たまにはがまんをしてほしい!



 ほら、だめだぞ、そんな顔しても。上から降ってくるあまりにも心ない言葉にソルは顔をしかめた。馬乗りになっている肉付きの良い肢体は熱を帯び、好き勝手に動いて、自分本位に快楽を貪っているというのに。
「この、クソ、おいカイ……いい加減にしろ、テメェな、」
「いい加減に、なんだって? 最初にけしかけてきたのはおまえだろうに。その後勝負に負けたのもおまえだ。ソルー、チェスは元より私にポーカーで勝とうというのは百年早い。鍛え方が違うんだから」
「何鍛えてんだこの不良王が……あっテメェまたかよ!」
「またもなにも、まだいいなんて一言も言っていないし。満足してないんだ。出したがりはけっこうだが、今晩ぐらいは我慢してもらおうかな」
 悪魔のような微笑みと共にカイが冷徹に宣告する。酷い生殺しだ。こんなのがもう一時間は続いているなどと、本当、たまったものではない。
 恨みがましい目でカイを見上げた。ベッドに横たわるソルの身体、その上にはしたなくもまたがり、ソルのいきり立った男根を食み、咥え込んだ男は悦楽にとろけた顔で気持ちよさそうに腰を振っている。それだけならよかった。ソルも一緒に気持ちよくなって、彼の中にしこたま吐精し、その柔らかな身体を思うさま楽しんでいい気分になれただろう。しかし現実はそれほど優しくない。
「いつもおまえが好き勝手してるんだ。たまには、こういうのもいいだろう? おまえはしょっちゅう私の顔を余裕がないとか言ってみせるが、私だっておまえの余裕のない顔がみたい。丁度今みたいな。いつもあっという間に頭がいっぱいになって、よく見えないんだ。もう少しだけこうしていたいな」
 カイがうっとりとしてその細い指をソルの胸板に沿わせた。言っていることは正直かわいかったが、やられていることはかわいくない。たまったものではない。不意に、カイの熱い内壁が脈打つソルを締め付ける。そうこうしているうちにカイの方が気持ちよくなって、二度目の絶頂を迎えようとしているらしい。
 ぴったり食らい付いてくる粘膜の引き絞るような愛撫にソルの背筋が震えた。反射的に、その先を期待して、身体が動く。奥深くを穿つとぶるりとカイが震え、ぁ、と鼻から抜けるような甘い声を漏らして身体を弓なりにしならせる。
「ん、そる、また……出したい、のか? でも……あ、ふぁ、だめ、だぞ?」
 派手にのけぞり、びくびくと小刻みに痙攣しながらカイがドライオーガズムを迎えた。色白の肌は汗ばみ、密着したソルの腹部にしっとりと張り付いている。玉のような汗がとろとろと流れ落ちてソルの身体を濡らす。いい眺めだ。実際、これ以上いい眺めを探せというのも難しいぐらい、最高にそそる淫靡な光景である。
 こんな状況でも、カイが法術使いとしての才能を遺憾なく発揮していたりしなければ。
「…………」
 膨張しきり限界を訴えてきている我が身を思って、ソルは最早無言で己を喰らう淫魔を見ていた。また射精出来なかった。これほど、最高に気持ちのいい射精を出来る瞬間を迎えていたのに。全部今自分の上に乗っかっているやつのせいだ。平素の人々に慕われる為政者と同一人物とは思えないほど乱れた性的な顔を見上げながら思う。こいつがわけのわからん法術で射精を堰き止めていなければ、カイと一緒に、ソルはもう三回ぐらいはいい気分になっていたはずなのだ。
「あぁ、好き……。ふふ、でも、ソルはまだ元気そうだな。かちかちで……今にも破裂しそうだ。あと何時間か、余裕でいけるんじゃないか?」
「……カイ……」
「うん? なんだ?」
「テメェな……そのクソ鬱陶しい術破られた後は、覚悟しとけよ……テメェが泣こうが喚こうが抜かずに三発はまず出してやる……」
「そうか。それはとても――とても、楽しみだ」
 口の端を釣り上げてカイが笑う。憎らしいが可愛らしい。調子が狂う。カイの湿った肌を左手で掴み、顔をこちらへ引き寄せる。乱暴に唇を奪うと、背中に右手を当てて七個目の解除式を発動させた。だが結果はまたもやリジェクト。
(ほら、がんばれ、ソル)
 キスの向こうから伝わってくるカイの言葉に悲しいかな昂ぶりが抑えられず、ソルは次もきっと射精出来ないことを知りつつ、勃起したいちもつをカイの奥深くへ擦りつけた。




◇◆◇◆◇




「……あっ」
 小さな声だ。だがその変化をソルは見逃さなかった。一体何回勝手にカイがよがり、何度ソルが射精を堰き止められたのかはもう数えるのをとっくに放棄していたが、これだけは数え続けている。三十一回目。ソルがカイの掛けた妙ちくりんな法術をディスペルしようと解除術式を展開した回数。
「俺の勝ちだ、小僧」
 口から飛び出た言葉は自分でもどうかと思うほど切羽詰まって余裕がない。でも仕方がないではないか。あれだけ煽られて、ソルはもう出したくて出したくて出したくて出したくて出したくて……仕方なかったのだ。したたかにぶちまけてやりたい。心ゆくまで蹂躙し、精魂尽き果てるまで流し込んで、気が済むまで抱き潰し、最後に、たぶん気をやっているだろうカイの額に、ちょっとだけやさしいキスをして眠りに就きたい。
 無理矢理ソルの射精を封じていた小賢しい封印から解き放たれた男根は、あつくどろどろに熟れた内壁に包まれていたこともあって枷を取り払ったその瞬間に鬱憤を噴き出しそうになったが、そこは根性で耐えた。ここでみっともなく出すなんてソルのプライドが許さない。カイに「おまえ早漏だな」みたいな顔をされるのはまっぴらご免だったし、それになにより、もっとしっかりやり返してやらないと気が済まないのだ。
「おい坊や、まずは褒めてやる。『あの男』ほどじゃないが俺だってそれなりに法術に覚えはある。クラッキングやハッキングとなれば尚のこと、職業上得意分野にならざるを得なかった。その俺がこれだけ手こずったんだ。テメェは天才だよ、間違いなく」
「あー、それは……ど、どうも」
「そして俺は寛容だ。そもそもこんなクソくだらねえ用途になんでこんなクソ頑丈な術式考案してんだとか、そういう文句も今呑み込んだ。今日は言わねえ」
「明日は……言うんだろうな。その顔は。……ソル、怒ってるのか」
「怒る? アホか? いや、アホだったな。溢れる才能を他人の射精管理制御のための術式開発とかに費やすんだから紛う事なきアホだ。実験台もなしによくぞここまでの完成度にしたもんだよ」
「いや実験はしたんだ。一番最初のコードだったら、五回目ぐらいでもう突破されていただろう。それで自分に試しながらちょっとずつ改良を……」
「…………。ハア? なんだ、そりゃ。そういう勃起を促す発言は大概にしろ。ま、もう勃ってるが……な!」
 わけのわからないことを口走るカイの脇腹を両手で鷲掴み、乱暴に突き上げた。ぐずぐずにとろけきっている胎内はそれでも柔らかくソルを抱擁する。だがたとえ異物を押し返そうと反発してきたとしても構う気はなかった。ソルをその気にさせたのはカイだ。悪戯を仕掛け、ソルをここまで意地悪にさせてしまったのは他ならないカイなのだから、その報いは受ける必要がある。
「あ、や、やだ、そんな……いきなり……ぁ――、」
 カイが自分本位に事を進めた分、ソルも好きに腰を打ち付けた。ガツガツ貪るように抽挿を繰り返し、カイの弱いところを重点的に突き上げる。
「ぁ、や、ソル、そる、やだ、あたま、おかしくなる……!」
「聞けないな。もう一回鏡見て言え、そういう説得力のないおねだりは」
 口ではやだとか言ってはいるが、顔はまったくの正反対で、遠慮のない性急な行為に悦びを隠せていない。性行為に慣れ切った肉体はこの行為の次に訪れるものを知っている。そうすると何が得られるのかも。だからソルに「促す」ように肉が媚び、一滴残らず搾り取る気で絡みついてきているのだ。
「ああ……くそ、流石にこれ以上は保たねえな」
 態勢を変えさせようと鷲掴んだカイの腰をこちらへ折り曲げ、顔を引き寄せた。カイの眼窩に填る、熱っぽく潤んだ瞳の中に檻から解き放たれた猛獣の顔が映っている。気を良くしてカイの耳元に唇を寄せ、思い切り噛み付いた。やわらかな耳たぶに歯を立て、ぷちりと切れた皮膚の下から零れた血をぺろりと舐めとる。
「出すぞ」
 そのすぐあとに一言囁くと、カイは自分からソルの身体に手を回してがくがく頷いた。カイの身体が、意思が、ソルの精液を求めている。あれだけ我慢させたあとだからなのか、心なしか、いつもよりカイの方も求め方が激しい。がっちりと抱きついて、絶対に離さないとでも言うようにカイもソルの首筋に甘く噛み付く。
 それを合図にしてソルはこの晩はじめての射精を迎えた。こんなに気持ちのいいセックスははじめてだというぐらいの開放感に包まれ、それは非常に長く続いた。卑猥な音を立てて流れ出す遺伝子たちが、蠢く肉の中へ絡め取られていく様は、まるで吸収されているかのようだ。
「あー……」
 カイの口から漏れ出る声も放心しきっている。多幸感に包まれ、もうこれで満足、と言った調子だ。ソルの腹部に押しつけられているカイの外性器は濡れていた。出されて自分も絶頂を極めたのだ。ドライでイった回数を数えれば、今夜だけで相当な快楽にまみれたことになるだろう。
 だがそれはカイだけの話なのである。
「おいカイ、放心するな」
「でも、ソル……」
「忘れてねえだろうな。俺は言ったはずだぞ、泣こうが喚こうがまずは抜かずに三発出してやる、と。それでテメェはなんて答えた?」
「え? えー……うぅん……? おぼえて、ないな……」
「なら思い出させてやる。楽しみだ、っつったんだ。責任取れよ王様。臣民の幸福を守るのがテメェの仕事だろうが」
 余韻に浸り、力が抜けてくったりとしたカイの身体を揺すぶって正常位に持ち込む。ベッドの上に投げ出された肢体は相変わらず艶やかな色づきを見せていたが、それなりに消耗しているのか、ソルの上にまたがって腰を振っていた時ほどの元気はない。
「いや、ソル、あのな。おまえ……市民権、ないだろう。欲しいなら、手配してやるけど。でも、とにかく、今はまだ……」
「知らん。そんなことより、責任はとれ。テメェの大好きな言葉だろうが」
「……ああもう。予想はついてた。ほんとに、抜いてないし……あ、こら。また勝手に大きくなってる。さっき出したばっかり……ん、ぁあ、もう! わかった。わかったから。三回までは付き合うよ、約束は約束だ」
「ハァ? 何言ってんだ。三回程度で満足するわけねえだろ」
 硬度を取り戻しはじめたそれでゴツンと一発叩き込んでやると、カイの口から「ッ――ばか!」という言葉の割に甘ったるい声があがる。さすがに物わかりのいいことだ。ソルを御そうとするのはさっさと諦める方向へ決意が傾いたらしい。
 カイは逡巡するようにソルの顔から目を逸らし、子供っぽく尖らせた唇からいくらか拗ねたような声を出した。
「……こんなことを言うと、その、ちょっと、悔しいんだが」
「なんだよ」
「おまえのそういう強引なところ、嫌いになれないんだ……」
 カイの目はやはりソルから微妙に逸れたままだった。頬の紅潮がさっきまでと毛色を変えている。性的興奮を隠しもしないあの淫乱な色づきと対比すると、それは最早正反対の、年頃の少女が見せる恥じらいのようで、ソルは股間へ血液が更に集中していくのを感じながら首を振った。
「……次はクソみたいな法術掛けねえで同じこと言え、カイ」