災い来たりてそれを視て 離別ありきてそこを出づ 災いの夢 黒雲が空を隙間なく覆い、どこにあるのかもわからない合間から幾筋もの落雷が落ちる。城下町に人気はなく、代わりにヒトではないものが鈍い呻きを上げながら徘徊している。 (……久しぶりだな、この夢) 知恵のトライフォースを集めに旅立つ前によく見ていた、あの災いの夢だった。人がいなくなった世界で、自分一人だけぽつんと立っている。回りには異形しかなくて、自分に牙を向けて襲ってくる。けれどリンクにその牙も爪も、届きやしないのだ。 全てリンクに届く前に不可視の壁に阻まれて弾け飛んでしまう。 (これ……なんなんだろう……? そういえば疑問に思ったこともなかった。この城下町は、僕の知っている城下町じゃない) おもむろに、城下町の出口へ向かって歩き出す。その途中のっそりと動く朽ちたミイラみたいなものに接近した。つんざくような悲鳴。だけどそれでもリンクの足は止まらない。 (この城下町の外には、何があるの?) 門番がいない城門の側を、足早に駆けて通り過ぎる。架かりっぱなしのまま所々腐り落ちてしまったらしい橋を渡ると、視界がいっぱいに開けた。曇天、魔物のにおい。 けれど懐かしい、×××の―― 「……ゆ、め……?」 ピチチ、と小鳥が囀ずる声がリンクの耳を擽る。次いで、聞き慣れた小さな妖精の羽音が聞こえてきた。むくりと体を起こす。窓からの光が酷く眩しい。 朝輝だった。大地は太陽に照らされ、命の輝きを映し出している。 そう、今の世界は平和だ。嫌気が差すくらいに整然として、平穏で和やかだ。 「……朝だね」 「うん。リンクってば疲れてたの? ぐっすりだったヨ。でもなんだか苦しそうだったかも。夢、覚えてる?」 「ううん、全然」 「ふーん、残念だネ」 別に残念じゃないよ、と言うとナビィはそうなの? と羽根を傾げる仕草をした。リンクはそれに笑いながら応えて、ゆるゆると布団から這い出る。 急ぐわけではないが、しかしあまりのんびりしている気にもなれなかった。 ◇◆◇◆◇ デスマウンテンの火口からは、相変わらず煮えたぎったマグマが飛び散っていた。時折蛇のようにも見える溶岩がそれこそ飛来する隕石のような暴力性をもって登山者の行く手を阻んでいる。 それなのに、山の中に入ってしまえばそれなりに快適な居住スペースを確保した集落が存在しているのだ。何事も見た目だけじゃあわからないということなのだろうか。 「復興が大分進んでる、とは聞いてたけど……予想以上に見事だなあ」 「たくましい種族なのネ。でも、良かった」 「うん」 「あの時は……すごかった、ものネ」 「うん……」 思い出されるのは、死が充満していたあの惨劇。けれど今のリンクには、その惨劇を作り出した張本人を単純に責めることは出来なくなっていた。確かに許されることではないし、口をつぐんでしまいたくなるような出来事ではあった。けれど。 彼はそれを望んでいたのだろうか? あの光景を望んでいたのは――誰なのだろう? (このまま進み続けたら、わかるのかな?) 真っ白な誰かの記憶は、答えに繋がる何かを持っているのだろうか? ◇◆◇◆◇ 『それなら、頂上の火口付近に入口がある"らしい"って言われてるゴロ。勇敢な戦士が邪竜を鎮めたってお伽噺に出てくるゴロよ。……ただ、危険すぎてもう何百年も誰も近付いてないゴロ……』 「ゴロンの人たちの言う通りだなあって、思うよ。切実に。これはちょっとどうしようもない」 「正直リンクはフツーじゃないケド、ものには限度があるのよネ!」 「そうそう。入口でこの温度だよ。中に入ったら死んじゃうよ」 どうしろっていうんだ、と半ば悪態をつきながらリンクは額の汗を拭った。身体中ぐっしょりだ。暑くて暑くてかなわない。 一年前に岩を取りに行ったドドンゴの洞窟も暑かった。けれどそれはどうにか出来る暑さだったのだ。 だが火口内部の神殿――炎の神殿というらしい――は、そんな生易しい場所ではなかった。 視界中に陽炎が揺らめき、視線の先が覚束ない。 「せめてさ、伝説の勇者が使った服とやらがないと」 「このへんに脱ぎ捨ててあったりしないのかしら」 「そんな都合のいいことがあるわけないじゃん」 でもあったらいいよね、だなんて夢見がちな発言をしつつリンクが大きく伸びをすると、左手のトライフォースが何かに反応するように一瞬だけ光った。いぶかしんで伸びをした方に左手をぐっと伸ばす。しるしは断続的に明滅を始めた。 「……何かあるみたい」 「服かもヨ」 「どうかな……それ以前に、熱くて僕は向こうに近付けないわけだけども……。ナビィ行ってよ」 「ムリムリ。リンクはナビィを何だと思ってるの」 「特攻隊」 ムキーッ、何ヨソレッ!! と湯気を立てて怒り出したナビィをリンクは左手でぐっと掴んだ。驚いてじたばた暴れる彼女が逃げ出さないようにしっかり押さえつけたまま、右手でフロルの風を発生させる。 「むぐ、いんぐっなにずるぎ……」 「三秒、行ってきてナビィ!!」 「う、うわぁぁぁぁぁぁっ?!」 風を放ち、矢継ぎ早にブーメランを構えるとその風に上手く乗るようにナビィとブーメランを放った。ナビィは情けない悲鳴をあげて軌跡の向こうへと飛んでいく。 リンクの宣言通り、三秒足らずでナビィは突風とともに生還した。ただ、ぐっしょりと汗で濡れそぼっているところを見ると相当な臨死体験をさせてしまったようだった。 「ぜぇ、はぁ、ぜぇ……も、もうイヤ。今度という今度はイヤ……」 「あーうんごめんね。それで何かあった?」 「あったわヨ、なんだか折り畳まれた服が! でもムリ。ナビィには取ってこれないもん」 「わかったよ、ありがとう。――"あれば、いいんだ"」 言うなりリンクは再びブーメランを構え、先程よりも力を入れて投げた。強烈なスピンをかけられたまま、ブーメランは服があるらしい場所へ一目散に向かっていく。 程なくして突風は赤い服を携え、リンクの手の中へと戻ってきた。ナビィが唖然として一言も紡ぐことが出来ないそばでリンクは悠然と服を脱ぎ捨て、その赤い服に着替え出す。 寸法はあつらえたようにとはいかず、多少大きかったが身を護る素材としては十分だった。着替え終わり、いつもは真緑の印象を赤に染め変えるとリンクは何食わぬ顔でナビィを左手に取る。 「じゃ、行こうか。なんかひんやりして気持ちいいよ、この服。ナビィは帽子の中とかに入っててね」 「え、あ、うん……って違うヨ! 何当たり前みたいに言ってるの?! なんか危うく納得しちゃうトコだったっ!!」 あぁもう何から怒ったり突っ込んでいいのかわかんないヨ! とナビィが喚くと、リンクは悪戯っぽく笑った。 ◇◆◇◆◇ 灼熱穴居竜ヴァルバジア。 デスマウンテン内部に棲む、火竜。 それにリンクが遭遇したのは、炎の神殿に入ってから数時間が経過した頃だった。マグマのトラップを避け、建物の中を進んでいく中で最終的に辿り着いた大部屋に、それは鎮座していたのだ。 いわゆるボス的存在であったわけだが、じゃあいつも通りにただ倒せばいいのかというと、どうも勝手が違うようだった。 「こんなおっきい竜がいるのに、どうして里の方はなんともないのかしら……?!」 「なんともあるんだよ、ナビィ! 火口の異常な熱さの理由がこれで説明できる」 灼熱のブレスをかわし、思いきり地を蹴って巨大な竜の背後に飛び乗る。振り切られそうになるのを必死でしがみつきながらリンクはふと違和感を感じたヴァルバジアの額を目指した。 「そして多分、それだけじゃあないんだ……! 多分だけど、この山の火山活動そのものがあいつに支えられてる!!」 「は?!」 「今暴れているのは単にこの部屋に侵入されて怒っているから。こいつ自体に悪意はないんだ。ただ火山を活性化させて、でもギリギリのところでバランスを保っている。ナビィもわかるでしょ、こいつからはどんな気配を感じる?!」 「……わかん、ない……ただ悪くないってコトがわかるだけ。そんなに特別なものは感じないヨ」 「そうなんだ……」 会話をしながらも、リンクの試みとヴァルバジアの抵抗は続く。ナビィにはわからないのか、と考えて一瞬意識を左手に向ける。 実はこうしている今も、額に近付けば近付くほどびりびりと痛いぐらいに左手の反応が強くなっていくのだ。 左手の痣が知らせているのは二重のトライフォースの力だ。 恐らく額に欠片があるのだろうということと、そしてこの竜を手懐けたのもトライフォースの力によるものなのだろうということをリンクは予想していた。 「君をここに閉じ込めたのは、誰……っ?! 僕に記憶を集めさせたがっているのは、トライフォースを扱えてそんなことを望んでいるのは、誰なの?!」 ずるずると這い上がり、リンクはとうとうヴァルバジアの額に到達した。思った通りだ。不自然な黄金の聖三角の痣がある。 「君が、答えを知っているのなら見せて。記憶を持っているのなら、見せて――!!」 躊躇することなく、リンクは左手をその痣に伸ばす。リンクの手とヴァルバジアの額、両方のトライフォースが共鳴して強烈な金色の光が部屋中を満たした。 「ちょっと、リンク! 何してるの――?!」 そのままリンクはドサリと伏せって、暴れ狂う竜の背に乗ったまま意識を手放した。 |