メリーメリー、マイフェアディアー



「じゃあオヤジは、買い出しよろしく。オレは母さんと中の諸々やってるからさ。あと、カイを呼んでくるのも、オヤジの仕事な」
 母親にもたされた荷物を両腕いっぱいに抱えながら、シンがそう言った。顎で他人を使うんじゃねえと悪態を吐き、シンの腕から零れた荷物を一つ拾い上げる。どうやら、納戸にあったパーティ用の装飾グッズが納められた箱を、一度に全て運んできたらしい。
「買い出し? 何をだ。食材の調達は昨日ディズィーに付き合って終わらせたはずだが」
「何って――オヤジ、まさかと思うけど、今年はもうカイにあげるプレゼント、用意してあんの?」
「ねえよんなもん」
「やっぱり。オヤジのことだから、絶対なんもしてないと思ったんだよな。こっちの人手は足りてるからさ、今のうちに用意してきたら?」
 拾った箱を腕の中へ乱雑に戻す間にもそんなことを言って寄越す。ソルは溜め息を吐き、首を横へ振った。今日はカイの誕生日だ。それはいい。知っている。だからこの一家は総出でカイの誕生日パーティをしようとしている。それもいい。やりたいのなら好きにさせておけばいい。だが、だからといってソルがカイへ贈る何かを買い付けてくる――これは、よくわからない。
「シン、テメェと旅をしている間、テメェが誕生日を迎える日に俺が何かを買ってやったことがあるか」
「ないけど」
 訊ねると、シンは考える素振りも見せず即答した。
「そういうことだ。誕生日だからと言って物をやらねばいけないなんて決まりはない」
「んー、まあ。でもいいじゃん、今年は買っても。オヤジが誕生日プレゼント選ぶの苦手だってのは知ってるけどさ、カイだってホントはオヤジにプレゼント貰いたいと思うぜ?」
「あいつが欲しがってた稀覯書は五年前に世界中かけずり回って探してやった」
「じゃあ五年ぶりってことで」
 ソルにしては丁寧に言い聞かせてやったのだが、シンはなおも食い下がる。大体のことに対して割合聞き分けがいいはずの子供が、今回はなかなか譲らない。何故だ? ソルは思案する。もしや、買い出しを口実に家の中から追い出したい理由でもあるのか? 
 ……そう勘ぐってみたが、シンに限ってそんなことをするとも思えず、つまらない空想をぽいと頭の外へ棄てた。拳骨主義のソルに対しては確かに聞き分けが良いシンだが、こうと決めると頑なでなかなか譲らない部分があるのも事実だ。父親譲りなのだろう。父子揃って頑固ものなのだ。
「何故そこまでこだわる……」
「イリュリアはさあ、今日、カイの誕生日だからって理由で祝日じゃん。ご降誕祭とか言ってさ。それで街中セールしてるし、もうなんていうか、お祭り騒ぎ。そんで当然の如く、カイ宛てに城へやまほどプレゼントが贈られてくる――ってパラダイムのおっさんが言ってたんだけど」
 辟易した調子のソルを尻目にどかどかとリビングへ箱を起き、そこで一旦シンが口を噤む。それから複雑な顔つきになり、シンは眉根を下げた。
「でもそれ、殆ど廃棄なんだって。何が入ってるかわかんねえし。カイ本人に聞いた話じゃ、警察やってた頃もプレゼントは検閲掛けられてたらしいんだけど……中身を確かめもせず廃棄ってわけじゃなかったらしくてさ。オレ、全然知らなかったんだけど。王様になってからのカイは、本当に親しい極一握りの相手からしかものを受け取れなくなってたんだ。王を守るために。それ自体は、まあ仕方ないかなってオレも思う。イリュリアの人間はこえーぐらいみんなカイのこと好きだけど、好きだからやばいことしないとも、限んないし」
 シンの話は極尤もな内容だった。実際、ソルが知る限りでも、警察機構の頃からその手のやばい話は事欠かない。カイ好きが高じすぎて魔女の煎じ薬のようなほれ薬を贈ってきたやつがいて勝手にあけたやつが騒動に巻き込まれたり――或いはカイを我が物にせんと違法薬物を送りつけてきてそのまま逮捕されたなんて話もある。
 決してしょっちゅうメディアに露出していたわけではない警察機構長官の頃からそんなだったのだから、公務のたびに全世界中継されるようになった今は更に凄まじいことになっているだろう。全廃棄以上に妥当な対応は存在しない。
 なるほどな。それでやっとシンがどうしても食い下がる理由が読めてきて、ソルは仏頂面のまま肩をすくめる。
「だからその分俺達でものを贈ろうと? 馬鹿馬鹿しい。カイはもうものほしさに駄々こねるガキじゃねえよ」
「でもオレも母さんもラムもエルも、パラダイムのおっさんもレオのおっさんも、みんなちゃんと用意してるぜ。あ、アクセルのおっさんもなんか買ったって言ってた。オヤジはカイと付き合い長いんだから、なんかしらカイの欲しいもの知ってるだろ。別に減るもんじゃないし。な?」
 シンはソルの仏頂面に対して臆した様子を微塵も燃せず、箱を開けて装飾品を取り出すと振り返って駄目押しをしてきた。食い下がる余地はどこにもない。交渉決裂だ。
 ソルは肩をすくめたまま深々と溜め息を吐いた。


◇◆◇◆◇


「で、私のところへ直接来たと? あはは。反則なんじゃないか、それ」
「うるせえ。間違いがなくていいだろ」
「パリの自宅を訪れる度に謎の土産物を増やして行った男の言うこととは思えないな」
「土産物と贈答品はまた別だ」
 シンに追い出されてから一時間ほど「カイ様お誕生日おめでとうございます」という垂れ幕一色になった街をぶらつき、ソルが最後に辿り着いたのは、まさに今カイが仕事をしている城内の執務室だった。カイは眼鏡を掛けて書類にサインをし続けながらソルを歓待した。お茶を持ってこさせようか、という申し出は、あの執事に聞かれると後が面倒になるので止めておいた。
 特に隠す必要もないので事の顛末を話すと、カイは何かがつぼにはまったのか、ペンを動かしながらもくつくつと笑って見せる。どかりとソファに沈み込み、やれやれと首を振った。やってられるか。あんな飾り付けをされた街で友人の誕生日プレゼントを選ぶだなんて正気の沙汰ではない。
 何しろ、イリュリアの街中どこへ行っても「カイ様」「カイ様」「カイ様」それ一色なのだ。カイの誕生日にかこつけて恋人や夫婦への贈答品が目玉商品として陳列され、その隣では連王国公認マークのついた写真集やカレンダーが飛ぶように売れていく。これではまるっきり聖人の日と一緒だ。街の浮かれようは、もうすっかり、カイ本人の手を離れてしまっている。
「第一俺はテメェの欲しがってるもんはもう大体やっちまった後なんだよ」
 異様な盛り上がりを見せる街の様子について述べたあと、ソルがげっそりした調子で言うとカイが頷いた。
「まあなあ。蓄音機もそうだし、稀覯書も大分前にもらったし。ティーカップも、もらってるし。私が集めているもの、欲しがっていたもの、大体受け取り済みだな」
「そういうこったな。今俺が出せるのはせいぜいが煙草か飴玉ぐらいのもんだ」
「なるほど。ではどちらかをもらっても?」
「両方でも構わねえぞ」
 シンを預かってからこっち何度か禁煙に挑んでいた影響で、煙草の残り本数にも余裕が多い。書類の山に囲まれて身動きが出来ないカイのために立ち上がり、執務机のそばに寄ると、カイはそこではじめてペンを止めてソルの懐へ無遠慮に腕を突っ込む。
 そのまま、しばらくの間がさがさと人のポケットをまさぐり、三つほどのキャンディとシガレットケースを取り出してカイは目を細めた。
「この色は……イチゴとブルーベリーと……」
「レモネードだ」
「そしておなじみのマルボロ」
「火つけるか」
「うん、頼む」
 カイの細い指先が煙草をつまみあげ、口にフィルターを含む。カイが息を吸っているところにソルが節くれだった指で葉先をとんとんと叩くと。たちまち火が付き、煙が出始めた。
 ソルは愛煙家だが、カイは全くと言っていいほど煙草を吸わない。大昔にあんまりにも必死な形相でせがまれるので吸い方を教えてやったが、それ以来煙草を好むようになったという話もない。初めて煙草を吸った時、カイは端正な顔をこっぴどく歪め、葉巻を口から取り出すと汚れた舌を突き出し、「にがい」と呟いた。舌っ足らずな口調も相まって大変なことをしでかしたような気持ちになり、その日は大変気分が良かった。
 案の定、今日のカイも、煙を吸い込んですぐに思いっきり目を瞑り神妙な面持ちになる。ソルお気に入りの銘柄はタールが多く味が濃い。だから余計に美味くは感じないだろうに、こういう時、カイは決まって自分からソルの煙草へ手を出す。
「どうだ」
 吐き出された煙草を受け取り、自分の口に咥え直してにやにやしながら訊ねた。
「相変わらず。おまえと初めてしたキスの味がする……」
「俺とのキスがどれだけ不味かったって?」
「あの頃のソルは不摂生の塊だったからな。よくもまあ、煙草を吸った直後にキスなんかしようと思ったものだ」
 内容だけ聞けば小言そのものだが、そう口にするカイも含みのある表情でにやついている。包装紙を剥き、ぷくりと膨らんだ小さな唇がレモネードキャンディを口に含んだことを確かめるとソルは吸いかけの煙草を抜き取っていきなりカイの唇を奪う。
「あ、こら! ん……んむ、ふ、ぁ……」
 そのまま、二人してタールとレモネードの味がするキスに耽溺した。
 左手で頭を押さえるとカイが腰掛けている椅子の背もたれへ身体を押し込め、舌を絡め合い、唾液と呼吸を奪い合う。まだ火の付いている煙草を右手に挟んだまま、余った指先をカイの手のひらと交差させる。
 煙草の熱が移ったのか、それともソルの熱が移ったのか。カイの指先は僅かに汗ばみ、湿っぽい。しっとりと吸い付いてくる皮膚に気を良くして左腕をカイの頭から下げ、服の下に潜り込ませる。慣れた手つきでケープを剥ぎ、インナーをずらし、肌をまさぐるとそこもやはり熱を持っていた。
 火照った肌を撫で回し、執拗に息を吸い込む。絡めた舌を弄ぶ度にまだ溶けきっていないレモネードキャンディがからころと音を立てる。甘酸っぱいキャンディが溶けるごとに、お互いの唾液とマルボロの苦みとが溶けて混ざり合い、口の中を甘ったるい液で満たしていく。
「……あまい」
 キャンディがすっかり形を失い、口の中がいっぱいになったところで口を離すと、カイがごくりと嚥下してからそう呟いた。口の端から零れてしまった唾液が糸を引いていて、それを指で拭って舐め取ると、また「あまい……」とぼやく。
 それでも唇の端にまだ唾液が残っててかっているので、舌を出して舐め取ってやると、カイもお返しとばかりにソルの唇を舐めた。舌からもレモネードキャンディの味がして、二人してなんでもないことなのにおかしくて笑ってしまう。
 ひとしきり笑うと、カイはソルの手から煙草を奪って来客用に常備してある灰皿にそれを落っことした。
「ところでソル、ファーストキスはレモンの味がする――と、そういえば昔読んだことがある」
「何で」
「ロマンス小説。ディズィーの蔵書に、そういうのがあって。私のファーストキスは煙草の味だったけれど、では小説の登場人物はこういうキスをしていたのだろうか」
「どうだろうな。少なくとも、そういう小説ではいきなりディープキスに及んだりはしないだろうよ」
 くつくつと喉の奥で笑い、じっとりと汗ばんだ胸板に口を付けた。固く立ち上がり始めた乳首は、ソルの舌に味が残っているせいなのか、それとも本当にカイの身体が甘酸っぱいのか、食べ終わったばかりのレモネードキャンディと同じ味がする。
「私のはじめてはいきなりディープキスだったのに?」
 胸に吸い付いてきたソルの頭をぽんぽんと撫でながらカイが訊ねる。ソルは答える代わりにそこへ歯を立てて甘噛みした。予想外の刺激にカイの喉が跳ね、上ずった声が出る。
「ああ、もう、おまえが来るからには、こうなるかなと思ってはいたけれど」
「形に残るものより、テメェの血色を良くする方が色々と得だろ?」
「誕生日じゃなくてもしてるじゃないか」
「なら、今日はいつもの五倍は良くしてやるよ」
 カイの上に覆い被さり、剥き出しになった腹部をなぞった。カイが息を詰める。それから、自分を押さえつける男に両腕を回す。
 了承のサインは、昔から変わらない。ソルは五年前のことを思い出した。稀覯書をプレゼントしたその夜も、カイはソルの腰へその細い腕を回し、ソルの誘いに応じたのだ。


◇◆◇◆◇


「で? オヤジは結局なんか買えたの?」
 夜になり、家へ戻ってくると、姿を認めるなりシンがそう言った。数時間前に父親が口にしたのと殆ど同じ調子だ。ソルは首を横へ振る。形のあるものは、結局何も買えなかった。今更新しいティーカップを見繕ってもらわなくても、カイは十五年前にやったものを後生大事に使ってくれている。
「あんな街じゃ何も見る気にならねえよ」
「いや、まあ……カイの顔がそこらじゅうに貼ってあってなんか買い物しづらいのは同意するけど。ホント、オヤジはそういうとこ、不肖だなあ」
 色とりどりの飾り付けがされたリビングの片隅で壁にもたれ、酒に口を付けるソルに、そんな内実など知りようもないシンはううむと首を捻る。しかしそれ以上どんな言葉を掛けてよいものか思いつかなかったらしく、二の句は飛んでこない。
「――いいんですよ、シン。なんだかんだ言って、私はソルからいろいろなものを貰っていますからね」
 そんな沈黙を遮り、今日の主役がシンの背後から現れる。
 シンはぱっと振り向くとはちきれんばかりの笑顔を浮かべ、カイに抱きついた。
「あ、カイ! お帰り!」
「ただいま、シン。ディズィーから聞きましたよ、この部屋の飾り付けは殆どシンがやったんだって。大きくなりましたねえ……」
「あはは、やめろって、くすぐったい。ていうか、今日はカイの誕生日なんだから、オレがカイに頭撫でられるのはなんか違うっていうか……あ、いや、そうだ! いいって、なんで? オヤジ、カイに何かあげたの?」
「ええ、今年は、形に残らないものを。それにシン、こう見えてソルは、タイミングさえ合えばちゃんと私の誕生日を覚えていて、何かしてくれましたよ。いつも会えたわけじゃありませんから、毎年とはいかなかったけれど」
「ふうん……?」
 撫でられているまま、シンはじっとカイの顔を見つめる。見慣れた父の顔に、ちょっとした違和感があったからだ。と言っても悪い方の違和感ではない。むしろいい方の変化。
 激務続きで顔色が優れない日も多いカイだが、今日はなんだか頬にはりがあって非常に血色が良い。まるで、どこかで元気を分けて貰ってきたみたいだ。
 シンはこてんと首を傾げるとカイの頬へ触れた。柔らかな肌は、心なしか、普段より弾力があり健康的だった。
「でも、確かに……今日のカイ、なんかつやつやしてる。いつもは仕事帰りだと微妙に精気が足りない感じなのにな。これ、オヤジがくれた『なんか』に関係してんの?」
「えっ? つや、つや……? してますか……?」
「うん。いつもの倍増し、いや五倍十倍ぐらい」
「そんなに」
「そんなに。オヤジのプレゼント、よっぽどすごかったんだな」
「えっ。い、いえ。まあ、はい、そうですね、すごかったです」
 シンに真顔で「よっぽどすごかったんだな」と言われ、カイは瞬間的に顔を赤くし、たじたじと言葉端を濁す。ちらりと壁際のソルに目をやると、彼は澄まし顔でまだ酒を飲んでいた。
 幸いなことに、シンは挙動不審な父に何事かと尋ねてきたりはしない。その代わり、無邪気に微笑んでますます強くカイへ抱きついてくる。
「はーあ、カイがそんなに言うってことはマジですげープレゼントだったんだろうなあ。オレがあれこれ言うまでもなかったってわけだ。……でもま、オレもすっげープレゼント用意してあるから、オヤジに負けないぐらいカイのことつやっつやにしてみせるし!」
「おや。それは楽し……」
 頬を膨らませてソルに対抗するシンへ微笑み掛け、背をさすってやろうとした手が凍り付くような視線に見咎められて固まる。カイは口を噤み、再びソルの方を見遣った。目が据わっていた。彼は、カイが一体「何」によってつやつやしているのか理解しているので、シンの何気ない言葉に対する目つきが異様なまでに鋭かった。
 カイはごほんと咳払いをし、なんとかその場を取りなそうと慎重に言葉を選ぶ。
「……楽しみです。とても。ええ、嬉しければ、疲れもふっとんでつやつやになることに間違いはないので。そうですよね、ソル」
「なるほどなー。……なあカイ、オヤジに何もらったの? 来年の参考に知りたいんだけど……あだっ?!」
「阿呆、そういうのは人に聞くもんじゃねえ、自分で見つけろ」
 しかし問いかけられたソルはというと、カイの言葉には答えず、いきなり歩いてくるとシンに拳骨を落とした。自分は考える事を放棄して直接カイに訊きにきたくせに、すっかり棚に上げてしまっている。
「シン?! 大丈夫ですか!!」
「へーきへーき……なあそれよか、オヤジ、今のそういうことだろ? そういやオレ達、まだカイにちゃんと言ってないことあったもんな」
 シンはほんの少しだけ痛そうに頭をさすったが、慣れたものでそれほど落ち込んだ様子もない。
 我が子の頭をぶん殴られて慌てるカイをよそに、シンはソルに殴られて何を感じたというのか、ふいとカイの腕から抜け出してソルに何事かを囁いた。ソルがそれに頷く。二人の間で、なにがしかの取引が成立したらしい。
 カイはきょとんとしてそれを眺めていた。カイも大概ソルと付き合いが長いが、それにしたって、ソルに拳骨をもらって何かを伝達されたことはない。これは、教育方針についてまた話し合うべき事柄なのだろうか。そんなことを考えているうちに、密談をしていた二人が、カイの方へにじり寄ってくる。
 そのままシンが左に、ソルが右に立ち、真ん中にカイを挟む形にして密着した。
「オレ、左耳。オヤジは右耳な。そんでいっせーのーせで、一緒にお祝い。オッケー?」
「ああ、しくじんなよ」
「え? いや、何をするつもりで……」
「んー? カイがもっとつやつやすること!」
 オヤジがカイをつやつやにして、オレもこのあとつやつやに出来るんだから、二人一緒にやったらもっとすごいだろ! と胸を張ってシンがカイの左耳に口を付ける。間を置かず、右耳にソルの唇があてられた。それらが一斉に開かれ、カイの耳の中へ吐息を吹き込む。

 ――ハッピーバースデー、カイ。

 ひといきに流し込まれた囁きに、カイはびっくりして身体を震わせた。吹きかけられた息は熱っぽく、つられるようにして顔が真っ赤になってしまう。
 カイは深呼吸をし、まず、悪知恵を教え込んだソルと悪巧みに乗っかったシンの背を、おっかなびっくり掴み取った。続いてお説教を口にしようとして、けれどそれは噤み、喉の奥へ一旦流し込む。
「……ありがとう。でも二人とも、そういうのはだめだ。ずるいから」
 そうして、赤みの差した頬を隠せないまま、少女のように唇を尖らせてはにかんだ。