7日間のがまんのしかた



 ――どうしてこんなことになっているんだっけ。
 カイは現実から逃げるようにそんなことを考えた。後で片付けが大変だなとか、誰か来たらどうしようなんてことに考えを割く余裕も殆ど残っていない。一体何が悪かったんだろう。思い返すと何もかも選択肢としては悪手だった気がしてくる。
「考えごとして手ェ止めてんじゃねえよ」
 執務室のデスクに我が物顔で頭を載せ、にやにやと見下ろしてくる男の声に泣きたくなってくる。「そこは私が仕事をするところだ」と言ってやれたらいくらもよかったのに。でも、そういうわけにもいかない。カイは一種の賭けに負けたのだ。律儀な性格を利用されているとわかっていても、そこで何もかもを放り出すことが出来ない己が恨めしい。
 ソファの上でスラックスを降ろし、露わになった自分自身の男性器を握る手にもう一度力を込め、動悸を抑えるようにゆっくりと息を吐いた。その間も舐るような視線が突き刺さってくる。見られていると思うと余計に動悸が激しくなって、また呼吸を繰り返す。
 右手で輪っかを作り、勃ち上がった陰茎をくるんで上下させる。服はものすごい中途半端な状態だし、足はだらしなく開いているのに、身体中がちがちになったみたいに動かない。それなのにソルが「手を止めるな」とか言うから、右手だけが、規則正しく上下運動を繰り返している。


◇◆◇◆◇


 事の起こりは丁度一週間前のことだった。いつも通り仕事をしているカイの元に微妙にやつれたソルが顔を出したのだ。どこぞで喧嘩でもしてきたのか、それとも厄介ごとを抱えさせられて解決に奔走した後なのか、疲労が色濃い。カイは仕事の手は止めずにソファへ座るよう促し、執事を呼ぼうと内線へ手を伸ばした。
 だがその動作をソルが止める。
「いや、いい。呼ぶな」
「え? いやしかし、酷く疲れが溜まっているみたいじゃないか。生憎私は手が離せない。紅茶とお茶菓子を自分で取りに行く暇はとてもないから、やはり……」
「いい。今あの執事の顔見たら、一発殴ってやらないと気が済まん。あの野郎俺をはめやがって」
「……うん? うーん、あー、聞かないでおこう。お前とベルナルドの個人的な問題だ。私は関わりを持ちたくない」
「そりゃテメェの勝手だがな、俺は鬱憤溜まってんだ。何の為にここに来たのか、分かってるだろう」
「…………。ああ、そういうことか……」
 苛立ちの滲むソルの声音に大体の事を察し、カイはそこでようやく手を止めると胡乱な眼差しをソルの方へ向けた。
 ベルナルド絡みで何らかの厄介に巻き込まれたソルは、何とか解決してここに戻って来たものの、相当にお冠であり、ベルナルドの顔は見たくないがこの鬱憤は晴らしたい。ついでに色々溜まっている。そこで、責任は雇い主が取れとか適当な因縁を付けてカイをベッドに引きずり込もうという魂胆なのだろう。非常にわかりやすく下半身に即した行動である。
 ペンを指で弄び、少し唸る。普段なら、まあ、文句を言いつつも仕方のない奴だなと誘いに応じてやるところだ。そういう逢瀬も久々だし、ソルとのそれが嫌いなわけではない。
 でも今日は駄目なのだ。年々ソルに甘くなっている自覚のあるカイでも、今日からしばらくは、それに「いいよ」と言ってやることが出来ないのである。
「そういうこった。相変わらずシモと同じで呑み込みが早いな。だから……」
 カイが頷いたことを確かめ、ソファに沈み込んでいたソルが上体を上げる。目つきはぎらついていて、今にも襲い掛かる三秒前と言った感じだ。しかしそれでも、カイはきっぱりとソルに否を突きつけねばならなかった。
「いや、駄目だ」
「――ハァ?」
「駄目なんだ。そんな風に凄まれても今日ばかりは。今、決算期でな。決裁書類が山のように溜まってる」
「書類が山になってるのはいつもそうだろうが」
「いつもは期日に余裕があるが、今日はまったくない。全部期日ギリギリで中には過ぎているものもある始末だ。今日から七日ほどが、イリュリアという国の趨勢を決める大事な時期なんだよ。分かってくれるな。お前も子供じゃないんだから」
 普段はこんなことになるまで書類を溜めたりはしないが、何しろ、バプテスマ13からこっち、あまりにもめまぐるしく世界が動きすぎた。負債は少しずつ溜まっていき、慈悲なき啓示との戦いを経てとうとうカイでも捌ききれない量に到達。結果、決算期まで諸々がもつれ込み、この有り様なのである。
 本国にいたカイなどまだいい方で、あのダレルでさえコライダーキャノン関連で聖皇庁に使いっ走られていた影響で今はてんてこまいだという。自国を放り出して帰国をぐずっていたレオに至っては、最早執務室は見る影もなく、月を通り越して太陽系を築きかねないところまでいっているとの噂だ。
 いかに機嫌の悪いソルとて、流石にそのあたりを推し量れない男ではない。怒りの行き場を失ったソルはあんぐりと口を開いて押し黙り、ヘッドギアの濃い影を顔に落として低く呻いた。
「本当に七日で終わるのかよ」
「終わって欲しいところだが、やってみないとわからない」
「それ以上待てないぞ」
「なら一人でやっていてくれないか。誰の目も届かないところで」
「近くにテメェがいるのにか?」
「流石にこの部屋で始められたら、たとえ自慰行為でも私は怒る。最悪、持てる権力全てを使ってお前をこの部屋から排斥しなければならないだろうな。ソル、一国の王が持つ権力というものは、たとえ傀儡として打ち立てられた私のものでもこれがけっこう侮れないぞ。それにこちらには奥の手もある」
 ソルがしつこく食い下がってくるので、カイも微妙に苛々してきて、弄んでいたペンを手の中に納める。そのまま視線は書類に戻し、ソルから目を離して仕事を再開した。何と言われようとこれが終わるまでは譲るわけにいかないのだ。
「……というか、何も全部性欲で発散することもないだろう。食べて寝て、趣味にでも興じればいいじゃないか。そもそもお前はいつもいつも、なんだかんだ理由をつけてそっちに持ち込もうとしすぎだ。たまには禁欲生活に励んでみたらどうなんだ」
「禁欲だあ? 俺がか?」
「そうだ。お前は自分の欲求を野放図にしすぎる。もっと禁欲的に生きろ」
「そんなもん俺に何のメリットもねえだろうが」
「もし一週間、自慰も何もせず、規則正しい生活が出来たらその時改めて相手をしてやろう。何でも言うこと聞いてやるから。本当に禁欲出来るのならな」
 わかったらもう諦めろ、と半分仕事をしながら言い棄てる。どうせこんな提案をしても呑まないか、呑んだところでそもそも禁欲生活なんか続くはずもない。そう考え、カイはソルの顔色一つ伺わなかった。しかし後になってから強く思う。大した手間でもないのだから、この時顔を上げていればよかったのだ。
「わかった」
 少しの間を置いてソルが短く答える。その声はまるで、舌なめずりでもしながら出したかのようにねっとりとしていた。


 ――それから一週間、ソルは本当に驚くほど禁欲的に生活した。
「なあカイ、オヤジさあ、最近変じゃね? あ、いやカイはあんま会ってないんだっけ。じゃあわかんないかな。とにかくスッゲエ変。なんか変。母さんと一緒になって超真面目に俺に教育しようとしてくるし」
 三日後ぐらいにシンがそんなことを言ってきて、嫌な予感はしていた。聞けば、普段はあっちこっちふらふら出掛けてしまうソルが、努めてシンとディズィーのそばにいるようにしているのだという。しかも昼はシンの勉強を熱心に教え、夜はリビングで学術書を読みあさっている。ここ数日、酒も飲んでいないらしい。
「で、なんでだよって聞いたらなんかカイと賭け? してるって言うじゃん。何賭けたんだよ。俺と旅してた時だって、今ほど酒とか煙草我慢してなかったんだぜ」
 学術書に目を通す時間を終えると、宛がわれた客室に戻って大人しく床に就き、朝早く起き出してディズィーに何か手伝うことはないかと聞いてくる始末だ。ディズィーは大変喜んでいたが、カイは内心穏やかではいられない。今日もお買い物を手伝ってくれて、とはにかむ妻の笑顔がその時ばかりは直視出来なかった。
「夜、お部屋を訪ねて何か飲みますか、って聞いたらコーヒーがいい、って言われて。ビールとか蒸留酒とか、お父さんが買ってきた物が冷蔵庫に入ってますから、そっちじゃないんですかって聞いたら、禁欲生活中なんですって。どうしたんでしょう。何か神様にお祈りしたいことでもあるのかしら……」
 あの男に限ってそんなことはない。神なんかろくすっぽ信じていない男だ。
 だがその分、自分のことは信じている。
 カイはきりきりと痛む胃を抱えて一週間を過ごした。どうせ出来やしないだろうとたかをくくっていたから、「何でも言うことを聞いてやる」とはっきり言ってしまっている。帰って来る時間が遅すぎてその頃にはもう客室にソルが引っ込んでいるせいで、あれから一度も顔を合わせていないが、一週間後、ソルは必ず「何でも言うことを聞かせる」ために再び執務室を訪れるだろう。
 こうなったらもうソルは止められない。カイに出来るのは確実に仕事を終わらせておくことだけ。そう思い、ひたすらに仕事を片付け続け、とうとう覚悟していた一週間後、ソルが執務室に現れる。
 ――果たしてソルの突きつけてきた要求は、カイが想像していたより遙かに恐ろしいものだった。


◇◆◇◆◇


「う……ふ、ふぁ、あ、んっ……」
 右手で自身の陰茎を擦り続けていたカイは、途中で埒があかないと判断したらしいソルが追加してきた命令によって同時に左手で後ろの穴を押し広げることを強要されていた。ソルに散々好き勝手させていた場所ではあるが、元々禁欲的な生活をしてきたカイに、前はまだしも後ろを自分で慰める習慣はない。勝手がわからないぶん、「言うことを聞く」のは難航した。
 シンとディズィーを立証人に七日間の禁欲生活を勤め上げたソルは、自信たっぷりに執務室へやってくると、目を細めて「何でも言うことを聞くんだったな」とねぶるような口調で確かめた。なんとか仕事を片付けていたカイはびくびくしながらそれに頷く。それを確かめ、ずかずかと執務机に寄ってくると、ソルはカイの耳元に口を付けて事もあろうか「俺が見ている前で一人でやってみせろ」と言い切るではないか。
 一体どこで? と恐る恐る尋ねると無言でソファを指さされる。カイは観念し、執務机を明け渡すとソファに寝そべり、拙い手つきで萎えたままのものを取り出す。
 それからが大変だった。
「っ………ん……んんっ……」
 まだ幼かった頃に自慰行為自体はソルに教えられている。だからやり方は知っているが、かといって、積極的に行っていたわけではない。はっきり言ってカイは自慰がへたくそだった。その上ソルにじっとその様を見られていて、どこまでさせたいのかわからないまま柔らかい陰茎をこすっても、なんだか全然気分がのらなくてあんまり気持ちよくなれなかったのだ。
「は……ぁ、あ、ん、も、やだぁ……」
 それでも生理現象でなんとか勃ちあがりはじめていた男性器は、後ろを弄りはじめたことでもう少し勢いを増していた。指をねじ込み、後ろを押し広げられることで次に何を得られるか身体がわかっているから、ただ自分で慰めているだけなのにも関わらず、前を触っているより興奮しやすいらしい。だがそれでも、ソルに指を入れられている時のような気持ちよさはない。じりじりとしていて、緩慢で、いつまで経っても終わりが見えない。
「やだ……こんなの、も、やめ……」
「やめて、どうするんだ? 俺にあれだけ禁欲させておいて、テメェだけ自由にするのか」
「だ、だって……わたし、も、禁欲、して……」
「テメェのは生来のそれだろうが。放っといても変わんねえだろ。なら、俺が我慢した分、テメェは真逆のことをするべきだ。それが筋ってもんだろうが」
「それのどこに、筋が通ってるっていうんだ、ばか!」
 それにしても酷い言い様だ。はじめは反論をしつつも律儀に手を動かしていたものの、最後の言い方には流石にむっときて、カイはすっかり前からも後ろからも手を離すとソルの方を睨み返した。
「自分でしたって大して気持ちよくないし……その、仕事はちゃんと終わらせておいたし……お前がしてくれ、こういうのは。七日前のお前ではないが、近くにお前がいるのに、なんでこんなことをしていなきゃならない」
「俺が見ていたいからだが」
「もう十分見せただろう!」
「俺の七日分には到底足りねえ。……だが、実際こうして見てみると、テメェが同情を誘うぐらいヘタクソなのは確かだ。抱かれ方と同じぐらいしっかり教えたはずなんだが、どこで差が付いた?」
「知るかそんなもの」
「まあ、実戦経験の差ってところだろうな……仕方がない」
 執務机から腰を上げ、ソルがのっそりとカイの方へやってくる。そのままあっけらかんと下半身を覆う布を脱ぎ捨てると、カイの中途半端に穿いたままだったスラックスにも手を伸ばし、すぽんすぽんと脱がせて床に投げ捨ててしまう。
 そうして瞬く間にカイを自分の膝に載せると、ソルは既に緩く勃ちあがりかけている己のものとカイのそれをまとめてカイの手に握らせ、にっと性質の悪い笑みを顔に浮かべた。
「後ろは手伝ってやるから前はやれ。両手でな。自慰ったって、立たせようとしてることには変わりねえんだから、いつも俺にするみたいにしてりゃいいんだよ」
「えっ……自分のものを舐めるのは体勢的にかなり厳しいものが……というかお前の以外口に含みたくない……」
「……だから両手でっつったろうが」
「うーん? まあ一人でやるよりは……って、あ、も、もう?!」
 呆れかえったように深々と溜め息を吐いたソルが、カイが戸惑っているうちにいきなり指を三本後ろへ突っ込んでくる。軽い衝撃に息を呑み、カイは握り締めたふたつの陰茎に意識を集中させた。
 カイもそれほど貧相ではないはずなのだが、ソルのそれと直にくっつけて並べると、やはり圧迫感というか迫力にどうしても差が出る。勃起しきっていない状態でこれなのに、普段は、硬くなってあんなに張り詰めたものがカイの中にすっかり収まっているのだ。改めてそう考えながら見るととんでもない。そんなことをぼんやりと思っているうちに、ソルを勃たせることに慣れた手は、一人で自慰をしていた時とは比べものにならない手つきで的確に筋をなぞり始める。
 加えて後ろにも断続的に刺激が加えられている。密着したソルの性器がどんどん熱を持ち、脈打ち始めたのを感じて自然とカイの身体も高まりを見せた。
「ぁ……やだ……今日のソル、すごい……」
 隆起したソルのそれが、心なしかいつもより立派に見える。流石にそこまでは誰かが見張っていたわけではないから立証も何も出来なかったのだが、どうもこの様子では本当に自慰行為ひとつ行わず、禁欲を貫いていたらしい。鈴口からはだらだらとカウパー液があふれはじめ、カイの性器も一緒くたにしてぐちゃぐちゃに濡らした。それにつられて雄の臭いが立ちこめはじめ、つんとしたものが鼻をつく。
 ――いつもだってすごいのに、今日の一際大きなこれを入れられたら、どうなってしまうんだろう。
 ――知りたい。ソルが傲慢に振る舞うのなら、私だって、ちょっとはわがままになっってもいいんじゃないか?
 そう思うといてもたってもいられなくて、カイは二本の陰茎からぱっと手を離すと、ソルの手もやんわりとカイの穴から引き抜いてもぞもぞとソルの膝から降りる。
 そしてそのまま床に膝立ちになると、ソルに「どうした」と言われるより早く大きくそそり立ったものをぱくりと口の中に咥え込んだ。
「……えらい積極的だな」
 オーラルセックスをカイはそれほど嫌がらない。しかし、普段はやれと言われるまであまりしない行為だ。それが自分から口に含み、傅くような態勢で奉仕をしている。それに驚いて思わずソルもぽつりと漏らしてしまったが、カイは気もそぞろにフェラチオに打ち込むばかりで何の返事も寄越さない。
 亀頭を執拗に舐めていたかと思えばカリに舌先を引っかけ、手で支えながら丁寧に筋にそって下まで舐めていく。なまじ全裸ではなく上は普通に服を着ている分、その行為は殊更淫らに映った。陰嚢まで愛撫するようにしゃぶり、やっと口を離したかと思えば向けられた瞳は熱で潤み発情しきっている。
「そる」
 先走りでべたべたになった唇を開き、舌っ足らずに名前を呼んだ。
 見られながらの自慰行為は、全然気持ちよくはなかったが、羞恥心で身体を煽り、準備万端にさせるという意味では抜群の効果があったらしい。そんなことを考える頭も茫洋としてもう覚束ない。
 目の前にソルの逞しい身体がある。早くこれとひとつになりたい。身体じゅうの隅々まで、全部。
「はやく……いれて?」
 見上げる態勢のままこてんと小首を傾げると、ソルは何故か酷く険しそうな顔をした。それから「加減は期待するなよ」とぼそりと言い棄て、カイの腰を掴んで自分の膝の上にもう一度乗せた。


◇◆◇◆◇


 七日間必死に我慢をした。元々たいして我慢強い性質ではないところに餌をぶら下げ、鋼の自制心を己に強いた。酒も煙草も我慢したし規則正しい寝起きを心がけ、昼はシンの勉学を見て夜は自学に費やした。勉強はカイが子供の頃も見てやっていたが、嗜好品を我慢してまで自学に時間を割こうと思ったのは研究室時代以来だ。我ながら相当我慢したと思う。だからある程度の反動として、多少の無体を強いても構うまい。そのぐらいの強気な気持ちで、再び執務室を訪れた……のだが。
「っ……ん、んん、ぐ、ぅ、ふぁ……ッ」
 かくも禁欲の反動とは恐ろしいもので。自分の七日ぽっちの禁欲生活などこの男の前では大したものではなかったのかもしれないとある種呆然としながら、ソルは腰を沈めていくカイの痴態を見ていた。
 最初はあれだけ嫌そうな顔をしていたくせに、どこぞでスイッチが入ってしまったのか、再び膝に乗り上げたカイは自ら腰を浮かせ、尻穴を両手で広げ、ぴんと上を向いているソルの陰茎をさっさと呑み込もうとした。だが位置が合わずにつるりと滑りそうになる。そこで慌ててカイの身体を支え、穴にぴったり重なるよう先端の位置を調整し、カイ、と名を呼んで尋ねてやるとカイは嬉しそうにはにかんで、少しずつそれを食べ始めた。
 ひくついていた穴が真っ先に先端へ食らいつき、カイの自重に従ってずぶずぶと全体が暖かい肉の中へ埋まっていく。溜め込んだ分膨張していたせいもありそう易々とは行かなかったが、それでも、カイは時折腰をくねらせ、張り詰めた息を吐き、とうとう最後までソルの全てを受け入れた。
 確かにしつこく慣らしてはいたが、それでも並大抵のことではない。それなりの痛みがあったはずだと思うのだが、カイの淫蕩な表情からはまったくそんな素振りが感じ取れない。
「ね……ほら、ぜんぶ、はいった……ぁ」
「おい、痛みは」
「わかんな……でも、いつもより……おなか……いっぱい……」
 そのまま緩やかに腰を動かし始める。大体いつもソルがカイを押し倒して事に及ぶので、対面座位は殆どしていないし、カイも自分から動くことはあまりない。だからなのか、自慰行為と同じぐらい、カイの腰つきは拙かった。ただ、そんなことはまったく関係ないぐらい、カイが自分から腰を揺らめかせ、ねだっている様子はひどく淫靡だった。
「あっ、あ、あぁ、んっ……」
 やがて結合部がぐちぐちと水音を立て、一際卑猥な音があたりに響き始める。一心不乱に腰を振っているカイは愛おしいが、このままではやられっぱなしだ。カイの淫乱ぶりに気圧されてなすがままにさせていたソルだったが、溜まっている分酷くしたい欲求もある。カイの身体を引き寄せ、腰を強く突き上げてやると、それまでの自分勝手な声とはやや性質の違う腰から脳天まで駆け上がっていくような鋭い喘ぎ声がカイの口から上がった。
「あっ――」
 その声にぞくりとするものを背筋に感じ、そこからは、ソルもいささか強引にカイを抱くことに一切の躊躇いを感じなくなった。
 カイが勝手に動いている間はあちこちに噛み痕を付け、時折、不意を打つように奥へねじ込む。ぐずぐずになったカイの肉は媚びるようにソルを抱きしめ、きつく締め上げては射精を促した。
 とはいえソルも、らしくもない我慢を成し遂げた後だ。普段ならそのまますっと出してしまうところを堪え、カイが一人でいきそうになればそれを咎め、しつこく時間を掛けて交わる。とびっきり熱く濃いものを、カイがしびれを切らした頃に懇願されながら出してやりたい。そんな思いがソルを加虐的にさせる。
 一方でカイは激しいが終わりの見えない行為に不満気なようで、何度も何度もソルにおねだりをしてくる。絡みつく肉のひだはうねり、自分から口を近づけてキスをせがむ。ものすごく体力のいるセックス。確かに我慢をせず毎日事に及んでいたら、こんなにねっとりしたしつこい行為は体力的に出来まい。
「はやく……」
 しかし体力にも限界がある。こう見えてソルもカイも総じて長期戦に自信のあるほうで、かつての遠征時に最後まで元気に暴れ回っていたのもこの二人だったが、それでもエネルギーは無尽蔵ではない。カイのせがむ頻度が上がり、蕩けた顔にも切羽詰まった色が浮かんでくる。さっきから射精はもちろんドライもさせていないのだ。お互いに限界が近いことをカイも分かっていて、両腕が縋り付くようにソルの身体を抱きしめる。
「も、がまん、できない……」
「だから我慢は良くねえって最初に言っただろうが」
「……そんなこと、言ってない」
「とにかく我慢は身体に悪いんだ。もう分かっただろ。それなのに俺は七日ちゃんと我慢した。これはもう天文学的に偉い」
「ん……そうだな。今回は、偉かった。すごく。だからもう……出して?」
 出して、と言いながら一層強く穴を引き絞ってくる。こういう時でもカイは強かだ。意趣返しをし尽くしたソルはすっかり満足して、カイの耳元で「ああ、いいぞ」と囁いた。途端にカイの顔色が歓喜に変わる。べったりとくっついた肉体を更に押しつけて、ソルの舌を受け入れて自らの舌を絡ませる。
「ッ――、ん、んん、んっ……」
 深い口づけの中で二人して絶頂を迎えた。カイの身体はびくびくとのけぞりそうになるほど震え、それを許さぬほど強く抱きしめながらソルは心ゆくまで溜め込んだ精をカイの熱い胎内へ放った。
 勢いよく出している割に長々と続いた射精が終わる頃に口を離してやると、カイはすっかり放心しきり、ぼんやりとした顔でソルをぽやっと見つめてきている。頬を撫で、ちょっと優しい声で「よかったか」と尋ねてやるとこくりと頷いてみせる。
「やっぱりすごかった……」
「あ?」
「ソルの……いつもより、おっきかった、から。いつもよりすごいのかなって……確かめたくて……。あつくて、おっきくて、びゅくびゅくって……すごくよかった……」
「…………」
「……あれ? ソル? また……なんだか、大きく、なってる、けど……?」
「いや……テメェ……アホか?」
 なにが、と可愛らしく尋ねてきたカイをそのままソファにひっくり返し、ソルは恐る恐る尋ねた。
 欲求を溜め込んだ男に対してそんなふうに答えたらどうなるのか、記憶にある限りでは何回か教授してやったことがあるはずなのだが、どうも気持ちよくなりすぎていつもより頭がゆるくなっているらしい。なんで、なんで、と不思議がるカイの乳首に噛み付く勢いで吸い付いた。ふわふわした先端がたちまちかたくしこり、ぴんと天を向いて立ち上がる。
「七日分だからな。まだ付き合ってもらうぞ」
 挿入した状態のまま態勢を動かしたことで微妙に抜き出てしまったそれを強引に奥へ押し戻し、カイの上へ覆い被さる。カイはきょとんとして瞬きをしたが、すぐにこくりと頷き返して両腕を持ち上げてソルの背を抱いた。そのまま引き寄せられ、当たった先の首筋を甘噛みすると猫の鳴き声みたいな甘ったるい声が上がる。
 ソルは悦に入って抽挿を開始した。本当の意味で終わりを迎えるには、普段より時間が掛かりそうだ。


◇◆◇◆◇


 全てが終わった頃には窓から差し込むあかりも僅かになっていた。やっとのことで体力を使い果たし、へとへとになった二人は、狭いソファの上で折り重なり、長々と息を吐いた。
「もう二度とお前に七日も我慢をさせない」
 カイの切々とした言葉にはえもいわれぬ重みがあり、神前で立てている誓いと比べても遜色ないぐらいだった。
「しつこい。体力お化けか。お前の心臓には、なんだ、永久機関でもついているのか」
「テメェも大概体力馬鹿の部類だろうが。昔は何度打ちのめしてもゾンビみてえに起き上がって来ただろ」
「それもなんだかんだ言ってソルが余裕でのしていたじゃないか。まったく、お前には負けるよ……しかしすごい量を出したな……」
「七日分だからな」
「嘘つけ。出されすぎて私の直腸はお前の遺伝子まみれだぞ、今」
 腹が膨らむかと思った、と言いながらもソルの上に身体を大の字にして乗っかっているカイに怒っている素振りはない。ただ、精液まみれになってしまったソファの処理にだけは心底困っているようで、しきりに「もうソファはやめよう」と悲しそうに呟いていた。
「禁欲の反動は凄まじいな。昔禁酒法についての顛末を習ったが、あれを思い出した」
「禁止するとその分隠れてやるから意味がないし、解禁されたらされたでそのしわ寄せのように欲求が膨れあがるってな。まあでも、今日のところは、正直俺よりカイの方がやばかっただろ」
「そうか? これだけ出しておいてそんなことを言うのか?」
「テメェが自分からフェラして咥え込んで腰振るなんざ相当だろうが」
 言い返してやると、やっといつも通りの色を取り戻し始めていたカイの頬がまた真っ赤に染まってしまう。カイはかーっとなり、ふるふると首を振り、しかし最後には項垂れてソルの言い分を認めた。
「……。だって……ソルの……すごい大きかったから……」
「いつもあんなもんだろ。テメェは禁欲しすぎなんだよ」
 からかうように言ってやると、カイはややむっとして頬を膨らませたが、黙って顔を引き寄せて唇にキスを落としてやるとすぐに警戒を解いて大人しくなった。
 それからいくらかの時間、触れ合ったままとりとめのない討論に興じた。議題は主にかわいそうな目に遭ったソファの行く末に終始した。ソルがさっさと処分して買い変えろと提案すると何故かうんうん唸られる。問いただすと、どうせソルはまた同じようなことをやらかすだろうから、いくら買い換えても惜しくない値段のものにするか、それともうんと値の張るものを一台買って、頑としてカイの方で行為に及ぶことを拒むか、で随分揺れているらしい。
 どう考えても今後数台のソファを駄目にする未来が目に見えているので大人しく安いのを買っておけとソルは思ったが、悩んでいるカイが面白いので放っておいて背中をさすっていた。カイはしばらく唸り続けていたが、どうも考えが行き詰まったのか、そういえば、と全く関係ないことをソルへ尋ねる。
「ちょっと気になっていることがあるんだが」
「なんだ」
「結局お前がベルナルドに押しつけられた厄介って一体何だったんだ?」
 ソルは険しい表情で歯を食いしばった。ベルナルド絡みでソルが奔走させられるような事柄など一つしかない。カイのことだ。カイの、とりわけ過去が絡んだ時だけ、あの執事はソルよりも優位な状況に立ち、「いつもカイ様に心配を掛けさせ無理をさせているのだからこのぐらいは」と無理難題を吹っ掛けてくる。我慢が嫌いなソルが、カイのためならある程度我慢が出来たり出来なかったりするのは、無論意趣返しをしてやろうという意地悪い意図もあるが、あの執事のせいで昔よりやや我慢強くされてしまったところが大きいのだ。
 けれどそれをカイ本人に告げるのはどうしても嫌で、ソルは顔をソファの背もたれのほうへ背けると小さな声でぼそりと呟いた。
「…………絶対に言わねえ」