夜を歩く



 新月は嫌いだ。
 何せ力が出ない。ぐったり弱り切って何も出来なくなってしまう。せいぜいが、ベッドに大の字になったり、ずるずると扉目指して這いつくばったりするぐらいで、基本的にはもう死んでいるのと同じ状態を強いられる。
 新月は吸血鬼の大敵だ。月が出ていないだけでここまでエネルギーを奪われるのだから、月のない世界では、吸血鬼は生きていけないのに違いない。
「いやそれはさあ、カイが血を飲まないせいじゃん? スレイヤーのオッサンとか、新月もぴんぴんしてるじゃん。あの奥さんはしょっちゅうぺらっぺらになってどっか飛んでってるけど」
 なんてことを死体よろしく横たわったままぶつくさ言っていると、いつの間にかベッドサイドに腰掛けていたシンが、輸血パックを片手に私を見下ろしてきていた。「飲む? てか、嫌でも飲んで?」シンの私を見る目は据わりきっており、拒否権というものはまるで与えられていない。
「カイが人間の血ィ吸うの嫌いなのはオレも母さんもよ〜く知ってるけどさ。意固地になってて死なれたらオレ達はイヤなんだよなあ。つうわけで飲んで。飲まねーなら、どんな手を使っても飲ませる。カイが嫌がっても無理矢理口移しで入れる」
「シン、おまえは吸血鬼じゃないんだから、血なんか飲めないだろう」
「それでも、だ。前の新月が終わった時に母さんと約束したからな」
 言葉がものすごく力強い。私は諦め、平服の意を示し首を横へ振った。吸血種でないシンにとって、人間の血はひたすら不味い液体に過ぎない。そんなものを口に入れさせるのは、親として如何なものかと思ったのだ。
 私が諦めたことを確かめると、シンはベッドからひょいと降りた。それからカーペットの上に力なく倒れている私の顔を無理矢理持ち上げ、片手で支えると器用に口を使ってパックのキャップを外し、唇に押しつけてくる。
 仕方なく口を開くと途端に中身を流し込まれ、口腔いっぱいになんとも言えないえぐみが広がった。
 なんていうか、私の味覚は、吸血鬼のくせに、血液をおいしいと感じてくれないのでたいへんに困る。満月の時は色々とハイになっているのでまあまあいけるが、新月は本当に鉄さびでも煮詰めて食べているような気分になっていけない。ワインもそんなに得意ではないけど、血液は本当に美味しくない。……それで昔「もう一生トマトジュースを飲んでいたい」とぼやいたら、怒られてしまったんだけど。
 毎秒吐き出したくて仕方なかったんだけれども、目が据わったシンが笑顔を向けている手前途中でギブアップをすることも出来ず、己を叱咤して飲み干した。間を置かず、嫌々体内に取り込んだ血がじわりと身体中に回り始め、少しずつ身体が楽になってくる。
 はあ。なんて現金な身体なのだろう。他人の血を摂取することで身体が楽になるこの現象が、どうしようもなく私を夜の眷属だと明言していて、どうも複雑な気分になっていけない。
「……これ、いつの?」
「んー、オヤジのー、人間だった頃の貯蔵だから……」
「ああ、随分前のだな……どおりで……」
「新鮮なのが良けりゃ本人のとこ行ってきてくれよな。母さんのはまだしも、オレの――マミーの血はあってなきにしもだからカイにあげらんねーし。ほぼ死んでるもんなオレ!」
 私が血を飲み力を取り戻したので、シンはあの有無を言わせぬ顔つきを止めると一転して底抜けに明るく笑った。言っている内容はあまり楽しいジョークではないと思うが、シンが楽しそうなので、それには言及しなかった。
 よいしょというかけ声と共に立ち上がり、軽く首を回す。四肢の末端まで血液が行き渡り、行動するだけの活力が戻ってくる。人差し指で術式を描き、眷属の蝙蝠達を呼んだ。満月なら、まだるっこしい詠唱ごと全部破棄して口笛一つで大群を呼び出せるのだけれど、こんな些細なことでさえ一番に弱り切ったこの時期には出来なくなってしまう。血を飲んで多少元気になっても、根本的なところで新月の吸血鬼は虚弱なのである。だからこそスレイヤー卿も新月は館に引きこもっているわけで。
 呼び出した蝙蝠達は、待ってましたと言わんばかりの速度で飛んできた。彼らはやってくるなり親愛の証に私の頬を舐め、すぐに畏まると命令を待つ。
「ソルの居場所を探って戻って来てください」
 数羽の蝙蝠達が嬉しそうに――でもちょっと複雑そうな様子で――一斉に飛び立った。どうもソルは蝙蝠達に嫌われているらしい。彼らはけなげなのだ。そして誠実で真面目。フランケンのソルを、私に近づく悪い虫か何かだと思い込んでいるようで、時々ちょっと困ったりする。
「それでシン、母さんは」
 蝙蝠達が一羽残らず消えたのを確認して振り返ると、シンはやはりからりと笑み(夜の眷属らしくはないが、シンはいつもお日様みたいに笑うのだ)、窓の外に見えるひときわ高い塔の方を指さした。
「聖堂! カイが弱る前からあっためてた卵、そろそろみたいでさ。もう昨日から出てきてないと思う。オレんとき、そっからどんくらいかかったの?」
 竜種の血を引いているディズィーは卵を産む。悪魔の種族特性として眷属を増やす時ではなく、私との間に子を得た時に。シンを産んだ時は何もかも手探りで大変だったが、今回は聖堂というかたちで母竜の巣をきちんと模して用意しているから、前よりはいくらか楽なはずだ。
「まあ、ざっと十三日ぐらいでしたよ。多少は動けるようになったので、あとで様子を見ておきます」
「頼むぜホント。だってこの時期、つがいしか中入っちゃいけないんだろ? カイしか母さんのそばにいてやれないんだから……ま、そこに新月が被っちゃったのはちょっと不幸だったな」
 カイが新月に弱いのはどうしようもないんだもんなあ……と同情気味に呟き、シンが大きく伸びをした。まったくその通りだが、反論出来るところがないぶん心に来る。そう。私が新月に弱いのは種族特性であり、それを克服するには、スレイヤー卿と同じようにいつもより多めに人間の血を摂取するほかない。種族として編み出した答えがそれなのだ。でも、だからこそ、私はこうなるたび自分が吸血鬼でさえなかったら……と思う。
 何しろこの城にいる純正の吸血鬼は私一人。月の満ち欠けの影響をもろに受ける吸血鬼の私や人狼のラムレザルさんと違って、マミーのシンや魔女のエルフェルトさんはあまりそのあたり変化が出ない。ディズィーは影響を受ける種族だが、悪魔はバイタルが揺らぐというよりも行動様式に変化が出るタイプで、新月のたびにへたばっているのは結局私だけなのだ。


 聖堂に立ち寄り、妻の手を握って無事を祈り、戻って来ても蝙蝠達はソルを見つけられていなかった。仕方ないので嫌々ながらもう一パック血液を飲み(シンは私が多く血を飲むことを喜んでいた)、追加の蝙蝠達を飛ばし、それから更に数時間。
「ああ、やっと見つけた。またこんなところにいておまえは……」
 そうして蝙蝠たちを方々へやり、やっとのことで見つけたソルは天文台のてっぺんを一人で陣取っていた。星空を眺めるなんて風流な趣味を持っていたわけではないはずなのに、酒瓶を散らしてどかりと座り込んでいる。
 私はずかずかと彼の方へにじり寄り、腰を屈めてソルの頭を人差し指で押した。
「こんなところで何してる」
「何だっていいだろ。それよか、蝙蝠共がぴいぴいうるせえ。昔のテメェかこいつらは。いや、過保護さで言えばあの人狼執事殿に匹敵するか……」
「話をそらすな! 知っていると思うが、私はこの時期、本当はせいぜい十羽ぐらいしか蝙蝠を飛ばせないんだ。満月の時は困らないが、新月の時はあまり変なところに行かれると困る」
「十羽? 満月のテメェは一万ぐらい平気で飛ばしてくるだろうが、虚弱体質にもほどがあるだろ」
 呆れたように肩をすくめたかと思えば、私の額に思いきりデコピンしてくる。痛い。手加減してはいるのだろうが、弱り切った新月の吸血鬼に対してこの馬鹿力。正直銀弾でも撃ち込まれたんじゃないかというぐらいしんどかったが、気合いだけで堪え、私は眉を一文字に結ぶと怒鳴る。
「仕方ないだろう、そういうふうに生まれついたんだから! それにおまえが人間だったうちは、あんまり弱ってるところは……見せたくなかったし。ああ、そうだ……おまえのあれ、貰った。どうも」
「どうせ大昔に俺の身体から抜けてったもんだ。好きにしろ」
 それで動けるんならいい、と小さく零してソルがやっとのことで振り返った。
 何の因果か、私が初めて出会った頃は人間だったはずのソルも、今や立派なフランケンシュタインだ。いやまあ、私が手を回してそうしたようなものだけど。実際に改造を担当した我が父上は多分私が頼まなくても喜び勇んでそうしていたんだろうけど。ともかく、ソルから人としての安らかな死を奪ったのは私だ。その私が生きて活動するために、死んでしまった「人間・ソル」の血を新月のたびに飲み続けていることには色々思うものがある。
 生前、ソルは私が自分の血を飲み続けられるよう、人を止めるまで定期的に血を抜き、いざ人を止めるというその最後の瞬間には、身体を巡っていた全ての血液を抜き取った――のだという。又聞きだ。本人は恥ずかしがっているのかどうなのか、教えてくれない。
「というかおまえな、何だこの酒瓶の数。人間と同じつもりで飲んでたらまた要メンテナンスになるかもしれないぞ」
「あ? マジかよ……どうせメンテ受けるなら次は酒が入るようにしろって言っておくか……」
「……酒臭さがとんでもないことになりそうだからやめてくれないか。切実に。私はねソル、酒臭い男に抱かれるのは嫌だよ」
「だから新月に飲んでんだろうが」
 ソルがきっぱりと言い切る。私は眩暈がしてきて、天文台のへりにぐらりともたれかかった。蝙蝠達が慌ててマントを引っ張って支えようとしたが、間に合うものでもない。
 ソルが人間をやめたのは随分と前のことだが、夜の眷属として起き上がったのはつい先日のことだ。その間に私は成長し、妻子を得た。大人になるのに酷く時間を食う吸血鬼が、もう二度と子供に戻れないぐらい長く時間が掛かった。
 初めて作るフランケンシュタインだったので調整に手間取った――というのが改造者の言。とはいえ、吸血鬼が通常のプロセスを踏んで人間を眷属にしようとしても、異常をきたさずに起きる確率は二割がせいぜいであることを考えると、彼に頼んだのは正解だったと思う。
 奇跡的に(改造者曰くは当然)過去の人格と記憶を全て引き継いで起き上がったソルは、生前に改造を受ける旨を承諾していたこともあり、特に混乱なく私達家族の城に招かれ、一族に加わった。生前そうしていたように酒を嗜み、書物を読み、私を抱く。ただし元が賞金稼ぎだったため、仕事を継続することは出来ず(だってソル自身が賞金稼ぎに狩られる側になってしまったのだ)、城内をあてどなくぶらついていることも多い。
「しかしまあ、俺が寝てる間に随分でかくなったもんだな」
「その言葉、流石に聞き飽きたな」
「何度見てもそう思うんだ、仕方ねえだろ。あれだけちびだった坊やがまあ……華奢には変わりねえが……」
「う、うるさいな……」
 ごつごつした指先が弱り気味の青白い肌に伸ばされる。ソルは起き上がってからずっと飽きもせず同じ事を言い、事務的に私の身体を確かめる。元科学者の性なのだと言う。
 私達が出会った頃、つまりソルがまだ人間だった頃、私は非常に幼い吸血鬼だった。幼いと言っても吸血鬼社会で言えば幼いというだけで、知識や異種としての実力は既にその地域では抜きん出たものだったと自負している。しかし力があるということは、噂になり、賞金稼ぎを招くということだ。
 ソルもそのうちの一人だった。私が手を掛けることになる、十三人目の賞金稼ぎ。それがソルになるはずだった。
 しかしソルは私の姿をひと目見るなり剣を降ろした。他の賞金稼ぎ達のように私を子供だからと甘く見た、というわけでもなかった。では彼はどうしたのかというと、なんと「泣くほど辛いなら吸血鬼なんかやめちまえ」とぶっきらぼうに言い棄ると私の頭を拳骨で殴ったのだ。
 後にも先にも、人間にあそこまで思いっきり殴られたのは初めての経験だった。
「血を吸うのはまだ嫌いか、坊や」
 ソルが訊ねる。私は首を縦に振る。嫌いだ。嫌い。新月より嫌い。人間の血なんか本当は吸いたくない。だけど襲ってこられたらひからびるまで吸い尽くして殺してしまう。生まれつき備わった本能というものは私の意思をはるかに凌駕して強い。まるで獣の如く。
「流石にもう泣かないけどね」
「ベッドの上ではしょっちゅう泣いてるじゃねえか」
「あ、あれは……! おまえがいけないんだぞ! 生理的に出てしまうんだ!!」
「冗談だ。で……吸血鬼も止められず、か」
 言葉だけ見ると詰っているようだが、声音は暖かい。私がこの生き方を選んでいる理由を全てソルは承知している。だから、人を棄ててくれたのだとも思っている。自惚れかもしれない。けれど今も変わらずそばにいてくれる事実にぐらい、自惚れさせてほしい。
「おまえも吸血鬼になりたかったのか?」
「まさか。俺が吸うならテメェの血以外はお断りだ。だが……」
「ああ、そうだな。同族の血は吸えない。不味い上になんの栄養にもならない。だから私が吸血鬼である以上、おまえは吸血鬼にはなれない……」
 ふわりと顔を首筋に埋めた。唇から漏れ出た犬歯は、今にもフランケンシュタインの皮膚を食い破り、その下を流れる新鮮な血液を欲しがってかたかたと震えている。
 満月の吸血鬼は獣だ。力が高まり、神経は昂ぶり、やたらと気分が解放的になる。特に意味もなく蝙蝠達を呼び集め、乱痴気騒ぎを起こしがち……とその昔スレイヤー卿も言っていた。
 けれど同様に、新月の吸血鬼も獣なのだ。力が弱り、より一層の血液を求める。血が嫌いだという理性を、生きるために本能の欲求が塗り潰そうとする。私はそれに必死で抗い、新月の度に貧血を起こす。今ではもう諦めたようだが、はじめのうちは、息子にさえ呆れられた。どうせ貧血になって渋々飲むのが分かっているなら、最初から飲めばいいのに、と。
「でもなあ」
「なんだ」
「あんまり、その、おまえの血を欲しがってがっつくのも、はしたないし」
「そうかよ」
 好きにしろ――という許しを得て、私はソルの首筋に思いきり噛み付いた。流れ込んでくる血液は、輸血パックの中身よりよほど甘美だった。あの血液嫌いの私の味覚が、これほどまでに甘美だと感じるのだ。ソルの血は本当に美味しい。甘くて麻薬のようで、中毒患者になりそうな気がする。
 ……これを認めるのが嫌で貧血になっている部分が、実を言うと五割超だ。
 ソルがもし吸血鬼になったとしたら私の血しか飲まないと言い切ったように、私も、出来るだけソル以外の血はもう飲まない。切羽詰まったときにディズィーの血を貰うことはあるが、しばらくは駄目だ。産気づいている妻から栄養を奪うほど愚かではない。
「血を吸う瞬間、自分が獣に溺れていくようで、嫌なんだ……」
 思うさま啜り上げ、満足して口を離すとそう独りごちた。聞かなかったふりをするなんて優しさを見せてくれるはずもないソルは、がっちりと私の方へ振り向き、じっと私の目を見たまま、「俺に抱かれてる時の方がよっぽど溺れてるからもう諦めろ」とデリカシーの欠片もないことを宣った。


◇◆◇◆◇


「え、フレデリックの血が美味しい理由? そりゃ、改造するときにその辺り調整したからなあ。だって考えてもみなよ、生前の輸血パックは大して美味しくもないのに起き上がった途端味が変わるとか、おかしくないかい?」
 ――後日。
 別件で城の地下室を訪れた私は、父のあっけらかんとした表情を見て凍り付いた。
 今宵は三日月。新月ほど弱っているわけではない私は、反射的に蝙蝠の大群を呼び出して顔面にぶつけてやろうかと思いかけたが、寸でのところで思いとどまる。先祖返りを起こした私ほど力が強くないとはいえ、この男も一応吸血種。そのうえこの世に類を見る者がいない大魔法使いだ。返り討ちにされるのはこちらである。
「え……?」
「僕ら親子、けっこう好みが似てるからね。そのあたりを基準に調整しておいたよ。どうせ飲まないと死んじゃうのなら、不味いよりは美味しい方がいいだろう? カイは味にうるさいし」
「いえ……あの……父さんも飲んでるんですか?」
「いや、滅多にくれないけど。君のために抜いたあとの残りとか、ごくごくまれにご相伴にあずかれる程度だよ。僕はほら、君ほど吸血鬼として優れていないから、その分新月の揺り戻しも少ない。トマトジュースでも飲んでれば研究に差し障りがないんだ」
「どうしよう……心の底から殴りたい……」
「いいじゃないか、力があるということだ。多少は昼間も出歩けるから、君は友達も多い」
 昼夜問わず自室に引きこもって怪しげな研究に没頭している父が、軽い調子で言う。そりゃまあ、妻と出会ったのは真昼の森の中だったけれど。ソルと会ったのも。もし昼間に活動出来る強度がなければ、私は寝込みを襲われてそのまま死んでいただろう。実際、ソルはそれまでに何人もの吸血鬼を真昼間に狩り殺していたはずだ。
「というより貴方、人の血液の味を変えるとか、フレーバーティーじゃないんですよ?! 月日を経る度に非常識さが明るみになって本当に嫌だ……」
「非道いなあ」
「その非常識さから自分が生まれて来たと思うだけで一生分泣けそうなんですよこっちは」
「うーん。まあそれはね。言われても仕方がないな」
 痛いところを突かれたと思う感情がきちんと機能していたのか、父――飛鳥=R=クロイツは見るからにしょんぼりと項垂れ、棄てられた子犬のような目でこちらを見た。
 吸血鬼にせよ、フランケンシュタインにせよ、悪魔にせよ、マミーにせよ、何にせよ。異種の増え方にはいくつかのパターンがある。たとえば吸血鬼なら、己が噛み付いて血を吸った人間を任意で変化させることが可能だ。人間に恋をした吸血鬼なんかは、同じ時を生きるために伴侶を完全な同族に変質させるのだという。でも大概は下僕として使うための屍鬼にしてしまう。あまりにそれが横行していた結果聖教会に目を付けられ、吸血鬼狩りが流行り始めた。まったくはた迷惑な話だ。
 フランケンシュタインの場合は、死体を改造して異種起こしにする。故にこの種族は自然生殖が出来ない。必ず改造した第三者が介入する。
 悪魔は、誘惑して堕落せしめた人間を同族に出来る。ディズィーはこの能力が非常に強く、自己制御の方法がわからなくて森の奥に隠れ住んでいた。幸い私は吸血鬼として非常に強力だったので、彼女の種族能力としてのテンプテーションが効かず、自己制御が出来るようになるまで一緒に過ごしていたのだ。だから彼女は森を出て他者と交わるようになった今も眷属を全く持っていない。まあ、自己制御の修行中にごく普通の恋をして一緒になった私が、彼女の唯一の眷属と言えるのかもしれないけれど。
 人狼やマミーは、大抵の場合隔世遺伝で生まれる。私が生まれるより遙か大昔、異種同士はこの世にもっと満ちあふれていて、自由恋愛を楽しみ時に無責任に繁殖した。その時、あらゆる種族の血がしっちゃかめっちゃかに入り乱れ、遺伝子に可能性を刻み込んだ。シンがマミーとして生まれてきたからには、私かディズィーの遠い先祖にマミーがいたのだろう。
 そして――私は。
「君には母親がいないもんなあ。それは本当に……申し訳ないとは思ってるよ、うん、嘘じゃないから、そんな顔しないでくれるかな? 本当なんだって……」
 この人の手で試験管の中から生まれた。どんな気まぐれだったのかはわからない。何が目的だったのかさえ、話してはくれない。ついでに言うと、生まれたあとの私の世話もろくにしなかった。元々生きていくための能力が極端に欠如しているひとだったので、そもそも子供を育てられるような常識が備わっていなかった。
 物心ついた頃にはもう自分で城を守っていたし、父の日々の面倒も見ていた。父は研究に没頭すると平気で食事を忘れるタイプなので、日に三度ちゃんと面倒を見てやらなければ勝手に干上がって死んでしまいそうなところがあった。
「そんなにすごい顔、していますか?」
「うん。見ただけであまりの視線の冷たさに死んでしまいそう。今のカイなら視線だけで他人を呪い殺せるよ。保証してもいい」
「へえ。それならもう、私に見られ続けている貴方はとっくに死んでいるでしょうね」
「いや〜、僕はちゃんと結界張ってるし呪詛返しも出来るし。でもそのへんの人間はいちころだよ!」
「人間の血を吸うのも嫌なのに無闇に殺して回るわけがないでしょうが」
 それでも見殺しにせず、面倒を見てやっているのは、生まれて来て良かったと私が思っているからだ。生まれて来てよかった。大切な人達と出会えて、家族になれた。それだけでこの生に価値がある。
 それから……物心つく前の私を、慣れない手つきであれこれ失敗しながらもなんとか育ててくれたことを、朧に覚えているから。
「まあでも、方向性がおかしいというだけで、気遣いには違いありませんし。気持ちだけは受け取っておきますよ、父さん」
 ……なんてこと、絶対本人は、伝えてやらないんだけど。
 私は父の額にデコピンをしてそっと耳打ちをした。耳打ちの内容は、主に「ソルに飲酒の制限をさせろ」という内容のものだった。