「久しぶりだネ。また会えて嬉しいヨ」
それは雪深い冬の日のことであった。
逆先夏目の招きによって集まった旧き友たちは、夏目のラボに入ると、コートの雪を払ったりしながらめいめいにくつろぎはじめた。彼らが「奇人」と呼ばれた季節からはもう随分と長い時が経ってしまっていたが、五人を結ぶ絆に変わりはない。彼らはある種の共同体であり、家族だった。年と共に老いを迎え、天の迎えを待つようになった今でもなお。
「うふふ。おひさしぶりです〜、なっちゃん。なっちゃんは、『おじいちゃん』になっても、すてきな『まほうつかいさん』のままですねえ」
「あァ、奏汰兄さン、そのコート貸しテ。掛けておくかラ……。雪でずぶ濡れだねェ。奏汰兄さんこソ、いつになっても変わらず不思議で愉快なひとだヨ」
奏汰のコートを預かり、ラックに掛けたついでに夏目が奥のキッチンへ消えて行く。それを見送り、残された四人はのんびりと雑談に興じた。
「奏汰の本質は神秘ですからねえ。私、今でもやっぱり、あなたは人魚姫の泡から生じた未知の生命体なのでは? なんて思っていますよ……☆」
「ああ、あのいつだったかの忘年会の時の話だね。奏汰の実家は海の底……なんていう冗談を、今でも何故か覚えているのだよ。あの時は楽しかったね」
「今も十分楽しいじゃろ? 我輩知っておるぞ〜、この前、斎宮くんの孫弟子が栄えある賞を取った時な。『俗物なんぞにあの子の芸術の価値が分かるとも思えないがねッ、しかしそれに気づいたことぐらいは褒めてやっても構わないのだよッ!!』とか、大騒ぎしとったそうじゃな? うむうむ、怪物も長生きはしてみるもんじゃな〜」
「やめ給え。……しかし零も、いよいよもってその口調に違和感がなくなったな。あれから何十年と経つのだから当然ではあるのだが……」
「戸籍上の年齢に合わせた外見を努めておるからの〜。我輩吸血鬼じゃし、本当はもっと若々しい格好もできるんじゃよ? これは内緒話じゃ……♪」
話が斜めに逸れはじめたあたりで、「お待たせしたネ」と言いながら夏目が戻ってきた。彼が持つトレーには五つのマグが載っており、お茶請けとして、星型の金平糖も盛りあわせられている。
懐かしいものを目にして、奏汰が目を輝かせた。
「『おさとう』ですね。ふふ〜、この『おさとう』、すごくあまくてすてきなあじがしたので……ぼく、すきです」
「うン、近頃たまたま見かけることがあってネ、懐かしくなって買っておいたんダ。今日兄さんたちを呼んだ用事モ、こんな塩梅に懐かしいお題目だシ、ちょうどいいかなっテ」
「ああ、そういえば私たちは用向きを聞かずに集まっていたのでしたね! 一体どんな面白いものを見せてくださるのですか? 我々奇人の愛しい子……♪」
「慌てなくてもすぐ話すヨ、渉兄さン。今日はみんなにこれを見て欲しかったんダ」
自席に置いてあった小さな宝箱を取り出すと、夏目はそれを部屋に設置された一番大きなディスプレイに接続した。すると画面にパッと映像が映し出される。懐かしの夢ノ咲学院を模したマップに無数の点が散らばり、動いていた。夏目がそのうちのいくつかを選んでタッチすると、ポップアップウインドウが浮かび上がり、拡大映像が表示される。
「おや、これは。懐かしいね、若かりし頃の僕たちではないか」
「ほんとですね〜。……あっ。ちあきやこどもたちも、いるみたいですね〜? なつかしいですねえ、このいしょう、もうずいぶんと、きてませんし……」
「おおう、UNDEADのみんなやかわいい凛月もおるではないか。夏目くんや、これびっくり箱か何かかえ?」
「う〜ん、多分CGモデルとかじゃないですかね? いや〜、このあたりの技術は数十年前から凄まじい完成度でしたけど……不気味の谷もいつの間にか克服しちゃいましたからね……それでも、見知った面々が再現されているとつい驚いてしまいます。テクスチャの解像度とか総ポリ数とかどうなってるんでしょう?」
「う〜ン、何回かアップデートはしてるけド、学生時代からずっと作ってたからネ。そこそこってとこだヨ、最新鋭の技術には及ぶべくもなイ。昔から、データの採取自体はしていてネ……。それがようやく人に見せられるまでになったのでお披露目したというわけサ」
余暇でちまちま作ってたからえらく時間が掛かってしまったけどネ、と夏目が少し気恥ずかしそうに言った。自らが青春を捧げたアイドルという生き物を、最も充足していた形で切り取り、未来に残す資産として永遠に保存する。抗争が終わったあとの一年間をベースに、当時学院中に仕掛けていた監視カメラの映像や、実際に各アイドルたちにヒアリングした内容を全てデータベースに放り込み、自律思考型のAIを全モデルに搭載。夏目の生涯を賭した、最も大きな魔法の結実。
「でネ、せっかくだからこの箱庭に兄さんたちの魔法を掛けて貰おうと思っテ。お集まりいただいたのはそういうわけサ」
両手のひらを広げて、夏目が悪戯っぽく笑った。四人の「兄」を前にすると、ちょっとだけ甘えたっぽくなるのは、いくつになっても変わらない。
「ええ、いいですとも! あなたが望むのなら一夜限りの魔法使いを拝命しますよ、私は! だってあなたの日々樹渉ですものね!」
渉が興奮冷めやらぬ様子で夏目に飛びつき、実に愛おしそうに頬ずりをして見せた。夏目はそれに甘んじながら、残った他の三人に説明を続ける。
「うン、ありがとウ。まあでも魔法と言ったってそんなに大それたものではないヨ、渉兄さん以外の兄さんたちはプログラムとかに疎いだろうしネ……。ただおまじないをしてあげてほしいのサ、いばら姫が生まれた日ニ、集まった魔法使いたちがかわるがわる祝福を授けたみたいにネ。今世界中で愛されているアイドルという生き物ハ、この場所からひとつの奇跡を紡ぎはじめたのだト。その愛おしくも素晴らしい出来事ガ、いつか遠い未来の人類に届きますようにっテ……」
「そうまでいわれては、『できません』とは、いえませんね〜。う〜ん、ぼく、ほんとにこういうの、よくわからないので……。とりあえず、『はこ』にさわって『おねがいごと』をしたらいいんでしょうか?」
「それで合ってるヨ。兄さんたちが掛ける『おまじない』の言葉を、データ化してこの中に入れるかラ。奇人の言霊ダ、それで何らかの作用を持つはずサ」
「わかりました。なっちゃん、『はこ』をかしてください〜」
宝箱を受け取ると、奏汰はにこにこ笑っておまじないを口ずさむ。声は随分しわがれて年老いていたけれど、彼の声に宿る神秘の響きは、昔からあまり変わらない。
「ちちん、ぷいぷい〜。『まほうのはこ』さん、どうかこのなかにいきているすべての『いのち』が、よりそいあってくらしていけますように。しあわせ、しあわせ……♪ ……はい。つぎは、しゅうのばんです〜」
「ふむ、承った。では僕は、そうだね……。電子の楽園に住まう者たちへ、真実と自由と、そして愛を贈ろう。人が人である限り……求める者は、答えを与えられるべきだ。箱庭の君たちに祝福を。……零、次は君がやり給え」
「あいわかった。我輩は〜、そうじゃな。これ、我輩が魔王とかこっぱずかしいやつを引退した頃がモデルじゃろ? であれば、隠居老人として、せめてあまねく者たちの庇護を願おう。この手が届く限り、慈愛と救済を。それが、当時、怪物に貶められた……我ら奇人の務めじゃろうからの。……では、最後は日々樹くんじゃ」
「ううん、ここまでで大体それっぽいことは言われ尽くしてしまいましたからねえ。ここは一つ、今までと路線を変えてみるとしますか。宗も零も自分のアバターに重責を背負わせすぎですからね、一個ぐらいセーフキーがあってもいいでしょう」
渉が受け取った宝箱を撫で回し、いくつかの言葉を投げかける。その殆どは零たち三人には理解がつかないものだったが、最後の魔法の呪文だけは、はっきり意味がわかる。
「幸せになる権利は、誰にでもあります。箱庭に住まうデータにも、いつかアイドルの夢や幸福や希望、そして魂が宿るのであれば。私はそれに赦しと喜びを願いましょう。電脳の楽園に安らかな夢を。電子の私たちへ、そして遠き未来の人類へ――あなたがたの世界が愛と驚きとAmazingで満ちていますように……」
さあ、最後はあなたの番ですよ。四人分のおまじいが掛けられた宝箱を返され、夏目が頷いた。さあ、魔法を掛けよう。この箱庭の中で生きる全ての電子記録たちが、いつまでも夢と希望の中で歌い、踊り、輝き続けられますように。
逆先夏目は祈る。
遙か遠い未来に続く幸福を信じて、安らかに。