう心ないこと言うんだから」
「純血の方がよっぽど何考えてるかわからないところがあると思うけどねえ。渉もそうだし、まったく五奇人は気むずかしいよ。すぐ、僕の書いた筋書きから逸れてしまう。待てが効かないんだ、彼らは」
「王さまもね。けど王さまは、人を見る目は確かだよ」
 かわいいでしょうちの子は、と凛月先輩が私の頭をわしわし撫でながら上機嫌で仰います。今更欲しくなってもあげないよ、なんてちろりと舌を見せる凛月先輩に対し、最初から聖教会の子だからねと何故か牽制で返すお兄様。天祥院のお兄様がこんなに楽しそうに笑っていらっしゃるのは、なんだか初めて見たような気がします。
「ともあれ、ますますの活躍を期待しているよ、朱桜司くん」
 後ろから凛月先輩に抱きつかれている私に対し、お兄様が手を差し伸べました。
 私は少しだけ考え、その手を取る代わりに、胸元から十字架を取り出すと額にあて、目を閉じて拝謁の姿勢を取ります。
「僕の手を取らないの?」
 するとお兄様が静かに問いかけられます。ですから私も、静かに、その声に答えるのです。
「申し訳ありません、お兄様。いみじくもたった今お兄様がお認めくださったとおり、私は聖教会のExorcistであると同時に、Knightsの朱桜司なのです。この場において、私の誓いは我らが王の剣に立てられたもの。ご無礼をお許しくださいませ」
「……うん、ならそれでいい。Knightsのみんなとは、これからもご贔屓にさせてほしいな。この歪んだ世界を、美しく浄化するためにね」
 私が恐れながらお答えすると、お兄様は静かに微笑まれました。


 こうして、新米Exorcist朱桜司の受難の日々は、段々と波乱の日々に姿を変えることになりました。私は自らの意思で先輩方の力をお借りし、自らの意思で天と地の折衝に立ち、西へ東へ北へ南へ、あちこち忙しくかけずり回ることとなったのです。
 その際に、いくつもの不可思議な事件に巻き込まれたり解決したり巻き込まれたりしたのですが……そのお話は、またの機会に。